3 2013年04月毎日美味に明け暮れ(?!)、食べることを仕事にしている私が、これまで知り合った料理人を紹介していくのが、「名料理人、かく語りき」。第3回目は日本を代表する旅館「御所坊」の厨房を仕切っている河上和成さん。素材第一主義の河上総料理長が認めた調味料の使い方は…。

陶泉 御所坊(神戸・北区) 料理人/河上和成
(陶泉 御所坊 総料理長)
「初心の時のドキドキした気持ちに
似ています」

名料理かく語りき

一切飾ることなく、素材感で勝負する

有馬温泉「御所坊」の総料理長・河上和成さんとのつきあいは、もう22年にもなる。河上さんが41歳の時に、「御所坊」の社長・金井啓修さんに請われて豊中の割烹より移ってきてからだ。有馬温泉に来た当時は、パリッとした板前然とした人で、今のような個性的な職人のイメージは有していなかった。ただ、初めて取材した際の肉料理が非常に美味で、甘めで素朴な味噌をかくもうまく使って高級旅館っぽい料理に仕上げるものかと感心した次第である。

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有馬温泉の「御所坊」は、創業してから800年にもなる。始まりが1191年というから鎌倉幕府開幕の前年にできたことになる。オーナーである金井さんに話を聞くと、太閤秀吉が湯山御殿を造る際に、そこにあった60軒に立ち退きを命じて100石与えたらしい。「御所坊」はそのうちの13石をもらい受けて今の場所に移ってきたそうだ。旅館では北陸の「法師」が日本で一番古いといわれているが、この旅館も平安末期にできているわけだから、日本ではかなり歴史がある部類に入るだろう。その証拠に宿帳には足利義満や蓮如の名もあり、近年では吉川英治や谷崎潤一郎らの文豪も泊っている。殊に谷崎潤一郎は「御所坊」をこよなく愛していたようで、自身の小説「猫と庄造と二人のおんな」の中に「御所坊」を登場させているほどだ。歴史もさることながら、このところ「御所坊」の注目度といったら目を見張るものがある。金井さんは有馬温泉の町興しで日本の観光カリスマにも選ばれた人物。ユニークな発想で次から次へとマスコミに取り上げられたからか、いつしか全国的にも“今、最も行ってみたい旅館”の仲間入りを果たしてしまった。

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河上さんも少なからず、そんな金井さんの影響を受けている。22年前は板前然としていた容姿も、いつしか髪を後でくくり、作務衣を着るといった出で立ちに変貌していた。料理に関しても「御所坊」に来てから「変化があった」と語っている。もともと河上さんは、添加物を嫌い、素材を重視する主義だったのだが、よりその傾向が強くなった。高級旅館にも関わらず、「御所坊」では料理を飾ることなく、シンプルに調理して提供する。野菜など素材にカービングを施し、器に花を飾ると、より華やいだ風に見え、高級感が出るものだが、「御所坊」ではそんなことは全く意味をなさないと考えている。要は味が全てなのだ。「ここへ来た時に当たり前のように器の中を飾りましたが、社長と女将にそれをひとつずつ抜き取られ、気づいたら素材だけの料理が残っていたんです」。

料理人にとって“足す”料理はそんなに難しいものではない。ところが“引く”料理には、飾ることも付けることも許されないわけだから、かなりしんどい(関西弁で難儀という意味)。ましてや高級旅館なのだから、シンプルなのに価値があるということを印象づけなければならない。お金を払った方からは、それなりの価値観を見せて欲しいと考えるからである。こういった土壌の中で、河上さんは自分流の表現方法を身につけていった。その個性が容姿のみならず器の中にうまく表現されている。だからこの旅館の料理は凄いのだ。

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河上さんは宮崎の出身。18歳で大阪に出て来て、キタの割烹で勤め始めた。その後、京都・東山の料理屋へ移り、師と仰ぐ川添千代造さんに出会っている。大阪・京都・神戸の三都で勤めたという珍しい存在で、日本料理の本流を突き進むように修業を重ねてきた。そんな河上さんが「御所坊へ来て、料理がガラッと変わった」というのだから金井さんの影響たるや凄かったのだと思う。来る日も来る日もオーナーである金井さんと料理談議をし、いい素材があると聞けば、二人して出かけて行った。その行動力には頭が下がる。これほど素材に熱心な職人とオーナーがいるのだろうかと思うくらいだ。ある日、私が主宰する勉強会に金井さんが講演をするために訪れた。その時、私の仲間に明石の林崎漁協の人がいることを知り、「なんとか明石の漁協と直取引できないか」と相談された。その意を汲み、私は明石浦漁協とかけあい、金井さんと河上さんを紹介することで直取引の許可を取ることに成功した。何でも明石の漁協が店舗と直で取引するのは初めてのことらしい。このようにして「御所坊」は漁協に揚がった新鮮な魚を料理に使うことが可能になった。こんな例は少なくはない。北海道から沖縄まで、全国津々浦々探し歩いて見つけた食材は、「御所坊」の料理を着実にワンランクアップさせていったのである。

全てを使い切る感覚で用いたい

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昨夏のことである。「御所坊」の系列の「御所別墅」でフレンチを味わった。せっかく有馬まできたのだから河上さんに挨拶をしていこうと、食べる前は思っていた。しかし、「御所別墅」で出てくるランチの一皿一皿をしっかりと味わったために、こちらの予定時間をかなりオーバーし、仕方なしに「御所別墅」のスタッフに「河上さんにコレを渡しておいてください」と「魯山人」醤油を一本託した。
翌日、大阪の某所で取材をしていると、河上さんからお礼の電話がかかってきた。その第一声が「あの味、何ですか?むちゃくちゃ旨いですね」だった。素材や調味料にうるさい河上さんのことだから、味わうやすぐに反応したのだなと、その電話から察知できた。河上さんは何本か欲しそうだったが、夏の時点ですでに「魯山人」醤油は品切れになっていた。だからこちらとしては「春にできるのを楽しみに待っていてください」と言うしかなかった。

2013年3月になり、今年もまた「魯山人」醤油ができあがった。この初卸しの品を持って私は新古さんといっしょに有馬温泉へと出かけたわけだが、3月とはいえ、春とは名ばかり、神戸市内でもここは六甲山を越えるわけだから少し肌寒さを感じる。…とはいえ、春休みを間近に控えたこの時期は何となく華やいだ雰囲気が見受けられる。流石は日本でその名を誇る有馬温泉、春ともなれば、多くの人が訪れるのだ。

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私が行った日は休前日、想像通り「御所坊」も活況を呈していた。忙しい中で、河上さんが私と新古さんに「魯山人」醤油が極立つような料理を作ってくれるという。待つことしばし、河上さんが作ってきてくれたのは3つの品だった。その中でもオススメは、「蛸(たこ)のゼリー寄せ」。芋、蛸、南瓜、海老を煮て、それを「魯山人」醤油でゼリー寄せのように作ったものである。女性が好むといわれる芋、蛸、南瓜の煮物をゼリーの中に詰め込んだ一品だ。口広のグラスを器にし、その中に作っているので見た目にもきれい。気温がアップするこれからの季節にはぴったりな煮物だといえよう。

「魯山人」醤油のゼリー寄せと表記したが、厳密には鰹だしと「魯山人」、みりんを用い、パールアガーでゼリー化したものだ。河上さんは、値がするこの醤油をロスなく使いたいと考えている。刺身に添えるのもいいが、その場合だと使い切ることはなく、どうしても器に残ったものを捨てねばならない。だから「全て使い切る感覚で料理を作りたい」と言う。「こんな旨い醤油は使い切らないと勿体ない。そういった理由からゼリー寄せを思いついたんです」と語っている。

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あとの2品も同じような発想からできている。「平目の三色巻き」は、「魯山人」醤油の煮凝りと貝割れ大根、三田独活(うど)、割り人参を平目で巻き、ウニを載せたもの。今回は平目だが、明石鯛だと、なお美味しく出来上がるそうだ。三枚に卸した平目を薄くへぎ造りにし、軽く昆布締めしている。この料理に関しては醤油を垂らす必要がなく、味付けは「魯山人」醤油の煮凝りがその役目を果たしている。仮りにそれが物足りなければ数滴醤油を垂らせばいい。

3つめの料理は、醤油の煮凝りとサーモン、平目の昆布締めを角切りにし、あられに見立てたもの。それに菜の花と穂紫蘇を加え、少しだけポン酢をかけている。これらの3つは、全てこれから訪れる季節に合わせたものだ。今日は肌寒いが、春から夏にかけて気温がグングンと上昇すると、清涼感を求めたくなる。そんな時にぴったりなのだ。

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前述したように河上さんは、「魯山人」醤油に限り、使い切ることをテーマに一品一品作っている。料理人として個人的な楽しみは、これでポン酢を作ることだという。「御所坊」では、自家製ポン酢を土産物として売っている。それは醤油に、鰹、昆布、そして伊勢みかんの搾り汁で合わせ、3週間寝かせて作るそうだ。伊勢みかんとは、三重で採れる小さなみかんを指す。スダチやカボスではなく、なぜ伊勢みかんを使うのかと問うと、「みかんの方が果糖があり、まろやかな甘みが出るから」だそう。「今年はぜひ『魯山人』醤油で作ってみたいですね。今までのものより、旨みが出てまろやかな味になるのではないでしょうか」と自身も密かに期待を寄せている。

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河上さんは常々、「私達、料理人はモノがないと何もできません」と話している。食材にしろ、調味料にしろ、自分たちに作れないものばかり。お百姓さんや漁師さん、調味料メーカーの人達といった作り手の助けがあって初めて仕事ができるという。「仮りに出来上がった料理を10だとしたら、4が食材で4が調味料、あとの2を器や作り手が占めるのです。食材がよかったら誰でもうまいものが作ることができるというのは嘘ですね。そんなことを言う人に限ってあれこれさわりすぎて食材の持ち味を殺してしまうんですよ。我々、職人はお百姓さんや漁師さんのしんどさや気持ちも理解した上で調理をしなければならない。だから私は現地に赴いて積極的に作り手の話を聞くんですよ」。

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河上さんは一度湯浅へ出かけ、その目で醤油づくりを見てみたいと言っている。料理人は悪くいうと、内弁慶の人が多い。それは余りにも調理場が忙しく、外へ出かけられないからだ。そしてその大半が業者に注文し、届けてもらう。別にそれは悪いことではない。仕事に忙殺されれば仕方がないことだ。でも、厨房の中だけの仕事を繰り返していると、外の出来事が伝わりにくくなる。「井の中の蛙(かわず)、大海を知らず」ではないけれど、自分の目で見、耳で聞かないと、作り手の気持ちはなかなか理解しづらい。それを河上さんは指摘しているのだろう。

最後に河上さんに「魯山人」醤油の印象について聞いてみた。すると「旨い」の一言のみ。「あとは何を付け加えても陳腐に聞こえ、それ以上の表現は見当たらない」と言う。いいモノには、いいモノで合わす――、これが河上さんのポリシーだ。どちらか片方が良ければバランスが崩れる。だからこの日は、明石漁協で揚がった天然の鯛や平目、蛸を用いたそうだ。“旨い”以外の言葉を待っていた私達に河上さんはリップサービスとしてこんなフレーズを付け加えてくれた。それは「初恋の時にドキドキした感じに似ていますよ。私達職人はそんな気持ちでこの醤油を使うんですよ」。これ以上、聞く必要もないだろう。まさに最高の卜書きといえよう。

●蛸のゼリー寄せの作り方
材料/蛸、南瓜、小芋、山芋、柚子、海老
(鰹出汁:160ml、「魯山人」醤油:大さじ1、みりん:大さじ1、パールアガー:8g、塩:適量、酢:適量)
作り方/
①南瓜をピーラーで皮むきし、適当な大きさに切る。ボイルした後に味をつける。
②蛸の塩もみを3回ほど繰り返し、水洗いした後で味をつけ、3時間ほど焚く。
③小芋を皮むきし、塩で軽くもみ、水洗いする。米の汁で湯戻しした後に味をつけ、中火にて柔らかくなるまで焚く。
④海老は酒と水にてボイルし、味をつける。
⑤鰹出汁に調味料を合わせて火にかける。パールアガーを入れて粗熱を取る。
⑥グラスの中に蛸、南瓜、海老、小芋を入れ、出汁を入れて冷ましておく。
⑦摺りおろした山芋に塩と酢を少し入れて、上から掛ける。振り柚子をすると出来上がり。
  • <取材協力>
    陶泉 御所坊(神戸・北区)

    住所/兵庫県神戸市北区有馬町858

    TEL/078-904-0551

    HP/ 公式HPはこちら


    営業時間/IN15:00 OUT10:00もしくは11:00
    (部屋によって異なる)

    休み/無休

    メニューor料金/
    1泊2日一人24600円(平日2名一室利用の場合)~
    ※宿泊以外の昼食のみ、夕食のみ、入浴のみも可

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

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