48 2017年03月三田市は神戸の北隣りの町。JRを使えば大阪から約1時間しか要さないことからベッドタウンの趣を持っている。この町で居酒屋、和食、ラーメンと幅広く展開しているのが「福助グループ」だ。運営する店舗は20にものぼり、三田駅前を歩けば、系列の店に当たるといわれるぐらい業態を変えながら営んでいる。今回はこの「福助グループ」の中心店でもある南が丘のロードサイド店「宴 ふく助」を訪れることにした。予め湯浅醤油と丸新本家の商品を送っておき、それに合った料理を中野健料理長に考えてもらった。三田で出合った美食の数々をレポートしよう。
宴 ふく助
中野健
(宴 ふく助料理長)
「味噌も醤油も量を控えて作った
のにしっかりした風味が出ました。
いつもの調味料とは差があるよう
に感じたんですよ。これだけいい
味わいなら、砂糖などを強くしな
くても大丈夫。せっかくの持ち味を
壊したくないと思ったんです
」
数多くの飲食店を営みながら、自ら畑作業をするユニークな経営者
「福助グループ」は、三田出身の福西文彦さんが営む飲食チェーン。地元では13店舗(その他は神戸など兵庫県内で持っている)もやっているからだろう、三田ではすでに有名人物のようだ。この福西さんが、なかなか面白い。飲食店だけを経営しているのではなく、自ら田畑に入って農作物を育て、その産物を自店で使っている。最もユニークなのは、酒米である山田錦を栽培している点。自分達で作った酒米を宮津(京都・丹後)の「ハクレイ酒造」へ持ち込み、日本酒をオリジナルで製造してもらっている。普通、店オリジナルの酒といえば、ラベルの貼り替えになるが、ここのは正真正銘のオリジナルで、こうして出来た純米酒「田助」が福西さんの店々で飲めるのだ。
福西さんは、1995年に屋台から身を起こしている。焼肉店の第二駐車場を借りて屋台を出したのが始まりで、その2年3カ月後には南ヶ丘で居酒屋「ふく助」を構えた。それから20年ほどで20もの店を有すのだから凄い。それに屋台からスタートしたのが苦労人らしくていい。ここまで成長するには並大抵の努力ではできないだろう。
「宴 ふく助」は、オープンして5年後に増築し、規模を拡大させた。福西さんによると、造りの豪快盛りがウケたらしく、海に面さない三田の地では、ことさら新鮮だったのだろう。現に「福助グループ」では、私のコラムに度々登場する淡路島由良漁協の橋本一彦さんからも直接魚を引いている。それに魚の目利きができる人に頼んで神戸中央卸売市場のセリにも参加させている。そんな要因から魚が旨いとの評判が立ち、三田の人気居酒屋として根づいたのだと思われる。
「福助グループ」がさらにユニークなのは、三田牛にこだわっているところ。「地元にいながら三田牛を提供している店は少ないんですよ。なら、うちではそれに特化しようと、三田牛メニューを作っています」と福西さんは言う。たまたま屠殺場を持ち、精肉も販売している先輩がいたので、彼のルートで仕入れをし、使う分だけ「パスカル三田」(農産物直売所)からもらっているようだ。「三田牛は減少傾向にあるんです。仔牛が倍の値になり、一頭のセリが1.5倍にもなっているそうです。このままだと10年後には100頭になっているかもしれません」。
福西さんは、あえてリスクを背負って三田牛を居酒屋価格で出し続けている。そこには地元愛があるし、店に特徴づける狙いもある。リブロースを中心に用いている三田牛メニューは、「炙り焼きリブロース」(1500円)や「牛トロ炙り寿司」(3貫で1280円)など。ともに常温で脂に汗をかく(融点が低く、少しの熱が入ると、とろけ始める)三田牛らしい品々で、福西さんは「脂が旨いのですが、沢山は食せない。炙り寿司なら3~5貫が丁度いいくらいです」と話しているくらいだ。ちなみに三田市のふるさと納税には「宴 ふく助」の三田牛のすき焼きがある。物を送る所は多いが、三田はここまで来て地元の味を堪能してほしいと考えている。なかなか好評だそうで、三田牛のすき焼きを食べたさに納税する向きもあるようだ。
せっかくの醤油の味を損ないたくない
さて、私はそんな「三田牛のすき焼き」に舌鼓を打とうとしている。今回は特別篇なのでいつもの醤油を湯浅醤油の「蔵匠 樽仕込み」に替えて中野健料理長が作ってくれた。中野料理長は、佐賀出身で東京で修業し、親方について有馬温泉の旅館に来た。一度、九州に帰ったそうだが、奥さんがこちらの人だったので戻って来て、「宴 ふく助」にいるらしい。
中野料理長は、「三田牛のすき焼き」を作りながら「樽仕込み」をコクがあって濃い味わいと評している。いつもなら砂糖を足すが、せっかくの醤油の味が台無しになってはと、今回は割下を作る際に甘みを抑えた。ちなみに割下は、「樽仕込み」に酒、砂糖、みりん、鯖節と鰯節で摂っただしを合わせて作っている。いつも作っているものだが、醤油だけ違う。「せっかくいい醤油なのだからその味が潰れてはいけない」の言葉はお世辞でも何でもないだろう。
甘さを控えたためか、煮込んでもしつこくならない。流石に三田牛で、脂が実にいい。これが「宴 ふく助」の名物ならば、ここまで足を延ばすのも悪くはなかろう。
二品目は「ボタン鍋」。このメニューは篠山が発祥なので隣り町である三田でも地元の味的趣がある。このスープを作る折りに中野料理長は丸新本家の「赤みそ」と「料理用白あえみそ」を合わせた。普段なら白味噌でやる所を私のために新たな組み合わせを考えてくれたのだ。「白あえみそ」は、塩分を半分にし、京味噌とは異なる低温長期熟成で造っている。一方、「赤みそ」は、丸新本家の味噌の中で唯一麦を加えて造ったもので、1年半~2年の熟成期間を経て赤くなるまで待って出荷している。
中野料理長によると、「今回は味噌を控えめにした」そう。「赤みそは、強くなく、柔らかい味わいでした。長い間寝かしているからエグみや酸味も出ないんですね。本来なら濃いめに作って野菜を入れて薄めていく手法を取りますが、控えめにしてもこの味噌自体でしっかりした味になったので、あえて本来の合わせ方をしていないんですよ」と言う。
「ボタン鍋」の味は、しっかりしているが、優しい。日本料理の基礎をしっかり学んで来た人らしく、しつこくならぬよう計算している。お見事である!最後は「土鍋鯛めし」。これは「白搾り」が送られて来た時に中野料理長と村川淳一店長が同時にひらめいたと話していた。「白搾り」は、白醤油のようなもので和食の職人は好む。しっかりしながら上品な味わいを持たせたい際に使うだしのない醤油だ。従来の醤油より色がつきにくいから野菜など素材の味をストレートに表現できるのが特徴の一つである。
今回の米は、三田・母子(もうし)地区で穫れたもので、コンバインを用いず、農家にいなき干しにしてもらった。福西さんは「白ご飯で食べると、香りが違う」と指摘。それもそのはずで太陽の光を浴びた天日干しの米なのだから。
「土鍋鯛めし」は、だしに「白搾り」とみりんに合わせて作っている。「白搾り」の量は、いつもの薄口醤油と同じくらいである。ここに鯛一匹を入れて炊くわけだが、出て来たものを見ると、母子の天日干し米の特徴か、粒が小さいように映った。薄口ではなく、白醤油なのでご飯は、ほんのり色づく程度できれい。村川店長も「白搾りを使う方がご飯が白く炊き上がって美味しそう」との感想を述べている。「薄口と比べると、明らかに『白搾り』で作った方が旨いですね。醤油が強くないから思ったような上品な味を醸し出しています」とは中野料理長の弁。
今回は私だけのスペシャリテなので、あえて醤油や味噌を替えてもらったが、この三品については従来からメニューにある。特別篇はダメでも、通常メニューなら味わうこともできるのだ。但し、「ボタン鍋」は季節商品で、これが載る頃には今シーズンの終わりを告げているかもしれない。それでも三田牛メニューやら、「土鍋ごはん鯛飯」(「3~4人前2800円」はあるそうなので三田まで出かけて行くのもいいだろう。蛇足ながら福西さんが自ら育てている三田アスパラガスがそろそろ登場予定だとか。鮮度に勝る旨いものなしと言うけれど、三田の畑からは近距離。これほど鮮度のいい状態で食せるケースはなかなかあるまい。新鮮なアスパラガス目的でもいいかもしれない。
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<取材協力>
宴 ふく助
住所/兵庫県三田市南が丘1-50-3
TEL/079-563-1660
HP/ 公式HPはこちら
営業時間/営業時間/11:30~15:00 17:00~22:00
休み/月曜日(祝日の場合は営業)
メニューor料金/
メニュー/お造り盛り合わせ(3点盛り)1280円
〃 (5点盛り)2880円
茄子ギョーザ 550円
三田産肉巻おにぎり(3個) 600円
三田牛特選A5ランク
炙り焼きリブロース 1500円
牛トロ炙り寿司(3貫) 1280円
豪快天ぷら盛り 1880円
牛タンネギ塩ダレ 980円
ゆず香る鯛にゅうめん 880円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。