75 2019年06月和歌山といえば、即思い浮かぶのがラーメンだろう。俗に和歌山ラーメンと呼ばれるものは、スープが豚骨醤油味。濁ったものと澄んだものがあるが、一般的にイメージされるのは前者に違いない。南海和歌山市駅から程近い西の店でラーメン屋をやろう_、そう思いついたのは市内で四店舗を有す奥畑公康さんだった。そのうちの一つ、「紀州のしずく」で厨房を任されていた濱慶太郎さんが、そのラーメン屋の立ち上げをすることになった。濱さんは後発店で行列を作るのは難しいとばかりに和歌山ラーメンをバッサリ斬り捨て新たなラーメン屋を創造することになる。どこから見てもラーメン屋に見えない「紀州麺処 誉」とは一体どんな店なのか。ユニークな和風ラーメンとともに湯浅醤油を使った料理の数々を紹介することにしたい。

紀州麺処 誉 濱慶太郎
(紀州麺処 誉 料理長)
「うちは醤油ラーメンに『萬醤』を
使用しています。何種類かの醤油
をブレンドしてオリジナルの味に
するんですが、『萬醤』は甘さが
特徴。醤油の濃さもあるけれど、
甘みがいい割目を果たしてくれて
います。これを用いることで甘さ
が表現でき、しかも全体を引き締
める役割になっているんです」

どこをどう見ても割烹。でも店は正真正銘のラーメン店

 

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ここが本当にラーメン屋?そんな思いにかられるのが和歌山市内西の店にある「紀州麺処 誉」である。外観からして渋く、まるで割烹のよう。中に入れば、さらにその錯覚は深まるばかり。落ち着いた雰囲気に、塗りのような盆、料理人は白衣の割烹職人のような制服で、サービスするのは着物姿の女性_、これでラーメン屋と言われても疑問符をつけざるをえない。同店は「紀州のしずく」や「kitchen Cammy」「worldwide bar cantera」を営む奥畑公康さんの経営。「誉」の料理長を務める濱慶太郎さんの話では、奥畑さんが「西の店でラーメン屋をやろうと思う」というのだけが決定事項だったそう。そこで濱さんは今さら普通のラーメン店をオープンさせても行列を作る自信がないとオーナーに進言。「いっそやるなら内装にもお金をかけてどこにもないラーメン屋を作りませんか」と提案した。和歌山はラーメンの聖地と呼ばれ、市内は沢山ラーメン店が存在する。そして豚骨醤油が一般的なのだ。そこに後発で参入するわけだから、俗にいう和歌山ラーメンを出してもなかなか勝負しづらいだろう。そんな思いが濱さんにあり、割烹に見紛う店を造り、そこで独特のラーメンを出す_、それしか行列店に成長させる道はなかったと思われる。

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この店の雰囲気と一番マッチしているのが「真鯛の塩ラーメン」だろう。和歌山というと加太の鯛が有名だったことからそれをヒントに和風の一品を考案した。鯛の頭と中骨を下津の養殖センターより仕入れ、昆布・干し椎茸・煮干のだしでそのアラを煮て作る。それだけではそばのだしのようになってしまうので、鶏の香味油を加えてパンチをつけるのだとか。和風のだしには塩味が合うことから塩ラーメンとし、あっさり上品な味わいを創出している。濱さんは、和食から始まり、仏料理、伊料理、エスニックと色んな調理経験を持っている。なので技法もその経験を応用、仏料理のコンフィの要領で鶏の味で鯛のアラを65~70℃ぐらいで煮込んでスープを作っているのだ。ちなみに「真鯛の塩ラーメン」の具材は、鶏シャーシュー、生麩、あられ、小海老、細メンマ、水菜、白葱とまさに和風。ところがそんじょそこらの和風ラーメンと一線を画しているのは、コンフィのような技法で鯛のアラを煮ている点にあると思われる。
この塩ラーメンが看板で人気№1だそうだが、「誉」には「鶏しょうゆラーメン」や「豚骨しょうゆつけ麺」「鶏白湯まぜそば」の都合四種のラーメンがある。このうち漬け麺は、濱さんが和歌山ラーメンを表現したもの。一般的な和歌山ラーメンでは面白みがないのでそれを漬け麺にアレンジしている。濃厚で食べ応えがあると若い男性には人気があるらしい。「スープの摂り方は異なりますが、ベースは、他のラーメンと同じ。但し、他商品のようにだしが生きないので、ここでは粉末のだしパックを使用しています。これだと塩分濃度もあるから豚骨に負けない味なんですよ。途中でレモンを絞り、刻みわさびを添えて提供しています」と教えてくれた。和歌山ラーメン風といえども「誉」ではあくまでオリジナリティを重視しているのだ。
「誉」は、今年のGW前までは昼営業も行っていた。しかし、あまりの繁昌ぶりに仕込みが追いつかなくなって夜のみの営業形態に変更。夜はラーメンだけではなく、一品料理も用意をし、居酒屋的要素を持たせている。濱さんによると、当然、ラーメンだけを目当てに訪れる人も沢山いるが、一品料理とお酒を楽しむ向きが増えており、ラーメンで締めるスタイルができあがっているようだ。色んなジャンルで修業を積んで来た濱さんだけにラーメン屋の副菜ではなく、一品料理もきちんと作っている。だから店の魅力が深まっているのだろう。

「萬醤」の特性を考えながら、バランスよくスープの味を調える

 

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さて、湯浅醤油の取材となると、いつもの如く商品を渡して私だけのスペシャリテを作ってもらうのだが、今回はそんな無茶振りをする必要もない。なぜならここでは、湯浅醤油を使ってラーメンを調味しているからだ。湯浅醤油を用いているのが「鶏しょうゆラーメン」と「豚骨しょうゆつけ麺」。共に「萬醤」で調味している。この醤油は、甘口醤油が欲しいとの一般の要望から生まれたもので、丸大豆醤油に本みりんときび砂糖を加えて造っている。「誉」では、四種の醤油をブレンドして味のベースを作っているが、そのうちの一つが「萬醤」で、濱さんに言わせれば「これを加えることでバランスが取れる」そう。「萬醤」特有の甘さが全体を引き締めてくれるのだとか。「萬醤は、醤油の強さもあって甘みもあります。ほかの醤油と合わせると、いい味になるんです」と評している。
「鶏しょうゆラーメン」は、先の「真鯛の塩ラーメン」同様、昆布・煮干・干し椎茸でだしを摂り、丸鶏と香味野菜を入れて煮込んでいく。仕上げに鰹節を沢山加え、鶏の味を主張させず、複雑な味にしていく。「鶏の脂と葱の油の油を加えることでパンチ力をつけています。それでも一般的な鶏ガラスープのラーメンよりあっさりしているんですよ」。
同店のラーメンは四種あるが、各々に添えている薬味が異なっている。塩ラーメンは柚子胡椒、しょうゆラーメンはラー油、漬け麺は刻みわさび、まぜそばは一味山椒という具合いにだ。最初はそのままの味を堪能し、途中から薬味を加えてラーメンの味を変えていく。そんな食べ方をして欲しいと濱さんは話していた。

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「鶏しょうゆラーメン」と「豚骨しょうゆつけ麺」に湯浅醤油の「萬醤」が使われていることはすでに述べたが、今回の取材では他の商品を使用した四品も出してくれた。その一つは、「具だくさん金山寺味噌と鰺のなめろう」である。これは普段は出していないが、時折りその日のオススメ料理として登場することがある。普段ならなめろうを作る時に鰺を細かく刻むが、今回は金山寺味噌に具材が沢山入っているのでそれに合わし、大きめにカットしている。鰺は少し醤油で味つけしているものの、金山寺味噌の薬味で食べるように設計している。なめろうと刺身の間ぐらいの大きさになっており、意外にも金山寺味噌の甘さが邪魔しないので酒の肴にぴったり。一杯目のビールのアテとしてもいいし、ラーメンを食べる前に注文してもよさそうだ。「具だくさん金山寺味噌は、文字通り具材が沢山入っているのでそれ自身がおかず的要素をもっています。普通に味噌をつけるのと違ってうまく薬味にも使えそう。以後も使っていきたい商品ですね」と濱さん。

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二つめの「山芋の湯浅醤油漬け」と三品目の「モッツァレラの湯浅醤油漬け」は、普段から出しているメニューで共に「九曜むらさき」で調味している。濱さんが「コクがあるけど、塩分が高くないので素材を漬けて食べるのに丁度いい」と評した「九曜むらさき」は、金山寺味噌からわずか3%しか摂れない希少たまりを用い、減塩でまろやかに仕上げている。この二品ともその特性をうまく用いながら食材を漬け込んで作っているのだ。前者は、味が染みやすい山芋なので2時間くらい、後者は6時間程の漬け込み時間を要する。山芋は短冊のイメージで食感を残しつつ、醤油の旨みを感じてもらおうと作っており、添えたわさびと一緒に味わう。モッツァレラチーズは、漬け込み時間を間違えると大変なことになるそうで、6時間辺りが程良いのだとか。濱さん曰く「この醤油は味の強さがないからこのように漬け込み用として用いることができる」そうだ。「モッツァレラの湯浅醤油漬け」は、和風カプレーゼ的要素を持つ一品であった。

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最後の「梅鶏の竜田揚げ 柚子梅つゆがけ」は、梅鶏を竜田揚げにし、そこにおろしポン酢の如く「柚子梅つゆ」をかけて作っている。ここで使用している梅鶏とは、紀州うめどりのことで、エサに梅抽出物を混ぜて育てている、有田川の平飼い鶏。今回はそれを竜田揚げにし、大根卸しに叩いた梅肉を混ぜて載せている。仕上げは湯浅醤油の「柚子梅つゆ」をかけて提供する。梅と「柚子つゆ」の相乗効果で、揚物がさっぱり感じられる。濱さんが「柚子梅つゆは、コレだけで完成している」と言う通り、何も手を入れず調味料の味だけでその風味を醸しているのだ。「味はさわる必要がなく、今回はかけることだけで調味を終わらせた」は、料理人の本根だろう。
ラーメン屋っぽくないラーメン屋をやろうと、オーナーの奥畑さんと料理人の濱さんが工夫を凝らして「紀州麺処 誉」をオープンさせたのは、2017年の3月。流石に表からもラーメン屋に見えなかったために当初は苦戦しながらも経営していたようだ。ところが今はSNS流行り。インスタ映えよろしく、来店客が映像をアップするものだから、一気にその魅力が伝わって行った。単なるラーメン単品勝負ではなく、一品も充実していることから色んな客層を取り込んで、今や和歌山の人気店に成長している。そのため「仕込みが追いつかない」と昼営業をやめてしまったのも嬉しい悲鳴だろう。隠れ家的で、女子ウケもし、デートにも使えそうは、まさに濱さん達の狙い通りであった。ラーメン屋らしくなく、和歌山のオンリーワン店として増々人気が出ると思われる。

  • <取材協力>
    紀州麺処 誉

    住所/和歌山市西の店20

    TEL/073-488-3141

    HP/ facebookはこちら
    Instagramはこちら
    紀州麺処 誉

    営業時間/17:00~23:30(23:00LO)

    休み/日曜日

    メニューor料金/
    真鯛の塩ラーメン 880円
    鶏しょうゆラーメン 880円
    豚骨しょうゆつけ麺 880円
    鶏白湯まぜそば 880円
    山芋の湯浅醤油漬け 320円
    モッツァレラの湯浅醤油漬け 380円
    鶏肝の旨煮 380円
    真鯛の昆布締め 780円
    梅鶏の竜田揚げ 380円


筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

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