86 2020年05月阪急岡本駅を西へ歩くと、すぐに現れるのが「アリオリオ」。同店は、パスタ・ピザを中心にした伊料理店で、手頃な値段で飲み喰いできることから地元での評判はことさらいい。地元大学生から住民、周辺の店主と色んな層が集まり、夜遅くまで賑わいを見せているのだ。加えて「アリオリオ」を営む松田朗さんがユニークで、時折り閃いたアイデアを具現化。重五郎梅復活や、フルーツブランデー流行化計画に、カレーダービー、酒粕プロジェクトと色んな企画をこの街にもたらした。そんな松田さんが周辺に洋食屋が存在しないとばかりに、今春より昼営業を神戸洋食テーマに絞ってやるようになった。そこで今回は、昼の「アリオリオ」を覗いて松田さんが打ち出す神戸洋食について話を聞いて来た。そしていつもの如く湯浅醤油と丸新本家の和の調味料で神戸洋食に用いてもらったのだ。「いかにすれば和風にならず、洋食として引き立つのか」。松田さんがそう考えながら三つのソースをアレンジしてくれた。
(休店中)アリオリオ 松田 朗
(アリオリオ店主)
「ひしおもろみは、醤油の実と
いわれるだけあってかなり
個性的な商品です。
辛さが極立つので使う分量を加減
しなければなりません。
ただバターとの相性がいいようです。
バターを用いることで辛さが
抑えられ、まろやかさが出て
洋食にうまくフィットしました」
昼は神戸洋食、夜はワイン片手に伊料理を
神戸市東灘区岡本_、さしづめこの地は、神戸東地区の最も繁華な所といえよう。甲南大学に甲南女子大学、神戸薬科大学と三つの大学があるため学生街の要素もふまえながら成長して来た。高級住宅街を背景に持っているためセレブな雰囲気も漂い、神戸の中でも独特な地位を保っている。阪急岡本駅前がその中心地として知られており、婦人層から学生まで色んな人が闊歩しながらショッピングやグルメを楽しんでいるのだ。
この岡本駅前にあって地元民から支持されているのが「アリオリオ」。ピザ・パスタを中心とした伊料理店である。店主・松田朗さんは、なかなかのアイデアマン。これまでにも酒粕ブームを「神戸酒心館」と一緒に仕掛けたり、商店街の加盟店とカレーダービーを催したりと話題づくりに余念がない。旧来は、ピザ13種類、パスタ25種以上、その他リゾットや洋っぽい酒の肴を販売し、夜だけ営業している伊料理店だった。ところが「昼も開けてほしい」との住民からの要望もあったのだろう、今年の2月から神戸洋食をテーマに昼営業を行うようになっている。夜は伊料理、昼は洋食とあえてジャンルを分けたのは、「この辺りに洋食屋がなかったから」らしい。岡本というと、どうしても土地柄からオシャレな店が多い。ご飯と味噌汁、おかずといったいわゆる定食を売りにしている店が少ないようだ。あったとしてもカフェでのランチになるため、定食的要素は薄れがちになる。「ならば、洋食の町・神戸をイメージしてその手の気軽に食せるものを出してみてはどうだろう」と松田さんは考えた。
そもそも神戸には、フレンチでもなく、イタリアンでもない、いわゆる洋食が古くから根づいている。慶応3年(1868年)に開港したことで外国から色んな文化が入って来て、西洋の料理をひとくくりにした洋食が生まれた。元を糾せば三つの系譜に分けられるそうだが、その一つが「オリエンタルホテル」系で、もう一つは船内コックが陸に上がり開業したもの。そして三つ目がそのどちらにも属さない料理人が始めた店である。このうち船内コックが独立した店は、煮込み料理を名物とする。なぜなら船の中では揚げ物は波の影響を受けると危なく、適さないからだ。神戸洋食論を書き始めると、長くなりそうなのでやめておくが、松田さんはせっかく昼営業するなら、地元に根づく洋食を拾い上げるべきと思い、夜の伊料理とは別のジャンルを柱とすることにした。「アリオリオ」の昼メニューは、「チキンカツ」「白身フライ」(ともに900円)、「ポークチャップ」「ポークカツ」(ともに1000円)、「海老フライ」(1100円)、「オムライス」(900円)など。面白いのは「大人のお子様ランチ」(1200円)というメニューがあり、国旗の立ったオムライスに、ミニサイズのポークカツか、チキンカツ、海老フライ、白身魚フライのいずれかが付く。こちらは大人向けだが、当然、純然たる「お子様ランチ」(子供向け700円)も存在するのだ。これらの総菜にはご飯と味噌汁が付いて来るのだが、この味噌汁が具沢山でいい。定食の味噌汁というと、若布が申し分け程度にちょろっとして入っているものをよく目にするが、「アリオリオ」のは具材がたっぷり入っており、まさにお家で味わうような仕様で、これだけでも十分食べ応えがあるのだ。2月からスタートした昼の神戸洋食は、なかなかの好評ぶりで、買い物ついでに寄って食べたり、近所で働く人がランチに訪れたりと盛況な様子。松田さんも「夜と使い分けしてもらえればいい」と手応えを感じている。
「わさび金山寺」がタルタルソースにフィット
今回は、「アリオリオ」の夜メニューではなく、昼の神戸洋食に湯浅醤油・丸新本家の商品を用いて松田さんらしい料理を作ってもらった。当然ながら私だけのスペシャリテなので日頃はないが、松田さんも「金山寺味噌などを洋食のソースに取り入れたら面白いものができた」と語っているので、ひょっとしたら将来はメニュー化するやもしれない(⁈)。その松田さんの渾身の作が「わさび金山寺」を使ったタルタルソースである。これは海老フライに添えて出て来たもの。金山寺味噌が使われているからだろう、一般的なタルタルソースより甘みがあって食べやすい。タルタルソースというと酸味が口に当たるが、そのソースは甘酸っぱさが印象的。「わさび金山寺」を用いたからか、少しピリッと来る。そして最後にほんのり金山寺味噌の味が口内に残るのだ。「マヨネーズをベースに、ゆで玉子と玉葱、少量の『わさび金山寺』、砂糖・酢を少々で作っています。金山寺味噌の入れ加減が絶妙で、これ以上使うと和の雰囲気が勝ってしまいそうです。好きな人はもう少し加えてもいいかもしれませんが、洋食のソースを表現したいならこのくらいの少量で十分だと思いますよ」と松田さんが説明してくれた。
松田さんは、「わさび金山寺」に色んな可能性を見出している。パンとパティの間に挟み、粒マスタード代わりにしてハンバーガーに活用するのもいいだろうし、「わさび金山寺」と酢、オリーブ油でドレッシングを作っても面白いとアイデアを出していた。金山寺味噌といえば、なめ味噌の代表的存在で、キュウリに塗って食べたり、ご飯の友として味わったりするのが定番だろうが、「このように調味料代わりに用いるのが面白いのでは…」と松田さんは言っている。
「アリオリオ」のいつものデミグラスソースに「赤だし」(味噌)を加えたのが二つめの作品。大きめのチキンカツにこのソースをかけて出してくれた。「赤だし」は、文字通り赤だし(汁)を作る味噌なのだが、「熟成するまで売らない」のが丸新本家のこだわり。国産原料のみを使用した米味噌で、3~4年の長期熟成を経て商品化している。まろやかで深いコクと旨味が特徴で、松田さんはその味をデミグラスソースにプラスしてみることにした。「名古屋に味噌カツがありますが、いくら『赤だし』を用いるといってもそれじゃ能がない。だからいつものデミソースに「赤だし」とバジル、オレガノ、ローズマリーを加えてソースを作ったんですよ」。デミ缶に赤ワインを加え、水で延ばし、固形スープをプラス。そこに「赤だし」とハーブを入れたという。ハーブが入ることで香りが立つ。バジルが「赤だし」のもったりした所をなくしていい塩梅(塩梅)に仕上がっているように思う。デミグラスソースに「赤だし」だけだと、違和感はないだろうが、どうしても和風になりがちだ。そこにハーブが加わることで単調さを補ってくれるようだ。「この『赤だし』は八丁味噌より柔らかな味でいいですね。カレーに隠し味として入れてもいけるし、コクが足らない時のビーフシチューにでも使えますよ。西洋料理といえど『赤だし』も入れることでピタッと味が決まるような気がします」。
三つめの料理は、ポークチャップ。今回送られて来た商品の中で一番難しかったという「ひしおもろみ」を用いてソースを作っていた。この商品は、醤油の実として表現しているものだ。塩分は16%、なので辛さがある。醤油の実というだけあって本当に醤油を搾る前のもろみで、新古敏朗さんの話では「これを実際に搾ると、『蔵匠樽仕込』(国産丸大豆の本醸造油)になる」らしい。醤油代わりとして用いるのがいいのだろうが、ただ辛さがネック。分量を間違うと、味を壊しかねない。そんな点を松田さんも苦労したのだと思われる。松田さんは、この「ひしおもろみ」にバターと柚子胡椒が合うと考えた。「ひしおもろみ」を水で溶き、砂糖とみりんを加えてソースを作る。豚肉を焼き、玉葱とマッシュルームを炒めたものを合わせてからこのソースを絡めるのだ。食べる前にバターを落とし、柚子胡椒を付ける。そうすると、バターが「ひしおもろみ」の辛さを抑えてまろやかさを出す。私も試食したが、バターがかかった所とかかってない所ではかなり味が違った。そこに柚子胡椒が入ることで香りが出てよくなるという。
松田さんは、「ひしおもろみ」を使って漬け込みダレにチャレンジしたいとも話していた。「パイナップルの角切りと、水・酒・みりんで延ばした『ひしおもろみ』で漬け込みダレを作り、そこに豚肉を一晩漬けておくのもいいかもしれません。このように使うと、美味しい漬け込みダレになるような気がするんだけどなぁ」。今回は、「わさび金山寺」「赤だし」「ひしおもろみ」と三つの商品を神戸洋食のテーマに合わせてもらったが、他の使い方も考えていくうちに用途は広がって行ったと話す。
最後に昼のメニューとは別に、「アリオリオ」の夜の伊料理にもふれておきたい。同店ではスパゲッティとペンネは乾燥麺だが、ラザニア、タリアテッレは自家製手打ち麺を使用している。自家製の麺は手でこねず、足で踏んで作る。まるでさぬきうどんを製麺化する要領だ。「一時期、さぬきうどんに凝ったことがあってその作り方を踏襲して麺を作るようにしたんです。あまりに粘り気が強いので手でこねるより足で踏んだほうが丁度いいコシが生まれるんです」。こうして仕上げたラザニアは人気だそうで、「ミートソースラザニア」(1200円)は店の看板メニューにもなっている。この店では、パスタやピザをアテにワインで一杯飲るのがスタンダードになっているのだが、そのワインも一本1800円からと安価なものが揃っているのが嬉しい。最近では地域特性を考慮して灘の酒(日本酒)がメニューにラインナップされている。しかもその酒は東灘の蔵のものばかりで、より地域との密接さを感じさせてくれる。御影郷吟醸飲み比べセットや魚崎郷飲み比べセット(ともに700円)もあるが、ユニークなのは「灘高創立者飲み比べセット」。これは同校を嘉納家が創設したことにちなみ、嘉納家縁りの「白鶴」「菊正宗」「櫻政宗」を飲み比べる。ここに洋食が合わさると、神戸の古えの時代を思い起こしてしまうのは私だけだろうか。
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<取材協力>
(休店中)アリオリオ
住所/神戸市東灘区岡本1-14-9 2階 アリオリオ
TEL/078-436-3866
HP/ facebookはこちら
営業時間/11:00~14:00、18:00~24:00
休み/日曜日
メニューor料金/
メニュー/昼(神戸洋食)
チキンカツ 900円
ポークカツ 1000円
白身フライ 900円
海老フライ 1100円
ポークチャップ 1000円
ベーコンドリア 900円
オムライス 900円
大人のお子様ランチ 1200円
夜(伊料理)
アリオ・エ・オリオ・ペペロンチーニ 800円
鹿肉のボロネーゼ 赤ワイン風味スパゲッティ 1200円
クアトロフロマッジスパゲッティ 1200円
マルゲリータ 900円
生ハムのピザ 1400円
ポルチーニのリゾット 1400円
ミートソースラザニア 1200円
トマトのゴルゴンゾーラチーズ焼き 1000円
自家製酒粕レーズンバター 500円
牛肉のたたき 900円
グラスワイン(赤・白) 400円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。