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2021年12月 コロナ禍で緊急事態宣言が発令中でも和歌山は感染者も少なく、どこ吹く風といったところか。なので、酒提供禁止もなければ、時短もない。大阪や兵庫で活動する当方としてはうらやましい限りだった。なのでこのコーナーも和歌山県の店に行ってしまうのだ。今回訪れた「Il Teatro」(イル テアトロ)は、和歌山では有名な伊料理店。しかも個室イタリアンとして評判が伝わっているなかなか面白い店である。この店の評判は、新古敏朗さんから聞いており、一度取材に行ってみたいと思っていた。店を営むのは、シェフである神谷龍雄さんと、ソムリエの松井容子さん。夫婦でこの個室イタリアンを切り盛りしている。和歌山の素材にこだわり、モノによっては自家農園から野菜を持って来るという和歌山愛が強い店。最近はSDGsにも積極的に取り組んだり、ヴィーガン料理の研究を行ったりするほどチャレンジ精神も旺盛で、何事にも活動的で、私が音頭をとっているオルタナティブアルコール普及にも参加してくれている。今回は、湯浅醤油・丸新本家の商品を用いながらヴィーガン料理に挑んでくれるという。しかもヴィーガンだけでなく、一般の人まで広く楽しめるヴィーガン対応イタリアンを考えたというから、実に面白い。
Il Teatro(イル テアトロ) 神谷龍雄
(「イル テアトロ」オーナーシェフ)
「丸新本家の『白みそ』は、
他社のに比べ角が取れていて、
熟成期間も永いのでチーズ代わりに
使えると思いました。
これを用いながら調味することで、
ヴィーガンに対応できそうな風味の
料理が出来上がりました」
一本の映画を楽しむかの如く、料理を味わう
和歌山でアロチといえば、繁華な場所。飲食店が集まり、夜の街を形成_、大阪でいえば北新地のような所か。字としては“新内”と書くそうだ。このアロチにあって異彩を放つのが柳通りに面した「Il Teatro(イル テアトロ)」だろう。この店は、神谷夫妻が営む個室イタリアンで、今年の「ミシュラン」にも掲載されている。店名のテアトロは、劇場を意味し、お客さんが主人公として一本の映画を観るように食事を楽しんでもらえたらとの思いから名づけている。三つある個室が各々シアターのように食事における感動を残す空間になればと考えられたようだ。「イル テアトロ」は、老舗の和テイストを受け継ぎながらクラシカルで、かつモダンな空間に設えられている。
サービス時が難しいといわれる個室にあえて挑んだのには、緊張感を持たずに食空間を楽しんでほしいとの思いからだ。例え子供が泣いても気兼ねせずに、年老いて足が悪くなっても車椅子でも入れるようにと、このスタイルを導入した。家族であれ、恋人同士であれ、リラックスできる空間をこの店は与えることができる。そのために何度も部屋に伺うことは避けたいとし、基本的なメニューはコースのみとしている。ディナータイム(18:00~21:00)には、おまかせのコース(12000円)を個室で心おきなく、贅沢に味わえるよう設計しているのだ。21時からはバータイムも始まる。グラスワインやハードリカーをつまみからコースまで色んなもので味わえるようになっている。但し、この時間のアラカルトは、メニュー化していない。ある素材でその日ごとに応じて神谷龍雄シェフが作ってくれる。「よき料理、よきワイン、よき仲間があれば、この世は天国」と神谷シェフが言うように、味わいだけでなく、時間や空間まで含めて贅をつくす_、それが「イル テアトロ」の楽しみ方でもある。
この店は、神谷龍雄シェフと、奥さんの松井容子さんが営むイタリア料理店であると冒頭に書いた。神谷シェフにその経歴を聞くと、なかなかユニークだというのがわかった。神谷シェフは沖縄の出身で和歌山で育っている。高校時代に知人の喫茶店でアルバイトしたのがきっかけでこの道へ入った。たまたまそこで働いていたのが仏料理と中華料理の職人だったことから調理技術を教えてもらったという。社会に出てからは早くも自分で喫茶店を始め、3年ぐらいしてからアロチに移った。そこではカフェバースタイルの店をやっていたらしい。バー形式でカジュアルだが、カクテルも出し、料理も提供。深夜でもしっかり食事が摂れる店で、和歌山らしく中華そばもバーで出していたようだ。
伊料理へ進んだのは、先輩がきっかけ。彼の手伝いをするうちにもっと伊料理が知りたいとの欲求がもたげて来た。奥さんの容子さんからのアドバイスもあってここで単身、料理修行へと旅立つ。イタリアの料理学校で勉強して帰国。今の店の近くで伊料理店を出している。一般的に料理学校へまず行き、それから飲食店へ就職、そして独立となるところを、神谷シェフは全く逆の道を歩んでいるのだ。そのユニークさが何となく、「イル テアトロ」の個性にも結びついているように思えてならない。だからありそうでなさそうな店を和歌山で具現化できているのであろう。
「イル テアトロ」の料理は、12000円のおまかせコース一本のみ。会席料理の店がそうであるようにコース主体の店は、料理説明が書きづらい。別に書き手に合わすことではないのでそれはそれで十分よいことなのだが、いつもあるというメニューがない分、書き手泣かせではある。松井容子さんの説明によると、和歌山の食材を多用しているそうで、そのこだわりたるや並大抵ではないようだ。「イル テアトロは、和歌山県特産品応援店で、県から特選食材提供店の認定を受けています。和歌山県下では3店舗だけ認定されており、伊料理ではここだけがそれにあたります」と話している。「自家農園もあってそのこだわりは、ストーカー級。水も白浜の“富田の水”を汲みに行っているくらい」と笑う。時に加太産伊勢海老を使ったスパゲッティもあると言うから聞くだけで食指が動いてしまう。
「白みそ」などを駆使してヴィーガン対応料理を
一般的メニュー紹介がない分、今回は取材用料理で「イル テアトロ」の個性を想像してもらおう。店には湯浅醤油・丸新本家からあらかじめ商品が行っており、いつもの如く取材ように作ってもらう段取りになっていた。神谷シェフが使ったのは、そのうち「魯山人」醤油、「具だくさん紀州金山寺味噌」「白みそ」「勢粋梅」の四つ。これらを用いてヴィーガンをテーマに料理を作ってくれた。ヴィーガンなる言葉は英国生まれで、1944年にヴィーガン協会が設立された時に命名されたようだ。意味は完全菜食主義者で、ベジタリアンの一種といえよう。ベジタリアンは、菜食主義者で肉・魚を食さない。そのうちヴィーガンは、植物性食品のみを食べるので、乳製品も受け入れないとされている。ちなみにラクトベジタリアンは、同じ菜食主義でも乳製品は食べ、ラクト・オボ・ベジタリアンは、さらに卵も食べる。そしてペスコ・ベジタリアンは魚も食べるといわれているのだ。
「イル テアトロ」では、最近、環境への取り組み(SDGs)を行っていたり、さらにヴィーガン料理にもチャレンジしていた。その一環として今回の料理取材を活用したのであろう。「ヴィーガンは、肉や魚を食べられずに可愛そうと思う人もいますが、そんな印象が嫌で、それを打破したいと思って調理したんです」と松井さん。「チーズの代わりに白味噌を使ってみたりしながらメニューを考えました。最近まで研究していたことがうまく具現化したようです」と神谷シェフも言い、これで和歌山でヴィーガン対応の料理店ができたと胸を張っていた。だから今回の取材では、魚や肉は出て来ず、野菜のみの表現となっている。なのに一般人の我々でさえ満足感が得られるのは「イル テアトロ」の研究成果でもあろう。
まず一品目に出て来たのは、「魯山人醤油のパンナコッタと花」だが、これは「イル テアトロ」では、通常パンナコッタにウニ、イクラ、キャビア、カニ身を載せており、リクエストが高い一品として評判もあるものだという。「旨みは肉や魚にはかなわないけど、視覚でそれを補いたい」とし、花を活用した。花といってもエディブルフラワー(食用花)で、ナタチューム、マリーゴールド、ミニバラ、ビオラ、なでしこ、バターフライピー、ハーブが使われている。パンナコッタには、ゴマ豆腐にきび糖を入れて餅のようにし、バラのジャムも入れている。ベースの塩分を「魯山人」醤油で補っており、それが影響してか、キャラメルのような風味を作り出している。一品目としては、見ために料理ではなく、テーブルフラワーズが出て来たようだった。上に載ったエディブルフラワーよろしく、花を食べているような印象を受ける一皿である。
彩り鮮やかな「魯山人醤油のパンナコッタと花」を食べると、焼き野菜が待っていた。名称を「焼野菜と白みそVEGANチーズ シブレット塩」としておこうか。この皿のミソは、チーズもどきを作り、焼野菜の調味に使っている点だろう。ヴィーガンはベジタリアンでも厳格で乳製品を良しとしない。ならばそれに代わるものとしてヴィーガンチーズを作ろうと、「白みそ」を用いた。ヴィーガンチーズは、豆乳とおからを主にして、白みそ、にんにく、レモン、コショウ、太白ゴマ油、パプリカで作っている。もう一つのものは、カシューナッツを粉砕し、白みそ、にんにく、レモン、コショウで作っている。前者には油を使用しているが、後者にそれがないのは、カシューナッツ自体に油があるからだそう。ストーブ(鍋)の底にケールを敷き、その上に黄色ビーツ、ゴルゴ(渦巻きビーツ)、ミニ人参、紫人参、舞茸、エリンギ、赤玉葱、ノーザンルビー(じゃが芋)、シャドウクイーン、つるむらさき、有機ゴボウ、ブロッコリー、獅子唐辛子を入れて蒸し焼きにするのだ。
密閉率の高い鍋で約15分間、野菜の水分で蒸し焼きにして行く。出来上がった野菜は、味付けが施されておらず、素材の持つ味を重視。それを先のヴィーガンチーズか、シブレットのハーブ塩をつけて食べるスタイルに。乳製品を受け入れないヴィーガンにも白みそを使ったチーズもどきで焼野菜を食べてほしいとの思いから作った一品で、その味はまるでチーズのよう。ただ白みそで作っている分、クセはない。知らずに食べたら、我々でも「チーズ?」と首をかしげそうになるかもしれない。それくらい代用レベルに達している。
三品目は、「梅ウンドゥイアのトマトソース キタッラ」である。キタッラとは、パスタの一種で中部イタリアでよく食されている麺。この料理は「勢粋梅」ありきで始まっている。かつて神谷夫妻がポテンザ(イタリア)で食したウンドゥイアなる唐辛子のパスタに衝撃を受け、これをヴィーガン用に再現できないかと思って試作したらしい。ウンドゥイアは、豚肉の腸に唐辛子を詰めたり、豚肉と唐辛子を和えたりして作る。いわば肉みそのような唐辛子版。一瞬辛いかと思いきや、唐辛子の香りの方が強い。今回はヴィーガン仕様なので豚肉は使えない。そこで「勢粋梅」(梅干)と唐辛子を漬け込み、味のベースを作っていた。「梅干と唐辛子、トマト、にんにくで作ると、現地のウンドゥイアのようなパスタに仕上がりました。塩はパスタを茹でる時だけ用い、その他の塩味は『勢粋梅』からもらっています」と神谷シェフ。食べると、トマトと梅干からの酸味が舌に伝わり、後から唐辛子の辛さが追いかけて来る。神谷シェフが言うように、トマトの酸味と唐辛子の辛みがマッチしながらもまさに唐辛子の香りを楽しむ料理になっていた。
四品目は、「金山寺味噌のチャバッタ」である。チャバッタとは、イタリア北部・ロンバルディア地方が発祥とされる伝統的なパン。スリッパや靴の中敷きの意で、平べったい形をしている。神谷シェフは、強力粉に「具だくさん紀州金山寺味噌」を練り込み。2時間ぐらい発酵させてチャバッタを作った。金山寺味噌を使ってはいるものの、パン自体にそれが持つ特有の甘みはない。ただ、所々に金山寺味噌の具が付いており、そこに当たると「具だくさん紀州金山寺味噌」の風味が舌に伝わって来るのだ。「バターを使用していないのになぜかバターの香りがするでしょ」と松井容子さん。聞けば、主張するほど金山寺味噌は入れられていないそう。でも一見ブドウパンの絵づらを彷彿させるような金山寺味噌の具の部分に来ると、その風味はしっかり味わえる。発酵の加減か、乳酸ぽい香りもする。金山寺味噌を使ってチャバッタを焼くなんて和歌山とロンバルディア地方が合体したようで、なかなかユニークだ。
最後の皿は、揚物を。「どんこ椎茸の白みそフリット 舞茸ソース モアーク・マイクロスプラウトサラダ」である。以前、この店では、和歌山の龍神椎茸を使っていたそうだが、どんこ椎茸の方が肉厚があって揚げると旨みが凝縮するとの理由からあえて素材にこちらを選んでいる。通常なら生のどんこ椎茸にチーズを用いた衣を纏わせ、ミラネーゼのように仕上げるのだが、今回はヴィーガン仕様がテーマ。なので、「白みそ」を用いながらチーズのような旨みを出すことに務めた。丸新本家の「白みそ」は、3~6ヶ月は寝かせており、熟成期間が永い。旨みと酵母感の香りの違いがチーズのような風味を生み出すのかもしれない。どんこ椎茸の傘の裏に椎茸の足を細かく刻んだものと「白みそ」を混ぜて入れ、周りにパン粉をつけて揚げる。ソースは、舞茸、玉葱を炒めて昆布だしでピューレにしたものになっている。「これは『白みそ』をチーズに見立て、その雰囲気を醸し出した料理です。これならヴィーガンの人でもチーズのような風味を楽しめるのではないでしょうか」と松井容子さんは説明していた。
神谷シェフは、「丸新本家の『白みそ』は、他社の味噌より角が取れており、使いやすい」と上々の評価。熟成も永いのでチーズの代わりになるだろうと思って試したそうである。「粘度といい、形状といいどんこ椎茸のフリットに合いましたね」と言う。ヴィーガンは、ベジタリアンの中でもきつく、乳製品を受け入れない。でもチーズのような風味を何とかして楽しんでもらえないかと、彼らは研究を重ねた。そこに「白みそ」が新古敏朗さんから送られた来たので、この特性を活用してチーズを使うような料理に挑戦しようとした。それがこのどんこ椎茸のフリットであり、先の焼野菜のヴィーガンチーズなのだ。「イル テアトロ」では、単にヴィーガン専用料理としてではなく、一般の人が食べても美味しいと思えるようなものに仕上げないとダメだとの思いが強い。「一般客でもこれらを食べてこのコースに興味を抱いてもらえるようになれば…」と研究を行なっているらしい。「今回の取材は、そのいい機会になりました」と神谷夫妻が言うようにヴィーガン対応料理がこれで完成したといえるだろう。仮りに一緒に食事をする人の中にヴィーガンがいても安心して「イル テアトロ」に連れて行くことができる。それを確認できただけでも有意義な取材だったと思える。
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<取材協力>
Il Teatro(イル テアトロ)
住所/和歌山県和歌山市吉田865ぐりる中村ビル2階
TEL/073-433-7511
営業時間/18:00~翌2:00
休み/日曜日
メニューor料金/
おまかせコース料理 12000円
筆者紹介/曽我和弘
廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。