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2022年04月関空のすぐそばにある「ホテル日航関西空港」は、飛行機の利用客のみならず、地元民からも親しまれているシティホテル。特にレストランは、堺以南の泉州の人達がハレの日に使うことが多いと聞く。そんな同ホテル内の「桃李」は、接待にもよく利用されるほど料理内容と重厚な設えがウケているのだ。北田利明料理長は、ホテルがオープンした時から勤め、今やホテルの顔とでもいうべきシェフ。食材へのこだわりが強く、泉佐野産(もん)や和歌山産など近隣のものを、地の利をいかして仕入れている。
今回は、和歌山産でも調味料がテーマで、湯浅醤油の製品を用いて4~5月の二か月間コラボメニューを売り出すという。いい素材に、いい調味料_、その二つが折り成す料理とはいかなるものであろうか。今回は、紀州梅まだいを丸々使った料理にスポットを当てて、春に提供する湯浅醬油コラボメニューについて書くことにする。
中華料理「桃李」 北田利明
(ホテル日航関西空港「桃李」料理長)
「普段なら魚醤で調味する蒸物を、
『ゆずぽん酢』に代えて作って
みました。
これならシーズニングの量も
少なくて済むし、柚子香が
あるので日本人好みの風味に
仕上がります」
湯浅醤油の特性を考慮した料理がお目見得
「4月・5月は『桃李』にて湯浅醬油をテーマにしたコース料理を作りますよ」。そんな電話が「ホテル日航関西空港」の営業部・高橋直樹さんからかかって来た。「桃李」といえば、「ホテル日航関西空港」の2階にある中華だ。重厚な趣きのレストランで、堺以南の人からことさら人気が高い。地元である泉佐野産の野菜も沢山使っているためか、同市内でも評判がよく、泉州の人は「ハレの日には『桃李』に行く」とよく言っている。だからだろう、三世代揃って食事する姿をよく見かけるのだ。「桃李」ではないが、同じフロアにあるオールデイダイニング「ザ・ブラッスリー」は、私とも繋がりが深く、私が参画する泉佐野産(もん)普及促進事業が毎年そこで行わていれる。水茄子・泉州玉葱に続く松波キャベツを第三のブランドにすべく、井口晃一総料理長が料理を考案してくれているのである。営業部の高橋さんは、私とホテルのレストランを繋ぐ窓口で、市の農林水産課を巻き込んで一緒に企画を考える立場にある。
ちなみに今年は、「松波キャベツと酒粕とエビのオードブルカヌレ」や「フォアグラと酒粕のブリュレ松波キャベツのコンフィチュール添え」をビュッフェメニューに挿入してくれていた。これらの料理は、酒粕プロジェクトの出品作(食の現場から第101回参照)でもあり、この他に大阪樟蔭女子大学の学生が松波キャベツの特性を考えてレシピを考案した「シューシュー」や「松波キャベツ×スモーブロー」もメニュー化していたのである。このように同ホテルでは、地元や近隣の産物を重視しており、直仕入れだけでなく、色んなルートを駆使して入れている。地産地消ともいうべき、地元の産物を用いて料理を作ることが多いために、ことさら地元からは評判がいいのだと思われる。
「桃李」の厨房を司る北田利明総料理長も地元産への思いが強い。「モノ自体がいいし、その上、野菜本来の味がする」と言い、泉佐野産(もん)を多用しているのだ。泉佐野の野菜と同じように評価しているのが和歌山産のもの。泉佐野市は大阪の南端で、和歌山とはお隣さん。農業王国、魚業王国でもあることから素材は多種に亘っている。殊に北田料理長は、魚介類を和歌山から引くことが多く、伊勢海老や紀州梅まだいを使うことが多々ある。紀州梅まだいの料理は、この後出て来るので、先に素材を説明しておこう。
紀州梅まだいと呼ばれているくらいだから、養殖の真鯛とわかってもらえるはずだ。和歌山県の特産物である梅から抽出した梅酢エキスを餌に混ぜて真鯛を育てている。こうすることで色や味のいい真鯛ができるそうで、不要な薬を与えていない分、安全性も高い。養殖魚にありがちな臭みもないために調理に使い易いとされている。「桃李」では和歌山の魚介類に注目しているが、そればかりではなく、近隣以外でもいい素材があれば使っているようだ。名物料理にもなっている「フカヒレの姿煮込み」には、60g以上になると気仙沼産フカヒレが使われる。宮城県気仙沼は、三陸沖を背景に持つ漁業が盛んな地。鮫の水揚げ量は日本一で、特にフカヒレが有名。素材や乾燥する技術の良さは、本場中国からも仕入れ注文が来るほど、世界的にその名が轟いているくらいだ。北田料理長も「気仙沼のフカヒレは、グルメ垂挺の的。それを惜し気もなく使うわけですから人気があるのもわかるでしょ」と話していた。ちなみに「国産フカヒレ姿煮込み」は、60gが6300円、90gが9400円で販売している。
素材のことを滔滔と述べたが、レストランでは一般的に素材を全面に打ち出してコースを組むことが多い。かく言う私も「由良の鱧を使って」とか、「香住の紅ズワイ蟹」、「明石の蛸」という具合いとテーマを決めて時折り食事会を催しているようにだ(食の現場から第100回・103回参照)。今回「桃李」がやろうとしているのは、調味料テーマだから面白い。湯浅醬油・丸新本家の醤油や金山寺味噌を用いながらコース内の料理を構成する。素材ではなく、先に調味料ありきでメニューを作るのである。こんなコラボコースができるのも北田料理長が湯浅醬油の製品に惚れ込んでいるからで、「醤油を代えると、味がガラッと変わった」と言っている。まろやかで優しい味が具現化するらしく、常日頃から「中華のイメージを変えたい」と発している北田料理長には、丁度いい表現の場ができたことになる。中華というと、「濃い・辛い・油っこい」が一般的な印象。それを払拭すべく調理している北田料理長ならではのコース料理がこの4~5月にお目見得することになるのだろう。
紀州梅まだいを丸々一匹使った特別料理
今回の湯浅醬油コラボコースには伏線があった。それは昨年の「名料理、かく語りき」の取材である。取材用に湯浅醬油・丸新本家から調味料を取り寄せた北田料理長は、これを機に調味料を見直そうと考えた。そこで昨春、湯浅醬油コラボコースを企画したのだ。消費者からの反応もよく、好調な予約が入っていたのに、いきなりの緊急事態宣言。コラボコースどころか、普段営業もままならなくなってその企画を打ち切った。なので今年は、「桃李」にとってもリベンジ企画なのである。
「桃李」で湯浅醬油コラボコースについて聞くと、「鳳凰」(12500円)と「桃龍」(16500円)の二つがあるらしい(共に税サ込みの料金)。前者は、〝湯浅醬油とコラボした中華王道コース〞、後者は〝厳選高級食材の湯浅醬油コラボコース〞と副題が付いている。「鳳凰」のメニューは、①桃李特製彩り冷菜盛り合わせ②春野菜と彩り国産野菜のフカヒレ入り蒸しスープ③北京ダック④桜海老香る静岡産金目鯛と紀州梅まだいの蒸し物 湯浅醬油のゆずぽん酢ソースがけ⑤黒毛和牛ロースと彩り国産野菜の蜂蜜入り黒胡椒ソース炒め⑥蟹肉入り炒飯⑦豆乳抹茶プリン 湯浅醬油の魯山人醤油を使用した黒蜜ソースがけと熊野鼓動釜餅の7種である。一方、「桃龍」は、①桃李彩り冷菜盛り合わせ②宮城県気仙沼産フカヒレ姿(90g)の醤油土鍋煮込み③北京ダック④国産伊勢海老の湯浅醬油の紀州金山寺味噌入りにんにく葱ソース蒸し 湯浅醬油のゆずぽん酢ソース添え⑤黒毛和牛ロースと彩り国産野菜の蜂蜜ソース入り黒胡椒ソース炒め⑥紀州梅まだい入りあっさり炒飯⑦豆乳抹茶プリン 湯浅醬油の魯山人醬油を使用した黒蜜ソースがけと熊野鼓動釜餅といった内容である。共に7種のコースだが、価格によって使う素材が異なるし、料理内容も違う所が出て来るのだ。料理についての説明は、以前の取材(名料理、かく語りき第92回)に似たようなものがあるので参考にされたし。とにかく色んな料理に湯浅醬油が使われており、その特性をうまく出した内容といえよう。
この項でコース料理説明を詳しくしなかったのは理由(わけ)がある。この取材日に特別な料理が私を待っていたからだ。それは見ためにも立派な鯛が三尾。使用されているのは、前述した紀州梅まだいであった。鯛一尾を丸々一品ずつ使ったもので、これも4~5月の期間に注文(予約)すれば作ってくれる。北田料理長に料理名を聞くと、①紀州梅まだいの姿造り②紀州梅まだいの姿蒸し③紀州梅まだいの姿揚げと、単純明快であった。共に串本町沿岸で養殖されている紀州梅まだいを一尾丸々使ったもので、それを生で食すか、蒸すか、揚げるかの調理法の違いで提供する。一応、これらの料理は各11000円で販売。予約は一尾ベースだが、「人数次第で考える」とも言っていた。
まず「紀州梅まだいの姿造り 湯浅醬油蔵匠・白搾りを使用したドレッシング」だが、これは生の鯛を特製ドレッシングをかけて味わうもの。生を食べるのは日本の特有の食文化で、中国人は生は食べない。この手の料理は「海皇」が流行らせたといわれており、日本独特の味わい方でもある。考えたのは「海皇」からその後「日航プリンセス京都」へ移った大石さんだといわれている。北田料理長は、その大石さんの弟子にあたる人から習ったそうだ。この料理には、葱油が重要な役割を果たしている。鶏油(チーユ)と葱20束を油に入れ、カリカリになるまで熱を入れて葱の香りを出す。葱をたっぷり使っているのは、鶏油の動物性を抜くためでもある。なので普段の増ぐらいの量を油の中に入れて葱の香を出している。それをサラダ油代わりに使うのだ。ドレッシングには、「白搾り」を用い、ミネラルウォーターを加えて延ばし、丸みのある味にしている。「一般的な白醤油は、角が立っていてもっときつかったですね。その点『白搾り』は味がまろやかなので醤油の勝った味にはならないんですよ」と北田料理長が話していた。以前、彼は一般の白醤油を使っていたそうだが、どうしても味にまろやかさを求めたくて「白搾り」に変更したらしい。テーブル前には、一尾の刺身が出て来て、それをサービススタッフがドレッシングをかけて混ぜて出す。かつて「海皇」がやったこのスタイルも時が経てば、日本の中華のスタンダードになっている。「桃李」ではそれを和歌山の産物・梅まだいを使ってメニュー化している。食べて残った頭部分は、希望があったらお頭の蒸物にもしてくれるという。一尾で二度美味しいとはこのことだろう。
二つめの「紀州梅まだいの姿蒸し 湯浅醬油・ゆずぽん酢を使用したソースがけ」は、鯛一尾を丸々蒸し上げたもの。鯛の腹ワタを取り、腹の中に葱と生姜を入れて臭みを取る。一般的なやり方は紹興酒をかけるのだが、ここでは日本酒を使う。日本酒をかけて蒸し上げて調理。蒸し上がったら葱をおいてピーナッツオイルをかけ、さらに「ゆずぽん酢」をベースにしたタレをかけて仕上げるのだ。二回かけることで、二つの香りがし、美味しく出来上がると言っていた。
「この手の料理は、魚醬でよくやるんです。魚醬はクセがあるのでシーズニングの量が多くなってしまいます。ところが『ゆずぽん酢』で代用すると、シーズニングも少なくて済む。おまけに柚子香がするので日本人好みの風味になるんですよ」と北田料理長。タレは「ゆずぽん酢」にシーズニングソース、砂糖、水、ゴマ油を合わせて作っており、柔らかな味と柚子香が素材を引き立ててくれる。
三つめの「紀州梅まだいの姿揚げ 湯浅醬油・樽仕込みの甘辛あんかけ」は、中華でおなじみの魚一尾を揚げた料理である。これは鯛一尾を水を切って周りに片栗粉をまぶして揚げている。甘辛いタレは、「樽仕込み」に酢、砂糖、ケチャップ、にんにく、生姜で作っている。これを揚げたての鯛にかけて出すのだ。高温で揚げた鯛は、タレをかけると「ジュー」といういい音が鳴る。一見、濃く見える料理も「樽仕込み」の影響からか、思いの外、あっさりしているのだ。甘辛さは十分伝われども決して濃い味ではない。
ここでも北田料理長の「中華の一般的なイメージを払拭させたい」という狙いが垣間見える。「醤油を『樽仕込み』に代えて味わいが変わりました。この醬油は尖った味わいがないので、味にまとまりが出ます」。北田料理長は、昨年初めて「樽仕込み」を使用した時に「全然味が違う」と驚いたそう。これで調味すると、まろやかになる」と惚れ込んだという。
北田料理長は、自身がそのポストに就いたぐらいから紀州梅まだいを使い続けている。当初はまだそれが無名で、業者から薦められて使い出したそうだ。「天然に比べると、値段もそんなに高くならないし、何より淡泊で調味料を合わせやすいのがいい」らしい。そこにアルチザンの湯浅醬油製品が合わされば、和歌山のいいとこ取りということになろうか。良質素材をいい調味料で料理する_、まるで料理人の理想的スタイルともいえよう。
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<取材協力>
中華料理「桃李」
住所/大阪府泉佐野市泉州空港北1 ホテル日航関西空港2階
TEL/072-455-1120(レストラン予約は9:00~17:30の間で)
営業時間/11:30~14:30、17:30~21:00
※コロナ禍で営業時間が変わっている場合もあるので確認を。
休み/水曜日
メニューor料金/
百花繚乱(4品セレクト) 5900円
百花繚乱(7品セレクト) 9400円
牛肉と彩り国産野菜の細切り炒め(小)4580円 (中)6820円
海老のチリソース炒め煮(小)4730円 (中)6920円
ふかひれの姿煮込み 60g6300円 90g9400円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。