129 2024年07月 春に和歌山からハガキが届いた。内容はアロチにある「CELL BLOCK」のリニューアルオープンを告げるものだった。同店は、和歌山で人気の個室イタリアン「イル テアトロ」の姉妹店。神谷龍雄シェフが25年前に立ち上げた彼の元本拠地である。リニューアルオープンを機にコンセプトを南イタリア料理に変えたと話していたが、どんな店になっているのだろう。興味津々の私は、久しぶりに和歌山市内まで足を延ばす事にした。アクアパッツァが名物という「CELL BLOCK」は、どんな料理を出すのだろうか?予め湯浅醤油と丸新本家の商品を送ってその実力度合を取材してみた。
CELL BLOCK 神谷龍雄
(「CELL BLOCK」オーナーシェフ)
「本来ならイタリアの魚醤を使う
ところ、今回は『白搾り』で
味を決めました。
『白搾り』は食材の色を保たせるばかりか、
旨みも強めてくれます。」
アクアパッツアが自慢の南イタリア的ダイナー
和歌山にお気に入りの伊料理店がある。新古敏朗さんを通じて巡り合った店で、「名料理、かく語りき」の第99回でも紹介している。「イル テアトロ」は、和歌山では名の知れた個室イタリアンで、シェフの神谷龍雄さんと奥様でソムリエの松井容子さんが営んでいる。全室個室でゆったり食事ができるのも利点なら、神谷シェフの作るユニークな伊料理もお薦めポイント。そして神谷夫妻の人柄も良くていつ行っても気持ち良く食事ができるのだ。
「イル テアトロ」は、和歌山市の夜の繁華街・アロチに位置している。アロチとは、大阪でいえば北新地のような所で、漢字で表記すると〝新内″と書くらしい。今回登場する店も同じアロチにあって「イル テアトロ」から歩いてすぐの所に位置している。店名が「CELL BLOCK(セル・ブロック)」で、カジュアルな伊料理店とでも表現しておこうか。神谷シェフの話では、この店は25年前からやっているそう。「イル テアトロ」を立ち上げる前の神谷シェフの本拠地で、当初はアメリカンダイナーのようなスタイルで運営していたらしい(とは言っても中華そばまでメニューにあったようだ)。神谷シェフが伊料理を学んでからはイタリアンになっており、ピザ窯を導入したりしながら徐々に本格化して行ったという。そのうち近所に「イル テアトロ」をオープンさせたので神谷シェフは、そちらへ移り、「セル・ブロック」は歴代の店長に任せていた。「実は、店長が代わる度に料理を替えていたんです。前の店長の時代には沖縄料理を出していたんですよ」と神谷シェフ。ところが前の店長が辞めたのをきっかけにコンセプトをカジュアルな伊料理に戻した。今では、アクアパッツアをメインにした南イタリア料理の店になっている。現在「セル・ブロック」を任されている杉山貴一シェフによると、「飲食して5000〜6000円ぐらいの店に。コンセプトはガラリと変わりましたが、顧客には異和感がないようで3月15日のリニューアルオープンオープン以来、順調に推移しています」との話であった。ただ変わった事といえば、以前は深夜帯が賑わっており、夜食のような使い方が主流だったが、3月からはディナー利用が増え、早い時間帯から賑わうようになっている。神谷シェフは、この店でワインをボトルで注文する文化を根づかせたいと思っている。「なのでワインも以前よりも充実させた」と言う。「和歌山は、まだまだボトルではなく、グラスでワインを注文する文化が残っています。うちでは、複数人で自慢の『アクアパッツア』をつつき、ボトルでワインを愉しんで欲しいんですよ。今回は、そんな事も加味したメニュー構成になっています」。ソムリエの松井容子さんは、「神谷シェフと車で走り回った南イタリアで、見て、食べて、飲んで感動したリアルな体験をこの店で再現したかった」らしい。メインに据えたのは「イル テアトロ」でも人気のあるアクアパッツア。「ワインのみならず注目のノンアルコールカクテル(オルタナティブアルコール)も沢山用意しているので酒を飲む、飲まないに関わらず、同じポテンシャルでテーブルを囲んで欲しい」と話している。
神谷シェフは、アクアパッツアにこだわりを持っている。白ワイン、トマト、昆布だしで味のベースを作り、最後にEXオリーブ油を掛ける事で乳化させ、オリーブ油とソースがうまく絡んでスープ状になるように作っている。「セル・ブロック」には、魚の切り身を使ったアクアパッツアもあるが、お薦めは、やはり魚一匹を使って作るタイプ。「お魚一匹アクアパッツア」は、1800円〜の価格になっている。「魚は雑賀崎漁港や中央卸売市場からのものも使っています。有田の漁師も時には店に持って来てくれますしね。漁船から直接買える雑賀崎は、そのスタイルが面白く、私が行って仕入れて来るんですよ」と神谷シェフ。魚は全て新鮮で、日によって入荷するものが違って来る。私が訪れた日は、ホウホウとチヌが入荷していた。とにかく「セル・ブロック」のアクアパッツアは、和食のだしの技法(昆布だし)をミックスする事で旨みをアップさせている。「現地(イタリア)ではしないが、この方がより美味しくなる」と考え、ベースのソースを作るそうだ。神谷シェフがもう一つ強調するのが、スカルペッタなる食べ方だ。これは、アクアパッツアのソースにパンを浸して食べるスタイル。正式な場では下品に映るからやらないらしいが、ここはカジュアルイタリアンなのでむしろ「パンを浸して食べてみて」と薦めている。「私も現地でスカルペッタをやったのですが、最高の味わいでした。だから店であえて推奨しているんですよ」。この時に使うパンは、酒粕フォカッチャ。これは、私の企画する酒粕プロジェクトに「イル テアトロ」が参加した事で誕生したもの。灘の清酒「福寿」や和歌山の酒蔵から出る酒粕を使って毎日店で焼き上げている。この酒粕香が残るフォカッチャが、スカルペッタをより味わい深くさせている。
「白搾り」でアックアパッツアの味を決める
さて久しぶりに和歌山に赴いた私は、予め送っておいた湯浅醤油・丸新本家の商品を使って「セル・ブロック」で何か面白い料理を作ってもらおうと画策したわけだ。アロチの柳通りに面した「セル・ブロック」を覗くと、「待ってました」とばかりに神谷シェフが迎えてくれた。「今日は三品考えています」と言う神谷シェフだが、その内訳はおつまみ・揚物・アクアパッツアのようだ。
すぐに目の前に現れた一品は、見るからに料理然とはしていなく、いかにもインテア的だったので驚かされた。小さな器の中にラディッシュ(二十日大根)が植えられていたのだ。神谷シェフは、これがおつまみだと説明する。土に見える部分は、「金山寺味噌」とブラックオリーブ、にんにくで作ったもので、土に見立てた所に葉付きのラディッシュが植わっているかのように印象づけられている。そして土部分(?!)とラディッシュの境目にはアンチョビマヨネーズが見える。この料理を神谷シェフは「収穫祭」と名づけている。ラディッシュは、アブラナ科ダイコン属の野菜で和名を二十日(はつか)大根と呼ぶ。種を植えてから20日程で収穫できるためにそう呼んだのだとか。「セル・ブロック」では、野菜は契約農家から仕入れているらしく、今日のものは「わかやま布引大根」で有名な布引(ぬのひき)の農家から送られて来たものだそう。それが植わっているかのように見える土壌部分は「金山寺味噌」を使って作っている。「金山寺味噌」とブラックオリーブ、にんにくをフードプロセッサーに掛けてペースト状にし、薄く敷いて焼き、再びプロセッサーで粉砕する。そうすると土(砂)に見えるような感じに仕上がるのだとか。「このまま出されても料理とは気づかないでしょ」の私の向い掛けに神谷シェフは、「そうですね。まるで観葉植物のようですものね。勿論、説明付きで提供していますが…」と言っていた。以前、「イル テアトロ」では、ブラックオリーブとにんにく、ケッパー、アンチョビだけで作っていたらしい。それを今回は「金山寺味噌」を使ってみたところ、こっちの方が味がいいとわかったようだ。「金山寺味噌の風味が残っていて旨いんですよ。そこににんにくとブラックオリーブの油気が足されてうまくまとまっています」。この「収穫祭」は、和歌山の一品(ラディッシュ)を用いたまさにユニークな伊料理である。
二品目は、「マグロのカツレツ」。但しこの日はマグロではなく、ヨコワを用いて作っていた。ハーブも入ったチーズ入りの衣をヨコワにまとわせて揚げている。ミラノ風カツレツと同じような作り方だ。中のヨコワは、まだ生っぽい状態で赤みが残っている。ソースは「カカオ醤」を用いたサバイオーネ。ティラミスの時などに用いるソースであろう。卵黄と白ワインに「カカオ醤」を加えて作っている。煮込んで卵の熱で粘りをつける。湯煎すると卵黄の力でもったりしてくるという。「カカオ醤」の塩味が利いているし、カカオの風味も残っている。神谷シェフ曰く「発酵の雰囲気がヨコワやマグロによく合っている」そう。「イタリアでは、カカオを使って鹿肉を煮込むんです。カカオと鉄分が合うのはそれで証明済みですからね」とこの料理に至る説明をしてくれた。肉・野菜類を食べて具が少なくなりかけ汁が残っている間にうどんを投入。黒糖一杯と醤油一杯を加え混ぜて少しだけ残しておいた焼いた肉を加える。卵は、漬けダレには用いず、藤岡流は鍋に入れる。自分の前辺りに空間を設けてそこに卵を挿入し、強火に。そして肉で蓋をする。ここで、「長文屋」の七味唐辛子(本当は八味唐辛子だが…)が登場。卵は自分のタイミングで食べるべし。生が好きなら早めに引き上げ、硬めがいいなら火を通してから食べる。
三つめの料理は、この店の売りでもある「アクアパッツァ」。この日は、ホウボウ一匹を使用して作っていた。前述したように白ワインとトマト、昆布だしでベースを作っている。三つの材料を煮込んでソースを作り、「白搾り」で味を決める。神谷シェフによると、この時の「白搾り」の量は大さじ1ぐらいだとか。但し、醤油(白搾り)の量は決まっているわけではなく、微調整で。これらを煮詰めて「アクアパッツァ」のソースが完成する。店では普段は、コラトゥーラ(イタリアの魚醤)を使う事が多いらしい。今回は、取材も兼ねているので「白搾り」に替えている。「味の決め手は、『白搾り』です。日本の醤油を用いた分、和風の雰囲気は出ますが、オリーブ油を加えて乳化させるので伊料理っぽくなりますよ。魚醤ではなくとも動物性の旨みは魚(ホウボウ)からも出ますので仕上がりに遜色はありません」と話していた。神谷シェフは、「白搾り」を高く評価している。料理人は食材の色をいかしたいために濃口醤油ではなく、淡口醤油を使うケースが多々ある。神谷シェフも淡口醤油と「白搾り」を比較して「淡口醤油は塩分が強いが、これはそこまでではなく、むしろ旨みが強いのが利点」と言って食材に色をつけたくない時に使っているようだ。今回の「アクアパッツア」に用いた材料は、ホウボウ・ムール貝・アサリ・ベビーホタテ・ホンビノス貝であった。ソースに魚介類の旨みが溶け出していい味わいになっている。魚や貝を食べながらワインを嗜(たしな)む。そして時折ソースにパンを浸して食べる_、まさに伊語でいうスカルペッタがいいのだ。そのパンとて酒粕を利かせたフォカッチャで、この組み合わせが絶妙でもある。
三つの料理を堪能していたら同店のキャプテン・杉山貴一さんが「うちでは『沖縄サンド』も人気なので」と薦めてくれた。話を聞くと、「セル・ブロック」では25年前から提供しているらしい。実は、神谷シェフは沖縄出身の和歌山育ち。沖縄は米軍の関係からスパムがよく食べられている。「25年前は、和歌山でそれほどスパムの存在が知られていなかったので、『セル・ブロック』でランチョンミートと玉子の入ったサンドイッチを出したところ好評だったんです。以来25年間この店の顔のようになっています」。なので南イタリア料理にコンセプトを変えた今でも名物料理として提供しているのだ。「セル・ブロック」は、和歌山の食材を使ってアロチにいながらも南イタリアの風を感じられる場所。早い時間から遅くまでワイワイやりたいグルメが集い、飲み食いしているのが絵になる店でもある。あっ、いけない!ここで腰を据えてしまうと、帰路を忘れてしまいそうになる。
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<取材協力>
CELL BLOCK
住所/和歌山市中之島2356
TEL/073-433-6577
HP/ 公式HPはこちら
営業時間/平日17:00〜24:30(24:00LO)
金土曜/17:00〜翌3;00(翌2:30LO)
休み/日曜日
メニューor料金/
お魚一匹アクアパッツア 1800円〜
切り身アクアパッツア 1200円〜
※「アクアパッツァ」は、魚の種類によって値段が変わる
ピッツァマルゲリータ 2000円
生ハムピッツァ 2600円
熊野牛メンチカツサンド 1300円
沖縄サンド 1200円
ゼッポリーニ 520円
牡蠣のレモンクリーム 1900円
レモンとシラスのアマルフィ風(パスタ)1800円
酒粕フォカッチャ 250円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。