7 2013年08月料理人には、定番をただひたすら作り続ける人と、あらゆることに興味を持ち、チャレンジ精神が旺盛な人の2タイプがある。私が好むのはどちらかというと後者の方。そんな人にいたずら心にわざと面白い素材や調味料を置いて帰ることがある。そして後日電話でその反応を聞き出す。こんな些細なことからグルメ情報は生み出されていく。今回はそんな話をしたい。北新地の「くすの木」に醤油と味噌を置いていったことから6つの美食が誕生した。
(閉店)旬魚彩菜 くすの木
(大阪・北新地) 料理人/星野宏行
(旬魚彩菜 くすの木料理長)
「前評判を聞いてちょっと褒め
すぎじゃないかと思ったんです。
でも使ってみると、今まで味わっ
たことがない旨さでびっくりしま
した」
金曜に海軍(?)カレーを出す割烹
第1回目のこのコーナーで取り上げた「北新地むろ多」の室田大祐さんから「たまには若手にスポットを当てて」と依頼が来た。室田さんは、現在、大阪府日本調理技能士会の会長で、若手料理人の育成に務めている。そんな室田さんが「この人を」と推薦するのだから、内容の濃いものを作るのだろうと、期待をしながら北新地へ出かけた。 御堂筋から永楽町通りを少し入ったところに「旬魚彩菜 くすの木」はある。この店は2年前の3月3日にオープンした、北新地でいえば新しい部類に入る。店を任されているのは、31歳の星野宏行さん。恰幅がよく、いかにも美味しそうな料理を作りそうな板前然とした人で、聞けば自衛隊にいた経歴があるらしい。星野さんは、中之島辻学園TEC日調の出身で、卒業後に北新地の「神留」で修行に入った。その後、お姉さんがオーストラリアに在住しているとかで、旅気分で海外へ。そして帰国すると、専門学校時代の友人が「自衛隊へ入らないか」と誘ってきたそうだ。本来なら料理の世界へ舞い戻るのだが、途中下車も悪くないと考えて、その誘いに乗った。星野さんは海上自衛隊に所属したために、海賊退治の任でソマリアまで派遣されている。「海賊って一般人が持っているイメージ以上に頻繁に出るんですよ。私達は日本の商船を護衛するために行ったんですが、船団の前後を護衛艦が守り、左右にはヘリコプターをつける。そんな風にして多くの商船を海賊から守るんです」。日頃、あまり耳にすることがない話で、ついつい聞き入ってしまうが、本論は料理。横道に反れず、星野さんの料理人としての経歴にふれて行こう。星野さんは、自衛隊では銃を撃つ練習を行ったりもしたのだが、前職歴をいかして船の中で、厨房の仕事も行っていた。海上自衛隊では、海軍の頃の習慣を踏襲してか、今でも金曜日の昼食はカレーと決まっている。海の上に何週間もいると、曜日の感覚がなくなるらしい。そこで金曜になると、いつもカレーを作る。カレーを食せば、翌日はウイークエンド。このようにして曜日の感覚を取り戻すのだという。「くすの木」では、それにあやかって金曜の夜にカレーがメニューに入る。「せっかく自衛隊で海軍カレーを作っていたのだから店でやってみたら…」、そんな言葉によってメニュー化されたものだ。「自衛隊では一気に200人前を作るから旨いんですよ。船によって多少は味が違ってくるのでしょうが、やはり今でも名物料理ですね。ここではそうもいかないので少量でも注文できるようにしています。たまにこのカレーだけを食べて帰る人もいるんですよ」と星野さんは話してくれた。
星野さんは自衛隊に骨を埋めるつもりはなく、人生のひとつの経験になればと思って入隊したというから、3年半働いて、また元の料理の世界へ戻っている。ある人から「新しい店ができるのでいっしょに料理をやらないか」と誘われ、「くすの木」のオープンに立ち合った。しかし、誘った当人が3カ月で店を辞したことで思惑が狂った。
「どうしようか」と思っていたら、オーナーから「星野君がこの店を仕切ってみてはどうだろう」と声をかけられたそうだ。このような経緯から星野流料理が看板になることに。
星野さんは、若いだけにチャレンジ精神が旺盛である。新しいものは何でも取り入れる主義を貫き、料理を作っている。お客さんから情報を聞いたら、まず作ってみる。そして星野流のアレンジを加え、「くすの木」のメニューにする。こう書くと、よくある創作料理と誤解されがちだが、その辺りにある創作料理店とはわけが違う。
名物はだしを使ったものと言うだけに和の基本はしっかりおさえている。だしの基本は昆布と鰹の合せだし。
しっかりした味を出すために濃いめに美味しくするのが星野流でもある。そんな面白さを顧客もわかっているのだろう、彼の作るものを食べたくてリピートする人が多いと聞く。
北新地には高級な割烹が多い。その手の店はどうしてもコース主体となるので、単品が多い「くすの木」は使い勝手がいい。だから評判を呼んでいるのかもしれない。
私の宿題に見事応えた6品の料理
星野さんのチャレンジ精神をかきたてるべく、私はこの店に「魯山人」醤油を置いていくことにした。私が作った「魯山人醤油読本」を渡して、ある程度の説明をし、今度来た時にこの醤油と金山寺味噌(同時に「金山寺味噌 具だくさん」も置いて帰った)の特徴がうまく出た料理を作ってほしいと依頼しておいたのだ。
それから約2週間後、「くすの木」を訪れてみると、星野さんは「6品ほど作ってみました」と話してきた。料理はメニューにはないものばかりで、湯浅醤油の特性をいかして仕上げたらしい。では、早速いただきましょうと、その6品を順に作ってもらうことにした。あらかじめ断っておくが、これから作ってもらうものは私への特別メニュー。だからメニューも名もまだついてはいない。
素材をもとに適当に私がつけてはいるが、それが決して正式なものではなく、星野さんの本意でもないだろう。
もし星野さんが店で出す気になれば、その時にメニュー名は考えるはずだから。
まず、最初に出てきたのがクリームチーズを使った付き出し的なもの。これはクリームチーズを細かくカットし、「魯山人」醤油50ml、水35ml、砂糖少々、生おろしニンニク6gで作ったタレに5時間以上漬け込んで作っている。それにハム、キュウリを和えているのだ。単純な作りのわりに奥が深い味わいだ。生おろしニンニクが利いているからか、少しピリッとしてそれがアクセントにもなっている。星野さんによると、この長さぐらい(5時間)漬けないと、味が染み込まないとのこと。長時間漬け込んだわりに醤油辛さが感じないのは「魯山人」醤油の特性で、他の醤油では角が出て辛くなると話していた。
そして2品目は「ホタテの茶碗蒸し」。酒蒸ししたホタテを鰹だしで延ばし、醤油を入れて作るそうだ。生地の中に「魯山人」醤油を入れて、仕上げに上からさらに「魯山人」醤油を垂らしている。温かい方が醤油香がよく出るだろうが、まだ暑いので冷製のものにしたらしい。星野さんは、せっかくいい醤油なのだから、シンプルに作りたいと考えた。だから味付けは「魯山人」醤油のみ。プリンのカラメルの如く上から掛けた醤油を生地に含ませるようにグチャグチャに混ぜて食べるのがいい。
私が「キレが凄いから…」と言って置いて帰った「魯山人」醤油を、星野さんは半信半疑で料理に使ったらしい。「高い醤油は、いくつも目にしますが、曽我さんが言うのは、ちょっと褒めすぎじゃないかって正直思っていたんです。ところが、使ってみると、今まで使ったことのない旨さでびっくりしました」と星野さんは社交辞令ではなく、「魯山人」醤油評を語ってくれた。「まず香りがいい。室田さんも『これほど香りが立つ醤油はない』と断言していましたが、本当ですね。器に入れただけで、ふわっといい香りがしますものね。それに口に入れた時に醤油独特の嫌な塩分が全くない。旨みがあってインパクトが強い調味料ですね。この味を称して“キレがいい”と言ったんだなって初めてわかりました」。星野さんは「魯山人」醤油の良さに感心したので、早速、常連に味あわせたのだそう。すると、その人は「他の醤油と全然違うね」と言った後、醤油をなめながら酒を飲み出したらしい。また、某客には肉の漬けダレとして提供した。すると、この人も「うわっ、旨いね~。今日の締めは、この醤油を使って卵かけごはんを作ってよ」と言ってきたそうだ。日本料理の職人は、どんないい醤油でもそのままで出すことはしない。他のものと合わせて、自分ならではの割り醤油にする。ところが、「魯山人」醤油に限っては「そんなことをする必要がない」と星野さんは話している。プロが認めたというありきたりの言葉ではなく、プロを唸らしたのだから、その味は推して知るべしだ。
3品目は「金山寺味噌具だくさん」を使った一皿。和食店には珍しい「カボチャのグラタン」である。カボチャは裏漉しせず、泡立器で軽く潰す。ベシャメルソースを入れて伸ばし、隠し味として金山寺味噌を叩いて潰し入れて作っている。そして粗挽き黒コショウと「魯山人」醤油で味付けをするのだ。食べた時に食感が残るようにカットしたせいか、グラタンの中の具材(椎茸、しめじ、厚切りベーコン)が存在感を示している。本来なら洋の一品だが、金山寺味噌と醤油を使っているせいか、不思議と和のジャンルに収まっている。「本来ならカボチャの甘さが勝つイメージがあるのでしょうが、金山寺味噌を入れることで逆に引き締まり、そこに黒コショウがパンチを利かしてくれます。こうすれば甘い料理の印象は薄れます」。
続いて4品目は「カキのどて鍋」。ささがきゴボウとコンニャク、焼き豆腐、椎茸、白ネギ、カキを入れて金山寺味噌の味だけで食べさせる一品だ。金山寺味噌は、そのまま使うと、粒が残るから叩いて潰し、白だしで延ばしている。一口食すと、甘めの味噌が旨い。どて鍋は、よく食べる料理だが、「金山寺味噌具だくさん」を用いると、かくも味が変わるものかと思ってしまう。余計な調味料を使用せず、金山寺味噌だけでシンプルに味付けているのがいいのかもしれない。一味を振って少し辛さを加えると、さらに旨くなる。「金山寺味噌をご飯に載せて食べる人が多いでしょう。その論理からいくと、これにご飯を加えてリゾットにしてもいいでしょうね」と星野さんはさらなる食べ方を提案してくれた。
初めて食した鯛と鯵の「魯山人」醤油干し
品目は万願寺唐辛子の中に、「魯山人」醤油で作ったジュレを詰め込んだ一品だ。「万願寺唐辛子は、穴が空いているのでこのような使い方をしてみよう」と思いついたそうである。ジュレは、白だし8、みりん1、「魯山人」醤油0.8をゼラチンで固めて作る。種を取った万願寺唐辛子にサラダ油を薄く塗って炙り、その中にジュレを詰めている。そして最後(6品目)は「鱧皮のお茶漬け」。これは白だしとみりん、「魯山人」醤油でだしを作り、甘辛く煮た鱧皮とご飯の上からそれを掛けて食す。「この醤油は辛さがないためにあっさり食せます。使用してもだしが黒くならないし、しつこく感じないのもいいですよ」と星野さんは言う。 会席コース風ではないものの、6品も食べたわけだから十分満腹感はある。全ての料理に醤油を用いているのに、味が醤油一辺倒にならなかったのは、星野さんの腕と「魯山人」醤油の旨さによるものだろう。私ひとりがこの特別料理を味わうのも罪なので、一品だけレシピを記しておくことにする(全て載せたいが、沢山ありすぎてスペースがないので一品だけでお許しを…)。えっ、あなたは作ってもらって、読む方には自分で作れってか?!そんな言葉を発したくなるのもわかる。そんな人は迷わず「くすの木」へ行くべきだ。運がよければ、この料理に出合うことがあるかもしれない。但し、星野さんがこれをメニュー化していればの話。味については保障はするが、メニュー化については保障しがたい。だってこれは私の特権をいかした美食体験記なのだから…。
橋本三起子さんにより、丁寧に骨切りされた鱧は夏だというのに鍋で味わう。造りや湯引き、鱧の子の煮物、焼物、揚物と、鱧づくしのメインがこの鱧しゃぶに当たる。鱧のアラや肝などでだしを摂った鍋の中へ、鱧を入れてしゃぶしゃぶと__。すると、パッと花が咲いたようになる。皮が堅いと思う時は少し長めにしゃぶしゃぶをするといい。それをポン酢に漬けて口の中へ運ぶ。淡白であるはずの鱧が実に甘く感じられる。この甘さが「海幸旅館」へ来て味わう醍醐味なのだ。この味は漁場でないと、不思議と味わえない。多分、送っているうちにその旨さは軽減されてしまうのであろう。 いつもなら一般的な醤油をベースに作っているポン酢を、この日は「魯山人」醤油で作ってもらった。醤油が替わったからか、いつもより舌ざわりが優しい。醤油のとがった所がないからか、淡白な鱧の味を素直に感じることができる。グルメの楽しみのひとつは比較対照にあると思っている。そこで私は、橋本さんに大手メーカーの醤油を持ってきてもらい、先程のポン酢と同じように配合してもらった。なぜこんなことをしたのか?それは「海幸旅館」でいつも出しているポン酢と、この日のものは味が違っていたからである(「海幸旅館」のそれは酸味が抑えられつつも、もう少し酸味があり、甘みもある)。「魯山人」醤油を用いたものと、一般的(大手メーカーのもの)とでは、やはり全然味が違う。後者は醤油の重さ(味の点での)が、勝ちすぎているからか、鱧の甘さは少しかき消される。それに対し「魯山人」醤油を使ったポン酢は、柚子を入れているとはいえ、かなりマイルド。かといって醤油の味はきちんとし、淡白な鱧にフィットする。やはり鱧のような淡白なものや、白身の魚には抜群の効果を発揮するのだなと改めて実感した。
カボチャのグラタン
椎茸 1パック
しめじ 1パック
ベーコン(ブロックのもの) 120g
ベシャメルソース(ホワイトソース) 200g
金山寺味噌具だくさん 15g
魯山人醤油 小さじ1
粗挽き黒コショウ 少々
塩コショウ 適量
粉チーズ 適量
作り方/
(1)カボチャは皮をむいて蒸し、軽く潰しておく。
(2)ベーコン、椎茸、しめじは食感が残るように
小さくカットする。
(3)1)にベシャメルソースを入れて混ぜ、叩いて潰した
「金山寺味噌具だくさん」と「魯山人醤油」、
粗挽き黒コショウを加える。
(4)2)をソテーし、軽く塩コショウを振る。
(5)耐熱の器に4)の具材を置き、上から3)のソースを掛けて
粉チーズを振る。200℃のオーブンに入れて6分間焼く。
(6)仕上げに「魯山人」醤油(適量)を縁の方から垂らす。
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<取材協力>
(閉店)旬魚彩菜 くすの木
(大阪・北新地)
住所/大阪市北区曽根崎新地1-7-25 日宝セレーネ北新地1F
TEL/06-6344-2772
営業時間/平日18:00~翌3:00(1:30LO)
土曜17:30~22:00 休み/日祝日
メニューor料金/
コース 6500円、7500円、10000円
手作り豆腐630円、カニみそ焼き、940円、
いくら醤油漬850円、にゅう麵(鴨or地鶏)920円、
玉子かけご飯650円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。