36 2016年01月最近はジビエが流行だと聞く。西洋料理の世界では鹿や猪、うさぎ、鳩など色んな肉を使うが、獣肉禁止が長かった日本の歴史が影響しているのか、日本ではまだまだ特異な存在だ。ましてや和食では、猪が関の山でほとんど見られない。そんな中で「肉で和食を表現したい」と店を始めたのが山口弾さん。和と洋の世界で修業をし、自分にしかできない表現方法をと、北新地(大阪)で「肉割烹山口」を開いた。今回はそんな山口弾さんに、いつものアレを渡し、肉料理を使ってもらった。
肉割烹 山口 (大阪・北新地) 料理人/ 山口弾
(肉割烹山口店主)
「蔵匠 樽仕込みは、甘辛のバラン
スがよく、塩分も濃くないので、
うまくコクを出すのに使えます。
これを用いることで素材の底上げ
ができるようにかんじました」
店名が伝えている店のコンセプト
和洋中のそれぞれのジャンルのうちで得手不得手がある。俗に和食の人は、包丁さばきがピカいちで、生ものをさわらせるとうまいといわれている。特に魚は日頃から献立によく取り入れるので処理や調理の仕方が上手との評価がある。ところが肉に関してはあまりうまくない人が多い。これは多分に肉が和食に入って来たのは明治時代以降と新しく、会席の献立に入れ出したのも近年だからかだろう。なので料理界では魚を扱わすなら和食で、肉を扱わす時は西洋料理の職人に頼むべしとの定説が横行しているのだ。 そんな中で、「肉を和食で表現したかった」と店を構えた人がいる。京都の有名割烹で修業をし、その後、フレンチやワインバーで仕事をして来た山口弾さんである。山口さんは、かつて父親の山口謙治が営んでいた鶏料理屋で料理長として腕をふるった。その時の経験もいかしてのことだろう、自身が店を持った時は肉で勝負してみたいと考えたようだ。だから昨年7月に北新地に店をオープンするにあたってコンセプトを、肉を使った割烹スタイルと定めた。その名もズバリ「肉割烹山口」としたのだ。
同店は、コース料理を提供している。価格は7500円~9500円の間。肉割烹といっても牛肉ばかりではない。その時々で吹上地鶏が出たり、豚肉が出たり、ジビエがあったりと色々である。「肉ばかり続くとつらいから」と一品だけ魚料理を挟んで出す献立は、その日の状況で内容が替わる。例えば、私が食べた某日は、付出しから始まり、黒毛和牛の盛り合わせ、本日の魚料理、本日の赤身肉炭焼と来たのだが、私はメインに佐賀すっぽん小鍋を選んだ。出て来るものは素材を肉にしているだけで、会席料理の上品さを兼ね備えた、れっきとした日本料理である。では、価格の違いはどこに出るかといえば、メインディッシュを何にするかで決まって来る。黒毛和牛サーロイン料理だとコース価格が7500円となり、私が食べた佐賀すっぽん小鍋だと8000円に。天然真鴨しゃぶは8500円で、牡丹鍋(猪肉)も8500円。珍しい月の輪熊の上ロースを使った月鍋を選べば9500円という具合だ。あとはご飯ものや麺で締めるというのが「肉割烹山口」のスタイルなのだ。 厨房は山口弾さんひとりが切り盛りしているから、店はそんなに広くはない。カウンター席とテーブル席が2つという陣容だ。でも私はこのところこの店が気に入っている。おめあては、やはり‟月鍋”。岐阜から仕入れているという熊肉は臭みがなく、クセもない。融点が低いからだろう、鍋でさっと火を通すくらいで食せるのだ。私が持っている某誌の連載に「熊肉を食べた」と書いたら、周りが面白がり、「連れて行ってくれ」の声が続出。なので最近は、やたらとこの店に入りびたっている。 山口弾さんのお父さんである謙治さんとは古くからの知り合いで、彼がまだ三宮でバーをやっていた頃に知己を得た。そんな浅からぬ縁もあって、この肉割烹でも例のアレをやってみることにした。送っておいたのは、丸新本家の「赤みそ」、湯浅醤油の「ゆずぽん酢」「蔵匠 樽仕込み」である。これを山口弾さんは、自慢の肉料理にどう使うのだろうか。
上品な熊鍋の味の秘密はもしかしたら「樽仕込み」
山口弾さんは、私からの挑戦状をしかと受け止め、調味料の特性を考えながら三つの料理を仕上げてくれた。断っておくが、この三品については、いくつもの如く私だけのスペシャルテなので、コース内に入っているわけではない。 まず、山口弾さんは「使いやすい味噌でした」と言いながら湯葉巻きを出してくれた。水に晒した九条ねぎを刻み、白焼きにした伝助穴子といっしょに湯葉で巻く。味のアクセントに粉山椒を振りかけたこの料理には、「赤みそ」が使われていた。「初めて口にした時にそのまま食べても美味しいと思い、ストレートに『赤みそ』の味を表現したんです」と話す。山口弾さんの丸新本家の「赤みそ」評は、「塩分濃度はあるが、味がやさしい」というもので「味に深みがあるから田楽に使うといい」と言っている。この料理に用いたのは九条ねぎだが、白ねぎよりは青ねぎの方が向いていると山口弾さんが教えてくれた。穴子は伝助でも大きいままで使うのではなく、細かく刻んでねぎといっしょにして湯葉で巻いている。そして「赤みそ」に七味、山椒、塩を入れて調味したそうだ。
続いて出てきたのは、ポン酢を使い、赤ワインで黒毛和牛の舌を煮込んだもの。「そのまま味わっても美味しかったのですが、今回はちょっと許してもらって『ゆずぽん酢』に色んなものを加えながら味を決めました」と遊び心を覗かせている。まず牛舌を赤ワインに一日浸けて翌日にワインを薄めながら煮ていく。この時に砂糖と米酢をちょっぴり加えるのだそう。米酢は少なめにし、「ゆずポン酢」を加える。こうすることで「ゆずポン酢」がうまくソースに絡むのだとか。最後に湯通しした生のクレソンを加えて出来上がる。 見た目には味は濃く思うが、これは赤ワインで煮込んでいるから。「ゆずポン酢」と米酢の酸味がうまく利いており、一見洋食のようだが、食べていくうちに和食だと実感するから面白い。山口弾さんに聞くと、普段やる時は10:1か、8:1ぐらいで赤ワインを酢で薄めるらしい。シークアーサーの汁を入れて南国風に仕上げるようだ。砂糖を使うのも少し甘みを出したいがため。それを今回は「ゆずぽん酢」がテーマだったので、米酢にしたと言っていた。
三品目は、私のお気に入りの「月鍋」の登場である。「肉割烹山口」では、鍋物をする時に鹿児島から取り寄せた「薩摩の奇蹟」を使っている。この水は、市比野温泉の近くに湧く天然アルカリ温泉水で、超軟水なので柔らかく感じる。山口弾さんに言わせると、「昆布だしがよく出る」という利点があるそうだ。「野菜をこの軟水に浸けておくだけでお浸しなるくらい。柔らかく仕上がるのが気に入ってうちでは、米もこれで炊いているんですよ」。 さて肝心の熊肉だが、前述したように同店は岐阜から仕入れている。どうやらいい猟師のルートがあるらしく、臭みのない肉が送られてくるようだ。熊肉は、脂身がまっ白で、猪肉のように赤身と脂身がはっきり分かれている。この手の肉は脂のうまさで決まると思っている。「肉割烹山口」が仕入れた月の輪熊の上ロースは、見ためにも脂身が美しく、とろけるような味がいい。 山口弾さんは、薄口醤油と昆布、ほんの少しの蜂蜜を味えてだしを作り、それらにコクを出す目的で「蔵匠 樽仕込み」を加えている。「この醤油は、塩分濃度が低いのに味がある。醤油というより漬けダレのような柔らかさがあります。だから味のまとめ役としては適任なんです」。だしを作る時に少量の蜂蜜を入れているが、その味が勝つことはない。山口弾さん曰く「砂糖やみりんを用いるよりその方がコクが出せる」のだそう。 鍋の中には、岩津ねぎ、白ねぎ、セリ、三ツ葉、天然のクレソンが入っている。だしはやさしい味で、醤油が利き、野菜のエキスがうまくだしに溶け込んだ感じがする。そこにさっと熊肉をくぐらすようにして食べる。何度も述べているように熊の脂身は融点が低い。すぐにとろけてしまうからしゃぶしゃぶではないが、それに近いものでいいはずだ。
山口弾さんは、「蔵匠 樽仕込み」について「甘辛のバランスがよく、塩分も濃くないので調理に使うことでコクが出せる」との意見を持っている。だし自体は他社の薄口醤油を使っているが、やはり濃口がないとコクが出せないという。そこで仕上げに「蔵匠 樽仕込み」を用いたわけだが、「これを使うことで素材の底上げができたようです」と話している。だから今後も使っていくかもしれないとまで言ってくれたのだ。山口弾さんがいう「上手な醤油」は、確実に月鍋の味をアップさせた。そして熊のイメージとは裏腹に、やさしい味を醸し出した。味わったとたん、「コレって熊なの?」と思ってしまいそうだ。それくらい「月鍋」の味はやさしい。
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<取材協力>
肉割烹 山口 (大阪・北新地)
住所/大阪市北区曽根崎新地1-1-11 北陽ビル1階
TEL/06-6344-6577
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営業時間/18:00~24:00
休み/日祝日
メニューor料金/
コース料理7500~9500円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。