68 2018年11月 湯浅醤油・新古敏朗社長が和歌山にいい寿司屋ができると前々から予告していた。それが上富田町にある「鮨よし田」で、カウンター6席、しかも夜営業しかしない高級店舗だという。そこで興味津々の私は、オープンして4日目のまもない時期に取材で訪れることにした。店主・吉田稔さんはこの地の出身で、新古さんとも浅からぬ縁。紫に使用する醤油も湯浅醤油のものを使っている。吉田さんに聞くと、「仕入れ値を気にせず握ることができる寿司屋を開くことが夢だった」そうだ。ネタには地元産は勿論のこと、豊洲から仕入れたものや、九州・北海道・東北の漁港ともパイプを持つことで色んな寿司が出て来る。和歌山随一のリゾート地(観光地)白浜からも近く、JR白浜駅から車なら10分もかからぬらしい。そんな事情から今回は新たにお目見得した「鮨よし田」をリポートしたい。
鮨 よし田 吉田稔
(鮨よし田店主)
「魯山人醤油は、まろやかで口当た
りが抜群。醤油特有の舌を刺す感
じもない。やっとこの醤油が堂々
と使える店が持てましたよ」
一つの店舗内に二つの寿司屋が存在
和歌山県西牟婁郡上富田町_、救馬渓観音の興禅寺があるこの地は、かつて熊野詣での入口とされ、口熊野と呼ばれていたそうだ。この上富田の町で、白浜駅から車で8分、白良浜からなら20分程走ったところに今秋オープンしたのが「鮨よし田」である。この場所には、これまで「若松屋」なる寿司屋があった(今も存在しているが…)。その店では4000~6000円ぐらいで寿司が食せていたのだが、店主・吉田稔さんが「売り値を気にして魚を仕入れていてはストレスがたまる」と言い、自分の納得した寿司ネタで握りたいと、なんと「若松屋」の中にもう一軒の寿司屋「鮨よし田」を造ってしまったのだ。
吉田さんは、この地で育った。1998年に「若松屋」を開き、それからお母さんが一膳飯屋(食堂)をやりたいというので11年前に「口熊野食堂」をオープンさせている(「口熊野食堂」は現在、ラーメン屋で昼には行列ができるほどの人気店に成長している)。以前はカウンターがあり、その前にネタケースがある、どこにでもあるようなスタイルの寿司屋だったそう。それを思い切って改装し、一軒に価格帯の異なる二軒の寿司屋が存在する店にしてしまった。「若松屋」と「鮨よし田」の二つの看板を見ながら扉を開ければ、右側が座敷で「若松屋」、左に入っていくと白木のカウンターがあり、そこが「鮨よし田」になっている。「鮨よし田」は、6席のみ。誰が見ても改装費がかかっているだろうと思うくらい高級感に溢れた店舗になっている。
吉田さんが長年「若松屋」を営んで来た中で頭を悩ませて来たのは魚の仕入れ。地元のみならず、築地や九州・北海道・東北の漁港を自らの足で巡っていると、いい品に出合う。だが、庶民派を謳っていると、どうしてもそこに手が届かない現状があった。ある時、友人に北新地にある「鮨処多田」へ案内された。ここの寿司とそのネタの良さに感動し、「いつか自分でもこの手の店をやりたい」と思ったらしい。すると、いてもたってもいられなくなり、次第に現況(仕入れ)がストレスになり始めたのだという。「売価に合わせた商売や仕入れではなく、もっといい魚をと常に思っていました。いつしかストレスがたまるのが嫌になり、いっそのこと高級店舗を構えてやろうと考えたんです」と吉田さん。そう思うと、半月後に店を休んで、GWあたりから改装に入った。そして10月に「鮨よし田」がお目見得したのである。
「鮨よし田」は、オープンしたばかりなのでメニュー等はこれから徐々に変化していくと思われる。現在は18:00~20:30と20:30~22:30の二部制(時間は応相談)で、料金は12000円からのコースのみ。吉田さんの話によると、付き出しにつまみ6品(造り2~3種や焼物の2品、煮物または椀物)に、にぎりが10~11貫、巻物が一本という内容らしい。私も取材でネタを見せてもらったが、この質で12000円ならそんなに高くはないだろう。「高級店という触れ込みからもっと高いのかと思っていたら、びっくりするほどの値段じゃなかったですね」と本音をちらつかせると、「都会ではもっといただけるかもしれませんが、この辺りではそれが限界です」との回答だった。それでも吉田さんは、仕入れに対して飽くなき追及を繰り返す。この季節には獲れないが、質も価格も日本一と称される淡路島・由良の赤ウニも仕入れルートを確保した。私がこの先、黒ウニが獲れると教えると、由良漁協の仲卸しへ連絡して確かめたいと話していたぐらい積極的だ。「ウニは常時2~3種用意しています。由良産もそうですが、福岡や大分、佐賀からも仕入れる予定。ウニの食べ比べができるようにしたい」と付け加えていた。
吉田さんの本音は、地元の魚で8割方を占めたいようだ。田辺の漁港から仕入れることで、地元産の活きのいい魚を捌くとしている。遠方から訪れる客には、むしろ和歌山の魚を出したい意向。それとは逆に地元の客には、普段口にできない地方の産物を取り寄せて握る_、そんなビジョンをもっている。
魯山人醤油で紫を作り、ハケで塗って出す
ところで、そろそろいつものアレをやる件(くだり)だが、実は吉田さんは湯浅醤油の新古敏朗さんと旧知の間柄。なので特別に湯浅醤油を使ってと注文しなくても普段から仕入れている。「仕入れ値を気にしなくなった」とのフレーズは、こんな所にも表れていて「鮨よし田」では、「魯山人」醤油を使えるようになったそうだ。流石にそのままでは寿司屋では表現しづらいとし、「魯山人」に酒とみりん、昆布を用いて特製の紫を作っている。吉田さんは「魯山人」醤油に高い評価を与えている。「とにかく口当たりがまろやか。醤油独特の舌を刺す感じがなく、何でもなじむ味」だそう。今まで値段の問題で使えなかったが、高級店をオープンさせたので堂々と仕入れられると話していた。同店では、握った寿司にハケで紫を塗って供す。食べる前の客の手間を少しでも省きたいからそうしているのだとか。「寿司は最短で調理できる料理。握ってすぐが食べ頃で、本音をいえば3~5秒で口に含んでほしいんですよ」。シャリの握り方一つが職人技の見せどころで、空気を含ませるように握る。放っておくと、その空気が抜けてご飯が縮まっていく_、そうならないうちに食べてもらうために、あえて醤油をハケで塗って手間を省かせるのだ。
取材用にと、握ってもらったのが足赤海老と鮪の漬け、鯖の三つ。鮪の漬けには「白搾り」が使われており、それに漬けて作る。「白搾りは、なじみがいいからこのように使っています。一般的醤油とは違って、淡い色なのが漬けにぴったりなんです」。吉田さん曰く「時間を計れば、うまくできる」ようだ。このうち足赤海老と鯖は和歌山で揚がったもので、鮮度もよく、味もいい。これが吉田さんが待望した「売価を考えずに仕入がしたい」ネタだろう。
同店では魚介類だけではなく、米にもこだわりがある。吉田さんの言葉を借りれば「紀州よし田米を使っている」そう。当然ながらそんな品種は存在しない。品種でいうとミノニシキで、それに惚れ込み、地元の農家と契約して特別に栽培してもらっている。「いずれはこの米を紀州米としてブランド化したいんです。もともと岐阜で誕生した品種ですが、炊くとふっくらして寿司米に適しているんですよ。ふっくらしているのに芯がある。米々しさはなく、シャリ感が半端ではないんです」。このご飯に5種の酢をブレンドして赤酢を作り、合わせるそうだ。魚介類といい、米といい、醤油といい、あらゆるものにこだわりを見せ、それを握って出すのが「鮨よし田」流。それでコース12000円からなら決して高いとは思われないだろう。白浜付近というと、決して近くはないが、上富田ICからも5分ぐらいで行ける_、そう考えると道路事情もいいので車を走らせて食べに行くのも悪くはないだろう。
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<取材協力>
鮨 よし田
住所/和歌山県西牟婁郡上富田町生馬748-3
TEL/0739-47-6336(若松屋にて受付)
HP/ 公式HPはこちら
Instagramはこちら
営業時間/18:00~20:30 20:30~22:30の二部構成(時間は応相談)
休み/不定休
メニューor料金/
コース12000円~
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。