60 2018年03月居酒屋とは、酒類とそれにともなう簡単な料理を出す店_、そう定義づけされており、実に日本式の飲食スタイルである。大阪天満宮南の参道にある「お酒がススムごはんや1975」は、価格は居酒屋レベルなれどそこで供されている料理はそんな簡単なツマミではない。かといって日本料理店かといえば、そうではなく、やはり雰囲気は居酒屋なのだ。店長の内田正志さんは公務員から脱サラして料理を始めたという変わり種。経歴も変わっていれば、出すメニューも変わっている。だし巻きや唐揚げ、ポテトサラダのような定番にも変化球を投じるかの如くアレンジして調理している。そんな店でいつものアレをやってみた。内田店長は醤油や金山寺味噌をいかに使って酒のアテを作ったのだろうか。とくとご覧あれ。
お酒がススムごはんや1975 内田正志
(お酒がススムごはんや1975店長)
「個人的に調理をするのに一番いい
醤油を買おうと思って手に取った
のが『生一本黒豆』でした。
この醤油は味がしっかりして使
いやすい。万能な感じがいいですね。
今回は詰めて使うことで、和歌山
のメバチやメカジキに合わせています
」
日本酒に合わせたアテが評判の店
大阪天満宮の門を出て大川へと向かう道、いわゆる天神さんの参道に「お酒がススムごはんや1975」がある。店長の内田正志さんの言葉を借りれば「日本料理店まで行かない、気軽に食べるごはん屋さん」だそうで、居酒屋的な雰囲気でお酒と料理が楽しめると思ってもらえればいい。店名の「1975」とは、内田さんの生まれた年を指す。以前「25」という店で働いていたし、友人が「P01(プレイ)」なるスノボのウエアをやっていたり、パン屋「360°」をやっていたりして、数字に何かと縁があるので、この店を開く時に生まれ年を命名したのだという。
店を居酒屋的と書いたが、よくありがちな居酒屋メニューではなく、各々に工夫とこだわりが垣間見えるものが多い。例えば、「塩うにとインカの目覚めのポテトサラダ」。これはしっとり感と甘みを出したくてインカのめざめ(じゃが芋)を使用。塩うにを入れて酒に合うようにしている。「ポテサラは誰もが頼む居酒屋メニューですが、単なるそれでは面白くない。うちは日本酒メインの店なのでそれと合うように塩辛っぽい味わいを醸し出しています」と言うようにまさに変化球的な料理表現で、うにを使って高級感を出し、フライドオニオンで食感をつけているのだ。内田さんによると、初めての客は必ず注文するそうで、今や「1975」の名物になっている。高級感といえば「鮑の肝しゃり 漬けマグロトロ、生うに、イクラ」もユニークな一品。寿司飯に鮑の肝を混ぜ込み、握りにして漬けマグロ、うに、イクラを載せて出す。寿司なのでパクっと一口で食べて口内で素材が合わさるように考えられている。居酒屋というと、ポテサラに唐揚げ、だし巻きと単純な料理が多い。ところが同店は唐揚げを作るのにすり卸したリンゴ、生姜、にんにくを用いて下味を作ってから鶏をもみこんで肉を柔らかにする工夫が施されている。だし巻き玉子とて蘭旺の卵を使用。スタンダードの他に生海苔のあんをかけたものや、鶏そぼろで親子風にしたものもあり、単純にだし巻き玉子と呼ぶべき代物ではない。内田さん曰く「その日の幸せな一品にしたい」らしく、彼の創意工夫が随所に表れた料理が揃っているのだ。
これらの料理に合わせるのが日本酒。店では60cc、90cc、一合と三つのパターンで提供されている。ちょっとずつ色んなものを楽しみたければ60ccがおススメで、そう思うほど店には変わった酒が見られる。「吹田のゾウ」(純米大吟醸)は、山形の秀鳳酒造が造っているのだが、大阪・吹田市にある木下名酒店がプロデュースしているためにそんな名前がついている。兵庫県産の山田錦と吹田市朝日が丘で作られたヒノヒカリを原料にしている。片や「吹田の小ゾウ」は、はつもみぢが醸造。同様に吹田の米を使って(稀少なために山田錦とブレンドしている)造ったもので、こちらは特別純米酒である。その他にも八百新酒造(山口・岩国)の「雁木」や両関酒造(秋田・湯沢)の「花邑」など通が喜びそうな銘柄も見られる。「1975」には、日本酒飲み放題プラン(3時間3000円)があるそうで60ccで色んな銘柄が楽しめる。その他におまかせ飲み比べ三種もあり、これは好みの三つを飲む(わからない人はスタッフが選んでくれる)。料理はこれら日本酒に合わせるべく、内田店長が作っており、ここまで記せば、いかに日本酒好きが通っているか想像できようというもの。「付き出しセット」や「酒肴盛り合わせ」がよく出るというのも頷ける。
調味料の特性を考えて酒肴を作った
さて、今回は特別に「酒肴盛り合わせ」に湯浅醤油や丸新本家の商品を使って作ってくれたのだが、その料理を6つ紹介する。取材に合わせて新古敏朗さんが「生一本黒豆」「わさび金山寺」「勢粋梅」「具だくさん金山寺味噌」「赤だし」「柚子梅つゆ」と6つの商品を「1975」へ送っていた。普段は「このうち1~2品を使って」と頼んでいるのだが、内田さんはあろうことか、この6つを全て使用して各々の特性をいかした酒肴を作ってくれたのだ。
まず写真の左下から順に紹介しよう(この日のスペシャリテなので料理名はまだない)。これはクリームチーズと「わさび金山寺」を合わせて作ったもの。「わさび金山寺」の辛さがクリームチーズに合うと思ったことから考案された一品だ。本来は豆腐の白和えにするそうだが、発酵食品同士の良さを主張させるべく合わせたという。刻みわさびの醤油漬けをトッピングしている。
その横(右)には鯖の生ハムがある。和歌山の鯖を塩漬けして脱水する。「締め鯖の要領で作るのですが、酢で締めず、脱水シートで水分を抜くんです。1~2日ぐらいかけて作ります」と話している。鯖の生ハムはよく出るメニューで、いつもならオリーブ油、ブラックペッパーで調味してトマトを載せて供すらしいが、今回は「勢粋梅」と「柚子梅つゆ」で、そこに玉ねぎ、蜂蜜、リンゴ酢、油を加えてソースを作っている。「梅干の種も勿体ないので種から油を煮出しました」と言う。「鯖と梅は相性がいいんですが、酸っぱい印象を受けたので角を取って丸くするために野菜を入れたんです。和歌山の素材に和歌山の調味料がうまく合ったんじゃないでしょうか。」
下段右端は、干しホタルイカを炙ったもの。乾燥したホタルイカに味噌を入れることで旨みを出すとともに柔らかくする効果が出る。「具だくさん金山寺味噌」の中に干しホタルイカをベタ漬けするようにして作る。「鮭とばをクリームチーズに漬けることがあるんですが、それをヒントに干しホタルイカを金山寺味噌の中に漬け込んでみたんです。個人的にはきゅうりがあまり好きじゃないんで金山寺味噌は使用して来なかったんです。でも甘辛のバランスがよく、漬け込むと丁度いい味わいになりました」。このホタルイカは炙って供すが、噛めば噛むほど味噌の味が出て、実にいい酒のアテになっている。
上段の左はメバチとメカジキ。今回の取材に合わせて前出の鯖同様に和歌山の産物を引いてくれた。これには「生一本黒豆」を詰めて使っている。「マグロは醤油に負けてしまうケースが多々あるんですが、詰めることで丸くなって角が取れるんです。その分、味は濃くなりますが、そんなに量を使わないので負けることはありません」と説明してくれた。内田さんは「生一本黒豆」に思い入れがあるそうだ。以前、個人的に調理をする時に一番いい醤油を買おうと思って売場の棚から取った。それが「生一本黒豆」だった。「この醤油は、味がしっかりして色んなものに使いやすい。店では高級すぎてなかなか使えませんが、取材用(試作用)にと送って来た時にその頃のことを思い出しましたよ」。今回は刺身でも直接醤油に漬けるのではなく、「生一本黒豆」を詰めてそれを魚に載せて食べるようにしている。「詰めているが、濃くても辛みを感じない」のはそんな使い方もあってのことだ。
上段中央はセミドライトマトをくるみ味噌で調味した一品。「赤だし」をみりん、トマトジュースで割って、くるみと混ぜてドライトマトにかけている。このドライトマトは、自分の所で作るそうで、二日ぐらいかけて旨みを凝縮させている。「赤だし味噌は米を三年ぐらい寝かせて造るそうですね。他のものが入っていないから使いやすく、シンプルな味がいい。赤味噌の甘さや辛さがうまく出ています。」
上段右は下と同じくホタルイカを使った一品。「柚子梅つゆ」1に対し、酒1で割り、そこに干しホタルイカを漬け、それを炙っている。酒で割っているのは、食材を柔らかくする意味と、そのままだと濃くなりそうなので味のバランスを調えるため。内田さんは当初「柚子梅つゆ」だけでもいいかと考えていたが、干しホタルイカが塩分を有すので辛くなる嫌いがあると思って酒で割ったと語っていた。「炙らなくてもいいんですが、変化をつけるためにあえてそうしたんです。」
今回は取材用で私だけのスペシャリテとして出してくれたのだが、「酒肴盛り合わせ」は、日本酒のアテになるように考え出されていたもので、ちょこちょこつまめるようになっている。その考え方をベースに湯浅醤油や丸新本家の商品を用いて酒の肴を考えてくれたのだ。「定番にもひとクセを入れたい」というのは内田さんのモットーで、この「酒肴盛り合わせ」もそうだが、他のメニューも変化球っぽいものが多い。「これほど工夫を凝らすには、ずっと調理していなければならないでしょう」の問いに「そうですね。でも好きなので…」の答えが返って来た。素材にこだわって変化球のような料理を作りたい_、そんな内田イズムが感じられた「酒肴盛り合わせ」であった。
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<取材協力>
お酒がススムごはんや1975
住所/大阪市北区天神橋1-9-6 リリーフ1階
TEL/06-6450-6634
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営業時間/18:00~翌1:00入店まで
休み/不定休
メニューor料金/
塩うにとインカの目覚めのポテトサラダ 450円
若鶏唐揚げすりおろし林檎漬け 600円
出汁巻き玉子 550円
生のりの出汁巻玉子だしかけ 650円
親子出汁巻 700円
和牛の肉じゃが饅頭 700円
鮪の酒盗の細巻き 600円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。