119 2023年08月これまで何回かこのコーナーにて出て来た藤本直久シェフの店が、今夏リニューアル
オープンした。新店は、新地本通りに面し、御堂筋から入って左手の三軒目のビル内にある。藤本直久シェフといえば、西洋料理の担い手で、大正から昭和初期にかけて華族などが食していた西洋料理を今に具現化するのがテーマだったのだが、それが一転。新しい店では、ジャンルの壁を突き破り、素材ありきの自由表現になったのだ。だから〝西洋料理店″の冠もはずし、「北新地ふじもと」として装いも新たにオープンしている。店舗は、北新地プラザビルの8階に位置し、円形型カウンターの8席と小ぶり。客と料理人の距離が近い分、料理や素材についての蘊蓄も語り合え、舌だけでなく、頭でも味わえるのが特徴といえよう。オープン間もない時期に、「北新地ふじもと」にお邪魔し、湯浅醤油・丸新本家の商品を使って新たな「ふじもと」流料理を創作してもらって来た。

北新地ふじもと 藤本直久
(「北新地ふじもと」オーナーシェフ)
「一般的なポンズと違って
醤油メーカーが造っているだけ
あって醤油が旨いポンズに仕上
がっています。
『ゆずぽん酢』は、トゲがなく、旨みが凝縮していますよ」

西洋料理店から自由表現の店へ

エ

料理人は、映画監督にも似ている。次々と作品を発表するも、時には得意ジャンルから抜け出そうとし、新たな形を模索する。黒澤明が「代表作は?」と問われた時、「次回作です」と答えたとの話を耳にするが、料理人もそうではなかろうか。特にベテランと呼ばれる職人達は、ある程度の年齢に達すると、それまでの殻を破り、「自由表現をしたい」と考えるようだ。それが店をリニューアルし、全く違った料理を提供するとしてもだ。北新地で長年、〝西洋料理″を提供し続けていた「北新地西洋料理店ふじもと」の藤本直久シェフが、今夏店をリニューアルオープンした。しかも料理コンセプトに掲げていた〝西洋料理店″の冠をはずしてである。
藤本直久さんは、高校野球の名門校・東洋大姫路を卒業した後、東京の「帝国ホテル」で料理人としての修業に入った。当時は、ムッシュ村上(村上信夫さん)が健在で、王道仏料理を学べる環境下にあり、そこで仏料理のイロハを修得している。藤本直久さんは、その後一旦帰神。育成調理師学校でさらに料理を学び、オープンと同時に「ホテルオークラ神戸」に勤めた。同ホテルでは、仏料理はもとより宴会担当も務め、幅広く調理に接していたようだ。その時にムッシュ小野(小野正吉さん)のイベントに参加した経験を持つ。仏料理の世界では、村上信夫さんと小野正吉さんは両巨匠。奇しくもその二大スターの下で調理をしたという珍しい存在でもある。その後、藤本直久さんは、姫路の「三井ガーデンホテル」に仕事場を移し、スーシェフを務めている。料理長に就任したのは、町場のレストランで。委託給食会社でも統括料理長を務めているし、そこでは営業部長にも就任し、幅広く料理に関わっていた。
藤本直久さんは、王道フレンチの道を歩んではいるが、最も表現したかったのは、日本での西洋料理路線。特に天皇の料理番と呼ばれた秋山徳蔵の世界を今に具現化したいと考えていた。なので独立して北新地に店を構えた際には、あえて「西洋料理店ふじもと」と看板を出したのだ。
「北新地西洋料理店ふじもと」は、これまで北新地の中で三回移転している。初めは2015年10月に森ビルにて6席の店として開業。そして翌年の5月に船大工通りにある谷安ビルに移転。さらに2019年11月には永楽ビルで18席の店としてリニューアルオープンを果たしている。二号線沿いにあった永楽ビルの店は、それなりの規模で、広く日本の西洋料理を知ってもらうには格好の場だったが、このベテラン料理人には、徐々にそのスタイルが窮屈に感じて来たのだろう。かつてのフェイス・トゥ・フェイス的な提供方法を欲していたのもある。ただそれよりは、多くの名産品に出合うことによって〝西洋料理″の枠に縛られることが不自由に思えて来たのだ。彼の沸々した日々には、いささか私も絡んでいる。時折り私は、料理人達に無茶振りをすることがある。それは発想力や技術力のあるシェフに限られるのだが、私は「自由な発想と腕があるから応えられる」と踏んでいる。当の料理人にとっては、いい迷惑かもしれないが、中には「その無茶振りが刺激になる」と言うシェフもおり、「たまに回って来ないと寂しい」とまで発言する人もいるくらいだ。
かくいう藤本直久シェフにも「酒粕で仏料理を作って」とか、「納豆と酒粕を融合させて西洋料理を仕上げて」「キャベツで主役を張れるメニューを創作して」と数々の無理を頼んできた。食の現場から第115回でも報じているように、「生か浅漬けかに使い道が限られている水茄子をスイーツ素材にして」は、昨夏から今季にかけて行った無茶振り例でもある。こうした無茶振りとそこで出合う良質素材が、藤本直久さんの料理魂に火をつけた。そこで新しい店では、西洋料理に囚われることなく、自由な表現方法で料理を創作したいと思ったようだ。かつて彼は、ホテル時代に上の人から「日本のフレンチはどこまで行っても和食の領域を脱せない」と言われたことがあったらしい。それは、食べ手が日本人で、その好みに合わせて仏料理を作る。作り手も日本人なら、醤油や味噌に慣れ親しんだ嗜好から料理を創作する。ならば、それは本場の仏料理ではなく、和のエッセンスが入ったものなのだ。そう上のシェフは、言いたかったのだろう。現に欧州では、もっと塩を多くするし、油やバターの使用感覚すら異なるのだからそのシェフの意見は、ご尤(もっと)もであろう。だからではなかろうが、今回藤本直久さんは、〝西洋料理店″の冠を思い切ってはずしたのだ。そして今夏、北新地本通り沿いにオープンした新店を「北新地ふじもと」と名乗ったのである。

キ
ク
ケ

では、新生「北新地ふじもと」の料理は、どうなるのか?その日に入荷した食材で替わるので、明記しづらいのだが、某日はこんな料理がコースを彩っていた。①「季節のフルーツとスペイン産生ハム(ハモンセラーノ)のサラダ」②「淡路島由良漁港直送の魚介類(鯛・平目・鱧)を造りで」③「泉佐野・三浦農園の野菜(水茄子・泉州黄玉葱)と由良の魚(穴子・足赤海老)をフライで」④「黒毛和牛の蒸籠蒸し」⑤「水茄子のブリュレ」という内容だ。ちなみに②は、「九曜むらさき」と長野の漢宝塩ブラックで味わうようにし、③は自家製タルタルソースに漬けて食す。④は一見、中華や和食の蒸し料理に映るが、中に入っている牛肉料理は少々手がこんでいる。薄切りロースで白菜と春菊を包み、もう一方は厚切り肉(ヒウチ)を一旦ステーキしてレア状態にしたものを蒸籠で蒸している。その出来上がりを「ゆずぽん酢」で味わうようになっている。このコースからわかることは、以前のような西洋料理ではない事。和あり、中華技法あり、仏料理技法ありと、まさに自由表現でコースを構成している。藤本直久さんは、「根底にあるのは、当店でいう三大産地素材。この直送された食材をいかに新鮮さを保たせながら使うかが、今回の課題ともいえよう」と語っているのだ。
新店をオープンするにあたり藤本直久さんは、コンセプトを立てた。それは、これまでの依頼(私からの無茶振り)で出合った良質素材に重きを置いて料理創作する点だ。彼は、それらを三大産地+αと言い、中間業者を通さずに産直することでそれらとの関係性を高めたいと考えた。魚介は、淡路島由良漁港の仲卸し「海幸丸水産」の橋本一彦さんから買う。橋本さんは、由良漁協に籍を置く人で、仲卸しといっても一般的な卸し売り業者ではなく、浜値をつける人。漁師は魚を釣ってもまだ値がついているわけではなく、漁協のセリにて浜値が初めてつく。浜で値踏みする人と思ってもらえばいい。なので商売相手は、豊洲や各地の中央卸売市場になり、個店への取引はほぼない。そんな所から魚が来るのだから値打ちがある。野菜は、泉佐野の「三浦農園」から。同農場の三浦淳さんとは、泉佐野産(もん)普及促進プロジェクトで知り合った。例の「水茄子を用いてスイーツを作って」の企画もその一つだ。泉佐野といえば、水茄子が有名で、「三浦農園」ではそれをハウス栽培しているために年中供給が可能。なので水茄子と、その時季ごとの野菜が送られて来ると思って欲しい。三つめは、和歌山。御坊の「チキンナカタ」からは、飼育時に紀州の梅酢を与え、健康的に育てた「紀州うめどり」や、「紀の国みかんどり」が送られて来て、それを調理することになっている。それと和歌山ではもう一つ、湯浅醤油・丸新本家の調味料も「北新地ふじもと」の三本柱+αとして入っており、醤油や味噌・金山寺味噌を駆使して調理することもコンセプトに含まれているのだ。
今回の店は、以前に比べ趣がガラリと変わったが、前の店でも大半の顧客はお任せで料理を頼んでいた傾向が強いので、気まぐれコース主体にしてもほぼ抵抗がないと思われる。むしろ料理人との距離が近く、食材や料理情報も味のうちとばかりに聞ける分、食べ手も面白がる人が多いのでは…と推測する。新生「ふじもと」では、要予約で、主はシェフの気まぐれコース(1万円〜)になるのだが、要望によって各々の産地の品にターゲットを当てた「由良コース」「泉佐野コース」「和歌山コース」(各コース1万円〜)も設ける予定だとか。「とにかく予約時に価格面も含めて相談して欲しい」と言っているから食べる側も自由表現として自分の嗜好を伝えるのがいいのではないか。

新店では、湯浅醤油商品もコンセプトに含まれる

藤本直久シェフは、新古敏朗さんとも知己があるし、何より湯浅醤油・丸新本家の商品特性を理解している。だからであろう、新店をオープンするにあたって湯浅醤油をコンセプトに組み入れたのだ。湯浅醤油のみならず由良漁港・三浦農園・チキンナカタは、単に仕入れ先としてではなく、協力者と位置づけて「北新地ふじもと」を盛り上げる_、いわば仲間なのだ。産地から送られて来る食材と調味料に、シェフ自身が惚れ込んでいるからできた店のコンセプトでもある。そんな店でいつものアレをやってみたい。新生「ふじもと」には、湯浅醤油・丸新本家の商品が常備されているので予め送る必要はなく、某日いきなり取材に行ってみた。そこで藤本直久シェフが、創作したのは、①紀州うめどりを使ったカッペリーニ②紀州うめどりもも肉の金山寺味噌蒸し③水茄子のブリュレの三品であった。ここには、「ゆずぽん酢」「勢粋梅」「金山寺味噌」「白みそ」「九曜むらさき」が使われている。まず、一品目の「紀州うめどりを使ったカッペリーニ」であるが、夏らしい冷製パスタになっている。このパスタ料理は、素麺のような細さが印象的な冷製で、ツルツルとした食感が楽しめるもの。一般的なパスタが1.6〜1.9mmとすると、これは1mm前後。まさに素麺と同じような細さだ。そもそも語源となっているCapelli(カッペリ)は、髪の毛を意味する伊語。細さだけではなく、繊細さもあることから天使の髪の毛の意を持つ。それを「ゆずぽん酢」で調味して夏向きのパスタに仕上げているのだ。ここでは、和歌山繋がりで「チキンカナタ」の「紀州うめどり」を用いて作っている。「チキンナカタ」は創業40年の和歌山の老舗食肉加工会社「中田鶏肉店」が営んでいる。そこで育てられている鶏はブロイラーながら臭みもなく、旨みを有す。聞けば、「紀州うめどり」は、飼育時に紀州の梅酢を与えており、その効果もあって鶏自体の免疫力・抵抗力がアップし、病気になりにくい健康体になるという。そんな健康体から摂れるからか、味は地鶏に負けないまでに。肉は勿論、内蔵・骨までも色艶豊かになるらしい。この料理は、その特性を生かそうと具材に用いた。ささみを低温調理することでふんわり柔らかに、ジューシーに仕上げている。カッペリーニは、「ゆずぽん酢」とEXバージンオリーブ油を合わせたソースをかけて和えている。その上に、「紀州うめどり」のスライスと角切りにした「勢粋梅」、「ゆずぽん酢」で作ったジュレを載せ、芽葱を飾り、仕上げに青柚子のピールを振り掛けて完成する。「本来は梅肉で作るのですが、梅干の皮をいかしたいので、『勢粋梅』を角切りにしました。この方が食感があっていいのです」と藤本直久シェフは説明していた。食べる時は、具材もジュレも混ぜるようにするのだが、「ゆずぽん酢」がいい役割を果たしており、味のバランスが絶妙に。作り手としては、「あえて酸味を勝たせたい」とこのように調味したらしい。なので甘みや塩コショウも入れておらず、「ゆずぽん酢」と「勢粋梅」の酸味を際立たせた料理にし、ささみの甘みが感じられるように設計しているのだ。「ゆずぽん酢」は、醤油メーカーが造っているだけに醤油が旨い。そこに柚子果汁がうまく利いていてバランスよく造られています。トゲがなく、旨みが凝縮している調味料ですよ」と評していた。

二つめの「紀州うめどりもも肉の金山寺味噌蒸し」は、最近藤本直久さんが気に入っているシンプルな蒸し料理である。固形燃料を使って客席で蒸す形で供す。調理自体は単調に見えるが、そうではない。鶏もも肉を「白みそ」とシャンパンでマリネし、一旦味噌をふき取ってフライパンで焼くそう。「これは仏料理のリソレという技法で、完全に火を入れるのではなく、表面だけを焼きます」。それからオーブンで低温調理し、カットして蒸籠に入れる。「金山寺味噌」を上に載せ、軽くバーナーで炙ってから5分ぐらい蒸し上げるのだ。鶏肉はリソレの技法なので初めは中まで火を入れず、低温調理することで熱を通す。最後に蒸す作業があるので火はあまり入れすぎずに作ることが肝要。蒸す直前に「金山寺味噌」を載せ、蒸籠で香りを閉じ込める。ここでの調味は、「金山寺味噌」のみ。その味と香りが利いていい塩梅(あんばい)になる。「丸新本家の『金山寺味噌』は、味のバランスが抜群。今回は、その粒の立った感じを生かしたいと思って調理しました」。藤本直久シェフは、「紀州うめどりの質を引き出している」と言い、火の入れ方に注意して作ったようだ。生からちょっと過ぎた辺りがいいらしく、逆に火を入れすぎてカチカチになったら台無しだと説明していた。一見単調に見える料理だが、実は複雑な工夫がなされている。

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最後はデザート。例の泉佐野産(もん)普及促進事業の一環で創作した水茄子デザートの改良版だ。改良といってもそんなに変化はなく、塩の代わりに「九曜むらさき」を使用しているくらいだろう。食の現場から第115回に詳しい主旨が書かれているので誕生理由はそちらを参照されたし。「三浦農園」から送られて来た水茄子を焼き茄子にし、ブリュレといえどその風味を残した。そうして作った水茄子のピューレと、卵、牛乳、生クリームを混ぜて器に入れてプリンを作り、仕上げに三温糖を載せた表面をバーナーで炙る。「焦がすからブリュレと名づけたが、実はプリンに近い雰囲気です。食べると、ほんのり焼き茄子の風味を感じるでしょう」と藤本直久シェフ。世にも珍しい水茄子のスイーツがこうして完成する。ここで使っている「九曜むらさき」は、新店では造りなどにも使っている。そもそも日本の醤油は、金山寺味噌の溜まり汁から誕生している。まさに醤油の元祖とも呼ぶべき商品で、金山寺味噌からわずか3%しか採れない希少な溜まりを素材にした減塩醤油だ。この店では、殊更(ことさら)気に入っており、その発祥逸話と合わせて使える調味料として多用しているのだ。
今回の三品は、本取材用のもので、いつもなら私だけのスペシャリテと書くところだが、「北新地ふじもと」には、決まったスタイルがない。だからこの三品もいずれは、シェフの気まぐれコースに組み込まれるに違いない。料理も自由表現なら営業時間も自由対応。予約があれば、いつでも開けるし、14時からのコースや22時からのコースだってOKというラフさ。これが新しい「ふじもと」の色なんだろう。

  • <取材協力>
    北新地ふじもと

    住所/大阪市北区曽根崎新地1-7-3 北新地プラザビル8階

    TEL/06-6676-8566

    HP/ Instagramはこちら


    営業時間/自由対応(大抵は11:30〜13:30LO、17:00〜22:00ぐらい)※但し要予約

    休み/不定休(大抵は日曜日)

    メニューor料金/
    北新地ふじもとの気まぐれコース 10000円〜
    泉佐野野菜コース 10000円ぐらいから応相談
    淡路島由良魚介類コース 10000円ぐらいから応相談
    和歌山御坊うめどりコース 10000円ぐらいから応相談
    オムライス 1500円
    鉄板ナポリタン 1500円
    ビーフステーキ 時価
    コルドンブルー 時価
    ビーフシチュー 時価
    各種ライトミール 1000円〜

    昼:日替わりランチ 1000円〜
    コース料理 5000円〜


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい