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2016年05月今回は私が親しくしている有馬温泉「御所坊」について触れたい。「御所坊」といえば、河上和成総料理長の話はよく出てくるが、この度はその弟子・松岡兼司包士長の取材である。松岡包士長は、「ホテル花小宿」1階にある割烹「膳所 旬重(しゅんじゅう)」がフィールドで、その厨房を任されている。37歳と脂が乗り始めた料理長で、若いのにも関わらず昔の仕事を好んでする所が面白い。有馬温泉での有望株と目される和の職人に、湯浅醤油の商品を送っておき、ユニークな料理を考えてもらうことにした。本格派と思いきや、変化球で勝負して来た松岡包士長の5品を検証しよう。
膳所 旬重 (神戸・有馬温泉) 料理人/松岡兼司
(膳所 旬重包士長)
「黒豆味噌を用いた味噌餡を多用し
、変化球っぽく仕上げました。
商品自体が美味しく、そのまま出
すのが一番なのでしょうが、それ
では職人の仕事とはいえません。
『生一本黒豆』で味を締めたりし
ながら和系スイーツや甘味に挑戦。
和食の職人でもこんなものができ
るぞと示したかったんです。でも
いい調味料ってどんな料理にも変
化を与えるんですね」
昔の仕事を好んで行う注目株の職人
有馬温泉・温泉寺の袂(たもと)にあるのが「ホテル花小宿」。同温泉地内の老舗旅館「御所坊」が経営するホテルタイプの宿泊施設だ。高級イメージを要す「御所坊」グループにあってここは、気軽に泊まれる宿として人気がある。「ホテル花小宿」は旅館の造りにありながらも泊食分離を掲げたホテル仕様。洋風の部屋は障子に金茶ガラスが入り、和風の部屋にベッドを置くなど、和洋混合の趣で、かつて有馬に存在した外国人専用ホテルのような雰囲気を放っている。
ホテルタイプなので食事は別の所でしてもいいが、大半の人は1階の「膳所 旬重」を利用するそうだ。同店は温泉町にありながら宿泊者以外でも利用できる割烹。オープンキッチンスタイルで、厨房に大きなおくどさんがデンと置かれている。昔ながらのこの釜(おくどさん)で炊いたご飯は、メインディッシュといってもいいほどの味で、当然「旬重」の名物となっている。炭火で但馬牛を焼いたり、明石の穴子などを炙ったり、備長炭から立ち上る煙や調理の音もBGMの如く活用し、割烹ならではの臨場感を出しているのだ。大きな厨房で作るのと違って客との距離が近いのも特徴の一つで、「御所坊」の河上和成総料理長などは、「ここで仕事をする方がよっぽど腕が上達する」と話しており、自身も時折りカウンター内に立って調理しているほど。
現在、「旬重」の板場を任されているのは、37歳の松岡兼司包士長(包士長は料理長の意味を指す)。堺出身で、学生時代(大阪調理専門学校)に河上総料理長からその才を見出され、スカウトのような形で「御所坊」に就職した。本人曰く「河上総料理長が講師として訪れた2学期にはすでに就職が内定していたくらい。説明を聞きに入ってすぐに働きたいと思いました」。河上総料理長に誘われるままに「御所坊」の板場に就き、平成10年に「花小宿」がオープンしてからは主に「旬重」で働いている。
河上総料理長は、素材に重きを置いた調理法で知られている。せっかくのいいものをさわりすぎて台無しにしてしまうよりは、素材の持ち味を引き出すテクニックを持つべきと、弟子達に口酸っぱく言っているのだ。だから河上師の薫陶を受けて育った松岡包士長は、昔の調理器具を使って味を出すという師匠ならではの手法を大事にしており、「オヤジさん(河上師)の引き出しから少しずつ技を盗むような形で学んで来た」と話している。今ではクイジナートを使うのが一般的だが、当たり鉢を使う方が格好いいとも言う。その方がきめ細かさが出るからで、実に理に適っている。このようにして昔の仕事を覚えた上で、文明の力を使うのがいいのだろう。河上師が素材探しに奔走する姿や昔の技の伝授やらを見ながら「いい環境で仕事をさせてもらっている」と言う。その「充実している」の言葉には師弟関係の良さが垣間見られるのだ。
いい商品はさわりすぎてはダメ。かといってそのままでは許せない
カウンターで客と対峙しながら腕を上げて来た松岡包士長が、今回のこのコラムの主役。湯浅醤油や丸新本家の商品をあらかじめ送っておき、その腕前を拝見するとともに私だけに作ってくれた特別な一品を味わうとの企みを心よく受け入れてくれた。
初夏を目前に控えた某日、有馬温泉を訪れると、「5つほど試作しました」と松岡包士長は待っていてくれた。「膳所 旬重」のカウンターで待つこと暫し、5種の料理を続々と河上総料理長が運んで来た。今回、松岡包士長が湯浅醤油や丸新本家の商品特性をいかして作ってくれたのが、①甘酒ういろう②道明寺団子③トマトの味噌ジュレ④黒豆味噌の蘇⑤味噌餡を塗ったクレープの5種類。このうち⑤については蕎麦クレープと枝豆クレープ、玉子クレープの三つがセットになっている。
「御所坊」の料理人だけに本格和食で勝負して来るかと思いきや、意外にも変化球。デザート系、甘味系で答えを出して来た。この点を松岡包士長にぶつけると、「曽我さんの挑戦状だけに普通の料理を出しても面白く思わないでしょ」と一刀両断。日本料理は、普段から「旬重」で食べているからと、別の引き出しからアイデアを出して来たわけだ。
については、当初羊羹でと思ったそうだが、ういろうならすぐにできるし、
甘酒のういろうって聞いたことがないから面白そうとチャレンジしたようだ。レシピを聞くと、甘酒200ml、水100ml、上新粉100g、砂糖80g、すり卸し生姜40gに、「生一本黒豆」を数滴。水と上新粉を合わせて漉し、全ての材料を合わせて型に入れて電子レンジで約7分。粗熱が取れたらできあがる。「甘酒にも甘みはありますが、ういろうは元来甘いお菓子なので砂糖も入れました。生姜をけっこういれたのでそれが利いた風味になっていると思いますよ。味を締める役割で『生一本黒豆』を5~6滴垂らしたのですが、これによってコクが出ました。やはり醤油は凄い調味料ですよ」とは松岡包士長の弁。そういえば「旬重」にいる若手の料理人・村上初菜さんは、醤油が好きで日本料理の職人になろうと思ったそうだ。こんな若い女の子を魅了するのだから醤油は奥深いものがある。松岡包士長もそれを言わんとしているのだろう。
二つめの道明寺団子は、和菓子としてはおなじみのもの。だが、奇をてらった松岡包士長は、単なる道明寺では終わらない。鍋に丸新本家の「黒豆味噌」と卵黄、砂糖、煮切り酒、煮切りみりんを入れて焦がさぬよう練り込んで作っていく。仕上げは、これまた「生一本黒豆」。この醤油が入ることにより味が引き締まる。黒豆の蜜煮をすり潰して味噌餡を和え、おはぎのように包み込む。もう一方は、道明寺団子に味噌餡を入れて丸め、外側に青海苔をまぶしている。
先のものは、蜜煮で延びた黒豆味噌の味がする。後者の青海苔バージョンは、甘いかとおもうと、味噌が入っている分、辛く感じる。松岡包士長によると、量は少なくしているそうだが、味噌餡が入っている分、そう思うらしい。「この黒豆味噌は、2年熟成していると聞いていますが、きちんと黒豆の味がしていいですね。寝かしている分、コクが出ているのでしょうか。料理人にとって使いやすい調味料だと思いました」。
③のトマトの味噌ジュレは、初夏を感じさせる一皿。赤が鮮やかなトマトをくり抜き、「梅金山寺」を使った味噌ジュレを入れ、きゅうりを射込んでいる。「ここに使われている湯浅醤油(丸新本家)の商品は、甘酸っぱい味が印象的な「梅金山寺」と「黒豆味噌」「生一本黒豆」の三つ。松岡包士長は、「パールアガーで固めただけ」と簡単に言うが、なかなかの料理である。その辺りを突っ込んで取材すると、「味噌汁の感覚で煮切り酒の中に金山寺味噌(梅金山寺)を入れたかった」との答え。「生一本黒豆」はポタポタ落とすイメージで使ったと話していた。「梅金山寺は好きな味。こんな完成したものをあれこれさわるのは逆に失礼です。そのままトマトに載せようと思ったのですが、それでは職人として仕事をしていないと思い、ジュレにしたんです」。流石の松岡包士長もこの味(梅金山寺)には脱帽したよう。いい素材は、あれこれ考えず、ストレートに表現したいという師匠の考えを受け継いでいる。凝らずに工夫をする、これほど難しい手法はない。
四つ目の蘇は、「御所坊」ではおなじみのもの。蘇は古代のチーズと呼ばれ、その昔は貴族がこれを食べて栄養を摂っていた。チーズと言っているが、発酵させておらず、牛乳をひたすら煮詰めて固型にする。今回はいつもの蘇に「黒豆味噌」を用いた。1ℓの牛乳を煮詰めていくと、150gぐらいの固型物になる。そこに水分を飛ばした黒豆味噌を入れ、型を取る。松岡包士長は、「好みで黒豆味噌の量を変えるといい」と話す。ミルキーさを出したければ6gだし、味噌の味を利かせたければ8g加える。この分量差で仕上がりの色が変わってくる。
最後のクレープは、前述したように蕎麦、枝豆、玉子の三つの味がある。味噌餡を煮切り酒で延ばしたものを生地に塗って仕上げている。蕎麦クレープは「生一本黒豆」を使い、枝豆クレープと玉子クレープには「白搾り」を用いている。そばのように色があるものには醤油でいいが、色を出したくないものには「白搾り」の方が使いやすいと思ったのである。何度も登場しているが、これまた「黒豆味噌」を使用して造った味噌餡を煮切り酒、もしくは牛乳で延ばしておく。各クレープに味噌餡を塗って好みの野菜や具材を巻いて食べるのが、この料理の食し方。クレープといえども肉や野菜を入れれば、歴とした一品料理になる。もはやデザートの類ではない。
「黒豆味噌が美味しかったので今回は味噌餡を多用しました。蕎麦クレープは、味を引き締めるのに『生一本黒豆』を使いましたが、この醤油では色が濃くなりすぎるので枝豆クレープや玉子クレープには不向きと考え、『白搾り』にしたんですよ。この白醤油は、香りがあり、旨みも倍以上ありますね。『生一本黒豆』に比べて遜色ない逸品です。実はこの『白搾り』を使って筍を焚こうかと思っているんですよ」。松岡包士長は、このように話しながら取材を締めくくった。
「御所坊」の調理場の特性は、全てにおいて手作り主義。便利だから、コスト的に安くなるからとできあいのものや半調理品を仕入れる店が多い中で、断固として昔の仕事の仕方を貫いている。それが松岡包士長が話していた当たり鉢を用いての作業。練りものでもこれですると粘りが違ってくるし、山芋を卸すのでも卸しがねで行うときめの細かさが出る。今では大半がミキサーだが、これとて手で裏漉しすると舌触りや食感が変わってくるという。「今はしんどくても後々違いが出て来ます」と松岡包士長は言う。自分が河上師から教えられたように、村上さんらのような若手にもあえてそれを強いている。今では一本立ちし、「旬重」の厨房を任されている松岡包士長だが、調理をする中で河上師から出されるアドバイスが自分の宝になっていると言っている。「料理にはオヤジ(河上師)バージョンと私バージョン、そして失敗作があると思うんです。今はオヤジバージョンの継承ですが、その中に徐々に松岡バージンが加えられればいいんじゃないでしょうか。失敗作も大事なアイテムで、私は一つの引き出しが増えたと思っているんです。逆に失敗しない方が怖いですよ。失敗しないと若手には教えることができませんもの」と語る。松岡包士長は、失敗して、どこが悪かったのか、河上師と考える時間が嬉しいそうだ。上下関係が希薄になりつつある昨今、有馬温泉「御所坊」では旧来の師弟関係が存在する。だから新しいものや古いものが混在しながらいいものになっているのだとしみじみ思った。
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<取材協力>
膳所 旬重 (神戸・有馬温泉)
住所/神戸市北区有馬町1007 ホテル花小宿1階
TEL/078-904-0281
HP/ 公式HPはこちら
膳所 旬重
営業時間/朝食 8:30~10:00
昼食 11:30~14:00
夕食 18:00~21:00
休み/ほぼ無休
メニューor料金/
神戸ビーフ炭火焼付山家料理 13500円
但馬牛炭火焼付山家料理 11880円
明石浦鮮魚炭火焼付山家料理 8640円
献上鰻蒲焼膳 4200円
地鶏有馬焼膳 3900円
旬魚旬重膳 3400円
●ホテル花小宿
住所/神戸市北区有馬町1007
TEL/078-904-0281
宿泊/IN15:00~、OUT~12:00
料金/平日18000円(1泊2食付)~
金土祝前日 21000円(1泊2食付)~
※素泊まりも可。「旬重」での食事のみも可。
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。