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2016年06月今回はちょっと変わったコラボを行う。これまでもバーで湯浅醤油の取材は行って来たが、この度はカクテルがテーマ。流石にカクテルに醤油、味噌は用いないだろうと、頼む側も当然アテとして考え、それにカクテルを合わせてほしいと注文した。「サヴォイ・オマージュ」の森崎和哉さんは店ではほとんどアテを出しておらず、作ったとしてもこの取材だけの話であろうと、某日に店に伺ったのである。ところが、カクテルの鬼才はそれには飽きたらず、醤油までもカクテル素材に使用してしまったのだ。本来、醤油・味噌の取材に不似合いなバーで敢行した「名料理、かく語りき」。さて、次代の関西のエースと目されるバーテンダーは、湯浅醤油の品をいかに使用したのであろうか。篤とご覧あれ。
Bar SAVOY hommage
(バー・サヴォイ・オマージュ) バーテンダー/森崎和哉
(バー・サヴォイ・オマージュ店主)
「燻ししょうゆは、燻製香といい、
味わいといい秀逸。何とかしてカ
クテルに用いることができないか
と頭をひねってみました。ビター
スの代用にこれを使って苦みを表
現してみたんです。不思議とコレ
が行けるんですよ」
一つめは、山椒風味のカクテルとプチトマト
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某日、「名料理、かく語りき」の取材を森崎和哉さんに持ちかけた。森崎さんは、神戸の名門バー「サヴォイ」のDNAを継ぐバーテンダーで、その暖簾分け的な店「Bar SAVOY hommage(バー・サヴォイ・オマージュ)」を神戸・花隈で営んでいる。洋酒が主流となる関西のバーにあって8割がカクテルを注文するという店。その注文数に森崎さんの腕の良さが垣間見られる。昨年は私の依頼もあって灘の蔵(日本酒)とコラボして神戸らしい日本酒カクテルを創作した。それに今年はNBA(日本バーテンダーズ協会)のカクテルコンペにおいて関西を1位通過し、全国大会へ駒を進めている。とにかくカクテルの世界では名が轟いており、私は関西の次代のエースと呼んでいるくらいだ。そんな森崎さんを以前からこのコーナーに出してみたいと思っていた。ただ「サヴォイ・オマージュ」にはフードメニューがほぼない。私だけのスペシャリテとして醤油・味噌を使ったものを作ってもらい、それにカクテルを合わせてほしい、そんな願いを込めた取材依頼だったわけだ。当の森崎さんも第一声が「エ~ッ!醤油なんてカクテルに使えませんよ」だった。そう訝しがる森崎さんに「味噌・醤油を使ったアテとそれに合うカクテルを紹介してくれたらいいから」と無理やりねじ込んだ次第である。とは言うものの、そこはカクテルの奇才。何かやってくれるのではとの淡い期待がなかったわけではない。
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1カ月ぐらいして「サヴォイ・オマージュ」を覗いてみると、森崎さんは二つのアテを用意して待っていた。カウンター席に座るや、登場したのはプチトマト。先日送っておいた「燻ししょうゆ」を用いて作ったものだという。森崎さんは枝付きのプチトマトを買って来て、湯むきし、枝を抜いた所に穴を開け、そこに「燻ししょうゆ」を垂らして二日間染み込ませた。「アクセントにオリーブオイルとペッパーをかけました。『燻ししょうゆ』は塩分を補う役目も兼ねています。口に近づけると、まず燻製香がして、この醤油の特性がうまく醸し出されていると思いますよ」。森崎さんの言葉に誘われて口に運んでみると、まさにその通り。まず香りが来て後から醤油の味がやって来る。トマトの酸味に「燻ししょうゆ」の味が相まっていい酒のアテになっている。
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森崎さんは、このアテに山椒風味のカクテルを合わそうと考えていた。葡萄で造ったフランスのウォッカ「シロック」に青い実山椒を漬け込み、1週間ほど置く。これをベースにして北山村のじゃばら果汁と「キリンレモン」、そしてソーダで割っている。じゃばらとは和歌山県北山村に自生する柑橘類。柚子と九年母(くねんぼ)、紀州みかんの自然交配でできたもの。湯浅醤油が和歌山なので、その繫がりで使用するのも面白いと思い、遊び心で採用したそうだ。森崎さんは、やはり和のイメージを出したいらしく、「キリンレモン」をそこに加えている。「キリンレモン」は業務用と小売用では味が異なるらしく、業務用には蜂蜜が入っていないとのこと。ガス圧が低いのとそんな風味を頼ってそれを用いている。森崎さんは、「ビール感覚ですっと飲んで欲しい」とソーダを加えている。ちなみにこのレシピは、山椒を浸した「シロック」(ウォッカ)45ml、じゃばら果汁5ml、「キリンレモン」80ml、ソーダ20mlである。これを割ってロングカクテルにする。
流石はカクテル名人で、ビールのようにすっと喉を通る。「能勢ソーダ」を使っている分、切れがあり、清涼感がいい。飲むと山椒の風味が強い。おまけにピリピリと長い余韻がする。「じゃばら果汁とソーダというのが甘ったるくなく、玄人っぽい味に仕上がりました。まるでジンリッキーのようでしょ」と森崎さんは言う。実山椒の風味がよく出たカクテルで、山椒の辛さはあるのにゴクゴクいける。多分にじゃばら果汁と「キリンレモン」が爽やかさを与え、飲みやすくしていると思われる。このカクテルに前述のプチトマトを合わせる。燻製醤油が利いたアテにうまくフィットしている。
「燻ししょうゆ」がビター感を醸し出す
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二つめのアテは、丸新本家の「金山寺味噌」を用いたもの。ラスク状のバケットに「金山寺味噌」と無塩の発酵バターを載せ、原了郭の「黒七味」をかけている。森崎さんは、「載せただけの簡単なもの」と謙遜するが、なんのなんの歴とした酒のアテである。森崎さんは「金山寺味噌」を初めて口にした時にひね香を感じ、そこからシェリー酒が浮かんだそうだ。この甘さをいかしたいと思って発酵バターを合わせた。「金山寺味噌に味がある分、余計な塩分は入れたくない」。そんな考えからあえて無塩を選んでいる。この発酵バターはコクを出し、「金山寺味噌」の味を引き立てているように思う。しょっぱくて甘い、そこに七味がちょっぴりアクセントになる、そんなアテである。
「このアテには…」と森崎さんが作り出したショートカクテルには、なんと「燻ししょうゆ」が使われている。クラシックカクテルに「up to date」というのがある。ライウイスキーに、辛口のシェリー酒、グランマルニエ、アンゴスチェラビターズを合わせたものだ。森崎さんによると、辛口のシェリーが決め手のようで、そこにアンゴスチェラビターズで苦みをつけている。「up to date」の意味は斬新なとか、新しい。常に新しいことにチャレンジしようとしている新古敏朗さんの姿勢から、“斬新”と名づけられたカクテルをアレンジすることにしたのだという。
ここに森崎さんの先程の「金山寺味噌」の印象が加わる。凡人にはなぜシェリーかわからないが、それが頭に浮かんだからこの斬新なカクテルが誕生したわけだ。森崎さんのそれは、「ワイルドターキー・ライ」、イラルゴ社の「ペールクリーム」「グランマルニエ」「燻ししょうゆ」というレシピ。「ライルドターキーとシェリー酒(ペールクリーム)は1:1の比率で、グランマルニエが2ダッシュ、そして「燻ししょうゆ」を8ドロップ。「up to date」は「フィノ」でやるのが一般的だが、ここではあえて甘口のシェリー酒を使っている。「当初はドライな感じでと思って試作していたんですが、どうもパッとせず、いっそ逆転の発想で甘口のシェリーに代えてみようと思ったんです。私のイメージとしては、みたらし団子のような感覚です」。金山寺味噌からシェリー酒が浮かび、そしてみたらし団子へと繋がる。天才の発想には「そうですか」と納得するしかないが、味わうと旨いのだから、やはり間違いではないのだろう。
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「燻ししょうゆ」を使っているからか、グラスからは燻製香が漂う。飲んでみるとびっくりで、この醤油が苦みを出す役割を十分果たしているのだ。「ペールクリーム」は甘口だが、あっさりしている。「燻ししょうゆ」がそこに入ることでビタースの代用だけでなく、味そのものが締まる。
そこで疑問が浮かんだ。醤油を入れなければどんな味になったのだろうか?その問いに対して森崎さんが他のレシピは同じで「燻ししょうゆ」を入れていないものを作ってくれた。飲み比べてみると、「燻ししょうゆ」が入っている方が明らかに旨い。醤油が加わることでツンツンするのではと思いきや、輪郭をはっきりさせる効果になっている。これが先程の「金山寺味噌」のアテをふわっと感じさせ、余計に旨みを極立たせるのだからカクテルは面白い。ただの甘い酒ではなく、味が締まった魔法の一杯となる。そして飲んだ後は独特の燻製香が口内を漂っている。
森崎さんは、大阪万博の世界カクテルコンテストで世界一になった小林省三さんを師匠に持つ。年齢的なこともあって小林師の「サヴォイ」は残念ながら幕を閉じたが、カクテルに関する考え方や創作意欲は脈々と弟子達の中に受け継がれている。かつて森崎さんは師匠から「自分の作りたいものより、お客様の飲みたいものを作りなさい」と教えられた。一人よがりになってバーテンダーが主張しすぎるようだといいカクテルと呼べないというのがその心えだ。「調整するのがバーテンダーの仕事。決して芸術家ではない」。そう語る森崎さん、まさに名言と呼ぶべき言葉だ。今回は“斬新な一杯”でバーと、私と、湯浅醤油を見事に結びつけて(調整して)くれた。
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<取材協力>
Bar SAVOY hommage
(バー・サヴォイ・オマージュ)
住所/神戸市中央区下山手通5-8-14 1F
TEL/078-341-1208
HP/ 公式HPはこちら
Instagramはこちら
営業時間/16:00~23:30
休み/日曜日
メニューor料金/
マンハッタン 1100円
マティーニ 1000円
ジントニック 900円
神戸の波音 1000円(日本酒カクテル)
伊達男 1000円( 〃 )
メーカーズマーク 800円
バランタイン17年 1500円
アクセス/神戸市中央区下山手通5-8-14 1F
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。