121 2023年10月神戸・花隈にある「Bar SAVOY hommage(バー・サヴォイオマージュ)」。世界にその名を轟かせるバーテンダー・森崎和哉さんが営むオーセンティックバーである。彼は、2021年に「ランウェイ」なるカクテルで念願の日本一を獲得。そして翌年、日本代表権をひっさげてキューバでの世界大会(ワールドカクテルチャンピオンシップ)に挑んだ。その大会でもロングカクテル部門とナレッジ部門で世界一に輝いたのである。そんなニュースも伴ってか、最近森崎熱がヒートアップしているのだ。マスコミでは注目されるは、全国各地から彼の作るカクテルを飲みに来るはで、彼のバーは常に賑わっている。そんな忙しい最中(さなか)に私は、湯浅醤油の「カカオ醤」を持ち込み、「この醤油特性が出た一杯を考案して」と帰って来た。リキュールでも、酒でも、ドリンクでもない珍しい調理素材を彼はいかにしてカクテルに仕上げたのであろうか。

Bar SAVOY hommage 森崎和哉
(Bar SAVOY hommageオーナーバーテンダー)
「カカオ醤は、実にユニークで
面白味の溢れる素材です。
でもこれを使ってカクテル化と
なると難しい。
ヘーゼルナッツリキュールやマスカルポーネ、テキーラの
レポサドと合わせたら新しい体験が生まれましたよ」

キューバの世界大会で、2部門の世界一を獲得

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最近、周囲の料理人達が、私への被害者同盟を組んでいると聞く。言い出しっぺは、「北新地ふじもと」の藤本直久シェフで、そこに由良漁協の橋本一彦さんらが入って拡大傾向にあるらしい。彼らは、私のリクエスト(無茶振り)に辟易(笑)し、「その対策を講じるべきだ」と語り合っているのだ。「Bar SAVOY hommage」で森崎和哉さんにそんな話をしたところ、「私も仲間入りさせて下さいと藤本シェフに言っておいて」と言い出す始末。こちらは「無茶振りがあるからこそ新しい文化が生まれるのだ!」と開き直るしかない。そう言えば、森崎さんの技術の高さをいいことにこのバーでも色んな無茶振りをして来た。日本酒カクテルもそうだし、酒粕プロジェクトもそう。酢を用いたオルタナティブアルコールも右に同じだ。日頃、バーテンダーが使いそうもない素材を置いて行っては、「新しいカクテルを」と依頼して来たのだ。そんな話をしていると、某酔客が「確か醤油でもカクテルを作っていましたよね」と話かけて来た。酔客の言うのもご尤(もっと)もで、このコラム内第40回に書いた記事を指している。その時は、湯浅醤油の「燻ししょうゆ」を森崎さんに渡してカクテルを考えてもらった。森崎さん曰く「たまに醤油を使ったカクテルを飲ませて下さいと言って来る人があるんですよ」との話である。そんな事ならもう少しエスカレートして「カカオ醤」を用いたカクテルは、ありや、なしや。今回は、同じ醤油でも液体とは違って味噌のような固体。当然、醤油類だから甘くはない代物。だが、燻したカカオ豆を素材にしているのでチョコレートのような風味を持つ。これなら面白かろうと、「Bar SAVOY hommage」に「カカオ醤」を置いて行った。
ところで、森崎さんについては、最近「食の現場から」(第118回)でも触れたように昨年キューバで催された世界大会に日本代表として出場している。スーパーファイナスこそ逃したものの、セミファイナルで行われたknowledg(学科試験)で1位になり、ロングドリンク部門でも1位を獲得した。つまり8部門あるうちの2部門で世界一を獲ったわけである。その朗報は、すぐにマスコミで流れ、以来、彼のバーには客が押し寄せている。私もそうだが、飲みに行った日もロングドリンク部門で1位に輝いた作品(ビューティフル・ジャーニー)を注文する人が目立った。

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森崎さんによると、国内のカクテルコンペでは、テクニック+作品力で点数が決まるらしい。ところが、世界大会はテクニックのポイントが少なく、作品力が高く評される。世界大会に出るくらいだから技術力があるのは当然で、技術点においては余程のミスがなければ差はつかないのだろう。だから味覚のポイントが決め手となる。森崎さんは、日本らしく戦うには、日本の素材をと考え、国産の「六ジン」(サントリー)を用いた。海外は原色が好まれるともいわれているので、これまた日本らしく赤紫蘇を使ったのだ。彼の祖母が昔、夏になると、赤紫蘇ジュースを作ってくれたエピソードもあって自家製の赤紫蘇ジュースを使ったコーデュアルを作っている。「英会話教室で出会った外国人が紫蘇を知らなくて飲んだ事のない味だと話していたんです。そこで世界大会では、紫蘇ジュースを作って独自性を出すと共に、味へのサプライズ的な意味も持ち合わせて創作したんですよ」。現在、海外のトレンドは、スパイスとハーブを多用する事。そこで赤紫蘇ジュースを使ったコーデュアル(ハーブやスパイスを使ったシロップ)を作り、そのトレンドワードを紫蘇に寄せたという。
「ビューティフル・ジャーニー」と名づけたそのカクテルは、国産ジン(六ジン)40mℓ、マラスキーノリキュール(サクランボ)5mℓ、グリーンアップルピューレ15mℓ、赤紫蘇ジュースを使ったコーデュアル30mℓ、フレッシュライムジュース10mℓ、フレッシュグレープフルーツジュース40mℓで作る。ちなみに自家製赤紫蘇ジュースを用いたコーデュアルは、赤紫蘇ジュース、シナモン、カルダモン、純りんご酢、グラニュー糖で作るらしい。「旅というのは、過去の思い出を巡るものもあり、これからの出会いもある。地域ごとの色んなスパイスやハーブ、フルーツを使うことで新たな人との出会いを表現しました」と森崎さん。だから「ビーティフル・ジャーニー」というカクテルには、「人生とは美しい旅なのだ」とのメッセージが込められている。
昨年から審査基準が変わったとされる世界大会(ワールドカクテルチャンピオンシップ・キューバ・バラデロ2022)だが、各国の代表が集う公式なバーテンダーの大会として年に一度開催される。約60ヵ国が参加し、ロング・アフターディナー・ビフォーディナー・スパークリング・ローアルコールビバレッジの5つの部門で競う。2022年は日本がロングドリンク部門に入ることが決まっていたので森崎さんはその分野用のカクテルを考案し、用意した。このプレリミナリーラウンドで各国代表が争い、各々のトップ3が次のカテゴリーへと駒を進める。ここでは、学科試験や感覚テスト、スピードミキシングが行われ、各世界一を決めるのだ。このセミファイナルで森崎さんは学科試験1位を獲っている。そこから4人に絞った人がファイナルラウンドへ行く。森崎さんは、ロングドリンク部門と学科試験部門で1位を獲得しておきながら、ファイナルラウンドへは駒を進めることができなかった。ファイナルへ残ったのは、スウェーデン・アルメニア・アイルランド・イタリアのバーテンダー。このうちスウェーデンの人が総合1位に輝いている。総合1位のスウェーデン人は、セミファイナルのスピードミキシングでは1位になったものの、予選の5部門では1位を獲得していない。総合点がよかったのでファイナルラウンドへ進出したようだ。そして最終的に良かったのが彼の作品となったのだろう。約60ヵ国の参加者の中でも2つの部門で世界一に輝いたのは、森崎さんだけだったらしい。
森崎さんの実力は、世界の目を釘付けにした。大会後のパーティーでも英国人から「君のカクテルが一番良かったよ」と声を掛けられたりしている。
森崎さんは、昨年11月に2つの世界一をひっさげてキューバより帰国。店に戻ると、お祝いの花や酒などがどっと届いていた。その中で唯一、単価の高くない商品が一箱。開けて見ると、私からの酒粕だった。そのギャップに首を傾げ、弟子に聞いた。「曽我さんからの酒粕ってお祝いの贈物じゃないよなぁ?」。すると弟子の本登さんも「多分、仕事の品でしょ」と答えたそう。つまり私からのメッセージは、「世界一獲ったなら、酒粕プロジェクト用のカクテルはできるでしょ」との意味。かくして森崎さんは、2023年1月下旬にある酒粕プロジェクト発表会用のカクテルの創作にすぐさま取りかかったわけである。私の無茶振りとは、こういう行動も指す(笑)。

ジェラートの発想から新たな組み合わせが誕生

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さて、湯浅醤油の「カカオ醤」を用いた創作カクテルだが、森崎さんは2カ月程悩んだ末に、チョコレート感を醸す一杯を考案した。アドボカート(卵黄のリキュール)10mℓ、フランジェリコ(ヘーゼルナッツのリキュール)10mℓ、ふじりんごアップルピューレ10mℓ、マンゴーシロップ10mℓ、テキーラレポサド5mℓ、マスカルポーネチーズ1ティースプーン、カカオ醤1ティースプーン(大盛り)、クラッシュドアイス2カップで作る。これらをブレンダーにかけて最後に日本の黒蜜を適量垂らす。
「カカオ醤(粒タイプ)をいかしたいと思って作りました」とフローズタイプのこの一杯を出して来た。「カカオ醤」が固形だったので、クリーム系が合うと思い、こうしたそうだ。初めは緩めのカクテルで作ったという。ところが飲んで行くうちに「カカオ醤」の粒が沈み、辛みが出て来る。いかに「カカオ醤」を一体化させるかが、テーマだったらしく、混ぜ切って飲むためには初めから緩くてはいけないと思い直し、硬めに作った。つまりカクテルというより、ジェラートの発想を優先させたわけだ。
「この固形物(カカオ醤)のカクテル化では、初めは悩みましたよ。でも『カカオ醤』は、面白味のある素材ですし、実にユニーク。チョコレート感が醸し出せるんですよ。醤の辛みは、カクテルの深みを出すのに活用できます。甘くする中に塩分が入って味に深みが出るんですよ」と自信作を披露してくれたのだ。

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森崎さんは、以前の「燻ししょうゆ」を用いたカクテルで得た経験をここでも利用している。「酸と合わせると泥沼にはまったので、あの時は『燻ししょうゆ』の熟成感を違った方向に向ける事で上手く行ったんです」と説明していた。例えば、客が「ドライなものをくれ」と注文する事があるそうだが、単にドライなものだけで作っても客は納得しない。どこかに柔らかさを出す事でドライ感は一層伝わるのだ。今回は、マスカルポーネチーズを用いることにした。「固形のもの同士を混ぜ込んでコクが出やすいように設計している。「カカオ醤」はむしろ多めに使用。カカオ風味に合わせるためにヘーゼルナッツのリキュールを使った。テキーラレポサド(38度)は、ナッティなフレーバーを出す意味でも使用。「これがなければ子供風になってしまう」と強調する。「テキーラレポサドは、少量の割りにその雰囲気を醸し出しており、味のキーパーソンになっています」と語る。森崎さんがこのカクテルを総合的に説明するには、「テキーラと『カカオ醤』の融合で、今まで体験した事のない味が出来上がった」そうで、この組み合わせで味が決まり、新しい体験が生まれたとまで言い切る。
テキーラのうちレポサドを使用したのは、熟成している割りにフレッシュ感もあるから。アネホ(古いの意)だと深みがありすぎてテキーラの味が勝ってしまいそうだし、ホベン(若いの意)ならシャープすぎてフレッシュ感が強くなる。だからレポサンド(休ませるの意)が丁度いいと言う。
この創作カクテルを味わいながら長々と説明を受ける中で、まだカクテル名を聞いていない事に気づいた。バーテンダーによっては、まずネーミングから入り、それに合わせて味を作っていくタイプがいるからだ。「ネーミングは?」と問い掛けると、黒蜜をかけずに出せば、「君やるじゃん」となるそう。卵黄のリキュール(君)と「カカオ醤」(じゃん)を合わせてネーミングしたという。そして黒蜜をかけると、その名が「ジャンコクトー」に変わる。つまり「カカオ醤」がジャンで、黒蜜がコクトーという訳だが…。そう聞きながら「結局は、ダジャレやん!」と突っ込んだ。世界一を獲って各国からも注目させたのに、日本古来のダジャレはまだまだ健在なようだ。

  • <取材協力>
    Bar SAVOY hommage

    住所/神戸市中央区下山手通5-8-14 1階

    TEL/078-341-1208

    HP/ 公式HPはこちら


    営業時間/16:00〜23:30

    休み/日・月曜日

    メニューor料金/
    ビューティフルジャーニー 1700円
    ランウェイ(2021年全国大会優勝作品) 1500円
    ジントニック 1200円
    ギムレット 1300円
    ダイキリ 1300円
    碧 1400円
    山崎(ノンエイジ) 1400円
    ※上記価格は税別料金。

筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい