25 2015年02月最近は日本酒ブームで、殊に生酛造りや燗酒にスポットが当たっているようだ。日本酒といえば、酒どころ灘は我が地元。幼少期は蔵のある通りでよく遊んだものである。私の家からわりと近い神戸酒心館は、灘では一番の旨さではないだろうかと通の間では評判の銘酒「福寿」を造っている。その酒蔵内にある日本料理店「さかばやし」も関西の日本酒メーカーが直営する飲食店の中で最も成功している事例だと思う。今回は、いつもの如く醤油・味噌を持って同酒蔵内の店にお邪魔した。「さかばやし」の厨房を取り仕切る料理長・加賀爪正也さんは、私の我がままにいかに応えたのだろうか。彼が考案した7つの品について語ってみよう。
神戸酒心館蔵内「さかばやし」
(神戸・石屋川) 料理人/加賀爪正也
(さかばやし料理長)
「これまで赤みそで田楽みそを
作ってきたのですが、ここまでの
コクと味の深みは得られませんで
した。『丹波黒豆みそ』を早くか
ら知っていれば、もっと美味しく
作れたのにと思いましたよ」
酒蔵にある店だから日本酒との相性を大事にしたい
神戸市東灘区にある神戸酒心館。清酒「福寿」で知られる蔵元で、創業は宝暦元年(1751年)というから丁度、徳川吉宗が没した後ぐらいである。栄枯盛衰激しい日本酒業界にあって、「神戸酒心館」は創業以来ずっと同じ家系が営んでいる蔵で、13代に亘って酒造りをしている。この蔵の特徴は、スピードや効率化が叫ばれる現代においてもそれを追いかけることなく、昔ながらの手造りによる丁寧な酒造りを心がけている点。生産量を求めず、美味しさを極めることだけを追求している蔵なのだ。同蔵で近年話題になっているのが「福寿 純米吟醸」。この酒はストックホルムで開催されるノーベル賞の晩餐会にて、日本人が受賞した年に限って出されている。別に売り込んだわけではなく、現地の人が「日本酒ならコレを」と推薦したそうで、以来、日本人が受賞する度にこの酒が晩餐会のテーブルに並ぶようになった。昨年も三人の日本人が受賞したため、12月にはノーベル賞関連としてこの「福寿 純米吟醸」がテレビで何度も紹介された。当然、反響を呼び、売り切れ状態が続いていたが、「神戸酒心館」の賢いところは、だからといって量産しないことだ。品薄であろうが、品切れであろうが、いいものを造るには限界があると考え、ひたすら定量を守っている。だからこそ余計に支持されるのだろう。
さて、本論に入ろう。昔でいう御影郷に位置する「神戸酒心館」内には、酒造りを行う福寿蔵、利き酒が楽しめたり、色んな食品が買える東明蔵、木造りの酒蔵をホールにした豊明蔵、それに蔵内の日本料理店「さかばやし」という4つの施設がある。そのうち蔵の料亭とも呼ぶべき「さかばやし」は、瀬戸内の魚や丹波の野菜などを使った料理が味わえるところとして評価を得ている。福寿蔵より蔵出したばかりの生酒片手に味わう会席料理が人気を呼んでいるのだ。
この店の厨房を取り仕切るのが加賀爪正也料理長。3年ぐらい前からこの店に勤務し、以来、日々日本酒との相性を考えながら料理づくりに励んでいる。そもそも加賀爪料理長は、「柿安」のレストラン部門で料理人人生をスタートさせている。当時は今のような惣菜の「柿安ダイニング」はまだなく、「柿安」といえば牛鍋屋の印象が強かった。本社が桑名というのもあり、レストランでは松阪牛の網焼きやすき焼き、しゃぶしゃぶで提供していた。そんな「柿安」のレストランが大阪にはナビオ阪急、アクティ大阪、ホテルニューオータニ大阪の三ヵ所あり、加賀爪料理長はアクティとナビオで都合6年ほど板場についていた。バブル期に師匠であった長嶋さんから、「生け簀料理屋で働いてみないか」と声をかけられた。師匠としては、魚を多く扱うその手の店でこれまでと違った仕事をした方が為になると考えたようだ。肉も覚え、魚の知識を得、色んな店で修業を積んで3年前にやって来たのが日本酒メーカーの直営店。ここで新たに日本酒の勉強をし、それに合う料理を考える日々が訪れるのだから、人生とは勉学の連続だということが今さらながらわかる。
そんな加賀爪料理長に、今回は遊び心を持たせ、湯浅醤油の「柚子梅つゆ」と「蔵匠 白搾り」、丸新本家の「具だくさん金山寺味噌」「丹波黒豆みそ」を渡して、いつものように私だけのスペシャリテを作ってもらうことにした。
金山寺味噌を用いたステーキソースと黒豆みその田楽が絶品
まずひとつめは、「柚子梅つゆ」をミニトマトに使ったもの。これは湯むきしたミニトマトをシロップと「柚子梅つゆ」で5:1で割った液に2日間漬け込んで作っている。ガラスの器に入れると、実にトマトの赤がきれいで、小ぶりだから可愛くも映る、まさに女性向きの一品だ。液はシロップが多いので甘かろうと思って口に運ぶと、意外にも甘みは強くなく、加賀爪料理長は「酸味を楽しむ前菜的料理」と言っていた。トマトの酸味があるから丁度いい塩梅(味加減)になるらしく、トマトが大きすぎると、酸味が強すぎてしまい、ここまで味がまとまらないのだそう。加賀爪料理長は、「柚子梅つゆ自体がさっぱりしていて、味もしっかりしています。香りはあるが、そこまで味は濃くない。だからこの味が表現できるのです」と説明している。
わかさぎの南蛮漬けも「柚子梅つゆ」を用いた料理。こちらは揚げたわかさぎをだし4、「柚子梅つゆ」1の地に漬けている。「柚子梅つゆ」の効果が発揮されているのか、一般的な南蛮漬けよりあっさりしている。加賀爪料理長によると、酢ではなく、「柚子梅つゆ」を使用しているのでそこまですっぱくはないとのことだ。食した感想も酢で作るのとはちょっとちがっており、だしが飲めるのでそれといっしょに食べるといった感じだろうか。
日本料理には古くからある素麺を寿司めしに見立てたメニューがあるが、これをアレンジして加賀爪料理長は茄子素麺を作ってくれた。まず茄子を揚げる。次にだしと「白搾り」で炊いたものに茄子を一日漬けて味をなじませておく。だしと醤油(白搾り)で作った地にゼラチンを入れ、湯がいた素麺をくぐらせる。素麺を寿司のシャリの如く巻き簀に敷き、茄子を芯にして巻いて一日寝かせておく。加賀爪料理長の話では、できあがるのに2日ぐらいかかるらしい。「茄子素麺はまかないでも作る料理で、夏場に出すと面白いんですよ」と話していた。師匠である長嶋さんは、茄子ではなく甘露煮の鮎を使って作っていたそうだ。パッと見たら一瞬、何の料理かわからないが、食べると茄子と素麺がよく合うと理解できる。ゼリーにも旨みがあるので美味しく味わえる。茄子はあまり主張はしていないが、その分、素麺の味が引き立っている。普通は白醤油を用いるのだが、今回は「白搾り」。一般的な白醤油だと味が濃くなる嫌いがあるが、「白搾り」だとそこまで濃くはないので料理人は使いやすいのだとか。「旨みも一般のものの倍はあるため、深みのあるだしができあがる」と加賀爪料理長は感想を述べていた。
この茄子素麺同様、「白搾り」を用いた一皿が、芋たこ南京の茶巾絞り。これは女性が好きだとされるさつま芋とたこ、南京を煮て「白搾り」を合わせたゼリーで茶巾絞りにして固めたものだ。普段なら薄口醤油でやるところを「白搾り」で代用している。薄口醤油だと塩分は18%ぐらい。それが「白搾り」に代わることで2~3%ダウンする。塩分が少なくなり、旨みがある分だけこの料理においては「白搾り」に軍配があがりそうだ。
一方、「具だくさん金山寺味噌」を用いたのは鰤の料理。脂の乗った鰤を焼き、刻んで酒で延ばした「具だくさん金山寺味噌」を上に塗って、さらに焼いている。焼き具合は味噌の香りが出て焦げめがつくくらいでいいそうだ。鰤はあらかじめ焼いているので、上から熱を入れて味噌が温まれば出来上がり。「具だくさん金山寺味噌は、何でも使えますし、具材も入っているので食感も出ます。鰤の上に塗るには具が大きいと考え、刻んだのですが、もし作る時に堅いと思えば、ほんの少しだけ煮切り酒を入れて延ばしてもいいです。とにかく他の金山寺味噌より旨みが多いのがいいですね。甘みが加わり、丁度いい具合のソースになったんじゃないでしょうか」。
加賀爪料理長は、この「具だくさん金山寺味噌」をステーキソースにも使っていた。そのベースとなるものは、玉ねぎ、にんにくを生合わせしてみじん切りし、そこに「具だくさん金山寺味噌」と醤油、みりんを入れてミキサーにかけたもの。牛肉を焼いて、いったん取り出し、そこにソースを入れて温めたらすぐに冷ます。煮詰めると辛くなってしまうので温める程度でいいそうだ。それを焼いた牛肉にかければ出来上がる。牛肉といっしょに炒めないのがコツで、さりとて肉を焼いた時のエキスは必要なので同じフライパンを使ってソースを作っている。加賀爪料理長によれば、今回は和牛のフィレを使ったが、このソースだとオーストラリア産の安い肉でも十分美味しく味わえるという。金山寺味噌を使ったこのソースは、これまでもよく用いており、「冷蔵庫で保管すると、1カ月ぐらいは持つから家庭でも作ってみては…」と話していた。
最後は、「丹波黒豆みそ」を用いた一皿。「丹波黒豆みそ」と黄身、酒、みりん、砂糖を合わせ、火にかけて田楽みそを作る。それを田楽の要領で、オーブンにて火を入れた輪切りのトマトにみそを塗って、再度オーブンで焼く。焼き具合は少し火が入る程度でいい。タレ自体は甘みがけっこうあるが、舌に残る気配はなく、深い味わいがゆっくり続く。口に残る感覚はみその中の黒豆の皮で、これが赤みそと最大の違いを印象づける。「これまで赤みそで田楽みそを作ってきたのですが、ここまでのコクと味の深みはありませんでしたね。以前、このトマト料理に白みそを用いて作った田楽みそを塗ったんですが、この『丹波黒豆みそ』を知っていれば、もっといい料理ができたのになぁって思いますよ」。この田楽風料理をなぜトマトでやっているのかというと、以前に神戸酒心館の久保田常務からトマト料理のレパートリーを増やしてほしいとの要望があり、それに応えた形でメニュー化したことがあった。今回、「丹波黒豆みそ」を味見した時、思わずそのメニューが頭を過ぎり、それで田楽味噌を作ってみたいと思う衝動に駆られた。加賀爪料理長は、よほどこの味噌の風味を評価したらしく、「仕入れて使ってみようと考えている」と話してくれた。 ともあれ加賀爪料理長が作ってくれた7品は、全て日本酒に合いそうなものばかり。青いボトルがきれいな「福寿 純米吟醸」を始め、「福寿 純米酒御影郷」や「福寿 生酛造り 熟成純米酒」など色んな日本酒を合わせて楽しんでみたいと思う取材であった。。
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<取材協力>
神戸酒心館蔵内「さかばやし」
(神戸・石屋川)
住所/兵庫県神戸市東灘区御影塚町1-8-17 神戸酒心館内
TEL/078-841-2612
HP/ 公式HPはこちら
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営業時間/11:30~14:30、17:30~22:00
休み/無休
メニューor料金/
<夜>
日替わり会席 3780円
灘会席 5400円
酒心館会席 7570円
神戸ビーフ会席 8400円
鮮魚の造り盛り合わせ 1240円
酒肴干物三種 930円
揚げ湯葉サラダ 670円
蕎麦・せいろ 910円
<昼>
そば膳 1950円
みかげ会席 2690円
お造り膳 1950円
<日本酒>
蔵直採り生原酒 700円~
大吟醸 1230円~
純米吟醸 670円~
純米酒 620円~
季節限定酒 680円~
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。