130 2024年08月このコーナーは、美食家である私の食事体験を伝えると共に、湯浅醤油・丸新本家の醤油・味噌類をいかに料理人が使って調味するかをレポートするもの。初めて使う職人もあいれば、常時店で用いているシェフもいる。そういった意味では、今回ほどふさわしい店はないかもしれない。北新地(大阪)に位置する「フルートフルート」は、シャンパン&醤油をテーマにした店で、我々は〝醤油バー″とも呼んでいる。全国から個性溢れる醤油を取り寄せ、その味の違いを料理に出しているのだ。店主・高見大介さんは、各地の醤油の味を熟知し、その良さを加味させて用いながら料理を提供している。当然その中には、湯浅酒油の商品も含まれており、高見さんの話では、それを使った一品一品は、人気があるのだという。今回は、久々に(第38回にも登場している)「フルートフルート」にお邪魔し、人気の二皿を味わって来た。

フルートフルート 高見大介
(「フルートフルート」店主)
「湯浅醤油の『柚子梅つゆ』は、
使い勝手のいい商品。
この味を嫌いな日本人なんて、
まずいないでしょう。
角がなくて旨く、ピュアなので飽きずに味わえるのがいいですね」

約90種もの醤油を常備している店

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基礎調味料を「さしすせそ」になぞらえて表現する。「さ」は砂糖、「し」は塩、「す」は酢、「せ」は醤油(昔は、せうゆと表記していることがあった)、「そ」は味噌である。当然ながら日本の店には「さしすせそ」が常備されている。ただ、その一つに特化してコンセプトを作っている店となるとなかなかない。北新地(大阪)にある「フルートフルート」は、店のコンセプトを醤油&シャンパンに据えたユニークさ。我々はよく〝醤油バー″と呼んで同店を紹介したりする。
「フルートフルート」は、飲食の激戦地・北新地で2011年から営業をしており、店主の高見大介さんによると、今年で13年目になるらしい。同店が生まれたきっかけは、「かめいあんじゅ」グループの創設者である杉山さんの発案。当初企画していたシャンパンバーに、「日本人は結局、醤油・味噌に戻る」との考えから醤油をひっつけて店のコンセプトを作った。湯浅醤油の新古敏朗さんと杉山さんは、古くから知己があり、かつて心斎橋大丸にあった伊料理店でもコラボして料理を提供した実績もあった。だから杉山さんもシャンパン&醤油をコンセプトに掲げた店を作れば、湯浅醤油からの協力も得られるだろうと踏んでいたようだ。実は醤油をコンセプトにした店は、福岡にもある。「福萬醤油」の7代目・大浜大地さんが2009年に開いた醤油ティスティングバーがそれ。杉山さんらは、「芽乃舎」(久原本家)に見学に行き、その足で「福萬醤油」にも立ち寄り、新店コンセプトの参考にしたと思われる。「フルートフルート」は、「かめいあんじゅ」が作ったものの、2019年からは同店を任されていた高見さんが経営権を引き継いで営業している。高見さんは、「かめいあんじゅ」では、色んな店舗の店長をやっていたそうだ。「色んな店の立ち上げもやりました。ここは一番長く携わった店ですし、思い入れも強かったのでこの店の権利を譲渡してもらい、2019年9月から私がオーナーとしてやることになったんです」と話していた。個人経営になってすぐにコロナ禍に突入したのでかなり大変だったようだが、常連も多くいるので客足も戻って来たと話していた。
話をオープン当初に戻そう。高見さんによると、レアケースの店なのでスタッフはもとより、顧客にもどう提案すればいいのかと悩んだようだ。料理に醤油を掛けて食べるのは当たり前だが、沢山ある醤油の違いをいかに出すべきか考えた。「初めは、キュウリを並べて、異なる醤油を掛けて味変を実感するみたいな感じにメニュー化していました。今から思うと恥ずかしいぐらいのメニューばかりでしたね」と高見さんは草創期を振り返ってくれた。現在は同店に約90種の醤油が置かれている。30もの蔵からは問屋を通じず直接購入し、あとはネットなどで仕入れるらしい。「定番は20もないですね。月15種くらい入れ替わる感じでラインナップしています」。料理は「焼き茄子のムース ひすい豆醤油のコンソメジュレ」「北海道産ホタテのミキュイ 特製タプナードソース」「大葉香る海老といんげんの和風スパゲッティジェノベーゼ」「鴨肉ローストと九条ネギ 蕪のあんかけ柚子胡椒」などと洋風の料理が目立つ。醤油テーマだからといって和風ではないのだが、これがまたよく、うまく全国の醤油を使って調理し、そこにシャンパンを合わせていると思ってしまう。

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この店を最も特徴づける料理といえば、「日本一めんどくさいけど、テンションの上がる卵かけご飯」だろう。少々長ったらしいメニュー名であるが、味わうとまさにその通り。色んな醤油を試すにはぴったりな一品といえよう。まず白飯が出て来て、卵をその上に落とし、黄身がよく混ざるまで箸で混ぜる。そして小さなスプーンでその卵かけご飯を掬い、そこに気になる醤油を一滴落として食べるのだ。一口食べ終わったら、また同じ作業を。当然醤油は替えて味わう。「一膳食べるのに最低30種の醤油を使います。多い人は50〜60種かけるんですよ。だからこんなネーミングに。大抵の人は、楽しかったと満足してくれます」。「フルートフルート」を訪れた大半の人がこれを注文するらしい。高見さんによると、「この店の約束ごとみたいになっている」とのこと。量産されていない醤油や小さな蔵の醤油など全国津々浦々から醤油を送ってもらい、揃えているので全く見たこともない醤油が味わえて面白い。醤油はカウンター上にズラリと並べられており、その瓶を眺めているだけでもワクワクする。「卵かけご飯は、醤油の違いがわかる日本人ならではの料理かも。このメニューは食べるのに最低30分はかかります。だからお客様から帰る時間を予め聞いておき、逆算して提供しているんですよ」。ちなみに湯浅醤油関連では、「生一本黒豆」「白搾り」「柚子梅つゆ」「カレー醤油」が定番として置かれている。
「フルートフルート」は、料理の主役が醤油だけにいかに特徴のある商品を仕入れるかが勝負。そして醤油の特徴を引き立てるメニューが提供されている。料理はアラカルト中心だが、何を注文していいかわからない人は、コースがオススメかもしれない。コースは三品コース(2500円)、五品コース(4500円)、九品コース(7200円)と三つある。今回は、醤油の取材なのでドリンクにはあまり触れていないが、シャンパンとワインも種類が多い。国際ソムリエが常駐しているので、わからなければ任せるとうまく選別して出してくれる。

牛ホホ赤ワイン煮込みに「カカオ醬」で旨みをプラス

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いつもなら予め湯浅醤油・丸新本家から商品を送って料理を創作してもらうのであるが、ココはシャンパン&醤油バーなのでその必要はない。グランドメニューの中にすでに湯浅醤油を使ったものがあるので、それを出してもらうことにした。
まずは、「海老とアボカドのポテトサラダ 柚子梅ジュレ」(900円)だ。この料理は、三つのパーツを重ね合わせて作っている。下部分が海老・ディル・インカのめざめ(じゃが芋)で作ったポテトサラダ。真ん中の緑の部分がアボカドのペーストである。そして上にジュレが載っている。そのジュレ部分は、「柚子梅つゆ」1に水2、粉ゼラチンで作っている。三層をセルクル内でうまく仕上げるのだ。高見さんは「柚子梅つゆ」は、使い勝手がよく、「日本人なら嫌いなわけがない」と高く評している。「市販の麺つゆだと、どうしても濃い醤油感が残り、エグみも出て来るのですが、この商品に使われている醤油自体に角がなく旨いので、いつまでも飽きずに味わえるんです」と話していた。「柚子梅つゆ」には魚介系を合わせたいと思ったのと、昨今のポテサラ人気を合わせてこの一品を作ったそうだ。「海老とアボカドは相性がいいので、そこに大葉のようなディルを加え、「柚子梅つゆ」を合わせたらいいと思って創作したという。「柚子梅つゆ」は繊細な味なので液体より固体の方が印象が強くなると思い、ジュレにしたようだ。「この方が舌に残るからより美味しく伝わる」とも。まさにワインと同様の考え方で余韻を楽しむかのようである。「当店では、この料理に固定客がついており、前菜として注文する人が多いです」

ソ-1

二つめは、メインっぽい一品で、「牛ホホ肉と赤ワインの煮込み とろ〜りマッシュポテト」(2400円)だ。ここには「カカオ醤」が使われている。「カカオ醤」は、シンプルな牛ホホ肉の赤ワイン煮込みに旨みと風味をプラスする意味で使っている。まず牛ホホ肉を香味野菜(玉葱、セロリ、人参)で一晩マリネにして漬け込む。翌日肉を引きあげて塩コショウをし、小麦粉をまぶして焼き目がつくようにフライパンで焼き固める。これは旨みを閉じ込めるためにする作業で、そうしなかったら肉から水分が出てパサパサになり、旨みも抜けてしまうからだ。肉を鍋に移し、前日から漬け込んだ香味野菜と赤ワインにトマト水煮缶を加えて4時間程煮込む。再び肉を取り出してピューレにしたソースと合わせて温めてから出す。仕上げに「カカオ醤」を加えて提供するのがポイント。牛ホホ肉は、口内でほどけるほどではないが、柔らかく、「カカオ醤」が加わっているからか、どことなくチョコレートのような風味を放っている。付け合わせは、発酵バターで作ったハッシュポテトである。「カカオ醤は、どこにもない商品で、まさに初体験の味。ただ、家庭では合わせ方が難しいかもしれません。ところが専門料理店が使うと、オリジナルの味が出来るんですよ。そういう意味では料理知識のいる商品かもしれませんね」。高見さんは、仮りに家庭で使うのであれば、カレーやハヤシライスのルウの追い足しで「カカオ醤」を加えるのが失敗の少ない例だと話していた。しかもポイントは、最後に入れること。「カカオ醤」の香りをいかすのなら煮込んではいけないとも付け加えてくれた。この料理も同店ではすでにおなじみのもので、注文が多く通る。五品コースや九品コースでは、最後に出て来るという。「まさにメインディッシュのイメージですね。こんな面白い品が最後に残っていたんだと印象づけてくれます」。

7月24日に湯浅醤油と「フルートフルート」がコラボしてイベントを催した。そこには、新古敏朗さんもゲストとして招かれて商品開発の裏話をすると共に、参加者とMY醤油づくりを行ったそう。ここでは「フルートフルート」自慢の料理とシャンパン大kではなく、和歌山の海に沈めて熟成させた「海中熟成しょうゆ」も披露したそうだ。同店では、こういったイベントも時折り開きたいようだ。醤油の話とワークショップも加えた食事会は、グルメ待望のイベントかもしれない。これができるのも「フルートフルート」が、シャンパン&醤油バーだからである。

  • <取材協力>
    フルートフルート

    住所/大阪市北区曽根崎新地1-2-3 谷安セジエムビル地下1階

    TEL/06-6347-1900

    HP/ 公式HPはこちら


    営業時間/18:00〜24:00

    休み/日祝日

    メニューor料金/
    変わり醤油の定番料理盛り合わせ 2000円
    モッツァレラチーズと燻製醤油 800円
    自家製漬イクラとわさびサワークリーム クロスティーニ 1200円
    鴨肉ローストと九条ネギ 蕪のあんかけ 柚子胡椒 1400円
    国産牛100%スパゲッティ・ア・ラ・ボロネーズ 1800円
    日本一めんどくさいけどテンションの上がる卵かけご飯 1000円
    三品コース 2500円
    五品コース 4500円
    九品コース 7200円
    本日のスパークリング1杯+シャンパーニュ1杯 2000円


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい