37 2016年02月一時期、辻学園でフードコーディネーターの授業を持っていた関係で先生達とは今でも親交がある。今回紹介する「菜菜旬美 冨々」のプロデューサー兼料理人の林幸司先生もその一人だ。林先生とは、かつて西洋料理教授だった藤本喜寛先生を介して知己を得た。以前は北新地で「りん亭」なる自身の店を営んでいたが、職域が広く、多忙を極めたとの理由から泣く泣く店を閉じて、今はプロデューサー業で主に活動している。そんな林先生の「冨々」に今回は醤油と味噌を持ち込んだ。借銭練磨の林先生だけにその特性をうまくいかしたものを作ってくれるはず。今月は林先生のレシピ付きで公開する。
菜彩旬美 冨々 (大阪・西梅田) 料理人/ 林幸司
(菜菜旬美 冨々プロデューサー兼料理人)
「柚子梅つゆは、梅・柚子・鰹節・
醤油のバランスがよく、互いがケ
ンカせずに良さが前面に押し出さ
れています。どんな素材にも合う
万能調味料と表現してもおかしく
ないでしょう」
名プロデューサーに誘われて、いざブリーゼタワーへ
産経新聞やサンケイスポーツが入っていた旧産経ビルには何度も仕事で行くことがあった。それに時折りコンサートなどをサンケイホールで聴くことがあったためになじみの建物だったのだ。それが産経新聞が難波に移転し、そのビルを取り壊し、新たにブリーゼブリーゼができてからは、とんと行く機会が薄れた。同ビルにできていたフランスの名店「アランデュカス」は、「一度来てほしい」とプロデューサー的な人から言われていたが、行かぬ間に潰れてしまった。
そんな私がブリーゼタワーに行き出したきっかけは、ある人物による。それは、かつて辻学園TEC日調で料理を教えていた林幸司先生が「菜彩旬美 冨々(ふふ)」にいるからだ。林先生は、温和で人あたりがいい。辻クッキングで教壇に立っていた頃は、さぞ生徒に慕われていただろうと推測する。辻学園時代は、大半を辻クッキングに籍を置いていたようだが、その後学校を辞して東京へ行き、フレンチなど色んな店で働いている。大阪に帰って来てからは中津(大阪)の創作料理店で腕をふるったり、某飲食チェーン企業に籍を置いたりしていた。私が出会った頃は、北新地で自身の店を営んでおり、林先生は当時、店に立つ傍らで料理教室をしたり、食のプロデューサーをしたりと多忙な日々を送っていたのだ。
あまりにも仕事が広範囲に及んだからであろう、自身の店である「りん亭」に立てない日があり、行こうと思っても空いている日を確認しなければ入れないほどだった。いくら“わがまま料理”と謳っていてもそれでは具合いが悪いだろうと林先生も思ったのかもしれない。スパッと「りん亭」に見切りをつけ、食のプロデュース業を中心にと仕事の域を少し狭めた。丁度、「酉文」のオーナーからブリーゼタワーの店をやり変えるとの話もあり、「冨々」をプロデュースすると同時に、料理教室やフードスタイリングなどの仕事がない日は、この店のカウンターに立ち、調理をするようになったのだ。
林先生が店づくりに関与している「冨々」は、食材を産地で選び、そこから良質なものを取り寄せて調理するという、時流に合ったもの。例えば、魚は和歌山の勝浦から送ってもらう。林先生が新宮の出身なので、和歌山には強いパイプがあり、勝浦の知り合いを通じて魚を仕入れている。それが色濃く出るのは、「冨々」のメニューに記載されている「天然生マグロ」と「ビンチョウ生マグロ」。マグロはどの店でもあるが、ほとんどが冷凍もの。林先生はどうしても天然の生にこだわりたかったので勝浦の知り合いから引いたのだそう。「ビンチョウマグロの生は、和歌山なら食せるのですが、都会ではほぼ出回りません。この生は、もっちりした感じがし、甘みもあります。それに脂っ気は少ないですよ」と林先生が言うようにビンチョウマグロの生を求めてこの店を訪れる人も多いといい、すでに名物メニューとなっている。
「冨々」では、鶏はクセがなく柔らかくてジューシーな大山鶏を使用。野菜は京野菜を中心としたもの、牛肉は佐賀牛、米は近江米と地域の産物を取り揃えながらシンプルな調理を施している。林先生の話では、「魚セット」や「地鶏セット」などのセット物を頼み、あとは一品料理を取って楽しむ人が多いらしい。ちなみにブリーゼタワーには、今もサンケイホールブリーゼが入っている。だから「冨々」は、一般の店と違って色んな混み方があり、催し次第では始まり前と終わった後からどっと入店してくることがあるようだ。
家庭でもできるようなレシピに
さて、私はいつものアレを林先生にお願いするために少し前に湯浅醤油や丸新本家の品を送っておいた。辻クッキング時代に色んな依頼に対応して来た林先生だけに私のわがままなんて朝めし前だったと思われる。
林先生がこの日、私のためだけに作ってくれたのは、「鶏もも肉の金山寺味噌焼き」と「菜の花とイカの柚子梅つゆ和え」の二品。前者には「金山寺味噌」と「生一本黒豆」を、後者には「柚子梅つゆ」を使用している。それに前者であしらいに添えたうずら玉子には「赤みそ」も使われているのだ。
流石に料理の先生だけに考え方が少し違う。私がこんな依頼をするのだから何かに書くのだろうと踏んで、一般の人にでも簡単にできるようなものを作ってくれた。おまけにレシピまで添えて_。そのことを林先生に振ると、「長年、辻クッキングで家庭料理に取り組んで来たからねぇ」とあっさり。まさにご名答。この日のことは「名料理、かく語りき」に載せるのだ。林先生からもらったレシピは、文末に添えておく。この料理を食べたいからって「冨々」に行ってもないのだから、ぜひ家庭で再現してほしい。
まず、「鶏もも肉の金山寺味噌焼き」だが、大山鶏を下味に漬け込み、冷蔵庫で長めに寝かせておく。下味は「生一本黒豆」とみりん、酒、それに塩をひとつまみ。林先生は「生一本黒豆」は、下味に用いるには勿体ないほどのできばえだが、濃厚な味をそのままいかした方がいいと思ってそれに使用したと話している。少し寝かせた鶏肉を皮目を上にして180℃のオーブンで10分ほど焼く。8~9分の火の入り具合いを確認したらいったん取り出し、たっぷりと「金山寺味噌」を載せて再びオーブンで3~4分焼くのだ。
焼き色がほんのりついた鶏もも肉は、金山寺味噌の香りも相まって甘い誘惑を放っている。誰しも味噌の焼ける香りは旨そうに感じるだろうし、その意味ではすぐにでも箸をつけたい一品なのだ。「焼いたら味噌の風味が立ちますものね。麹の匂いがいい。これが具材といっしょになって重厚な香りになるんですよ」。上に載った金山寺味噌は、ソースというより鶏と一体になり、旨みを表わしている。
林先生は、レシピを作る時にいつも家庭で行うそうだ。プロ仕様だと、火の入れようも変わってくるし、家にない道具もある。これが辻クッキングで長年教えていた習性なのだろう。だから今回もオーブンを用いずとも魚焼きのグリルでもできるようになっている。グリルならホイルに鶏を包んで、中火で7~8分、蒸し焼き状態にする。その後、「金山寺味噌」を載せ、蓋をせずに弱火で5分火を入れるとできるのだそう。
一方、「菜の花とイカの柚子梅つゆ和え」は、一回茹でて冷水で冷ました菜の花の水気を絞り、「柚子梅つゆ」を少し振りかけて作る。いわゆる“醤油洗い”である。モンゴイカは、切り込みを入れてさっと湯通しし、丘揚げして温かいうちに「柚子梅つゆ」大さじ1/2を振りかけている。こうすることで水っぽくならない。林先生曰く「一手間かけることで美味しさが変わる」そうだ。
林先生は、この一品を称して「柚子梅つゆ」でそのまま和えただけと言う。まさに簡単で菜の花の季節には持って来いだ。「柚子梅つゆは万能調味料です。梅、柚子、鰹節、醤油のバランスがいいのでどんな食材にも合いますね。今回のような品は、野菜に水分があるので割る必要はない。そのままかけてもきつく感じないのが特徴です」。
林先生は、かなり「柚子梅つゆ」を評価していた。独活や山菜など野菜だけで和えてもいいし、倍に希釈して使い、ゼリーで固めてそれを細かく切り、料理の上に蒔くのもいいと言う。例えばちらし寿司の上にそれを散らすとキラキラ輝いてきれいだし、醤油代わりにも使える。「甘みもあって他の邪魔をしないのがいい。寿司酢代わりにご飯に混ぜると、にぎり寿司や巻き寿司のシャリにも使えます」。
今回はいつもと違い、林先生の好意もあってレシピを公開する。百聞は一見にしかずという。「金山寺味噌」や「柚子梅つゆ」が入手できたら、ぜひとも家庭で試してほしいものだ。
<林先生のレシピ>
●鶏もも肉の金山寺味噌焼き
材料/
鶏もも肉 2枚
[下味]
生一本黒豆 大さじ1
みりん 大さじ1
酒 大さじ1
塩 少々
金山寺味噌 大さじ3
作り方/
1. 鶏もも肉は余分な脂を取り除き、下味の調味料を合わせておいた中に入れて漬け込む。室温で1時間、冷蔵庫なら2~3時間が目安。
2. オーブンプレートにクッキングシートを敷き、1)の皮目を上にして並べ、180℃に熱したオーブンで約10分焼く。
3. 2.の上に金山寺味噌を載せて再びオーブンに入れ、3~4分焼き上げる。
4. 食べやすい大きさに切り、器に盛り付ける。
5. うずら玉子の赤みそ漬け(※)を添える。
※湯がいたうずら玉子の殻をむき、赤みそと同量の煮切りみりんを練り合わせた中に一日浸けておいたもの。
●菜の花とイカの柚子梅つゆ和え
材料/
菜の花 1束
イカ(造り用) 100g
柚子梅つゆ 大さじ4~5
作り方/
1. 菜の花はしばらく水に浸けてシャキッとなれば、半分に切り、つぼみと葉を分けておく。たっぷりの湯の中に葉、つぼみの順に入れ、ひと煮立ちすれば冷水に取って水気を絞る。柚子梅つゆ大さじ1を振りかけておく。
2. イカは表面に切り込みを入れ、1cm角に切る。沸騰した湯に塩少々を加え、さっと湯がいてザルに取る。水気を切ったら柚子梅つゆ大さじ1/2を振りかけ、下味をつける。
3. ボウルに1・2を入れ、柚子梅つゆを大さじ3~4を回しかけて和え、小鉢に盛る。
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<取材協力>
菜彩旬美 冨々 (大阪・西梅田)
住所/大阪市北区梅田2-4-9 ブリーゼタワー5階
TEL/06-6343-5444
HP/ 食べログはこちら
ぐるなびはこちら
営業時間/11:00~15:00
17:00~23:00(金土曜は~24:00)
休み/無休
メニューor料金/
地鶏セット 1980円
お魚セット 3480円
和牛セット 3980円
京セット 2800円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。