2019年10月
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インバウンド効果があってか、有馬温泉はいつ行っても賑わっており、平日でもかなりの観光客が訪れている。有馬といえば、まずは温泉。金泉と呼ばれる赤茶けたものや、無色透明の炭酸泉・銀泉で知られている。次にそれを提供する旅館がズラリとあって、いずこも華やいだ料理を出しているのだ。そんな有馬温泉にあって第三の魅力を打ち出そうとしたのが有馬温泉観光協会_、ここでこの秋に"お寺で遊ぼ"と題したプランが発表された。念仏寺、極楽寺、温泉寺と有名な寺がかたまってある中で、黄檗宗の「温泉寺」は、禅寺らしく座禅体験をスタートさせ、加えて宇治の萬福寺の末寺よろしく普茶料理も始めるという。萬福寺の典座長を務め、自身の寺に戻った「温泉寺」住職の浅野英俊さんを訪ね、普茶料理について色々と話を聞いて来た。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
普茶料理は、普く大衆と茶を供するの
意から始まったもの。
その日中混合の精進料理を
有馬の寺町で味わうと…。

「温泉寺」にて10月より普茶料理がスタート

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精進料理の一つに普茶料理なるものがある。これは黄檗宗に伝わるもので、その昔、隠元禅師が来日した折りに明の料理として日本に伝わったものがルーツとなっている。隠元隆琦は、インゲン豆の語源にもなっている僧で、明から持ち込んだことでその名がついたとされる。中国・福建省の生まれで、江戸時代に日本にやって来て念仏禅や明禅を伝えている。長崎の崇福寺(唐人寺)に空席が生じたことから日本に招請され、その後、摂津の普門寺へ移った。渡日は三年の約束だったそうだが、四代将軍・徳川家綱が支援し、宇治に新寺を開創。故郷を忘れぬようにと、黄檗山萬福寺と名づけ、その寺の開基となっている。
宇治に行けば、平等院と並んで萬福寺は二大名所。寺の観光はもとより萬福寺で普茶料理を味わうのを目的として訪れる人も多い。普茶料理とは、隠元禅師が中国から伝えた精進料理だとすでに述べた。「普(あまね)く大衆と茶を供にする」の意味を持っている。上下隔たりなく一卓に四人が座って和気藹藹の(わきあいあい)のうちに残さず食べるのを作法としているのだ。そもそもは長崎の寺で明代の料理として持ち込んだのだが、そこで和食や南蛮のエッセンスが加わり、独特の料理スタイルができあがった。萬福寺など黄檗宗の禅寺では、法用のお供え物を僧侶が持ち帰って、寺だけの料理として作っていたらしい。それが一時期、塔頭の人達が普茶料理として一般客に提供し始めたので、世に広まって行った。全国の寺で普茶料理をやり始めた時期もあったそうだが、一過性のブームのようなものでいつしか終息し、今では宇治の萬福寺やその塔頭・緑樹院系の青少年文化研修道場ぐらいでしか味わえないものになってしまった。

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そんな折り、有馬温泉が"お寺で遊ぼ"のキャッチフレーズで温泉・宿泊施設に次ぐ第三の魅力としてお寺にスポットを当てようとの企画を立てていた。有馬の寺町には、有馬最古の寺「温泉寺」とねねの別荘跡に建つ「念仏寺」、太閤の湯殿館に隣接する「極楽寺」と三つの寺がかたまって建っている。有馬温泉観光協会では、この三つを巡るプランとして歴史とグルメにスポットを当てているのだ。そのうちの「温泉寺」がくしくも普茶料理と座禅体験を打ち出して新たな魅力を発信しているのである。
寺町へ至る石段上に見える「温泉寺」は、黄檗宗の寺で、萬福寺の末寺にあたる。有馬温泉は行基と仁西により有名になるのだが、この寺には行基が万病に効くとされる温泉の湧き口に薬師如来像を祀ったのがきっかけでできた。もともとは真言宗だったのが明治の初めに黄檗宗の寺となって今に至っている。この寺の住職・浅野英俊さんは、萬福寺で典座長を務めた経歴を持つ。典座長の仕事は色々あるが、そのうちの一つが普茶料理を作ることで、浅野さんは若いうちからその仕事に従事して来たそうだ。昨年まで萬福寺と温泉寺、三田の大舟寺にミナミの寺と、四つをかけ持ちして行き来していたが、今春からは自身の寺に戻り、有馬に居座ることになったようだ。それとともに昔取った杵柄ではないけれど、「温泉寺」でも普茶料理を提供しようと思い立った。

もどきあり、エコ料理ありの独特なスタイル

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普茶料理は基本的にコース仕立てで、一卓四名になっている。その中には「麻腐(マフ)」と呼ばれるゴマ豆腐の元祖が中心となり、「筝羹(シュンカン)」や「浸菜(シンツァイ)」、「油茲(ユジ)」「冷拌(ロンパン)」などの大皿料理が並ぶ。このうち「筝羹」は野菜や乾物の煮物を盛り合わせたもので、「浸菜」は淡味の皿、「油茲」は揚物であるし、「冷拌」は酢物を指す。中でも特筆すべきは「もどき」と呼ばれるもの。普茶料理は精進なのでなまぐさは用いない。その代用としてもどき料理がある。例えば「鰻もどき」は豆腐で鰻の蒲焼きに似せている。「栗いがもどき」も豆腐で生地を作り、そこをくり抜いて人参などを入れ、最後に栗の渋皮煮を挿入して仕上げる。いがいがは茶素麺で表現しているのだが、遠くから見れば本物のいが栗に思えてしまう。浅野さんの話によると、あわびもどきや沢蟹もどきもあるそうだ。「紅生姜を天ぷらにすると沢蟹のように見えるんです。雲水は、なまぐさを食せないからこのように工夫して料理をしたのです」と言っていた。浅野さんの自信作は「飛龍頭(ひろうす)」だとか。豆腐を裏漉しし、芋でつないで作るそれには人参やゴボウを叩いてみじん切りにしたものやキクラゲが入る。お玉をへしゃげて長細く整形し、ひろうすのタネを入れて油へ落とす。この形が飛ぶ龍の頭に見えるという。普茶料理にはルーツが多いが、「雲片(ウンペン)」と呼ばれるものは、八宝菜のルーツだといわれている。調理の際に出た野菜のヘタを細かく刻んで葛でとじたこの料理は今でいうエコクッキングにあたる。その様を雲に見立てるために「雲片」の名がついた。

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10月から「温泉寺」では、11:30~13:30の二時間内に要予約で普茶料理(一人5000円)を提供する。基本、一卓四名での受付だが、浅野さんは三名でも受けたいと門戸を広げているのだ。私も撮影と称して普茶料理を味わって来たが、なんともボリューミー。「5000円で量が多すぎませんか」と聞いてはみたが、浅野さんは納得の様子。冗談で「なら減らそうか」と笑ってみせたが、減らすそぶりは全くなかった。
ここでもう一つ、座禅体験も話しておきたい。これは浅野さんが身体が空いていればの注釈は付くのだが、「温泉寺」では、1000円で寺の本堂にて座禅体験が今秋よりできることになった。座禅は烓(いっちゅう)すわる」といい、線香一本が消えてしまうまでの間に行うのが基本だそう。木魚が鳴ったら下半身を緊張させ、上半身をリラックスして腹式呼吸をして禅のポーズをとる。次に木魚が三回鳴ったらスタートで、心を休め、真理を悟ったら鉦が鳴って終了となる。本来、烓は約40分なのだが、素人でそれもつらかろうと、ここでは25分行うことにしている。まず5分間、浅野さんが説明し、10分ずつの座禅が二回。仏の世界では「雨の音を聞き、風の色を見て来なさい」と言うらしいが、煩悩の多い我々には果してその道まで達することができるのかどうか。できれば、体験してみて感じとりたいものだ。この座禅体験は「時間はあえて設定せずに要予約で行います」とのことであった。

 

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