135 2025年01月洋食は好きだが、すぐに食べ終わってしまうのでディナーには使いづらい。人との会食には、会話も重要な要素なのでそれなりの時間も必要なのだ。そう思ってディナー時には洋食を避けて来た嫌いがある。朝日放送の人に紹介してもらった「レストランyokoo」は、私のそんな懸念を吹っ飛ばすくらいの洋食レストランだった。店主の横尾淳さんの人柄も素晴らしく、何より料理がいい。おまけに横尾さんがワインにも詳しいのでいいディナータイムを過ごさせてもらった。そんな面白さを知ってもらいたくて、今回「名料理、かく語りき」に登場願った。本取材は、ベテランシェフにもいい出合いだったようで、日頃絶対に使わない金山寺味噌からユニークなハンバーグが誕生している。初めて味わうようなハンバーグを創作したいきさつをレポートしよう。
レストランyokoo(ヨコオ) 横尾淳
(レストランyokooオーナーシェフ)
「金山寺味噌が和牛の肉より
味が勝って来るとはびっくり。
なじみのなかった和素材が
洋食の幅を確実に広げてくれました」
洋食屋には珍しく、ワインを飲りながらの時間が成立
世の中には、洋食好きが多い。どこどこのビーフシチューが絶品だとか、あそこのオムライスは美味しいとか、〇〇ではいつものハンバーグを喰うなんて話すと、「一度と連れて行って」とせがまれる事が多々ある。仏料理や会席料理も同じような反応があるにはあるが、なぜかそう言われる頻度が洋食の方が高いように思う(個人的見解だが…)。洋食は本格的なところでも仏料理や会席料理のように値が張らない。だから誘って欲しいと言っても気兼ねしないと思っているのではなかろうか。そもそも洋食とは、欧米に根づく西洋料理に端を発している。狭義では、日本で独自に発達したものを指すようで、その代表格がオムレツであり、カレーライスであり、ナポリタンスパゲッティだろう。どこまでが洋食で、どこからが仏料理や伊料理でと、垣根がわからないのも洋食の特徴である。現に洋食の定番・クリームコロッケは、仏料理のクロケットだし、オムレツも本(もと)を正せば、仏料理のオムレットだ。でも、我々はそれを洋食ととらえており、仏料理とみなさない人も多い。ならば、洋食とは何なのか?幕末から明治期にかけて日本人が西洋列国との交流ができて来ると、欧米の料理が日本に入って来た。初めは、在日欧米人のために西洋料理店がオープンしたのだ。それらの店で下働きをしたコック達がやがて船で調理したり、全国各地に店を出したりした。そこから生まれたものを我々は洋食とジャンルづけている。やがてポークカツレツが豚カツになり、欧風カレーがカレーライスに、そしてオムレツのアレンジ版としてオムライスが出来て行く。それが洋食の歴史でもある。
「洋食は、和食と言われています」と話すのは、福島で「レストランyokoo(ヨコオ)」を営む横尾淳さんだ。同店は、横尾淳さんの父であった横尾和孝さんが1971年に創業しており、今年で54年目を迎える老舗レストランだ。横尾和孝さんは、若い頃に東京会館や東京の帝国ホテルで修業をし、大阪の知人を頼って関西へ来て大阪・福島で独立し、「レストランyokoo」をオープンさせた。二代目の横尾淳さんに聞くと、「その頃はスタンダードな洋食屋だった」らしい。オムライスやカレー、ハンバーグなどいわゆる一般的に知られる洋食メニューを提供していたようだ。経緯は後から触れるが、息子の横尾淳さんが一緒にやるようになってから徐々にメニュー幅を広げ、レストラン要素を高めたという。だから横尾淳さんは、洋食屋の一般論として「決まったメニューを出す所が大半」と位置づけている。そう言えば、「北新地ふじもと」の藤本直久さんも横尾淳さんと同じような見解を持っていた。彼も若い頃、ホテルオークラ神戸の料理長から「洋食は歴とした西洋料理ではなく、どちらかというと和食に近い」とジャンルづけを教わったそうだ。オムライスは、オムレツの変形版で「北極星」で誕生しているし、ナポリタンスパゲッティも横浜のホテルニューグランドで考案された料理である。西洋料理をベースに日本のエッセンスが入ってできたものが多いなら、彼らのように「洋食は和食の1ジャンル」と言ってもおかしくないのだろう。
話を「レストランyokoo」に戻そう。同店の二代目・横尾淳さんが1971年生まれというから丁度父親がこの店を始めた頃に生を受けた計算になる。生まれた頃から洋食になじんでいた横尾淳さんは、この54年間で洋食の変遷を身近で見て来た。「昔は洋食がごちそうで、ハレの日には家族揃って洋食を食べたものでしたが、1980年代頃からファミレスが街に林立し始め、ハンバーグやシチューといった、いわゆる洋食メニュー全般は、そんなにごちそうではなくなったんです」と歴史を振り返って話していた。90年代になると、イタメシブームにワインブームが訪れ、やがて日本での西洋料理の世界が一変して行く。横尾淳さんもその頃には、それらの料理が美味しいと感じ、ワインを知ろうとソムリエの資格まで獲っている。「だから洋食も時代を取り入れて変化して行くべき」と言い、「レストランyokoo」も単なる街場の洋食屋とは違った趣にしている。メニューを見れば前菜があって本格的仏料理のような魚料理もある。かといって評判のオムライスやビフカツ、ハンバーグもあり、それらを組み合わせる事でコース料理に仕立てるのも可能というわけだ。現にコースは、4980円、6600円、8800円(共に税込)の三つあるので洋食屋だけではなく、レストラン使いにも適している。横尾淳さんは、「コースには仏料理の要素を取り入れてはいるが、仏料理屋っぽくしないのが『yokoo』流だ」と説明していた。
「レストランyokoo」を継ぐべく育った横尾淳は、父親のもとでは修業せず、かつてJR三宮駅前にあった神戸新聞会館内の「神戸大学クラブ」で料理人人生をスタートしている。その店はシンエーフーズが経営する店舗で洋食系のレストラン。神戸大学と名がつくものの一般の人も利用できる店だったらしい。そこでコックになって二年程過ごした。20歳の時、高校時代からの夢だった米国への旅を決意し、同社を辞している。「男友達4人で気ままな放浪旅に。初めの三日間だけ宿泊施設を予約し、あとの三ヵ月は風の向くまま、気の向くままに米国を旅しました」と話していた。会社を辞めて旅に行く事に両親も同意していたそうで、帰国したら店を手伝う事を条件に旅立ったようだ。そして約束通り、帰国後に「レストランyokoo」に入って料理人修業を続けている。
横尾淳さんの転期は、90年代のワインブーム。当時、今のヨドバシカメラの場所に屋台村があって和食修業をしていた友人と一緒にそこで焼鳥屋みたいな屋台を開いた。洋食屋は20時ぐらいには店がはけるので、それから出掛けて働いていたようだ。そんな頃、ある人を介してワインと出合う。「当時はワインの知識もなくて『マドンナ』くらいしか知りませんでした。ところがその人が凄く素敵で面白くて、その人と接するうちにワインの知識を身につけたいと思ったんです。それからワインにのめり込んでソムリエの資格を獲ろうと勉強しました」。仏料理への目覚めは友人の紹介で。某店で勉強会を開いて学び、私流で仏料理を習得した。そして横尾淳さんは、実家の洋食屋で働きながらも仏料理とワインに傾倒して行く。だが、いくら学んでも研究成果を洋食屋では発揮する場がない。横尾淳さんは、ある日思い切って父親に「やってみたいものがある」と告げたのだ。長年洋食屋を営んで来た父の横尾和孝さんは、意外にも息子の思いをすんなりと受け入れた。「やって失敗しても大丈夫だ」と言って横尾淳さんの背中を押してくれた。父親の許しを得た横尾淳さんは、徹底的に仏料理を勉強。フランスにも行って本場の仏料理を学び、やがて「レストランyokoo」でそのエッセンスを取り入れたメニューを実現する。「洋食屋の最大の欠点は、食事をしたらすぐ帰ってしまう点。食べるだけでは、文化的な要素が少ない。だからうちの店を語らいながら楽しく食事ができる洋食屋にしたかったんです」。自分が面白いと思う料理を勝手に「レストランyokoo」のメニュー内に組み入れて行ったという。父親は常日頃「味は一代だから」と言っており、黙ってそれを見ていた。「父がそうだからといって同じ味を息子に出せとは思っていなかったんでしょう」と横尾淳さんはその頃の事を振り返ってくれた。横尾淳さんは、「流行っていた店だったから別に何かを取り入れる必要もなかったんです。私の周りで時代が刻一刻と変化しなかったら今のスタイルはなかったかもしれません」と言っている。オムライスやハンバーグのような一般的洋食を食べるのもよし、仏料理要素を加えたコース料理のようなスタイルを取ってもよしと、自由に食事シーンをアレンジできる「レストランyokoo」がこうして出来上がったのである。
エッ!?金山寺味噌を入れてハンバーグを作った!
ところで私と「レストランyokoo」との出会いは、2024年の秋に遡る。以前よく食事をしていた医師と朝日放送の人とで久しぶりに集まろうとの話が持ち上がり、朝日放送の人が行きつけだった「レストランyokoo」を予約してくれたのがきっかけだ。その時に仏料理っぽいものとスタンダードな洋食とを味わい、あまりに美味しかったので帰り際に今回の取材を申し込んだくらいである。この突飛な行動にも横尾淳さんは快く承諾してくれた。ただ「うちは洋食屋なので醤油や味噌を送って来てもらっても隠し味程度しか使わないかもしれませんが、それでもいいですか?」と言っていた。当方は、どんな使い方でもその店がやる事なのでと、取材のお願いをしてその日は帰ったのである。
取材約束の11月末日に新古敏朗さんと共に「レストランyokoo」を訪れてみると、かなりの衝撃が待っていた。この日、横尾淳さんが創作したのはハンバーグとコートレット(カツレツ)の二つ。そう書いてしまえば、単なる洋食メニューのように受け取られてしまうが、内容は凄く面白い。仮りにハンバーグの方を「和牛ハンバーグの金山寺味噌仕立て」とし、カツレツの方を「和牛もも肉のコートレット」と名づけよう。前者には「梅金山寺味噌」「塩麹」「カカオ醤粒タイプ」が、後者には「カカオ醤粒」タイプと「塩麹」が使われている。付け加えておくが、これらの料理はあくまでも本取材用の創作。私と新古敏朗さんが食べるためだけで作られており、日頃のメニューにはない事を断っておきたい。
まず「和牛ハンバーグの金山寺味噌仕立て」だが、横尾淳さんによると、「食べた時に肉の旨みを感じてもらうのが主体なので、つなぎを使わず作り、素材の味を感じられるように設計した」そうだ。ミンチ肉は牛8対豚2の割合で、そこに「梅金山寺味噌」50gを用いて作っている。「つなぎがない分、肉の旨みはわかりやすくなりますが、その反面脂っ濃くなるのも事実。『梅金山寺味噌』を使う事で酸味が立って脂っ濃いのが軽減されます。金山寺味噌の甘さも相性がよかったので、取材日はハンバーグを作ろうと決めたんです」と横尾淳さん。余計な味を入れたくなかったのでナツメグは使わず、パン粉だけでつないだとか。「焦げ易いから表面だけパン粉を用いました」と言っていた。ミンチ肉は10%の「塩麹」を使い、一晩マリネしてよく練って調理している。横尾淳さんは「塩麹と金山寺味噌が入る事でいつものハンバーグよりフワフワ感が出た」と話している。見ためにもふんわりした雰囲気は醸し出しており、「梅金山寺味噌」を入れたからだろう、実にあっさりした酸味のあるハンバーグになっていた。ハンバーグには、「カカオ醤」と「塩麹」を同割りで作ったソースと、塩が添えられている。ところが横尾淳さんは、この一品を「ソースや塩をつけなくても十分美味しい」と言って出して来た。「私がいつも作るハンバーグよりもふわふわした一品になりました。『塩麹』を入れて練った方が粘り気が出ましたね。いつものミンチ肉が驚くほど延びたんです。『塩麹』によって密着度が高まったのかもしれません」。
これらの作用が興味深くて横尾淳さんは、「にんにく金山寺」を使ってハンバーグを作ってみたくなった。こちらは「梅金山寺味噌」より多く「にんにく金山寺」を100g入れて、炒めた玉葱も加えている。金山寺味噌の量を倍にしたのもあるし、梅ではなく、にんにくの方を用いたからもあるのだろう、このハンバーグには力強さが出た。「にんにく金山寺」効果で味が乗って濃くなり、肉が締まっているようだ。金山寺味噌の香りも出てこちらは甘みがあるハンバーグに。「梅金山寺味噌」を用いた酸味のあるあっさりめの味とは全く違う風味に仕上がっていたのだ。「金山寺味噌の内容が異なるだけでかくも違いが生じるとは…。同じ日に仕込んだのにミンチ肉の色まで変わっています。『梅金山寺味噌』の方は想像通り赤みがかっていますが、『にんにく金山寺』を使った方はくすんでいるとは予想外でしたね」。
横尾淳さんは、大阪市内の出身ながらも金山寺味噌にはなじみがなかったらしい。和の材料なので当然料理に用いるのは初めてである。ハンバーグにも金山寺味噌の甘みが入る事で実にいい塩梅(あんばい)になっている。横尾淳さんも取材での創作ながら「ソースを使わないハンバーグ」として紹介し、ご満悦気味。「梅金山寺味噌」と出合って軽くてソースがいらないハンバーグができたと喜んでいた。
一品目がソースのいらないハンバーグなら二品目はソースで勝負しようと「和牛もも肉のコートレット」を作った。白ワイン30㎖を軽く煮てそこにバター10gと「カカオ醤」5gを入れて作っている。「世界初というだけあって『カカオ醤』は珍しい調味料。5gと少量なのに味が決まりましたし、何よりカカオ香が残っていたのが面白いですね」。赤玉スィートワインと、「カカオ醤」の塩分でもバランスを保ったが、酸味が足らなかったのでディジョンマスタードの粒タイプを加え、はっきりとした酸味をソースに醸し出した。バターはむしろつなぎ役だそうで、マスタードの酸味で塩分を抑えてバランスを取ったようだ。横尾淳さんは、当初このソースを牛タンに掛けようかと思ったそう。でも洋食屋の精神を大事にしたいとカツレツに掛けた。「カカオ醤」のまろやかな旨み成分を何で引き立たせようかと考えた時にディジョンの粒マスタードが役に立ったと言っていた。コートレット(カツレツ)は、1.2cmの肉の厚みがあってソースの味が薄いとどうしても物足りなく思ってしまう。かと言ってソースを入れすぎると濃く感じる。その中間にうまくはまったのが「カカオ醤」を用いたソースだったわけだ。
横尾淳さんは、今回の取材機会をかなりありがたがってくれた。金山寺味噌は和素材だし、おかず味噌だし、当然洋食調理の範疇には存在しない。「改めて自分の頭の中をリセットして何にでもチャレンジしないといけないなぁと思いました」との発言は本音だろう。「これらの品と出合った事で興味が出ました。日々の生活の中にあるものは何でも一度は試してみるべきでしょうね。『梅金山寺味噌』や『にんにく金山寺』『塩麹』は、使って行くべき食材ですね」と感謝の意を示してくれたのだ。こちらの方もびっくりするようなハンバーグに出合えてよかった。「梅金山寺味噌」をミンチ肉に混ぜ込んで調理するだけでこれほどあっさりして軽いハンバーグになるなんてびっくりである。今回の取材には、作り手と食べ手、調味料メーカーが融合する事でいい作品が生まれたと自負している。
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<取材協力>
レストランyokoo(ヨコオ)
住所/大阪市福島区福島6-14-4
TEL/06-6453-0409
HP/ 公式HPはこちら
営業時間/ランチ 11:30〜14:00(木金土曜のみ)
ディナー 18:00〜21:00
休み/日曜日
メニューor料金/
魚料理(焼く・蒸す・揚げるをチョイス)真鯛・金目鯛・甘鯛・カナダ産オマール海老など一皿 1680円〜1980円
自家製スモークサーモンとアボカドのサラダ 1580円
活け穴子・炙りイカのサラダ仕立て 1780円
特製和牛ハンバーグ 1980円
赤身のステーキとハンバーグの盛り合わせ 1880円
本日のカルパッチョ 1480円
自家製海老クリームコロッケ 900円
オムライス 1180円
ビフカツ 1980円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。