110 2022年11月 堺市にある三国ヶ丘駅は、南海高野線とJR阪和線が接続しているために乗り継ぎに利用している人が多く、そのためか街も賑わいを見せている。三国ヶ丘駅から歩いて2~3分の所にあるのが「トラットリアコウシン」だ。この店は昨年10月オープンとまだまだ新しい部類だが、リピート率が高く、評判を呼んでいる。人気の理由は、ホテル出身のシェフ・岡村幸治さんと佐藤亮太さんの調理技術にある。岡村シェフによると、自由な発想で顧客に合わせて創作する点にも魅力があるらしい。見ためは仏料理っぽいが、中味は伊料理と、シェフ自身の思いの丈を料理にこめているのもウケる要素だろう。「リーズナブルで上質な料理が食せる」と三国ヶ丘で評判の店で、湯浅醤油・丸新本家の商品を使いながら創作に興じてもらった。さて、二人の料理人は、いかに和の調味料で、伊料理を仕上げたのであろうか。
トラットリアコウシン 岡村幸治
(「トラットリアコウシン」シェフ)
「お店では、以前から『樽仕込み』
を使っており、湯浅醤油の商品には
親しんでいますが、今回の取材用に
『生一本』が来て、その風味に
驚かされました。
醤油をなめた時にその繊細さが
舌に伝わって来ました。」
見ためはフレンチ、中味はイタリアン
今年の初めにプレジデント社から「変態の20則」なる単行本が発刊された。これは湯浅醤油の新古敏朗さんの経営哲学をライターの嶋田淑之さんが取材したもので、実現不可能、ナンセンスとされることに取り組む変革者をあえて〝変態″と称し、経営の道標となるようにまとめた書である。湯浅醤油が阪急百貨店の催事に出ていた時に、某客がこの本に興味を持ったそう。「それなら」と新古さんは「変態20則」をプレゼントしたのだが、その本が堺の「トラットリアコウシン」に伝わり、岡村幸治シェフも欲しいとなった。そして岡村シェフは、遥々、湯浅醤油の蔵まで醤油づくりを見学に行っている。こんな流れがきっかけで今回の取材へと繋がって行くのだ。
私が新古敏朗さんと「トラットリアコウシン」に行ったのは9月末のことである。同店は、南海・JR三国ヶ丘駅から歩いて2〜3分。湯川家具の隣りの建物で、2階に位置している。隣りには、私が以前「噂のバーと、気になる一杯」(サントリーバーテンダーズクラブ)で取材したこともある有名な「Barぽりす」がある。「トラットリアコウシン」は、まだまだ新しい店である。オーナーと、シェフの岡村幸治さんが出会い、「世界一幸せな料理店を作りたい」と始めた伊料理店だ。カウンター4席、4人テーブルが2つ、6人テーブルが1つに、2人テーブル1つという小ぶりな店ながらも「低価格で上質な料理が食せる」と評判が立ち、連日賑わいを見せている。シェフの岡村さんは、広島の出身。祖父は広島ではかなり名の通った料理人だそう。その縁もあってか、「リーガロイヤルホテル堺」に就職し、料理人としての第一歩を歩んでいる。「リーガロイヤルホテル堺」は、その後、「アゴーラリージェンシー堺」に替わるのだが、岡村さんは広島へ一旦戻り、呉の「クレイトンベイホテル」の厨房で仕事をしていた。それから堺へまた戻って来てアメリカンフードで知られる有名なカフェで勤めている。そして2021年10月にオーナーから声をかけられ、「トラットリアコウシン」を開いていたのだ。岡村さんは、その経歴からわかるようにこれまで料理人として王道路線を歩んで来た。もともとは仏料理人だが、伊料理の経験もあったので、この店ではあえて混合型に。「見ためは仏料理っぽいが、中味は伊料理で行く」と決めて営業している。「リーガロイヤルホテル堺時代は、仏・伊とも両方の店があったのですが、仏料理に配属されていた私も厨房が同じだったこともあって伊料理に触れる機会があったんですよ。この店を伊料理店にしようと思ったのは、広島での経験があったればこそ」と話している。「今回、湯浅醤油との縁もでき、醤油や味噌も紹介してもらえたので、全部やってやろうと思っています」と言っている。ここに和の調味料が入って来るとなれば、料理の幅は広がり、ボーダレスに伊料理を表現できる店へとなって行きそうな勢いだ。
岡村さんと一緒に厨房に立っているのが佐藤亮太さん。彼も「リーガロイヤル堺」出身で、岡村さんとは元同僚の間柄。佐藤さんの方は、「アゴーラリージェンシー堺」に替わってからも長く勤めていたようで、同じくホテルシェフの経歴を持つ。それが岡村さんの誘いもあって1月にこの店へ来た。彼の父は、「リーガロイヤルホテル」で長く勤めた料理人だそうで、そう考えてみると、二人とも料理人になるべくしてなったDNAを持っているのだろう。この二人の交わりが今の「トラットリアコウシン」の料理になっている。乗りで始めた伊料理だが、今ではシェフの思い通りの料理を出しながら楽しんでいるように思えてならない。「お客様に何を食べたいか聞いて、即興で作る。メニューになくても作るので、その自由さが気に入って通ってくれるようです」と二人は話している。
店を始めたのは、まさにコロナ禍の真っ最中。それだけに当初は苦労したそうだ。「トラットリアコウシン」の名前を少しでも知って欲しくて岡村さんは、色んな講習会で名刺交換をし、紹介されたら訪ねて少しずつ宣伝して行った。「ようやくリピーターがついて軌道に乗りかかっている」との言葉は、オープン時に苦労したから聞ける台詞でもある。この店では、コースとアラカルトが半々ぐらいだそうで、「おてがるコース」は、前菜・パスタ・メインの三品で2200円、1/2人前ずつの料理で構成される「ハーフコース」が3800円とリーズナブル。その内容が前菜盛り合わせ・ポタージュ・パスタ・魚料理・肉料理・ドルチェなら人気が出るのも納得が行く。ちなみにフルコースは5000円からで、値段を相談してから内容を決めていくらしい。岡村さんによると、アラカルトではリゾットの人気が高いそう。「ベーコンとブルーチーズのクリームリゾット」や「生ハムとポルチーニ茸のクリームリゾット」「丸ごとオマール海老のクリームリゾット」などがある。パスタで目を惹くのは「KOSHIN特製シーフードボロネーゼ」。岡村さんの説明では、「シーフードのボロネーゼがないから広島時代にコンテストで作ったもの」だとか。それをこの店を始める時にパスタにしようと思ったそうだ。こんな発想力もこの店の味になっている。
醤油・金山寺味噌などを駆使して五つの品が
ところで今回も取材用にと、湯浅醤油・丸新本家から商品を予め送っておき、それらを使った料理をこの日に作ってもらった。出て来たのは、①鯛のカルパッチョ②金山寺味噌の入ったパニーニ③味噌クリームのタリアテッレ④鮎のコンフィ⑤低音調理したイベリコ豚の五皿である。
まず一品目の「鯛のカルパッチョ」であるが、ここには「勢粋梅」「生一本」「樽仕込み」が使われている。鯛はマリネしてから醤油漬けにして作るそう。「生一本」、みりん、酒、卵黄、柚子胡椒を合わせたものに4時間程漬けておく。ドレッシングは、「樽仕込み」と大葉、オリーブ油、紫蘇、レモン汁をミキサーにかけて作る。梅のラビゴットソースは、トマト、玉ネギ、梅干(勢粋梅)、オリーブ油と塩・コショウを合わせて作っている。「トラットリアコウシン」では、以前から「樽仕込み」を使っており、その味わいは知っていたらしいが、本取材において「生一本」が来たので、漬け込みダレに初めて使ってみた。岡村さん曰く「他の醤油と違って繊細な味。なめた時に醤油の繊細さが伝わって来た」と言っている。皿に点在するのが梅のラビゴットソースで、全体的にあっさりしているから酸味を持たせる意味で付けている。「勢粋梅は、昔ながらのおばあちゃんの梅干のよう。最近は甘みのある梅干が増えて来て、シンプルな昔ながらのものが欲しいと思っていたら、これが送られて来てホッとした」と語っており、塩と紫蘇しか入ってないシンプルさがお気に召したようだ。「勢粋梅」を使った梅のラビゴットソースがあるおかげで、味のバリエーションが豊富になった印象を受けた。
二品目の「金山寺味噌の入ったパニーニ」には、「金山寺味噌」と「カカオ醤」が使われていた。岡村さんによると、生地に「金山寺味噌」を入れて焼いたそう。ある程度具材の形を見せたかったのでそのまま使ったと言っていた。パンの中を見ると、所々に粒々があってそれが「金山寺味噌」の具だと思われる。「金山寺味噌が入ることで柔らかくなります。もっと入れてもいいが、どうしても色が黒くなるから香る程度にしました」と説明していた。中には和牛のローストビーフがあり、クリームチーズには「カカオ醤」も使っている。「カカオ醤」のチョコレートっぽい感じがアクセントになっている。「カカオ醤は衝撃的。一瞬どう使おうかと考えましたよ。以前チーズケーキに混ぜたことがあったので、今回はクリームチーズと合わせました。これが入ることでチーズの甘ったるさがなくなり、味が激変するんですよ」と岡村さんは、この調味料を高く評している。
三品目の「味噌クリームのタリアテッレ」には、「白みそ」を、そしてトッピングには「金山寺味噌」を用いたようだ。初めに鶏をヨーグルトと「白みそ」でマリネし、真空状態にして75℃で40分ぐらい低温調理する。こうすることで硬くならない仕上げにし、オーダーが通ってから皮が色づく程度に少し焼く。それをパスタに載せ、「金山寺味噌」をデコレーション的に置くと出来上がる。「この料理は、タンドリーチキンをイメージして作ったんですよ。『白みそ』は甘みが際立っていないのがいいんです。でも味が濃くなると思い、ヨーグルトを使って抑えました」と岡村さん。広島出身の岡村さんは、大阪に来て初めて雑煮に白味噌を使用するのを見てびっくりしたそうだ。京都で平安期に誕生したとされる白味噌は、甘みもあることから関西で好まれる。関西に住んでいると、白味噌で作る雑煮は普通なのだろうが、他地域の人からは驚かれるのかもしれない。岡村さんは、ヨーグルトを入れて白味噌の甘みを抑えたと話していたが、私にとっての印象はその逆。ヨーグルトの酸味が白味噌の甘みで抑えられているように思えた。鶏肉は柔らかな食感に。基本的に淡い味になっているから、上に載せた「金山寺味噌」によって深みが出て丁度いい塩梅(あんばい)になっているように思えた。
四品目は、「鮎のコンフィ」。鮎に塩、コショウ、砂糖を混ぜたものを振り掛け、醤油(樽仕込み)を垂らして一日寝かせる。それの水気を取ってからオリーブ油を加え、85℃で7時間オーブンで焼く。「コンフィなので骨まで食せますよ」と岡村さん。ちなみにコンフィとは仏料理の調理法で、食材を低温の油でじっくり煮た料理をいう。語源は仏語のコンフィルで、保存するの意味がある。冷蔵技術が発達していなかった時代に素材を長期保存するために考えられた調理術である。今回の「鮎のコンフィ」には、大葉嫌いでも食べられるソースが使われている。鮎をオーブンで温め、「金山寺味噌」と紫蘇を包んで色づくまで焼くそうだ。大葉のソースを敷いてさらにソースを掛けており、岡村さんはこのドレッシングがいたく気に入っているとのことであった。
最後は「低温調理したイベリコ豚」で、ここには「樽仕込み」を用いた。赤ワインと醤油(樽仕込み)で豚肉をマリネし、75℃で90分間火を入れる。付け合わせは、焼いた万願寺唐辛子と、オリーブ油でじっくり火を入れてバジル、鷹の爪、ニンニクで味付けた茄子、そして温めたトマトである。この低温調理した肉料理は、赤ワインと醤油香が伝わる一皿に。食べると、初めは赤ワインの風味が出て後から醤油香が追いかけて来る。佐藤さんの話では「好評なので7月からアラカルトメニューとして提供している」らしい。「赤ワインと一緒に楽しむ人が目立ちますね」と岡村さんも話していた。
この五品が語るように「トラットリアコウシン」では、粋にとらわれず、顧客の嗜好に合わせて自由な表現方法で料理を作っている。コースの料金からもわかるように低価格で上質なものが出て来るとあって店の評判は鰻のぼり。それがリピート率にも繋がっているようだ。
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<取材協力>
トラットリアコウシン
住所/大阪府堺市堺区向陵中町2−3−13ハイキャッスルビル2階 トラットリアコウシン
TEL/072-323-5781
HP/ 予約サイト
営業時間/11:30~14:30
17:30~22:00
休み/水曜日
メニューor料金/
おてがるコース 2200円
ハーフコース 3800円
シェフおまかせコース 5000円〜
ランチコース〝幸″ 1480円
ランチコース〝信″ 2480円
ランチセット 1000円
前菜盛り合わせ 1580円
丸ごとオマール海老のクリームリゾット 2480円
生ハムとポルチーニ茸のクリームリゾット 1580円
KOSHIN特製シーフードボロネーゼ 1580円
丸ごとオマール海老のクリームパスタ 2480円
鮮魚のカルパッチョ 980円
和牛のカルパッチョ 1480円
肉料理・牛フィレ 2380円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。