95 2021年07月 ニホンザルが生息し、落差33mの大滝がある箕面公園は、風光明媚な地。1986年には森林浴の森百選にも選ばれているほどだ。箕面といえば、紅葉が有名で秋には多くの観光客が訪れる。この滝道に二つの店が昨秋とこの春にオープンした。店名を「フランエレガンYUZUYA」といい、駅に近い方が「別亭」、一の橋のたもとが「橋本亭」の名がついている。ともに営むのは、箕面・西小路のフレンチ「franc et élégant」のオーナーシェフ・浮田浩明さんである。浮田さんは、滝道の活性化と、箕面で産する実生の柚子を訴求したいとの思いでこれらの店を開いた。「YUZUYA」で売られるスイーツ「LITTLE TREASURE」は、その実生柚子を使ったものである。今回は、観光客がそぞろ歩く一の橋のたもとの店で、湯浅醤油・丸新本家の商品を用いて二つのスペシャリテを作ってもらった。フレンチの職人・浮田さんが披露する二品と、彼の箕面への思いを紹介することにしよう。
フランエレガンYUZUYA橋本亭 浮田浩明
(「フランエレガンYUZUYA」オーナーシェフ)
「醤油も金山寺味噌もきちんと造ら
れたもの。
その味わいで、造りの良さがわか
ります。
いい品は、じわっと美味しさが伝
わり、その余韻が永い。
ワインを飲んだ時にアフターが続くような感じに似ています。」
箕面名産の実生の柚子でスイーツや料理を
久しぶりに箕面へやって来た。箕面公園に足を踏み入れるのは、何年ぶりだろうか。とは言っても今回は自然散策が目的ではなく、「フランエレガンYUZUYA橋本亭」の取材なのだ。同店は、阪急箕面線から北へ約400m歩いた一の橋のたもとにあるので、私はかの有名な箕面大滝まで行ったわけではない。ともあれまずは箕面公園について少しふれることにしよう。そもそも箕面は、山岳仏教の聖地といわれ、役行者が開いた修験道の根本道場・瀧安寺などがある。箕面公園自体は、明治の森箕面国定公園の一角にあたり、83.8haの広さ。一体には約980種もの植物が見られ、3000種以上の昆虫が生息しているといわれる。滝道の一応の終点と目される箕面大滝へは、駅から2.8km、時間にして30分ぐらいの道のりだ。大滝は幅5m、落差33mもあり、この壮大な滝から森林を縫うように広がる渓谷は、まさに大自然の賜物。大阪の市街地から電車で約30分の所にあるわりには、これだけ自然豊かな場が現れること自体に我々はありがたいと思わなければいけない。
最も有名なのは、秋の紅葉シーズンだが、夏も納涼目的で訪れる人は多いそう。また、箕面山サルの生息地でもあり、ニホンザルが野生のままベッドタウン近くに住む珍しい地域でもあるのだ。私も若い頃は、自然散策を目的に駅から大滝まで歩いたものだ。ただ今は、あまりにもプラスイオン(?)に染まったからか、箕面公園が遠のいている。何年か前に来たのも滝道の途中にある日本料理店の取材。そう考えてみると、運動不足もさることながら自然との交わりを自らが絶ってしまっているのかもしれない。今回取材する「フランエレガンYUZUYA橋本亭」の浮田浩明さんも「今では観光地といえないくらいの人通り」と言うように、私のような人間が多くなっていることがわかる。この滝道を活性化したいと「フランエレガンYUZUYA橋本亭」や「フランエレガンYUZUYA別亭」を開いた浮田さんは、まさに地域に貢献している人物といえるだろう。
さて、本論の「フランエレガンYUZUYA橋本亭」だが、この店のオーナーは、2010年から箕面で「franc et élégant」なるフランス料理店を開いているシェフ・浮田浩明さんである。彼は大阪の出身で、大学の頃から色んなレストランで修業をし、ロアラブッシュの誘いで北摂のフランス料理店でスーシェフを務めた。その後、箕面にて独立を果たしたのだ。現在は、その「franc et élégant」と滝道にオープンさせた二店舗を経営。加えてガンバ大阪の本拠地であるパナソニックスタジアム内のレストランの面倒も見ている。料理技術の高さやバラエティの豊かさが評価され、ガンバ大阪のエグゼクティブシェフを兼任することになり、VIPの料理から選手育成料理までスタジアム内のレストランで提供しているのだ。浮田さんと話していて感じるのは、私の知人でもある田中愛子さんの影響を受けていること。自身も「田中愛子さんが提唱する『食卓の上のフィロソフィ』に感銘を受けてフードスタディーズを学んだ」と語っている。2018年には、フードスタディーズが盛んなニューヨークに田中愛子さんと一緒に出かけ、現地シェフらとの交流を持っている。そしてサスティナブルな食を研究し始めたようだ。そんな動きの中で出合ったのが箕面実生の柚子なのだろう。
実生と書いて「みしょう」と読む。これは種子から発芽した植物を指す。接ぎ木などの繁殖方法と区別するときに用いられる用語で、一般にいう芽生えの意。種子から成長した植物体を実生の〇〇と表現するのだ。普通、柚子は接ぎ木から栽培される(接ぎ木栽培の柚子は4~5年で収穫する)のだが、箕面には実生の柚子があり、今でも100~200年の木が毎年実をつけている。「箕面の柚子は、1300年前に伝わったといわれています。種から育ち、50年かかって味に円熟味が増す貴重なものなのです」と浮田さん。そういえば、ことわざで“桃栗三年、柿八年”というのがある。これは、植えてから実がなるまで何年かかるかを謳ったもので、“柚子の大バカ18年”と続く。つまり実生の柚子は収穫までに18年かかるということか。ちなみに“柚子は9年でなりさがる”とか“柚子は遅くて13年”というのもある。なりさがるは、なりかかるで、13年の次は、“柚子の大バカ18年”となるのだろう。箕面は、日本の三大実生柚子の産地として知られ、市内の止々呂美(とどろみ)地区で栽培されるものは、ほとんどが実生柚子。大粒で香りが高く、接ぎ木栽培したものとは、比べ物にならないほどいいらしい。自らの力で成長するから、木の持つ力を十分に備えた味になるのだろう。
浮田さんは、「環境を守らないと、この実生の柚子を守ることができない」と言っていた。そして箕面の名産である実生の柚子を無駄なく使いたいと考えてスイーツや料理に用いるようになった。その結果の一つが「フランエレガンYUZUYA」で売られている「Minoh Sweet LITTLE TREASURE」なのだ。このお菓子は、フェアトレードホワイトチョコレートと黄身餡を合わせて、柚子の香りを求肥で包んだもの。生チョコと黄身餡が合わさっているものの、甘さを抑えた逸品で、柚子の風味がよく感じとれる。「フランエレガンYUZUYA橋本亭」は、このショップとカフェが一体になった店になっているのだ。
同店は、箕面公園内の一の橋のたもとにあると書いた。浮田さんによると、「ここより先へは車が入れず、Uターンする場所になっている」そうだ。滝道には駐車場がないために行くなら徒歩。一の橋までは400m程なのでそんなに遠くはない。「フランエレガンYUZUYA橋本亭」は、1階がテイクアウトと物販のスペースで、前述の「LITTLE TRESURE」や実生の柚子で造ったドレッシングを売っている。そして店の奥は、一の橋の風景を借景に利用した川床型のオープンスペース。ここでくつろぐと、風の通りもよく、夏には納涼感覚が味わえる。2階はカジュアルだが、ちょっと贅沢なカフェ仕様に。天井が高く、広々とした空間で食事や喫茶が楽しめる。さらに奥にはソファを配した個室もあるのだ。建物を見てもわかるのだが、ここは旅館のあったところ。明治43年に建てられたという木造建築の橋本亭があったのだ。それが2018年の大型台風の被害に遭い、建物が潰れてしまった。今あるのは、元の形を再現したものである。市の公募によって浮田さんが2020年10月から「フランエレガンYUZUYA橋本亭」を開くに至った。
YUZUYAブランドは、もう少し駅寄りの滝道に「フランエレガンYUZUYA別亭」がある。こちらは2021年4月のオープンで、「橋本亭」がカフェと物販なのに対し、「別亭」は、わっぱモダン寿司が売り。十和田(青森)の小栄商店の小笠原えつこさんが作る漬物「Vege Treasure」とのコラボで誕生した。魚が獲れないといわれる昨今、旬の野菜や発酵食を見直すことから考案された魚&野菜と漬物をうまく合わせた寿司をテイクアウト商品として販売しているのだ。一例として「かんぱち」(1200円)は、カンパチとえつこさんの5年熟成味噌と自家製にんにく醤油を合わせた味噌ダレでマリネし、柚子とスダチの香りで仕上げたお寿司だ。「サーモン」(1200円)は、サーモンを醤油、ワサビ、ゴマ油、香味野菜でマリネしたハワイのポキ風に仕上げた寿司で、柚子香と寿司酢がピタッとはまっている。どれも彩りがあり、まさにフレンチの職人が作った寿司といえるだろう。
素材の融合からか、軽くペロリと食べてしまう
ところで今回も予め浮田さんに湯浅醤油と丸新本家の商品を送っておき、この取材用オリジナル料理として創作してもらうことにした。浮田さんと新古敏郎さんは、田中愛子さんを通じて知り合っており、彼自身もすでに同社の商品を使っていたので特性もよく分かった上で、本取材にチャレンジしてくれたよう。想定する料理は、「橋本亭」と「別亭」で出せそうな範囲のものに。ひょっとしたらこの後にメニュー化もありえるかもしれない(!?)。一つめは、「フランエレガンYUZUYA橋本亭」を見据えたようなサンドイッチである。この取材用のスペシャリテなのでメニュー名はないのだが、一応「金山寺味噌を使ったヘレカツサンド」としておこうか。ボリューミーなサンドイッチは、ヘレカツと大葉、赤キャベツとキャベツをマリネしたものを挟んでいる。ソースは、「うす塩紀州金山寺味噌」と「生一本黒豆」「白搾り」を用い、その他に「丹波黒みそ」、とんかつソース、ウスターソース、にんにくみそが使われている。にんにくみそとは、前出の小笠原えつこさんの作ったもので、この商品については浮田さんはかなり傾倒していると思った。「田中愛子先生と青森に行った時に出合ったものです。青森は永く雪に閉ざされる期間があるからか、発酵食品が秀でているようです。食べてみたら飛び抜けて美味でした。小笠原えつこさんは、商売気がない人で、なかなか譲ってもらえません。二回行ってやっと送ってもらえる交渉が成立したのです」。
この「金山寺味噌を使ったヘレカツサンド」は、食べると軽い印象を持つ。普通カツサンドは重たくなりがちだが、そんな雰囲気は決してなく、ペロリと食べてしまう。浮田さんは「ヘレカツだから」と謙遜するが、やはり彼の腕にかかると、ここまで軽く食せる一品になるのだろう。「ポタージュは飲み続けられませんが、味噌汁はいくら味わってもウェッと来ることがないでしょ。それがミソかもしれませんね」と話す。とんかつソースばかりだと重くなるのだが、ここに金山寺味噌と黒豆の味噌が入ることで、うまく味をまとめて、ソースの軽さを出しているのではなかろうか。
実は浮田さんは、子供の頃、金山寺味噌が苦手だったそう。ところが大人になって野菜につけて食べたら旨かった。特に丸新本家の金山寺味噌はきちんとした造り方がなされているので、すっと入って来ると表現する。「紀州金山寺味噌が甘かったので、少ししょっぱめの味がした『丹波黒豆みそ』を1対1の割合で合わせました。すると味がちょうど良くなったので、あとは何もしなくていいと思ったのです」。全体的に美味しいものは、じわっと味が染みて来る。これらの味噌も同様で、味の余韻が永いのだとか。「まさにワインを飲んでアフターをくつろぐような感じですかね」と浮田さんは表現していた。食べてみていい和のカツサンドだと私も理解した。
二つめの「柚子梅つゆを使ったYUZUYA寿司」は、「フランエレガンYUZUYA別亭」を想定した料理であろうか。同品は「別亭」で提供しているわっぱモダン寿司の形をとっている。寿司飯の上には、サーモン、スナップエンドウ、淡竹、ワラビ、キュウリ、ワカメ、ディルの花、そして小笠原えつこさんの漬物が載っている。寿司というよりサラダのような感覚で、実に華やか。和食の職人ではできそうにない盛り付けで、フレンチのシェフがやったものだと実感させられる。ここでは、タイトル通り「柚子梅つゆ」が使われている。浮田さんによると、甘みがあったのでパンチを出す意味でも梅干のエキスと合わせてマリネしたのだとか。「柚子梅つゆは、シンプルで美味しいと思いました。何にでも合うので、すぐに使ってしまいそうになります。だからこの容量ではすぐになくなってしまうのですよ」。
一つめのヘレカツサンドもそうだが、このわっぱモダン寿司もあっさりしていて軽い。浮田さんは、総合的に飽きさせず食べられるような品を考えて作っているのだ。「寿司ばかり食べていたのでは飽きて来るから、リフレッシュする意味もあってえつこさんの漬物を加えています」と説明している。青森の蕪や大根は硬く、漬物に適するように作っている。そんな漬物がサーモンや野菜にうまく融合して独特のわっぱモダン寿司を形成しているのだ。
今回は取材用にと、スペシャリテを二品披露してくれたが、普段の「フランエレガンYUZUYA橋本亭」では、ランチセットが2750円で食べられる。内容はオードブル(具だくさんスープ、小鉢の一品、サラダと柚子ドレッシング)に、自家製パンと柚子バター又は本日のご飯、そしてメイン料理がビーフシチュー、ローストポーク、エビフライ、ハンバーグ、ロールキャベツより一品選ぶスタイルになっている。デザートセットは770円で、リトルトレジャーセットか、パウンドケーキセットを選ぶ。これにコーヒー又は紅茶が付く。
浮田さんは、二軒の「フランエレガンYUZUYA」をオープンするにあたって滝道の活気を取り戻したいと考えている。コロナ禍にも関わらず「橋本亭」を昨秋開いて、さらに今春「別亭」を開いたのは、地元・箕面への思い入れがあるからだ。
「人が来ないと観光地とは呼べません。紅葉のシーズン以外でも人が訪れる場所にするためには、自然にだけ頼っていてはいけないのです。箕面に世話になった感謝も合わせて『YUZUYA』を開きました。箕面の実生柚子を用いたLITTLE TEASUREしかり、これらは食卓の上のフィロソフィーの学びから生まれたもの。箕面の山の自然を守り、箕面の味を次世代へ繋ぐのが私達の使命なのでしょう」と言うように、できることを考えながら小さな歩みを進めていく。そんな一歩が読み取れた取材であった。
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<取材協力>
フランエレガンYUZUYA橋本亭
住所/大阪府箕面市箕面2-5-37
TEL/072-720-5135
営業時間/営業時間/11:00~17:00
休み/休み/不定休(月曜日が多い)
メニューor料金/
メニュー/
ランチセット 2750円
デザートセット 770円
ビーフシチュー 2200円
ローストポーク 1650円
オリエンタルチキンカレー+ライス 1430円
自家製ゆずスカッシュ 550円
アイスホワイトチョコゆずラテ 700円
テイクアウト/
リトルトレジャー(お試し1個) 270円
リトルトレジャー 2個口入り 540円
リトルトレジャー 6個口入り 1620円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。