65 2018年08月 先月「食の現場から」でも報じた神戸メリケンパークオリエンタルホテルの岸本達哉さんは、今注目されている若き料理長である。一流ホテルにも関わらず弱冠28歳で「ピア」の料理長に就任。恩師のイズムを継承しつつも、今ウケる姿(料理)をと模索し、スタイリングフレンチなる形を打ち出した。某紙の取材で度々お邪魔して彼の料理への真摯な話を聞くうちに私はこのコーナーにふさわしい人物だと思った。そこで湯浅醤油と丸新本家の醤油・味噌を送って遊びながら面白い料理を考えてもらったのだ。ここで紹介する三皿は、いつもの如くこの取材のためのスペシャリテで、通常メニューにはない。でもこの発想のユニークさは他の料理にも発揮されているだろうから、読んだ人はぜひとも店(ホテル)に足を向けてほしい。
ラウンジ&ダイニング ピア 岸本達哉
(ラウンジ&ダイニング ピア料理長)
「一般的なたまりを想像していたら
全然違うのでびっくり。『九曜む
らさき』は、塩分も抑えめで、さ
らさらしていて使い易い。いいも
のは壊したくないと思って使い
ました」
20代で一流ホテルの料理長に就任
近年、若手シェフの台頭が著しい。かつては、長年修業を重ねてやっと辿り着くのが料理長の位置だったのだが、個店やチェーン店系では30代でその地位に就く人が目立っている。実力主義になって来たのか、世の中、意味を持たない修業の歳月は必要ないと判断しているのかわからないが、何となく今の時代を象徴しているように思えて仕方がない。30歳そこそこで料理長になっている人の多くは、前述のようにチェーン店系が多く、ホテルや旅館、料亭のように格式ばった所ではまだまだ珍しく、それなりに歳をとらねば、その地位には就けないようだ。
神戸港は中突堤の先端にある神戸メリケンパークオリエンタルホテル_、この3階フロアに位置する「ラウンジ&ダイニング ピア」の岸本達哉さんは、32歳と若い料理長。メジャーなホテルなのにこの若さで料理長に就く例は稀で、同ホテルの広報担当・柏崎保子さんによると「28歳で料理長になったんです。当ホテルでも最年少記録ですよ」と話していた。そういえば、このホテルの「ステーキハウス オリエンタル」の鍬先章太さんも30歳で料理長になっている。神戸メリケンパークオリエンタルホテルは、若くとも実力があれば登用する土壌があるのかもしれない。
岸本料理長は、お父さんも一流ホテルで料理長をしていたという、いわば料理界のサラブレッドである。神戸メリケンパークオリエンタルホテルの純粋培養で、入社してバイキングレストランで一年、宴会で数カ月の下積みを積んで「ピア」にやって来た。当時は、同ホテルで総料理長を務めた丸岡さんが「ピア」の料理長を兼ねていたので、徹底的にその技術を叩き込まれたようだ。丸岡さんは、「アランシャペル」の出身だったので、腕も一流ならば、仕事もきつい。だが、星付レストランのイズムは、店は違えども岸本さんにも継承され、丸岡さんの紹介で「アランシャペル」出身シェフとも交流が芽生えて、実にいい時間を過ごせたと振り返っていた。
丸岡さんがホテルを辞した後、二人ほど「ピア」の料理長の下に就き、28歳でついにこの店を任されるほどになった。鍬先さんが「自身の記録を抜かれた」と冗談まじりに惜しがるが、よほど力があった証拠だと思われる。それくらい彼には料理の才を感じるのだ。
岸本料理長とは、二回ほど夕刊紙の取材を重ねている。一回目は神戸ポークを使ったメニューで、二回目はフラッペのフェア(これは「食の現場からvol.64にも載せている」。取材で会う度に思うのは、彼の積極的な姿勢。貪欲なまでの素材探しと、ユニークな視点は、このコーナーにぴったりだと思い、柏崎さんに頼んでオファーをしたのだ。
「ピア」には、丸岡イズムが継承されている。それはよくもあるのだが、彼が辞した今となっては、重荷になることもある。以前までの料理長は、それを継承し続けていたが、岸本さんは丸岡さんに影響を受けつつも「ピア」の料理長になってからメニュー構成を変えてしまった。それはホテル側が「ピア」をカジュアルフレンチへコンセプト変えして行こうとの考えに乗ったこともあるが、自身がゲスト層が若く変わっていたことから、とちらかというと、今流行の軽い味に一新したいとの思いもあったからだろう。「今はかつてのようなヘビーな味ではなく、ポップなものを求める傾向が強いです。だから味付けも軽くしてこの店の層に合った料理にしたんです」と言っている。くしくもマーケティングの現場から“スタイリングフレンチ”なる方向性が挙がって来たので、彼らといっしょに新しいフレンチを立ち上げることにした。それが岸本流のフレンチになって今の「ピア」に浸透している。
金山寺味噌が泡になって出て来た!?
岸本料理長は、まだ若いだけに頭も柔らかい。固定観念に留まることがなく、柔軟に料理を考えることができる。その面白さを遺憾なく発揮してもらいたく、私は湯浅醤油・丸新本家の商品を送るとともに「遊んでくださいね」とメッセージを残しておいた。その結果、出て来たのが三つの料理。このコーナーのみに存在する(レストランメニューとして出していない)料理なので、名称はないのだが、それをあえて名づけるなら「鯵と牛肉の炙りフランボワーズのサラダ仕立て ソースジャポネ」「穴子のクスティアン」「ガトーショコラ 金山寺味噌のエスプーマ」としたい。
まず前菜的役目の「鯵と牛肉のあぶり フランボワーズのサラダ仕立て ソースジャポネ」だが、これには「九曜むらさき」が使われていた。砂糖をキャラメル状にし、エシャロットを入れて水分を出す。エシャロットの匂いが邪魔なのでそれがなくなるくらいまで煮詰めるらしい。そしてフランボワーズのビネガーを入れて煮詰めてから醤油(九曜むらさき)を加えて煮る。ここで煮詰めすぎると、エグみが出てしまうので弱火でゆっくり火を入れるのがコツ。終われば蜂蜜を加えて冷やしておき、全ての味が落ち着くまで待ってソースを完成させる。「けっこうな量のレモン汁をも加えてさっぱりさせてムースを完成させています。この料理は、一応サラダですが、魚(鯵)の脂で牛肉を食べるもの。同じ脂分でも魚と肉は異なるので、その相反する感じがポイントかもしれません。これが鰤やハマチだと、脂が目立ってしまいコテコテになる恐れが_。鯵の脂が丁度いいんですよ」と教えてくれた。鯵と牛肉、野菜を、醤油を用いたフレンチっぽいソースで味わう_、これが実によく合っており、甘みもあってさっぱり食せるのだ。「九曜むらさきは、一般的なたまりと違って塩分も抑えめ。いつものソースより分量を抑えたのに十分味が出ていました。聞けば、金山寺味噌のたまりと醤油を合わせて造っているそうですね。いい味のものは、壊したくない_、そう思って今回のソースをフレンチ風に作ったんですよ。」
「穴子のクスティアン」のタイトルにあるクスティアンとは、硬くするとの意を持つ。その言葉通り穴子をカリカリにしている。これはまず穴子をレモンと白ワインで蒸し、独特の臭みを取ってから表面(皮)をカリッとなるまでフライパンで焼く。「黒豆みそ」と鶏の白肝のビネグレットを作って穴子の上に塗っている。「鶏レバーと穴子の相性がいいんです。穴子はカリカリにして油分が少なくなっているので、白肝からそれを補います。まさにフォアグラと穴子を合わせているかのようです」。岸本料理長が気に入って「大好き」と言う「黒豆みそ」は、クセがないのが最大の長所で何にでも合うそうだ。自身は「味噌汁が一番旨い」と表現するが、仔牛のジューに溶かしてもコクが出て、デミグラスのように使えるし、肉の赤ワインソースにも合うと話していた。「初めは赤味噌っぽくなるのかなと思っていたんですが、濃くなりません。黒豆自体の甘みを有しているので、どんな料理にも使えそう」と説明している。ちなみにこの一品は、当日作り方が頭に浮かんで来たそうで、まさしく即興の一皿と言ってもおかしくない。
圧巻のデザートは、「ガトーショコラ 金山寺味噌のエスプーマ」。エスプーマとは、スペインの「エル・ブジ」の料理長・フェラン・アドリアによって開発されたもので、亜酸化窒素を使い、食材をムースのような泡状にすることをいう。日本では二酸化炭素で代用するのが一般的で、それ用の調理器具を使って作る。ちなみにespuma(エスプーマ)とは、スペイン語で泡を指す。
今回、岸本料理長は、「金山寺味噌」をエスプーマ(泡)にしてしまった。その作り方は、「金山寺味噌」をシロップで炊く。アンフェザ(日本料理でいう丘揚げのような手法)という調理法だそうで、その作り方は、味を染みこませるために蓋をして常温で放置する。それをミキサーで撹拌し、冷やし固める。そしてエスプーマの機具の中でさらに一日置く。提供時間の一時間前にガスを入れて落ち着かせるのだそう。「泡を硬めにしようと考えていたんですが、ゼラチンを沢山入れても金山寺味噌の特性か、固まらなかったんです。それが逆に良かったみたいでうまくミスマッチさが伝わるものになりました」。皿の上にはチョコレートケーキとバニラアイスクリームが置かれており、黒豆のサブレがあって黒豆のクッキーが散りばめられている。金山寺味噌のエスプーマは、その間に添えられるのだ。それだけを食べると、まさに金山寺味噌の味そのもの。あの固型がこんな泡になって表現されていること自体がかなりユニーク。しっかり味噌味のついた泡だが、デザートと合わせると、それが感じられなくなる。そこが衝撃的なのだ。
実は岸本料理長は金山寺味噌が苦手なのだとか。だから使い方をわからず、思わぬものに変えてしまった。当初は料理に練り込んだり、ソースにしたりと頭をひねったが、せっかく「遊んでほしい」と言ってくれたのだからと意表を突くことにした。「一回思いついた考えを全て捨てた」と言う結果通り、意外性があるデザートに使うことになった。「シロップで炊いた時に味噌の猛烈な匂いと甘い匂いが合わさり、気持ち悪くなったほどですが、炭酸ガスを入れてエスプーマにしてみると、全くそんな匂いがなくなったんです。フルーツと合わすのは流石にダメですが、個性の強いチョコレートなら逆に好相性ですね」と感想を述べていた。
私が今回驚いたのは、金山寺味噌がその風味を残して泡になり、デザートにフィットするものになっていた点。あの固型物をエスプーマにしようと思った岸本料理長の頭の柔らかさが全てであった。「遊んでほしい」とはアイデアのある人にとってはいかようにでも変化する指示である。それを言葉以上に遊んでしまったシェフは素晴らしい。職人とは、こうでなければ面白くない!
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<取材協力>
ラウンジ&ダイニング ピア
住所/神戸市中央区波止場町5-6 神戸メリケンパークオリエンタルホテル内 ラウンジ&ダイニング ピア
TEL/078-325-8110(レストラン予約は10:00~21:00)
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営業時間/喫茶 11:00~22:00(土日祝日は8:00~)
ランチ 11:00~14:30
ディナー 17:30~22:00(土日祝と特別期は17:00~)
休み/無休
メニューor料金/
昼/パスタランチ 2376円
スタイリングランチ 3000円
ステーキランチ 4752円
夜/レジュール 6500円
ラフィーノ 8500円
シュペルグ 14000円
喫茶/アフタヌーンティーセット 2200円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。