133 2024年11月和歌山に「信濃路」という飲食チェーンがある。その名称から信州発かと思いきや、根っから和歌山生まれの飲食店らしい。和歌山に根ざした会社運営をやっており、そば・うどんの「信濃路」の他にも揚げたて天ぷらの「ころも」やとんかつ専門の「あげとん」等と多くの店を展開している。聞けば、すさみ町の道の駅やグランピングヴィラホテルでも成功を遂げているそう。私も以前から気になっていた「信濃路」に赴き、鳴神店で「名料理、かく語りき」の取材をして来た。残念ながらオーナーの西平都紀子会長には会えなかったが、取材対応してくれた冷水康浩社長や寺澤孝次長が実によくしてくれ、色んな話を聞かせてくれたのだ。今回は、「信濃路」グループの話と共に取材用の創作メニューについて語りたい。
信濃路 鳴神店 冷水康浩
(「信濃路」社長)
「樽仕込みは、濃厚で香りも強く、
インパクトのある醤油。
自慢のカレーうどんに用いても
負ける事がありませんでした」
“和敬喜心”を掲げ、地元に根ざした企業
そば・うどんは、どこの町でも必ずある飲食ジャンルだ。まさに外食産業のスタンダードアイテムともいえる。色んな町にその地域を彩るそば・うどん処があるのだが、和歌山では「信濃路」をおいては語れないようだ。今回取材に訪れた「信州そばうどん信濃路鳴神店」は、信濃路グループで9店舗ある「信濃路」ブランドのうちの一軒。わかやま電鉄日前宮駅から歩いて13分、車なら和歌山ICを降りてすぐ近くにある。信濃路グループは、和歌山に根ざした飲食店を展開する企業で、大半の店舗が県内にある。当然メインの「信州そばうどん信濃路」が有名だが、HPを覗くと、それ以外にも「そばうどんしなの路」「揚げたて天ぷら ころも」「惣菜百撰和音(わのん)」「友田町DELI」「とんかつ専門 あげとん」「丘の上食堂」「南紀道の駅すさみ」「牛めし、ひとりしゃぶしゃぶ さん志ち」「湯上り亭」「TUZUMI」と色んなブランドを立ち上げており、かなり手広い。“和敬喜心”を経営理念に掲げており、その意味は、「和を大切にし、人を敬い、人の喜びを自分の喜びと思う。その想いを常に心に持つこと」だそう。会長の西平都紀子さんも「食を通じていっぱいの笑顔に出会いたい」と語っている。
私は以前から和歌山で積極的に活動する信濃路グループについては知っていた。ただその名称から信州発祥の店だと誤解していたのだ。今回、同社の冷水(しみず)康浩社長に話を聞いてわかったのは、根っからの和歌山の会社だった事。人の知識とは怪しいもので、名称からとんでもない誤解に至る。そういえば、大半が和歌山県下の店舗だったなと納得が入った次第である。
「信濃路」は、1975年(昭和50年)5月に初代・西平猛さんが創業した。信州そば粉を使ったそばの店として和歌山市松江で店を開いたのだ。冷水社長によると、初代・西平猛さんはもともと飲食とは無縁の仕事をしていたらしい。それが一念発起して脱サラし、実家の一階を改装してそば屋を始めたという。当時、和歌山ではそば文化があまり根付いておらず、そばの専門店も少なかった。元来、そばは食材の少ない地域に根づく文化だ。和歌山のように海のものも山のものも、ましてや果樹も豊富に採れる地域には、根づきにくかったのかもしれない。今のように情報過多ならいざ知らず、昭和50年代は生活が豊かなものの、そば文化まで辿り着かなかったのであろう。ましてや、和歌山において信州流のそばを出す店なんて皆無だったに違いない。1977年には、初のロードサイド大型となる四ヶ郷店をオープンし、その後岩出店、かつらぎ店と続々に店舗を開いた。今回の鳴神店も1984年とグループ内では早く、そのスタイルや味が評されたのであろう、気がつけば9店の「信州そばうどん信濃路」ができていた。これも同社の和歌山に根づいた戦略の結果である。
さて「信濃路鳴神店」であるが、この店は冷水社長と縁が深い。そもそも冷水さんが「信濃路」に入ったきっかけは、16歳(高校時代)でのアルバイト。実家が近かった事もあって放課後や休みの日は鳴神店で働いた。「当時は初代も現役社長とバリバリ仕事していた頃で、西平都紀子現会長も一緒にこの店で働いており、かなり忙しかったですね」と冷水さんは振り返ってくれた。その頃は市内に「ロイヤルホスト」の和歌山一号店がオープンした時代で、飲食業界も活況を呈していた。その後、冷水さんは「信濃路」に就職するわけだが、会社自体が接客を大事にし、サービスに力を入れていたために以前は、西平都紀子さんがホールに出て、冷水さんは中(厨房)を見るという二人三脚で鳴神店を運営していたらしい。1990年代に入ると、讃岐うどんブームが起こる。きっかけは「恐るべきさぬきうどん」なる本が評価された事だ。それと同時に香川のセルフ型うどんが注目を浴び、2000年代には「はなまるうどん」などが全国展開して行った。「流行の走りに有名店へ視察に行き、面白いスタイルだと関心しましたが、うちではその系統は取り入れる事はありませんでした。やはり『信濃路』は接客が第一で、そのやり方では十分なサービスができないと思ったんです。それに今まで大切にして来た地域密着型もはずせないですしね」と冷水社長は話していた。冷水社長は、若い頃、初代にも可愛がってもらったそうだ。それに二代目の西平都紀子会長ともかつては二人三脚で鳴神店を切り盛りしていた頃もあり、西平親子の考えも引き継いでいる。それがサービス第一と地域密着型の店舗を運営する事につながっている。地域密着型は何も店舗運営だけではない。西平都紀子会長は、和歌山でよさこい祭りを仕掛けたり、近大附属和歌山中学と災害に備える弁当を開発したりと色んな事に尽力している。殊に前者は、祭りで和歌山を元気にしたいと企画したもの。わずかな委員会メンバーと2004年に「おどるんや〜紀州よさこい祭り〜」を仕掛け、今では30万人近い観客を集めるイベントに成長させた。
信濃路グループは、和系統の店を和歌山県下で広く運営するばかりではなく、近年は海外にも目を向けている。現在はタイとベトナムに出店しているそうだ。現地(ベトナム)では、そば・うどんではなく、「ホットポット」なる辛い一人鍋を提供。現地の食を信濃路流にアレンジしてウケている。「転機となったのは、2015年の『南紀道の駅すさみ』を指定管理事業者としてやり始めた事。事前調査では成功しないだろうと目され、どこも手を挙げなかったくらいの物件でした。地域活性化と人の役に立つ事をビジネスで表現したいと落札し、道の駅をスタートさせました」と冷水社長。ビューポイントもさる事ながら土産・食事・買い物でもすさみならではの魅力を発揮しようと努力している。例えば、館内の鮮魚店では、すさみ町近郊で獲れた魚だけを販売し、食事処では獲れたての魚を使って料理を提供しているのだ。そんな点が評され、今では記憶に残る道の駅として広く伝えられている。2023年には、高級グランピングヴィラホテル「TUZUMI WAKAYAMA SUSAMI」をオープンし、すさみ町の活性化に力を貸しているようだ。
話を「信州そばうどん信濃路」に戻そう。鳴神店を始め、各店舗ではスタンダードなそば・うどんの味は頑なに守ろうとしている。信州のそば粉を使ったそばは勿論のこと、だしも昔からの味を守っている。「一日二回店でだしを引く習慣にしており、天然素材を用い、できあいは一切使用しません。お客様は、旧来からの味に安心して召し上がってくれますので、基本は変えてはいけないと思っているんです」。ただ保守路線だけでは飽きられてしまう。そこで時折りユニークな商品を開発し、メニューに挿入する。その代表例が「みかんそば」だ。和歌山は言わずと知れたみかんの産地。県内の農家から直接みかんを買い付け、そばに活用している。これは、ぶっかけ風のそばで、そばの周りに極早生青みかんのスライスが配されて出て来る。昨年から提供し出した商品で、冷水社長によると、「なかなか好評」だとか。早生みかんが出始める9月から約一ヶ月半に亘って提供するそうだ。和歌山県は、南北に広い。北と南では気候も異なるし、文化も違って来る。ましてや食材は紀伊半島に点在している。その地域性も考えながら和歌山らしさを取り入れてメニュー化するのも一苦労なのだろう。味づくりは、セントラルキッチンで統一されているが、どこまでその強みを発揮して、どう味を表現するかにかかっている。「信濃路」では、「カレーうどん」の評判がことさらいい。何でも全国的にみてカレーうどんの日が8月2日にあるらしく、それにちなんで「信濃路」では毎月2日を〝カレーうどんの日″としてサービス価格で提供している。普段なら1000円のところが、この日は600円で提供するので、それを目当てにやって来る人が多い。この後に少し出て来るが、オリジナルプリン(「信濃路ぷりん」)もヒット作だ。そば屋でプリンとは意外に思うかも知れないが、“プリン王子”の異名を持つ池畑孝資さん(プリン研究家)と知り合い、彼のノウハウをもらって「信濃路」らしいデザートを開発しようということになり、一年前に商品化したそうだ。とにかく“和歌山に信濃路あり”は、他府県まで聞こえるレベルで、私が以前から気に掛けていたのが、この文章から推測できるであろう。
醤油・金山寺味噌を使って料理を創作
ところで今回も本取材用に湯浅醤油・丸新本家からいくつかの商品を送って「名料理、かく語りき」用の料理を創作してもらった。なのでこれから紹介する料理は、あくまで取材用で、普段のメニューにはない。今回の料理創作を担当したのが寺澤孝さん。「信濃路」の飲食事業部の次長で、普段はセントラルキッチンのにいて商品開発などを担当している。寺澤さんは、シーズンごとの新メニューづくりから宴会メニュー、新店立ち上げのメニューと、常々色んな創作に携わっている。「自分のやりたいものだけを作るわけではなく、いかに顧客が喜ぶかを念頭に置いて創作しています。時にはアンケートに目をやり、巷に溢れる色んな情報を収集したり、とにかく試行錯誤しながらメニューづくりを手がけています」と語っていた。そば・うどんにジャンルが限られているだけに余計に難しいのかもしれない。
そんな寺澤さんが披露してくれたのが①金山寺味噌のぶっかけそば②つゆしゃぶ③カレーうどん④プリンの四品。①には「具だくさん金山寺味噌」が使われ、②には「白搾り」が使用されている。この二つは、本取材用のオリジナルである。③と④は「蔵匠樽仕込み」を用い、「信濃路」にあった従来メニューをアレンジして作っている。
上記の順番は前後するが、まず「カレーうどん」から説明したい。同品は、前述したように「信濃路」の名物料理。かなり昔からあるメニューだそう。一時期は少し味にぶれがあった時代もあったそうだが、試行錯誤しながら今の味にした。「カレー感を残しながら、だしが利いた味にするのが大変だった」と冷水社長も言っていた。“されどカレーうどん”なのだろう。一般にもあるものだけにオリジナティを出すのが難しかったと思われる。
寺澤さんは、オリジナルの「カレーうどん」に「蔵匠樽仕込み」を返しで使用し、それを掛けて食べるスタイルを提案してくれた。カレー粉は独自でブレンドしている。そこに和風だしを利かせて作るわけだが、玉葱や京葱の甘さがうまく出ている。それですでに完成品なのに、そこにあえて醤油を掛け、天カスを散らそうというのだ。「本来は醤油を入れて作るのですが、今回はあえて掛けるように設計しました。『蔵匠樽仕込み』は、濃厚で、まず香りが先に来ます。だからインパクトが強いんですね。カレーに負ける事が決してありません」。寺澤さん曰く「一般的な醤油以上に使用すると味が変わる」らしい。天カスは最初に入れずに食べ進めるうちに加える方がいいようだ。「その方が味変する」と冷水社長も薦めていた。
次は、「具だくさん金山寺味噌のぶっかけそば」。タイトル通りここには「具だくさん金山寺味噌」が使われていた。ぶっかけタイプの冷たいそばで、そばの上には、茄子・葱・獅子唐・大根卸しと、「具だくさん金山寺味噌」が載っている。寺澤さんは、「具だくさん金山寺味噌」を具が沢山あって旨み・コクもあるためにそのまま食べるのがいいと言っていたが、あえてそばの具材に用いたようだ。「金山寺味噌は、具がたっぷりで食べ応えがあります。そばと絡めて食すのがいいですよ」と出してくれた。金山寺味噌の甘みがうまくそばにマッチしている。舌に載せるとその風味が伝わり、醤油ベースのだしと合っているのがわかる。だしの塩分を金山寺味噌の甘みが抑えてまろやかな味にしてくれるのだ。寺澤さんは、「何パターンか試みた中で、このタイプの料理がすんなり来た」と話していた。出来映えにかなりの手応えを感じたらしく「機会があったら商品化してみたい」とも語っていた。
三品目は、「つゆしゃぶ」で、ここには「白搾り」が使われている。見ためは、よくある豚しゃぶのようだが、今回はカツオ、ウルメ、メジカ、サバの白だしで鍋のだしを作り、「白搾り」を用いた漬けダレで食べるようにしている。漬けダレには、葱をたっぷり入れ、柚子胡椒を加えて食すようにしているのだ。「漬けダレは、『白搾り』にみりんで甘みを出し、塩と醤油をほんの少し加えて作っています」。鍋で葱、ブナシメジ、人参、豆腐、白菜、エノキ茸を煮込み、そこに豚肉をしゃぶしゃぶして仕上げる。それを先の漬けダレに浸して食すのである。「鍋料理は、くどくならないように野菜のスープで最後まで旨く味わえるように計算しています」と寺澤さん。ポイントは何といっても「白搾り」で作った漬けダレにあるのだが、柚子胡椒を加える事で柚子香が出て風味が増す。彼は「白搾り」を「他の白醤油がどうしても角があるのに対してコレは塩角もなく、まろやか」と評していた。クセがなくて使い易かったようだ。
最後は、この店自慢の「信濃路ぷりん」を本取材用にアレンジしたもの。「信濃路ぷりん」は、和歌山産の牛乳と卵を使用している。コピーにも〝和歌山素材を使用しました。和歌山生まれの濃厚信濃路ぷりん″と書いてある。カスタードとそば茶、みかんソースの三種があってあえて「和歌山感を出そうと思って作った」ようだ。寺澤さんは、今回の取材が決まった時にすぐに「蔵匠樽仕込み」をカラメルに使おうと考えたそう。「一般的なプリンのカラメルは、どうしても重たくなります。そこへ醤油が入ると、甘ったるくなくなるので重さも感じません」と説明していた。当然ながら瓶の底にカラメルソースは沈んでいる。プリンをスプーンで底まで切り割くと、カラメルソースが上がって来て混ざる。少し塩味のあるソースがプリンの濃厚さを際立たせてくれるのだ。
「信濃路」は、安定した味とリーズナブルな価格がウケて多くの顧客から支持されている。今回冷水社長や寺澤次長の話を聞くと、その裏にはたゆまぬ商品開発とサービス精神があるように理解した。流行るにはそれなりの理由があるのだ。今回は、全くのオリジナルを創作してもらったり、人気商品にうまく湯浅醤油を使ってアレンジしてもらったりして面白かった。話も楽しかったので取材でついつい長居してしまった。“信濃路”ならぬ“紀州路”をそろそろ後にしよう。
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<取材協力>
信濃路 鳴神店
住所/和歌山県和歌山市鳴神1059-1
TEL/073-473-7722
HP/ 公式HPはこちら
営業時間/11:00〜21:00(20:30 LO)
休み/無休
メニューor料金/
カレーうどん 1000円
カレーうどん定食 1350円
カツ丼 1000円
カツ丼セット 1370円
鍋焼きうどん 1220円
きつねうどん 800円
鴨南蛮そば 1200円
豚しゃぶうどん 1000円
ご馳走しゃぶしゃぶ御膳 3000円
和み膳 梅しらすそば 1480円
寿司かご御膳 1580円
信濃路ぷりん 380円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。