112 2023年01月 和歌山市十一番丁_、ここは市役所からも近く、周りに会社も多いことから繁華な場所である。この街の一角に佇む「にほん酒、まえ畑」は、店名からもわかるように日本酒をコンセプトにした和の飲食店。店内は靴を脱いであがる小あがり風で、カウンター11席とこじんまりしている。このスタイルだと「ホール回りに人がいらないから」と前畑孝実・理恵子夫妻が切り盛りしている。料理は、日本酒に合いそうなものばかり。小皿風に出て来て、燗酒をちびちび飲みながら長居するのが、どうやらこの店の過ごし方らしい。前畑夫妻は、気さくで一見さんにも垣根を作らない。夫妻の人柄もあってオープンして一年ほどなのに、すでに盛況を呈している。今回は、そんな和歌山の止まり木で、湯浅醤油・丸新本家の商品を使いながら日本酒に合う料理を作ってもらった。普段から〝湯浅醤油推し″の二人が考えた酒のアテを紹介しよう。

にほん酒、まえ畑 前畑孝実
(「にほん酒、まえ畑」店主)
「和歌山出身なので金山寺味噌には、
昔からなじみがあります。中でも
『具だくさん金山寺味噌』は、
具材が細かく切っておらず、
コリコリした食感も楽しめるのが
魅力。具と味噌の旨さが二つとも
味わえるスグレものです」

杜氏に出会って店のコンセプトが変わった!

 

イウエ

南海和歌山市駅から歩いて約15分。和歌山城が望める繁華な地に、店先に杉玉を吊るした店がある。看板や飾り気はあまりなく、そこが和の店であることさえわかりにくい。知らせるものは、店先の杉玉のみとなっている。杉玉とは、〝さかばやし″とも呼ばれ、酒の神を祭る大神神社発祥のもの。三輪山の杉が聖なるものとされ、それで玉を作り、飾ることで新酒ができたことを知られる目印にした。江戸初期の文化が今に伝わるものだ。「にほん酒、まえ畑」は、杉玉からもその名称からもわかるように日本酒にコンセプトを置いた和の店になっている。店主・前畑孝実さんに聞くと、店先に吊るされた杉玉にはエピソードがあるらしい。「当店の杉玉は、2021年の東京オリンピックでスケートボード女子パークで四十住さくらさんが金メダルを獲った時のものなんですよ」。四十住さくらさんは、和歌山県岩出の出身。自宅付近での練習場として酒造会社「吉村秀雄商店」が倉庫内に複数の湾曲面を持つ専用練習場を造って応援した。彼女は、そこで練習を重ね、スケートボードの初代女子金メダリストになったのだ。前畑孝実さんの話では、その時酒蔵に吊るされていた杉玉を譲ってもらったそうだ。「酒蔵からしたらお古の杉玉かもしれませんが、当店では金メダリストの記念すべき関連品だと思って吊るしています」と言う。

オ カ

今でこそ和歌山市内に店を構えている「にほん酒、まえ畑」だが、以前は岩出市で「旬彩にごろ」という居酒屋だった。前畑孝実さんは、高野山の麓のかつらぎ町の出身。高校を出て一旦はサラリーマンをやっていたが、22歳で転職し、飲食の道へ入った。本人に聞くと、「料理が好きだったわけでもなく、包丁さえ持ったこともなかった」らしい。たまたま居酒屋を新規にオープンする店があってその求人募集を見てアルバイトで勤めたのがきっかけ。やがて本雇いになって15年もその店で働いていた。37歳で独立し、岩出で「旬彩にごろ」を営んだ。この店では、今のように日本酒にスポットを当てていなく、魚を主にした居酒屋だったようだ。順風満帆に行っていた店を2020年からコロナ禍が襲い、宴会需要がパタッとなくなり立ち行かなくなった。そこで思案した挙句、繁華な和歌山市街へ移り、コンセプトをがらりと変えて「にほん酒、まえ畑」を開くに至ったのだ。新しい店は、靴を脱いで上がるカウンターのみのスタイル。席の下は、数ある日本酒の貯蔵庫になっている。「他店と差別化する意味で、日本酒だけに絞り、それを片手に一杯飲みながら食べるスタイルにしました」と前畑孝実さん。小瓶(ビール)はあるものの、あくまで日本酒のみを楽しむ店に。そんな潔さと肴になりそうな料理を小皿で出す形がウケて繁昌しているようだ。名刺には、御料理番=前畑孝実、御燗番=前畑理恵子と書かれているようにサービスを奥様の理恵子さんが担っている。前畑理恵子さんは、「今のコンセプトを考えたのは、藤田晶子さんという杜氏に出会ったことが大きい」と話していた。藤田晶子さんとは、前述した「吉村秀雄商店」の女性杜氏。能登杜氏四天王の一人と称される農口尚彦さんが造る山廃に憧れて弟子入りした。彼の下で修業を積み、ある時、師匠から「和歌山の酒蔵が杜氏を探しているので行ってみないか」と声をかけられ、はるばる岩出までやって来た。近年、女性杜氏は増えては来ているが、まだまだ稀有な存在。そんな中でも彼女が造る「車坂」は、かなり評価が高いので注目されている杜氏の一人ともいえよう。「吉村秀雄商店」は、大正4年の創業。紀の川の伏流水を仕込み水にし、「車坂」や「日本城」などを造っている。藤田晶子さんは「米の旨みを引き出し、キレのある酒を。旨みの中に透明感ある酒を造りたい」と日本酒づくりに邁進している。前畑孝実さんも理恵子さんもそんな藤田晶子さんと出会ったことで日本酒のイメージがガラリと変わったと言い、あえて店のコンセプトに日本酒を持って来たのだ。藤田晶子さんは、酒蔵から近かったこともあって前の店(旬彩にごろ)に何度も足を運んでくれ、前畑夫妻に日本酒の魅力を伝えたようだ。「ある日、藤田晶子さんに燗酒を上手に出してくれる店へ連れて行ってもらったんです。その時の燗酒が美味しくてすっと飲めた。これで日本酒のイメージが一新しましたね」と前畑理恵子さんは語っていた。彼女に色々と教えてもらったおかげで小さな蔵が造る日本酒が、料理に合うとわかり、「にほん酒、まえ畑」のコンセプトが決まった。同店では、100種類ぐらいの日本酒があるらしい。その中から20〜30種をリストアップしてオススメ品にしている。当然推しは「車坂」。前畑理恵子さんも「品の良い米の旨みとキレの良さがあって料理によく合う」と薦めている。前畑孝実さんは、「純米酒を置き出したら料理が手抜きできなくなってしまった」と笑う。聞くと、前店の時より仕込み時間が倍になったそう。そして素材の味を大事にするようになったという。旨味調味料と日本酒は合わないとし、料理酒を用いず、調理にも山廃を使っているようだ。「おかげで材料代は高くかさむようになった」と笑うが、前畑夫妻を見ていると、いいものを知ると、確実に人生が豊かになるとわかる。

 

「白搾り」を使って上品なコクを持たせる

 

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「にほん酒、まえ畑」は、色んな酒を飲んでほしいと、基本的には半合で提供している(二人なら一合を出す)。燗酒をメインにやっており、一合だと飲み切る前に冷めてしまうのも理由の一つ。前畑理恵子さんは、「美味しい温度で出すように心がけている」と説明しているのだ。同店が「車坂」を推しとしているように、醤油では湯浅醤油の商品をこれまた推しにしている。料理は、日替わりで30種くらい。酒のアテになるようなものが多い。「前の店では、スーパーで買い求めた大手メーカーのもので調味していましたが、一回湯浅醤油を使うと、もう戻せなくなりました」と前畑孝実さんが言うようにいいものを覚えてしまうと、他の調味料では満足できないのだろう。

ク ケ

ところで今回も湯浅醤油と丸新本家の商品を使って前畑孝実さんに料理を作ってもらった。「にほん酒、まえ畑」では、常に同社の商品を使用しているので手慣れたものである。前畑孝実さんが作ってくれたラインナップは、①秋刀魚の白醤油干し②鰆の金山寺味噌田楽③カカオ醤ナッツのクリームチーズ④金山寺味噌のあんぽ柿バターである。①と②は同じ器に盛って出て来ており、③と④はおつまみとして考えたそうだ。
まず、「秋刀魚の白醤油干し」だが、これには「白搾り」が使われている。「白搾り」と「根来桜山廃仕込み」(日本酒)を2対1で合わせ、そこに秋刀魚を30分程漬ける。それを1〜2日間干して一夜干しを完成させ、当日加減を見ながらサラマンダーで焼くのだ。酒のアテとして作っているので味はいささか濃いめ。秋刀魚にしっかり味が乗って日本酒に合うように設計されている。前畑孝実さんによると、「白搾りは色がつかないから重宝する」とのこと。塩味はあるものの、日本酒で割ることで柔らかくなっている。「料理酒だと、薄っぺらな味に仕上がるんですよ。今回は『吉村秀雄商店』の『根来桜』を使いましたが、山廃仕込みを使うことによって味が柔らかく仕上がります」。そして「白搾り」が上品な濃さを醸し出している。

コサ

同じ皿に載っている「鰆の金山寺味噌田楽」は、「白搾り」と「具だくさん金山寺味噌」を使ったもの。今回も「白搾り」と「根来桜」を合わせているが、こちらにはみりんが足されている。その液に鰆を10分程漬け込んで味を染み込ませ、その上に「具だくさん金山寺味噌」を載せてからサラマンダーで焼いている。「塩焼きだと金山寺味噌と合いにくいだろうと思って醤油焼きにしました」と前畑孝実さんは説明する。あらかじめ「具だくさん金山寺味噌」を、火が通りやすいように叩いておき、鰆の上に載せてトロ火で焼くそうだ。「普通の火だと味噌ばかりが焦げて魚の中まで通らない。なのでトロ火で熱を入れて行くんですよ」と言う。「丸新本家の『具だくさん金山寺味噌』はすでに完成された味だ、と前畑孝実さんは説明する。なのであまり手を加えず、調味したかったに違いない。一方「白搾り」は、白醤油なので色がつかないのがメリット。「普段の料理でもちょっと足すだけでコクが出る」と言い、この店では椀物などに多用される。今では欠かせない調味料として位置づけられているように思えた。

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「カカオ醤ナッツのクリームチーズ」は、一見洋食系の料理を思わせるような一品。前畑孝実さんは、今回の取材で初めて「カカオ醤」を使っている。このカカオ感をどう活かそうかと思案したようだ。そこで「根来桜」を入れて少し延ばしてみた。チョコレートでもわかるようにナッツとカカオが合うと思って空煎りしたナッツと「カカオ醤」を合わせ、さらにクリームチーズを合わせてみた。ところがクリームチーズと「カカオ醤」だけだとケンカをしてしまうので「あえみそ」を混ぜて一体化させると、丁度いい塩梅(あんばい)に仕上がったという。「この品は、けっこう考えたんですよ」と前畑夫妻。お互い感覚が違うので、両方の意見を出し合って一つのものにしたらしい。「蜂蜜や胡椒も加えてみたが、『あえみそ』だけで十分でしたね」。煎って香ばしさを出した方がいいとの意見もあってナッツをそのように調理し、歯応えを持たせた。

スセ

最後の「金山寺味噌とあんぽ柿バター」であるが、この手のバター系のつまみは、旧来からあるらしい。今回は、金山寺味噌と合わせるために中味を替えてあんぽ柿を使った。福島県伊達市(旧伊達郡五十沢村)で大正時代に開発されたあんぽ柿は、渋柿を硫黄で燻蒸して乾燥させて作る。単に干しただけの柿と違って半生のようなジューシーな食感で仕上がるのだ。このあんぽ柿と無塩バターを合わせ、固めた後に「金山寺味噌」を載せた。味噌の塩味と柿の甘みが調和して、そこにバターのまったり感が加わり、酒のいいアテになっている。「あんぽ柿は、ポタポタした食感なのでそこを歯切れよく作ったんです」と前畑孝実さん。奥様の前畑理恵子さんは、「コリコリしているのはナッツの食感です。金山寺味噌の味が利いていいでしょ」と言い、柿の甘さとバターのまったりさが印象的と説明する。バターを噛み締めて味わうと、何となく燗酒が飲みたくなるから不思議だ。

ソ タ

「にほん酒、まえ畑」では、普段から「白搾り」「あわせみそ」「樽仕込み」「金山寺味噌」を使っている。前畑孝実さんは、和歌山出身だけあって金山寺味噌には昔からなじみがあるようだ。それでも「具だくさん金山寺味噌」は、かなり評価が高く、絶賛している。「大抵は具材を細かくして味噌と一体化させているのですが、『具だくさん金山寺味噌』は、それらとは異なり、具と味噌の二つの味が楽しめるのがいいですね。瓜も形そのまま残っており、コリコリした食感が味わえる_、そんな点を高く評価していますよ」と誉めていた。2021年12月26日にオープンしたという「にほん酒、まえ畑」だが、丁度一年が経ち、和歌山市民にも徐々に認知されつつある。連日の盛況ぶりは、前畑夫妻が本物を愛する精神が顧客に伝わっているからこそ。取材して夫妻の人となりが実感でき、「いい店だなぁ」と改めて思った。

 

 

  • <取材協力>
    にほん酒、まえ畑

    住所/和歌山市十一番丁20 マルサビル1階 にほん酒、まえ畑

    TEL/080-1501-5527

    HP/ Instagramはこちら


    営業時間/17:30〜23:00

    休み/不定休

    メニューor料金/
    車坂 山廃純米酒 半合600円
    車坂生純米酒 半合600円
    車坂純米酒 半合400円
    超久純米酒 半合500円
    黒牛別誂純米酒 半合500円
    鰆造り 1000円
    鯨鹿の子 1500円
    白甘鯛うろこ焼 2000円
    太刀魚金山寺味噌田楽 1200円
    阿波尾鶏塩焼 1000円
    生牡蠣ポン酢 1200円
    千造り豆腐醤油がけ 950円
    柿の白和え 650円
    数の子酒粕漬け 650円
    ※料理は季節や日によって替わる。


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい