52 2017年07月 第34回に紹介した大仲一也さんの「農家厨房 北浜店」だが、実はもう一店舗有している。大仲シェフがホテルを辞めて独立したのは、もう一店舗の方で、その肥後橋店が発祥である。北浜店ができて、そこに大仲シェフが移ってからは、肥後橋店を中村伊都子シェフに任せており、その好調ぶりは以前と同じ。相変わらず行列ができる店の異名を取っているのだ。今回は中村シェフが腕を発揮する「農家厨房 肥後橋店」の話をしたい。コンセプトは同じでも作る人が異なれば、料理の表現方法も変わってくる、そんな好例ではないだろうか。「遠くのA級ブランドより、近くの新鮮野菜」を訴えるべく中村シェフが作った四品をレポートしたい。
農家厨房 肥後橋店
中村伊都子
(農家厨房 肥後橋店料理長)
「赤みそは、旨みが強くていい
ですね。甘いが、それがくどく
ないから使いやすい。火を入
れると、香りが出て、野菜の
味も引き出しやすい。素材と
調和がとれる調味料です」
師匠も弟子も健康志向
以前、このコーナーで紹介した大仲一也シェフの店「農家厨房 北浜店」は、相変わらずの盛況ぶり。オフィス街にあるにも関わらず、13時を回っているのに満席状態。先々月の「食の現場から」でも書いたが、彼の掲げたコンセプトが、今の世には求められている証拠で、野菜の力にこだわり、健康を保つこのメニューが女性を始め、多くの人に受け入れられている。
元日航ホテルの料理長だった大仲さんは、自家の野菜をできるだけ用いようと肥後橋で店を始めた。この辺りもオフィス街で、健康志向のOLにフィットしたのだろう、オープンしてすぐに人気店となった。北浜店はその後にできた第2号店で、それがオープンするや、肥後橋店を中村伊都子シェフに任せて自身は北浜の店に専念している。大仲さんのコンセプトは、野菜の力。「旬の野菜を食べていれば風邪をひかへん」と口グセのように話していた父の言葉を料理内に表現すべく調理しているのだ。
中村シェフに変わってからも肥後橋店は、好調のようで11時30分の開店を待つのに階段には行列ができている。彼女達のお目当ては、この時季のみの限定品「トマト冷麺」。堺・別所にある「藤茂農園」のトマトを使ったそれは、並んでまで注文したい品。日によって違いはあるが、オープン時には売り切れてしまうことが度々あるらしく、10食限定なので並んでいる時からそれを注文する人がいるから“オープン即完売”の現象が起こるようになった。
今では肥後橋店の料理長に就いている中村伊都子さんは神戸・長田の出身。調理師専門学校を出て「桃谷摟」に勤め、その後、二軒ほどを経て「農家厨房」へ来た。中村シェフ自身も健康志向が強く、大仲さんの考えに惹かれたのだそう。「オーナーと出会って如実に思うようになったのは素材の力で、野菜の持つ味が調理する上で最も大事だということなんです」。人の身体は食べ物に影響されることが多く、野菜をいかに摂るかで違って来る。それは大仲さん自身が物語っており、田畑の仕事をして店で料理を作る多忙な日々を送りながらも元気を保ち続けているのである。そこに中村シェフも共感するのだと思われる。
中村シェフは、総菜屋をやってみたいとの夢を持っている。それは飲食店と異なり、総菜屋ならいつも消費者の健康に携われるからだ。毎日食べる総菜に、自分のヘルシー志向を載せて届ける_、それが彼女の食と健康、日々の料理への関係性である。だから総菜屋が夢で、そこには大仲さんの野菜を使うことも組み込めればいいなと思っているそうだ。
ところで、肥後橋店はコース料理がリーズナブルな点もウケている要素の一つ。コースは、「彩花」(3980円)と「健美」(5500円)があり、どちらも9品ほどある(前日まで要予約)。例えば前者は、①山の恵みと海の恵み入り前菜盛り合わせ②アサリとワンタンのスープ③赤舌カレの揚げ物 ココナッツガーリック風味④季節野菜と蝦の炒め⑤中国野菜のオイスターソースかけ⑥山形産和牛のテール煮⑦飲茶⑧チャイニーズリゾットカレー味⑨杏仁豆腐というラインナップ。これで4000円弱とは人気が出るのもわかる。
加えてランチセットには、旬の野菜を用いた野菜のセイロ蒸しが付き、お粥セットに付くマンゴープリンも手抜きなしの濃厚さ。これで千円以内で食せるのだからその評判ぶりは推して知るべしだ。
赤みそと金山寺味噌のW効果を狙う
この日は、中村シェフに私仕様の特別メニューを組んでもらって食事をした。あらかじめ湯浅醤油と丸新本家の商品を渡しており、その特性をも考えてスペシャル料理を作ってもらったのだ。
中村シェフが、届いた商品群の中で選んだのは、「赤みそ」「金山寺味噌」「燻ししょうゆ」の三つ。中でも「燻ししょうゆ」は、燻製香が面白く、時折り特別コースの中に挿入する「スープあんかけ炒飯」に使っているそうだ。今回紹介する中村シェフの手による料理は①剣イカと空心菜の金山寺味噌炒め②麻婆茄子③炸醤麺④スープあんかけ炒飯の四つである。
「剣イカと空心菜の金山寺味噌炒め」は、普段作っている「剣イカと季節野菜炒め」のアレンジ版。塩味ベースに今回は「金山寺味噌」を加えた。「金山寺味噌は旨みが強く、甘いが、くどくない甘さで使いやすい。火を入れると、グッと香りが出て来ます」と話す。色んな食材でテストしてみたが、イカが合ったらしく、「塩と金山寺味噌のバランスがイカだとよく出るんです」と解説している。オイスターソースだとイカの持ち味を殺してしまう嫌いがあったが、金山寺味噌はうまくマッチするのだろう、しっかりした風味がついて素材の味もうまく出ていた。「塩だけより、金山寺味噌を加えることで味に丸みが出ますね。甘さが加わって旨みも増します」と言う。「金山寺味噌」を加えるタイミングは仕上げる直前。その方が香りが飛ばなくていいそうだ。
「麻婆茄子」は、ご存知の通り辛さがある料理。普段は「麻婆豆腐」がメニューとして出ており、麻婆茄子は私への特別仕様との話であった。中村シェフは、「赤みそ」から甜麺醤を作り、当然ながら辛さを出すために豆板醤を加えた。彼女はいつもなら八丁味噌で作るらしいが、今回は私のリクエストもあってあえて「赤みそ」を用いた。「八丁味噌は硬くて煮つける時間が必要。でも『赤みそ』だと柔らかいので煮つめる時間も変わってしまいます。『赤みそ』で煮すぎると香りが飛んでしまうので水の量を半分にし、煮つめる時間を同じぐらいにしたんです」中村シェフの丸新本家「赤みそ」を使った感想は、「ふわっとした香りがいいですね。八丁味噌でやるよりコクも香りも強くていいかもしれません」というもの。初めは豆腐で作ろうかと考えたが、この味噌との相性を考えて茄子を選択し、「麻婆茄子」を作ったと語ってくれた。
中村シェフは、「金山寺味噌」もこの料理に使っている。「麻婆豆腐」ではなく、「麻婆茄子」にしたのは、ここにも理由がある。「金山寺味噌」には湯浅茄子が入っている。ここに「農家厨房」ならではの泉州のなすを加えて作る方がいいと思ったようだ。「豆腐より野菜の方が合いますよ。『赤みそ』と『金山寺味噌』をダブルで使い、味の深みや旨みを出したかったんです」と教えてくれた。いつもなら甜麺醤には砂糖を使うらしいが、今回はみりんで代用。その方がこの調味料には調整しやすく、和風イメージも出て旨みも増すとの話であった。仕上げにラー油を加えたが、それとて抑え気味に。「赤みそ」の味をうまく伝えるには辛さを控えた方がよかったのだろう。「赤みそ」に「金山寺味噌」のW効果を期待してバランスを考えた四川風の料理であった。この一品を食べて思うのは、茄子が甘くて旨いこと。こんな所に「農家厨房」の真骨頂が発揮されている。
「炸醤麺」も同様に「赤みそ」を用いたもの。先程と同じく「赤みそ」ベースに甜麺醤を作り、少し豆板醤を加えている。この一品は、中村シェフが「いいキュウリが入ったのでそれと合わせたい」と思って考えたらしい。使用したトマトも「藤茂農園」のもので甘くて旨い。トマト、キュウリという冷麺にでも出て来そうなラインナップで「炸醤麺」を作っている。味噌を麺とキュウリ、トマトに和えて食べるのだが、野菜の味がダイレクトに伝わり、さっぱりした感が印象的。ベースの味噌は「麻婆茄子」と同じというが、料理が変わったからだろう、全く同じとは思わない。
最後の「スープあんかけ炒飯」は、前述したように特別なコースに登場する一品だ。チャーハンを作り、そこにスープをかけたものだが、そのスープのベースとなっているのが蒸し魚にかけるタレ。これを延ばして強くないようにアレンジしている。ここに「燻ししょうゆ」を加えて香りを出しているのだ。
彼女の話では、「燻ししょうゆ」は少量でいいとのこと。使い方を間違えてしまうとバランスが崩れるという。「この商品は、燻製香が強く、1~2滴の違いで変わってしまうんです。だから多くせず、少量でその香りを漂わせることを心がけました」。
中村シェフは、日本酒の会やワイン会が催された時に燻製醤油をよく用いるそうだ。「イベリコ豚の湯引きなどにネギを載せ、その上から熱い油をかけて作るその料理には、ネギの香りを楽しむのにそれが必要。先程の魚のタレの中に燻製醤油を加えて調味するんですよ」と話している。「燻ししょうゆ」を使うと、できたての香りが違ってくる。できたては醤油香と燻製香が立って食欲をそそるのだという。「この料理は、醤油の利き具合も丁度よかったと思います。いつもなら入れないのですが、今回は炒める時に少しだけ生姜も加えました。ちょっぴり生姜が利いて旨みが増したんじゃありませんか」。確かに口に入れると、ほんのり生姜の味がする。これが隠し味になっていいのだ。
今回は肥後橋店・中村料理長の味を堪能したが、同じようなテーマでも大仲さんとは、また違って面白い。発想も異なれば、用い方も違って来る。ただ幹としてあるのは、野菜を通しての健康志向。それと泉州の名素材の味である。「農家厨房」は、大仲さんが作る野菜をメインにした店と書くと、ベジタリアン風の野菜だけの店と勘違いする人がいるが、そうではない。肉も魚介類もたっぷり使っているので満腹感に浸る。ただ異なるのは、それらに対しての野菜の使い方とバランスにある。そして“遠くのA級ブランドより、近くの新鮮野菜”の考えを地で行く料理なのだ。昼には行列ができるという肥後橋店、その魅力の一端を垣間見た思いがした。
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<取材協力>
農家厨房 肥後橋店
住所/大阪市西区江戸堀1-1-9 2階
TEL/06-4803-7803
HP/ 公式HPはこちら
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営業時間/営業時間/11:30~14:00LO 17:30~22:00LO
休み/土日祝日
メニューor料金/
イベリコ豚バラ肉のスライスガーリックソース 780円
梅鶏の腿肉の揚げ物 700円
自家製春巻(1本) 160円
中国野菜の塩炒め 680円
麻婆豆腐 550円
白エビの北京風炒め(4尾~) 720円
白エビのチリソース炒め煮(4尾~) 720円
牛肉のオイスターソース炒め 950円
牛肉の黒胡椒炒め 950円
奥丹波の鶏使用のよだれどり 680円
中華風リゾット カレー味 750円
コース 彩花 3980円
コース 健美 5500円
※コース料理は前日までに要予約
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。