27 2015年04月和洋中と異なるジャンルの料理人に同じ調味料を渡しても出来上がるものは、自ずと違ったものになる。これが料理人ではなく、バーデンダーならどうなるのだろう。そんな遊び心が沸々と湧き、梅田(大阪)のD.D.HOUSE2階にある「ANDRE(アンドレ)D.D.HOUSE店」に出かけてみた。このバーの板倉賢光さんは、時々変わった酒のアテを作ることがある。いわば料理人的腕も兼ね備えたバーテンダーなのだ。彼に湯浅醤油の「生一本黒豆」や丸新本家の「にんにく金山寺」など数点を渡し、「何か考えておいて」と気軽に依頼した。さて名うてのバーテンダーは、この和的調味料で何を作ってくれたのだろうか。後日、それを味わうために飲みに出かけた日のことを記そう。
ANDRE D.D.HOUSE店(大阪・梅田) 料理人/板倉賢光
(ANDRE D.D.HOUSE店)
「あれこれさわらず、バーテンダー
ならそのまま食べられるようなも
のをと発想します。どう使って酒
に合わせようかというのが私達
の発想の原点なんですよ」
620種ものボトルが並ぶ梅田のバー
キタのランドマーク的建物であるD.D.HOUSE。この2階にカジュアルに酒が楽しめるバーがある。「いつしかこの商業施設の中でも最も古い店になってしまった」というからすでにこの界隈では老舗と呼んでもいいバーかもしれない。「ANDRE(アンドレ)D.D.HOUSE店」は、今年で28年の歴史を持つ。近年は板倉賢光さんがここのカウンターに立ち続けているけれど、その前はミナミの「サンボア」が違うジャンルのバーとして営んでいた。何でもアンドレさんという外国人バーテンダーがいて、「サンボア」では彼が立つことはできなかったとかで、当時のオーナーが彼の名前の付いた店を作ったのがスタートだそう。「アンドレ」の創業は1986年で、初めはこの付近に店があったのだが、1年近くしてD.D.HOUSEへ移っている。アンドレさんは、D.D.HOUSE店と後にできた曽根崎店の両方で都合15年ほど働いていたらしいが、その後独立している。板倉さんが「アンドレ」に籍を置いたのは15年ぐらい前から。以来、アンドレさんが作ってきたこの店の雰囲気を守り続けており、そこに板倉色が加わって、かなり面白い店になっている。
板倉さんは、調理師専門学校に通っていた頃からバーテンダーを志していたという変わり種で、アルバイトしていたホテルのバーで酒の世界の面白さを知り、「卒業したらバーテンダーになろう」と考えて方向転換したそうだ。自身でも「調理師学校で勉強している学生のうちからそんな道を模索していたのは私だけでしたね」と振り返っている。こんな経歴を持つバーテンダーだから料理はお手のもの。先日、私が某社の取材で行った時もバーボンフレーバーのキャラメルを披露してくれた。ただ、こんな面白いアテは、必ずあるとは限らない。板倉さんが作りたい時に作るのだから希少なアテといってもおかしくはない。あえてここで断っておくが、この日に私が食べた二品もその類。いや、それよりもっと希少で、私が行くと知って作ってくれたスペシャルテである。
「アンドレ」は、昔からカクテルがよく出るバーとして知られていた。かつてこの店にいた伊與忠克さん(今は「サンボア・ザ・ヒルトンプラザ」の店長を務めている)に話を聞くと、「アンドレD.D.HOUSE店は、バーにしては大きい55席を有しており、それが気がつくと満席になって、立って飲む人もいるくらいの人気店でした。19時から混み始めて24時近くまでひたすらカクテルを作り続けていました」と話していた。こう書いてしまうと、カクテルオンリーかと思いきやそうではなく、店にズラリと並んだ酒がなんと620種。U字型の長いカウンターに並べるだけでは足りなく、天井から何本も吊るされている。素人目からすると、どこにどの酒があるのか、わかるのだろうかとさえ思ってしまうくらいだ。なのでウイスキーも売り。店主の板倉さんは、一昨年アメリカまで行き、蒸溜所を見学してバーボン造りに触れて来たほどで、なかなか研究熱心なことで知られている。ちなみにカウンターにある大きなボトル「メーカーズマークインフュージョン」は、渡米がきっかけで生まれたもの。アメリカではチェリーのフレーバーがあったのを印象深く思い、「メーカーズマーク」にチェリーを漬け込んでいる。
バーテンダー的発想から生まれたつまみ
さて、そんな二刀流(酒と料理の二つのことを熟知している)バーテンダーの板倉賢光さんが、私の注文に応えて作ってくれたものが今日のメインの品。ひとつは「生一本黒豆」醤油を用いたビーフジャーキーで、もうひとつは「金山寺みそバター」だ。前者はこの店で手作りしているビーフジャーキーのアレンジ版。板倉さんによると、「あまりに醤油の味がいいので、それをストレートに表現したくてシンプルに作った」ようだ。「生一本黒豆」をメイン調味料とし、それに赤ワイン、コショウ、塩、砂糖を少量だけ加えて肉をさっと煮る。そしてオーブンで1時間弱乾燥焼きして作っている。「和歌山県だったか、定かではありませんが、カラカラ煮というのがあるそうですね。これは醤油で煮てカリカリになるまで焼いたもの。炊きながら水分を飛ばしているんでしょうね。そんなことをヒントに作ってみました」と披露してくれた。普通、ビーフジャーキーは噛み切りにくいが、これはある程度の湿り気が残っているために食べやすい。板倉さんは、少し柔らかさが残る程度に乾燥させたと言っている。湿気があり、厚みがあるビーフジャーキーは噛めば噛むほど旨みが舌に伝わる。カラカラ煮がどんなものかはわからないが、このカリカリ度合いはクセになりそうだ。「普段は一般的な醤油を使うためにどうしても酸味やエグ味が出てしまうんです。だが、『生一本黒豆』は、柔らかな味を有しているからか、そんなことが全くなかったですね。これがウイスキーに物凄く合うんですよ」。
このビーフジャーキーに合うと板倉さんが薦めてくれたのが「THE GLENLIVET(ザ・グレンリベット)12年」と「TALISKER STORM(タリスカー・ストーム)」の二本のウイスキー。前者はスコットランドのスペイサイドにあるリベットの谷で生まれたシングルモルト。もともとウイスキーは政府の目を盗んで造る密造酒が発祥なのが、あまりの旨さに当時の英国王のジョージ4世が所望したと伝えられている。ちなみに「ザ・グレンリベット」を造るジョージ・スミスの蒸溜所は、1824年に政府公認の第一号蒸溜所となっている。一方、「タリスカー・ストーム」は、スコットランド北西部のスカイ島(この島で唯一の蒸溜所)で造られるシングルモルトだ。パッケージに激しい波が打ち寄せるスカイ島の海岸を描いているように、荒々しい潮の風味と黒コショウを感じさせる特徴的な味である。板倉さんはこの好対称な二本を指し、「女性には『ザ・グレンリベット』が、男性には『タリスカー・ストーム』が合うのでは」と言っている。「前者は柔らかいシングルモルトで実に飲みやすく、ビーフジャーキーの味をいかしてくれます。片や後者は荒々しい喉越しが特徴で、肉と醤油フレーバーをがっつり楽しむのにはいいんですよ。私達バーテンダーは、どうしても酒をまず頭に浮かべ、それに合わせてアテを作る傾向があるんです。料理人とはそこが違うのかもしれません。彼らは食べてもらってどう思うかと発想するんでしょうが、バーテンダーは食べて飲み合わせてどう思うか。こんな風にしてアテを考えるんです」。板倉さんが選んだ二本は、全く別の味わい。まずビーフジャーキーありきで考えれば、柔らかく素直な「ザ・グレンリベット」が合うだろう。でも、「タリスカー・ストーム」を飲んでいてこのクセのある荒々しい酒に何を合わせるかと考えたら、これまたビーフジャーキーに行きつくのだ。要はどちらから考えるかで、その嗜好は変わってしまう。答え(ビーフジャーキー)は同じなのに、ウイスキーは別の個性を求めてしまうのだ。これが酒の面白さであり、奥の深さなのだ。
もしや万能調味料を作ってしまったかも・・・
次に出て来た「金山寺みそバター」は、全く金山寺味噌のイメージからかけ離れた一品であった。読者諸氏には、まずレーズンバターを想像してほしい。その中にレーズンではなく、金山寺味噌が入っている―、そんな印象なのだ。板倉さんによると、「金山寺みそバター」は、「にんにく金山寺」1、バター3、マーマレード1、酒ほんの少しの割り合いで練り合わせ、それを冷やし固めているらしい。酒はなくてもいいが、あった方がウイスキーやジントニックに合わせやすいと思って使ったそうだ。味噌とバターを単一で味わうには、何か欲しいと考えてマーマレードを加えている。この発想が実に見事で、甘みがあることで二つ(味噌とバター)がうまくまとまっている。「初めはトマトのピューレと金山寺味噌を合わせ、カマンベールチーズを加えてオーブンで焼こうかと思っていたんです。でも、『にんにく金山寺』が美味しく、この味をストレートに出したいと発想するようになりました。レーズンバターの要領で金山寺味噌を使ってみようと考えたわけです」。板倉さんが「もしや万能調味料を作ってしまったのかも」と言うだけあってバゲットに塗って単純に食べるだけではなく、色んな用途に使えそうだ。例えばコレで野菜炒めをしてもいいし、豚肉を炒める際の調味に用いてもいい。それにジャガイモをふかしたのに載せて味わってもいい。
「レーズンバターってぎゅっと固めているイメージが強いでしょ。でも、コレはバターを練ってふんわりさせて作っているんです。バターと甘じょっぱさが立った味わいで、食べると、所々に金山寺味噌の具材が出て来るんです。それがまたいいいんですね」。どうやら「にんにく金山寺」の具材をうまく表現したくて、刻まずにバターに練り込んだらしい。レーズンバターに似ているが否なるものができている。作り方は同じようなものでも、金山寺味噌がいきて全く違ったものになっているし、それにマーマレードが入っているおかげで重く感じない。ビールで油っぽさを流す感じで味わってもいいが、紅茶やコーヒーとともにトーストに塗っても合いそうだ。
板倉さんは、この「金山寺みそバター」とバゲットに、「アードベッグ・ウーガダール」を合わせてくれた。「アートベッグ」は、アイラ系のスコッチで、「ラフロイグ」同様、煙くささのある酒。「アートベッグ」自体、最もデリケートで複雑な味わいのアイラモルトとして高く評されており、その中でも「ウーガダール」は、バーボン樽熟成の原酒と、シェリー樽で長期熟成した原酒をバッティングしたもので、スモーキーさとスイートさをうまくマリアージュさせている。「この酒は『ライフロイグ』よりスモーキーさが強いかも。ゆっくり飲るならコレが合いますし、軽めに飲みたいならジンジャーエールと『金山寺みそバター』を合わせるのも手でしょうね」。板倉さんは、このクセの強いウイスキーを合わせてくれたが、バーボンのロックでもいいのだろう。要は、板倉さんが開発したこの酒のアテが、どんなものにもフィットするというほど旨いのだ。
板倉さんが「にんにく金山寺」を試食した時に、レーズンバター的なものを思いついたというのが、まさにバーテンダーらしい発想だし、味噌のしょっぱさに甘さを加えたいと思ってマーマレードを用いたことに発想の勝利があるように思える。マーマレードが入ることによって苦みも加わり、クセになりそうな一品になったのだ。そんな感想を述べながら「金山寺みそバター」をバゲットに塗っていると、板倉さんは「これが和洋の料理人ならあれこれともっと頭をひねって技を駆使したものを作り出すのでしょうが、私達バーテンダーはそのまま食べてみたら・・・という勢いで創作してしまうんです。料理の垣根がないからそんな風に考えるのかもしれませんね。どう使ってどの酒と合わせるのかが、バーテンダーの仕事なんです。シェフ達のように調理技術がない分、こだわりもなく、自由な発想ができたのかもしれません」と語っている。まず初めにバターが出てきて、みそバターにし、マーマレードを入れるあたりで工夫を施した。これがバーテンダー的発案なのだと改めて思った。造り手(丸新本家)からすると、まさかおかず味噌で、こんなアテになるとは思わなかったろう。自由な発想と、酒に合わせるという範疇から思わぬ二品ができた。ビーフジャーキーと金山寺味噌バターは、実によくできた酒のアテであった。
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<取材協力>
ANDRE D.D.HOUSE店(大阪・梅田)
住所/大阪府大阪市北区芝田1-8-1 北野阪急ビル(D.D.HOUSE)2階
TEL/06-6376-3182
HP/ 公式HPはこちら
facebookはこちら
営業時間/17:00~翌3:00
休み/なし
メニューor料金/
ジムビームホワイトラベル 550円
メーカーズマーク 650円
ワイルドターキー8年 700円
山崎12年 1200円
グレンリベット12年 800円
タリスカー・ストーム 1100円
アートベッグ・ウーガダール 1200円
メーカーズマークインフュージョン 1000円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。