46 2017年01月神戸港中突堤先端に位置する「神戸メリケンパークオリエンタルホテル」は、神戸の街中にあってリゾート感溢れる宿泊施設。私のお気に入りの一つで、以前にもこのコーナーで同ホテル内の「ステーキハウス オリエンタル」を紹介した。当時平塚孝さんが料理長だったのだが、彼は三年前に辞したために今では鍬先章太さんが調理面を任されている。この鍬先シェフが実にユニーク。鉄板を一つの調理器具とみなし、それを駆使して単に焼くだけではない料理を提供しているのだ。この久しぶりの登場店に私は挑戦状を送っていた。さて鍬先シェフは、湯浅醤油・丸新本家の商品群を使いながらいかに魔術(マジック)を披露したのであろうか。とくとご覧あれ。
ステーキハウス オリエンタル
鍬先(くわさき)章太
(ステーキハウス オリエンタル料理長)
「魯山人醤油は、まろやかさが印
象的。一般的なものなら入れすぎ
ると調整がきかないが、これは
浸透してくれるので大丈夫。
食材に順応してくれる調味料です。」
客前で調理するなら、自らがストーリーテラーにならないと…
中突堤に突き出したかのように建つ「神戸メリケンパークオリエンタルホテル」は、神戸の街中にありながらリゾート感覚を十分味わえる場所。私の自宅からはそんなに遠くないのだが、ここに泊まると、なぜかリゾート地を訪れたような錯覚になる。多分周りの景色とホテル内の雰囲気がそうさせてくれるのであろう。
このホテルの最上階にある「ステーキハウス オリエンタル」は、以前にもこのコーナーで書いた。その時は平塚孝さんが料理長だったのだが、三年前に彼が辞めて、その後「横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ」に移ったので2013年7月からは、鍬先章太さんが料理長としてこの店の料理を任されているのだ。
鍬先シェフは、平塚さんの時代から知己があったが、じっくり話してみると、なかなか面白い人物。「料理は素材が大事」と自身が料理長に就任してからは、農家や牧場、漁場を自らの足で歩いて食材探し勤しんでいる。「生産者の声を聞くとその食材のことがよくわかります。鉄板焼きの店なので私達は常にお客様の前で話しながら調理しているんですよ。そんな時に話のネタに用いることもできるし、お客様も食材の情報を聞いた上で食べると余計に味わいが増すように思えます」と話している。だから産地の事情にも詳しい。先日は由良漁協(淡路島)まで出かけて行き、「海幸丸水産」の橋本一彦さんの所で泊まって来たらしい。「由良で見つけた足赤海老は、車海老レベルの美味しさ。早速、店で使っているんです」と言う。「農家にもよく行きます。2016年は虫害が酷かったようですね。生産者に聞くと、土の中のホウ素が欠乏すると野菜に苦みが出て来るのだそう。こんなことも行かないとわからないですから…」。鍬先シェフは、客前で調理する手前、「私達がストーリーテラーにならないと…」と話す。料理人は忙しく、店から外へ出る機会が少ない。こんな現状を打破しながら産地で物を見たり、取材して歩く鍬先料理長は、まさに天晴れ。これからの料理人は、待つのではなく、攻めるべきだとの私の自論を実践している人物だといえよう。
調理師という職業は異動が多い。師匠が移れば弟子もついて行く。そうしながら色んな所で料理を覚えていくことが多いのだ。ホテルは尚更で、ふと入ったホテルに以前別の場所で知己を得た人が働いていたりする。そういった意味からも鍬先シェフは珍しく、「神戸メリケンパークオリエンタルホテル」の純粋培養だ。姫路の調理師専門学校を出てからここに就職し、このホテルの調理場でずっと働いて来た。とは言っても一所にいたわけではなく、バイキングレストラン「サンタモニカの風」や宴会・婚礼の調理をした後、「ステーキハウス オリエンタル」へ移っている。平塚さんがこのホテルに来たのを機に異動したようで、仕事に厳しかった平塚さんの眼鏡(めがね)に適ったのであろう。平塚さんは年齢が若かったにも関わらず、古き良き時代の空気を大切にする人で、厳しい雰囲気を調理場に持ち込み、若い調理師を育てた。「こだわりがないのがこだわり」というのが彼のモットーで、発想は自由。オンとオフの切り換えや仕事のメリハリから顧客への気づかいとあらゆる面を下の人へ叩き込んだのである。
平塚さんが辞すことになり、「誰を料理長に据えようか」となった時、平塚さんの推薦もあり、部長やGMも話し合って鍬先さんを推挙したそうだ。こうして鍬先さんは30歳で料理長になっている。当時同ホテルでは最年少の料理長だったらしい。
鍬先シェフは、そのポストについてやる気がより湧いたのと同時に考え方も変わった。平塚さんのいい所は勿論継承するが、少しずつ前任者の殻をこわしてみたいと思うようになったのだ。平塚さんが個性的でチームを引っ張って行ったのに対し、鍬先シェフは自身のキャラクターもあり、「チームでいっしょにやって行こう」と声をかけた。調理については独善的ではなく、皆で意見を出し合って考える。そして仕事は黙ってする的な考えをなくし、しゃべりながら楽しく仕事をするスタイルに変えたのである。そのイズムが浸透しているからか、店舗は明るい雰囲気に覆われている。平塚さんのスタイルもいいが、これもまたいい。要は顧客がいかにいい状況下で美味しいものが食べられるかなのだから。
鍬先シェフは、自分達のチームカラーを押し出すために前任者の殻をこわしたと言っているが、平塚さんの発想力の面白さやら、料理への強いこだわりは、彼に十分に受け継がれている。料理長が代わるとがっかりするケースがたまにあるが、ここはそうではない。鍬先シェフのやる気と発想力が十分窺えて、いい意味での平塚イズムを受け継ぎながら前進しているように思える。かつて平塚さんは私に、「鉄板は単にステーキを焼く場所ではなく、一つの調理器具として用いる」と話していた。今日、久しぶりに鍬先シェフに会って改めて思ったのは、ステーキハウスを単なる一つの料理ジャンルとするのではなく、客前で色んなパターンを見せながら技を駆使する場所とすること。焼くのは勿論、蒸すのも可能。火を直接見せずに鉄板を介しながら調理していく_、そんな店が「ステーキハウス オリエンタル」なのだ。
調味料の個性をいかし、いかに調理していくか
さて私からの挑戦状を受けた鍬先シェフは、湯浅醤油、丸新本家の商品を用いながら四つ料理を用意していた。一つは前菜仕様のフォアグラの料理、そして二品目からは足赤海老のフランと黒鮑の鉄板焼きを挟んで、平塚さんへのオマージュとして鯛の茶漬けで締める_、こんな展開である。最後の一皿は、かつてこのコーナーで平塚さんがサイフォンを用いながら「真鯛のガーリックライス サイフォンスープ」を作ったことによるもの(名料理、かく語りきvol.4を参照)。これを鍬先シェフはヒントにし、自分ならではのお茶漬けにした。
まず一皿目だが、「金山寺味噌」の濃厚さをうまく表現したもの。それに「濃厚なフォアグラにあえて『しょうゆもろみ』を擦り込ませて作った」と発想点を鍬先シェフが説明していたものだ。フォアグラのテリーヌは、「しょうゆもろみ」1に対してフォアグラ3の割合いで作る。それに柿のスライスとブリオッシュのクルトン、白葱、アイスクリームを添えている。このアイスクリームがびっくりするもので、「金山寺味噌」とフロマージュブラン、クリームチーズで作っている。これまで色んなものを喰って来たが、金山寺味噌をアイスクリームに使うとは何と衝撃的なことか!食べると塩味、甘味、酸味の三つが同時に舌に伝わり、複雑な味になっている。多分味噌から塩味が出ているのであろうが、それが勝つわけでもなく、程よい調和を示しているのだ。
肝心のフォアグラは、生のものに「しょうゆもろみ」を擦り込んで真空パックにし、浸透圧をかけて60℃で50分ほど調理するのだそう。こうして味が混ざったらザルに揚げて冷やして固める。そして「しょうゆもろみ」をさらに擦り込んでコーティングする。「ペーストにしてしまうと、もろみ自体の食感がなくなってしまいます。噛み合わすことで旨みは感じると思い、あえてそうしませんでした」と話している。この一皿は、前菜にふさわしい美しいもの。フォアグラと「しょうゆもろみ」がうまく一体化し、柿とグリオッシュが緩和材となる。秀逸なのはやはりアイスクリーム。鍬先シェフも「金山寺味噌の濃厚さにあえて甘みを合わせた。金山寺味噌なのでしっくり来るコクが得られると思ったんです。フォアグラを食べると冷製感が欲しいと感じるんですよ。だからこそのアイスクリーム添えです」とその理由を教えてくれた。
二皿目は、由良漁港で水揚げされた新鮮な足赤海老を使ったものだ。平塚さん同様、「鉄板は一つの調理器具」と語る鍬先シェフの真骨頂的な料理である。足赤海老はなじみがない呼称かもしれないが、これが車海老レベルに旨い。特に由良漁協・海幸丸水産の橋本一彦さん(同コーナーvol.6参照)が目利きしたものだから尚更だ。
足赤海老の味噌と「魯山人」醤油、卵と和だし、無塩バター、みりんを合わせて茶碗蒸しの生地を作る。黄色い卵が海老の味噌で瞬く間に赤くなるのが面白い。他の醤油ではなく、「魯山人」を用いたのは、この醤油の持つふくよかさを評価して。この生地を銅製のクロッシュ(ドーム型の蓋)で蒸していくのである。「赤みそ」と柚子、太白ゴマ油でオイルを作り、仕上げにかける。この「フラン」なる料理は、コースの二番目にスープ代わりとして出ているという。いつもなら和牛スジ肉、九条葱で作るのだが、今回は特別に足赤海老で作っている。今回は私だけのスペシャリテなので、生地の上にはパリパリになった足赤海老の殻と程よく焼いたその身が載っているのだ。フランは洋風の茶碗蒸しなので味は柔らか、そこに足赤海老の旨みと香ばしさがプラスされている。
三皿目は高級素材・黒鮑を使った一品。卵黄、無塩バター、和だし、「生一本黒豆」(醤油)で和製サバイヨンを作り、肝と合わせる。鮑の肝は苦玉と砂袋をはずしているので苦みは強くない。柚子果汁を搾り、「生一本黒豆」をかけて焼く。
これもプレゼンテーションに長(た)けており、軽く焼いた藁を皿の中に敷き詰め、その上に鮑を載せて軽くスダチを搾りかけている。「藁の香りをまず嗅いでください。田舎の田んぼのような懐かしさが漂って来るでしょ。『生一本黒豆』には柚子が合うんです。最後にスダチを搾るのも鮑調理の際に用いた柚子の旨みを引き出すため。こうすることでプラスαの旨みが出て来るんです」。中には鮑と蟹、小かぶが入っている。柚子・スダチのダブル柑橘系がうまく酸味を引き出した一品は、「旨みが重なりすぎると、しんどい(つらいなどの関西弁の表記)ので間にかぶを挟みました」と言うように、これがいい波止めになっている。自己主張の強い食材は野菜を合わせるべしとの教えを地で行っているような料理だ。これを食べていると、思わずご飯が欲しくなる。それも計算のうちだから心にくい。鍬先シェフは、蛇紋岩米(兵庫県産の米)で炊いたご飯(小さな椀)をさっと差し出した。
最後は締めにふさわしいお茶漬け。単なる茶漬けでなく、ここにも鍬先シェフの技が効いている。ご飯の上にエゴマと鯛を載せてバーナーで炙り、ここにだしをかける。だしは鰹・昆布と鯛のアラ、生姜、葱を入れて「魯山人」醤油で味を調えたもの。だしはしっかりめ。これは「ステーキハウス オリエンタル」ではどうしても牛肉が主役になるので淡い味だと頼りなく感じてしまうからだ。基本的にコースの締めはガーリックライスなのだが、特別な顧客に対してこの茶漬けを提供しているとの話だった。「魯山人醤油はまろやか。だしにけっこう入れたかっと思っても辛すぎることはありません。優しい味わいに仕上がるんですよ」と鍬先シェフ。だしまで飲み干して彼のプレゼンテーションが終了する。そこまで計算して調理している証しでもある。
「曽我さんに今回の挑戦状をもらった時に、以前の平塚さんの記事など色んなものを読み返し、私なりに考えました。『赤みそ』は香りを強調すべきかと思ったんですが、その存在感をあえて主張してみようと頭を巡らせたんです。いかにライトに出すか、そこで柚子味噌を使うことを思いついたんですよ。太白ゴマ油をオイルに用いたのもその一環ですね」と鍬先シェフは丁寧に解説してくれた。彼の印象では「生一本黒豆」は、コクがあって旨みが強い。熟成が長いから香りも十分との感想。片や「魯山人」は、まろやかな味が印象的。一般の醤油なら入れすぎると調整がきかないが、これは浸透してくれるので大丈夫。食材に順応してくれる調味料だとの話であった。いずれにせよ、いい素材を用いるのが「ステーキハウス オリエンタル」の考え方、そこにいい調味料が順応すればこれだけ秀逸な料理ができるのもわかる。ここに鍬先シェフの技術が加わるのだから誰がこれらを納得できないと言えようか。それくらい面白味があって満足できた一品一品であった。
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<取材協力>
ステーキハウス オリエンタル
住所/神戸市中央区波止場町5-6
TEL/078-325-8110(レストラン予約は10:00~21:00)
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営業時間/営業時間/ランチ11:30~14:30LO ディナー17:30~21:00LO
(土日祝のディナーは17:00~21:00LO)
休み/無休
メニューor料金/
メニュー/昼:黒毛和牛ランチ 5100円、5812円
神戸ビーフランチ 11900円、14276円
旬感ステーキランチ 3600円、4075円
夜:コース選 13100円(神戸ビーフ使用なら16664円)
〃 匠 16700円( 〃 20264円)
〃 閃 19800円
〃 海 13100円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。