106 2022年07月 焼肉は、料理ジャンルの中でもシンプルな調理法。客側が素材を焼き、タレなどに漬けて食べるのが一般的だ。かといって店側の技術がいかされていないかと問われれば、そうではなく、仕入れはもとより、下処理に工夫が見られるのだ。今回は、そんなシンプルな焼肉ジャンルで取材を行って来た。店は、旭区大宮にあり、昨秋オープンした「炭火焼肉ホルモン 仁」だ。この店は店主・相楽昌志さんの肉へのこだわりが窺えるばかりか、切り込みの入れ方やそうじの仕方など見えない所に工夫が施されている。なので焼くと硬くなるといわれる「とうがらし」(上腕部の肉)でも他店では見受けられないような厚切りで提供されているのだ。今回は、店主・相楽さんの創作意欲をかき立てるべく、湯浅醬油・丸新本家の商品を渡して「名料理、かく語りき」の取材に臨んでもらった。さて、焼肉名人は、どのようにそれらの調味料を表現したのだろう。とくとご覧あれ。

炭火焼肉ホルモン 仁 相楽昌志
(「仁」店主)
「魯山人醤油をたとえるなら
天皇みたいな調味料。
初めは一言で誉め称えられるが、
モノを知ってくればくるほど、
一言で言えないくらいの
逸品だとわかって来ます。」

焼肉通がイチ押しする大阪の郊外店

 

イウエ

焼肉星人が「いい店を見つけましたよ」と寄って来た。私の友人の佐伯さんは、殊、焼肉に関しては造詣が深く、決して他人には焼かせないというこだわりを持っている。なので私は彼を〝焼肉星人〞と称しており、佐伯さんが案内する焼肉店ならば、心置きなく堪能できるのだ。今回、彼が紹介してくれたのは、旭区大宮に位置する店。店名を「炭火焼肉ホルモン 仁」といい、地下鉄谷町線太子橋今市駅からも、千林大宮駅からも歩いて10分ぐらいの所にある。よくグルメは、大通りから一筋入った店を探すというが、この店もその鉄則通りに城北公園通りから一本入った路地に位置している。佐伯さんは、大阪市街はもとより、少々郊外でもいい焼肉店を見つけ、常連となっているケースが多々あり、「仁」もそんな店の一つであろう。佐伯さんによると、店主の相楽昌志とは、彼が以前勤めていた焼肉屋からの知り合いだそうで、昨年の10月に独立して「仁」を開いてからすぐに、足繁く通うようになったという。「とにかく肉のレベルがいいです。いい肉を仕入れている上に、下処理が上手なので満足してもらえると思いますよ」とグルメの私を大阪郊外まで誘うのだ。行ってみると、地元民でないと、少々わかりづらい立地だが、佐伯さんが言うように肉のレベルは高い。店主・相楽昌志さんが言うには、「仁」のコンセプトは「普段使いできる焼肉屋」になっているそう。彼が「生活できる範囲で商売をやっていけたらいい」と言うだけに、価格は高くはない。そのコンセプトが顕著に表れているのが上ロースと上カルビであろう。「上ロースには、脂の少ない赤身肉を、片や上カルビは肉質がしっかりしており、薄切りして美味しい肉を使います。赤身が強い黒毛和牛のA5ランクはなかなかないんですよ」と相楽さんが説明していた。焼くと、炎は黄色く燃え上がるが、この肉は融点が低いから青い炎になる。まさに脂質がいい証拠だ。それでいて各々を780円(税別)で提供しているのだから恐れ入る。「仁」のもう一つの売りとなっているのが「ホルモンの盛り合わせ」である。こちらは200gが780円、500gが1380円で提供されている。ホルモンの良し悪しは、鮮度の良さもさることながら下処理が上手くなくては、いいホルモンとは呼べない。相楽さんは、仕入れたホルモンをきれいにそうじをし、食べやすいように切り込みを入れて出している。「いいホルモンとは何か?と問われれば、食感と喉越しの良さと答えるべきでしょうね。肉の切り方と切り込みの入れ方で食感や喉越しが変わるんですよ」と言う。焼肉はシンプルな料理で、客側が自ら焼いて調理をする。だから食べやすいように切り込みを上手く入れる作業が不可欠で、肉質も合わせて柔らかく感じるよう工夫することが店の役割りなのだと主張する。「噛んでみて柔らかく感じると、人は美味しいと実感するのでしょう。そして二つ目が味。これらが総合的に合わさることで、ホルモン通は、いい店を見つけたと思うんでしょうね」。この店では、しま腸が一人前680円で売られている。あと100円足せば、「ホルモン盛り合わせ(200g)」が注文でき、100g余計に味わえる計算になる。それだけ「ホルモン盛り合わせ」がお得だという話だ。

オカキク

昨秋「仁」を開いた相楽さんは、焼肉の名店を歩いて来た。実家が居酒屋を営んでいたこともあり、飲食業に入るべくして入った人物なのだろう。それでも若い頃は、中央卸売市場で働いており、二年ずつ果物、野菜、魚と担当して来たそうだ。趣味のサーフィンで、八百屋のオーナーと知り合い、38歳までそこで働いていたという。かつて居酒屋をやっていた経験もあって飲食業界への道を歩み、「岩崎塾」に入って焼肉のノウハウを学んだ。そして「昭和大衆ホルモン」を経て独立に至ったわけである。独立するのに当たって一年半物件を探してこの地を選んでいる。大通りから一本入ったこの店に
決めて今ではよかったと思っているらしい。「元焼肉屋だったこともあり、この場所にお客様がついていたんですよ」。住民は空き店舗になっていたこの場所に何ができるのだろうと待っていた。それが焼肉屋で、リーズナブルな割りにレベルが高い店がオープンしたので喜んでいるようだ。郊外店といえども周辺には8軒もの焼肉屋が鎬を削っている。だから安穏とはしていられないはずなのだが、十分後発でも人気を得ている。そこには「仁」のレベルの高さが窺える。色んな部位が楽しめるのだが、私が目を見張ったのは「とうがらし」なる一品。これは、上腕部の肉でミスジの裏辺りに位置する。この希少肉を出している店は少ない。しかもこの店では常識を覆して分厚く切って出しているのだ。「とうがらしは、焼いたら硬くなるし、白くもなります。うちでは包丁を入れる事で熱が均等に入るようにしています。だから厚切りでも大丈夫なんですよ。肉が白くなりかけたら一旦返して裏側を焼いて食べてください」と私の前に分厚い「とうがらし」が出て来た。この肉は焼けば硬いはずなのに切り込みを上手く入れているからそうは感じない。肉らしい部位でずっとしがんでいられる(しかむとは、関西弁で噛みしめるの意味)。噛めば噛むほど味が出て、肉を食べた気になるのだ。

 

各部位を醤油違いで食べ比べ

 

ケコサシス

ところで、私はこの店を一度訪問した時に湯浅醬油と丸新本家の商品をいくつか相楽さんに手渡し、「取材時は、コレを使って何か作ってよ」と頼んでおいた。だからここから登場するメニューは、普段からあるわけではなく、私へのスペシャリテなのだ。まず出て来たのは、生肉を彷彿させる品。左から心臓、コブクロ(上)とミノ(下)、イチボのローストビーフである。ご存知のように今ではユッケやレバーは生では食せないが、センマイなど一部は食すのが可能。しかもここでは低温調理を施すことで生感覚で味わえるようにしていた。これらの肉を「魯山人」醬油と「九曜むらさき」で食べ比べしようというのだ。「せっかくいい醤油が入ったのだから、その特性を考慮して醤油ごとに味わいの違いを実感してもらおうと考えました。左が『魯山人』で、右が『九曜むらさき』です。さあ、どうぞ」とテーブル上に二つの醤油が置かれた。
牛には胃袋が四つある。食道を通ってミノ→ハチノス→センマイ→赤セン(ギアラ)の順に消化する。相楽さんは、「でも本当に消化器の役目を果たすのは四番目の胃で、あとの三つは食道が進化したようなもので、漉す作業にすぎない」と説明している。だからそうじするのが大変なのだとか。第一の胃袋となるミノは、58℃で3時間低温調理を施して出している。「ミノは繊維質なので切り込みが必要。58℃で熱を入れることでこの食感になるんです」。一般的には、噛んでいくと三口目ぐらいから繊維がほどけていく。相楽さんは、タンパク質が固まる手前で加熱を止めているので、切り込みを入れずとも肉がほどける。なので薄切りにするだけでいいそうだ。コブクロは、メスの子宮をいう。これも58℃で低温調理しており、冷やしてから出しているので貝のような食感が味わえる。これらの部位については、5%の塩と5%の砂糖で調味液を作り、そこに一旦浸してから真空状態にし、3時間低温調理するらしい。「ホルモンは、可能性がまだまだある食材です。レバーでテリーヌを作ってもいいし、アヒージョにしてもいい。調理法によってホルモンの旨さは変化するんですよ」。相楽さんは、低温調理のやり方を仏・伊の料理人に教えてもらったそうである。このようにするからか、「仁」ではコブクロファンがついている。「ココへ来たらコブクロ」という客が存在する。コブクロ一つを取ってもこれだけ手を入れる店は少ない。相楽さん自身も「自分の身を苦しめながら店をやっている」と笑っていた。この一皿については生感覚だが、実は切りたてを出しているのはハート(心臓)だけで、あとはいくばくかの調理が成されている。
さて、醤油の味比べだが、「魯山人」「九曜むらさき」とも特徴が異なるので、どちらに漬けても旨いのだが、イチボのローストビーフは「魯山人」が合い、ミノやコブクロは「九曜むらさき」の方がいいように思えた。ハートに関しては評価が分かれる点だが、相楽さんの判断では「魯山人」の方が塩味がある分、いいのかもしれないとの事。相楽さんは、このメニューを取材前に常連客で試したそうだ。固定概念を抱いては面白くないので出す時には一切どんな内容かは言わず、20~30後に「いかがですか?」と聞きに行った。すると客は「コレって何?めっちゃ旨いやん!」と高評価を伝えて来たらしい。相楽さんは、しめしめと思い、自信を持って今日の取材を迎えたのだと話していた。
相楽さんは、「魯山人」醬油を「天皇みたいな醤油」と一風変わった表現をする。そのココロは、小学生は天皇を説明する時に偉い人と一言で表現するが、中学生になると、色んな事を知っているので一言では表現しづらくなる。相楽さんもそれと同じで「表現し出したら切りがない」と言う。曰く「食文化の歴史の中で進化して来たもので、この醤油には奥深さを感じた」と付け加えている。それだけ「魯山人」が凄い味わいだと高評価した証しでもある。一方、「九曜むらさき」については、こんな風に表現している。「この醤油は野性的なイメージを抱きました。醤油の原石のようなものを感じます。聞けば、鎌倉時代に金山寺味噌が紀州に伝わり、そこから日本の醤油が発見されたそうですね。『九曜むらさき』は金山寺味噌から造っているので、そういう意味からも荒々しさが伝わるし、あえて原石と表現したのですよ」と相楽さんは話してくれた。彼は、そんな「九曜むらさき」を「味は細い」と表現し、この特徴をいかすには「何かで支えてあげたい」とも語っている。例えば、コブクロやミノがいい例で、荒々しい味(九曜むらさき)と雑なものやクセのあるもの(コブクロやミノ)を合わせると、結果的に口内で仲良くなる。そんな特性を「九曜むらさき」が持ち得ていると言うのだ。

セ ソ タ チ ツ テ

二品目の「タンとツラミのネギ味噌和え」は、「具だくさん金山寺味噌」と「あわせみそ」を使用している。相楽さんに言わすと、タイトルにある〝ネギ味噌和え〞とは、「具だくさん金山寺味噌」と「あわせみそ」を合わせたシンプルな調味法との事。白ネギ大さじ2に、細かく刻んだ「具だくさん金山寺味噌」を大さじ1、「あわせみそ」大さじ1、ヤンニョム(辛みそ)大さじ1、旨味調味料小さじ1/2、ゴマ油小さじ1/2を合わせて作るそうだ。全て混ぜた方が旨いのだが、今回はネギの塩分と水分が出るからとの理由で分けて出している。肉には塩コショウを掛けており、それを七輪でしっかり焼いてから白ネギと味噌を入れて巻く。金山寺味噌を使っているから甘みがあるだろうと思って口にふくむと、一転しょっぱさが印象的な味になっていた。相楽さんによると、塩味を感じるのはヤンニョムのせいだという。「焼肉屋の味付けとしては、薄いと受け入れ難いんです。当初、商品を見た時に、どんな調味料にしようかと頭を悩ませたんですよ。一般的な調味料ではなく、いっそのこと方向性を変えてやろうと、この食べ方を思いつきました。まずは七輪でしっかり焼いてから味噌を挿入します。すると、その熱でいい具合いに溶け出すんですよ。食べると、「ぷっちょ」みたいにじゅわっと味わいが出て来る。これまでにない味になったと自負しています」。初めはハネシタなど柔らかな肉で試したが、柔らかすぎて味噌が口内に残ってしまったそう。食感を求める意味でもタンやツラミの方が合ったのだと思われる。この出し方には後日談がある。北陸から来た酒蔵の社長が、この味噌で塩ウルテを食べて絶賛したのだという。相楽さんは、取材にも「タンやツラミもいいが、コリコリやウルテも合う」と話していた。それがその社長の評価で証明されたことになる。
相楽さんは、本取材の依頼を受け、商品を味見した時に「どんなメニューにしてやろうか」と色々試したらしい。その結果、できたのが「心臓・ミノ・コブクロ・イチボのローストビーフの醤油での食べ比べ」と「タンとツラミのネギ味噌和え」であった。相楽さん自身、この創作に「面白いメニューができた」と思っているが、料理とは客が食べて旨いと感じなければ、それが自惚れに終わってしまう。なので取材前に客へ出し、反応を求めた。そして彼らから「旨い!」のお墨付きを得られたので、晴れて取材へと臨めたのだと話していた。味はもとより、話のネタになるものが欲しい_、そう考えた相楽さんには、何よりの創作になったものと思われる。シンプルな焼肉でもちょっとした事で印象的な変化を遂げる。そんな二品であったのではなかろうか。焼肉星人の推薦、恐るべし!である。

  • <取材協力>
    炭火焼肉ホルモン 仁

    住所/大阪市旭区大宮4-22-10 カルム大宮1階 炭火焼肉ホルモン 仁

    TEL/06-6964-4808

    営業時間/11:30~15:00、17:00~23:00

    休み/木曜日

    メニューor料金/
    塩タン 980円
    とうがらし 1580円
    上ロース 780円
    上カルビ 780円
    特上ハラミ 1480円
    ハラミ 650円
    ツラミ 650円
    ウルテ 680円
    小腸 650円
    しま腸 680円
    ホルモン盛り合わせ 200g780円、500g1380円


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい