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世の中とにかく検定流行りだ。京都検定など地域的な検定から、チョコレート検定などモノにまつわるものまで、ありとあらゆるジャンルがある。これまでありそうでなかったのが、お酢をテーマにしたもの。発酵食品が大注目なのに今夏までお酢検定は存在しなかったのだ。2024年8月末から日本初のお酢・お寿司検定が始まる。我こそは、お酢好きという向きは、こぞって受けてもらいたい。このお酢・お寿司検定に使われる検定本が先頃発売された。タイトルを、その名もズバリ「お酢・お寿司検定公式テキスト」といい、日本能率協会マネジメントセンターから発刊され、一般書店やamazonなどで6月22日から売っている。同書はミツカンのお酢博士・赤野裕文さんが書いたもので、その企画編集を私が手伝った。今回は、その本の紹介を少ししておくことにする。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
お酢とお寿司を体系的に学べる一冊
昨秋よりミツカンの食酢エキスパート・赤野裕文さんと本を作っていた。赤野さんは、ミツカンでは〝お酢博士″なる異名を持つ人物で、1979年に入社以来、食酢の基礎研究やマーケティング、食品開発など多岐に亘ってお酢にまつわる仕事に携わって来た。なので、お酢についてはかなりの知識を持つ。そんなお酢博士に「お酢やお寿司にまつわる話を書いて欲しい」と依頼があって昨春出版話が浮上した。そこで赤野さんと親しい私が企画編集として加わることになったのである。赤野さんは、これまでにお酢の論文も書いているし、「すっぱいのひみつ お酢と発酵を科学する」という子供に向けた一冊も上梓している。だから書籍を一冊書くことは不慣れではないだろうが、やはり編集の専門家が入った方がよりスムーズに仕事が進むと考え、私に白羽の矢を射てくれたと思われる。
「この一冊でお酢とお寿司の全てがわかる!」と銘打った「お酢・お寿司検定公式テキスト」は、赤野さんの著作として6月22日(6月20日配本)に日本能率協会マネジメントセンターより発売された。本のタイトルを見てわかるように同書は、日本初のお酢・お寿司検定の公式テキストとして活用されることが決まっている。お酢・お寿司検定は、内閣府認可一般財団法人職業技能振興会が2024年8月末を皮切りに年に3〜4回実施する予定になっている。その検定試験用テキストにも同書は採用されており、出題内容も付録を除くテキスト全体となっている。試験はリモートタイプのIBT試験で、60分間の試験で50問ほど出題される。認定にはスタンダードとマスターがあって前者は正答率70%以上を、後者は85%以上を合格ラインにしているようだ。ともあれお酢とお寿司について学びたい人は、この本を買って勉強し、お酢・お寿司検定を受けて欲しいと思うのだが、実は赤野さんも私も検定だけのためにこの一冊を上梓したわけではない。検定を受けなくても食の知識を広げたい向きに本を編集している。
赤野さんは、年に何回もお酢についての講演やワークショップを全国各地で行っている。そんな時に参加者から「お酢は何でできているの?」とか、「どうやって造っているの?」「本当に身体にいいの?」などの質問を受けるそうだ。実際、お酢は基礎調味料の一つで、どこの家庭でも常備しているものなのに、好んで使うのは米酢であったり、ワインビネガーであったりと少ない。スーパーの調味料売場には、何種類も色んなお酢が並んでいるのに、何が違うのかわからないというのが消費者の本音だろう。同書では、第1章に「お酢って何?」とのページを設け、お酢の定義から始まり、製造方法を記し、その後ではお酢の種類と特徴をわかりやすく解説している。そう書くと、「その手のものは、お酢のパンフレットなどにも載っている」と突っ込まれそうだが、同書が凄いのはラベルの見方や保存方法・賞味期限にまで言及している点。特にお酢を買うと、どの商品でも賞味期限は記されているが、それらは開封以前の表記にすぎない。この本では封を開けてどのような状態で保存すればいつぐらいまで保つのかまで書いている。そういった意味では、暮らしに直結した知恵をつける一冊といって過言ではない。
著者の赤野さんは、「本書は、お酢とお寿司を体系的に学べる、これまでになかった画期的な本」と紹介している。同書は、「お酢・お寿司検定公式テキスト」と題しているものの、既に購入してくれている人達の感想を聞くと、「もはやこれは検定本の域を超え、お酢とお寿司の専門書である」と言う人もいるくらいだ。更に「基礎的な事柄からマニアックな情報まで載っており、一冊読めば、お酢とお寿司の世界が理解できる」と話す人も。発売してすぐに買ったという食関連の人は「お酢はすっぱいものとの認識は当たり前だが、それ以上に色んな面で役立っていることがわかった。中でもお酢やお寿司の歴史は、読み応えもあって面白かった。一冊読破すれば、もはやプチお酢博士にでもなった気分に浸れる」と言っていた。新刊発売に際し、某ラジオ番組で紹介してくれるそうで、ニュースリリースと共に一冊をパーソナリティに渡していた。すると、そのパーソナリティから「内容が面白いです」とメールが来ていて単に新刊として紹介するのでは勿体なく、一冊読み切ってから感想も交えて伝えたいと思っていると言っていた。何はともあれ、検定本とタイトルに付いているものの、一般読者のハートに刺さった内容になっている。
トリビア満載。お酢とお寿司の色んなエピソードに出会える
ところで「お酢・お寿司検定公式テキスト」は、タイトルでもわかるようにお酢とお寿司のことが書かれている。第1部を「お酢検定」とし、お酢の種類やお酢が辿った歴史、お酢の使い方や健康効果が詳しく述べられているのだ。検定本らしくない点が随所にコラムを設け、マニアックなネタを披露していること。例えば、お酢では「ぽん酢とは何者なのか?」とか、「お酢のウソ。ホント?」、「どんな偉い人にとってもお酢はすっぱい!」なんていうのもある。ちなみに三つめの話は、中国の「三聖吸酸」をコラム化したものだ。興味を惹くのは、「お酢de自由研究」のページ。ここでは、お酢の特性をいかした実験が繰り広げられている。お酢と黒豆でご飯をピンク色に変えたり、牛乳とお酢でカッテージチーズを作ったりと、なかなかユニーク。まるで子供達の夏休みの宿題に使えそうなネタなのだ。
第II部は、お寿司検定。お酢を使う料理といえば、まっ先に思い浮かべるのが酢の物だろうが、お寿司も同じくお酢を用いた代表的料理には間違いない。そんな意味から第II部では、お寿司にまつわる色んな話を展開している。まず現代人は、お寿司といえば、握り寿司をイメージしてしまう。ところが、握り寿司とは江戸時代後期に江戸市中で生まれた、いわば江戸の郷土料理である。なのでその歴史は、まだまだ浅く、全国区になったのは戦後以降といってもおかしくはあるまい。元来、お寿司とは、魚をいかに保存して食べるかで考えだされた料理で、今の握り寿司のように生のネタを食べるものではなかった。保存するために飯を用いて発酵させる。今でいう酢の役目をそれに担わせたわけだ。だから発酵した飯は捨てて、魚のみを食べていた。この食べ方を称して寿司のルーツを〝なれずし″と言い、熟れ鮓とも馴れ鮓とも書く。滋賀県にある鮒寿司がまさにこのタイプで、琵琶湖のニゴロブナを塩漬けして今でも昔のように作られている。
やがて「ホンナレ」や「ナマナレ」が時代と共に進化して行き、寿司のスタイルを変えて行く。お酢を使うようになってからは、なれずしのように飯を発酵させずとも酸味がつけられるようになり、現代の形に徐々に近づいて行った。寿司の系譜図を見ると、改良型ナマナレから糀を混ぜたり、酒を混ぜたり、酒粕を混ぜたり、酢を混ぜたりするスタイルができあがり、酢を混ぜる作り方から姿漬け早ずしや切り身漬け早ずしが生まれて来る。前者からは巻き寿司、稲荷寿司が派生し、後者から箱寿司が、そして更に握り寿司が誕生する。
料理には、古今東西いろんなジャンルのものが生まれて来たが、お寿司は唯一系譜を辿ることができる料理だと研究者間で言われて来た。同書では、その系譜を辿りながらお寿司がいかに進化して来たかを事細かく語っている。しかも時代ごとに色んなエピソードまで付いて語られているから面白い。例えば、稲荷寿司はどこで誰が作ったかは不明なのだが、幕末に江戸で流行したといわれている。姿寿司の変形版で、酢飯を甘辛く煮付けた油揚げで包んでいるのがその特徴だ。ただ巷では流行したものの、下直な食べ物として当時の寿司屋では扱われていない。昼夜露天で売られているものだった。稲荷寿司は、幕末に流行し、瞬く間に全国に広まった。明治初期には各地の宴席で出されていたようで、わずか20年で全国に普及している。現在でもそうだが、稲荷寿司には地域差がある。東日本は米俵を表わす四角形で、中味は白い酢飯で、せいぜいあってもゴマを混ぜるくらい。それに対して西日本はキツネの耳を横にした三角形で、色んな具が入り、五目寿司を詰めたものになっている。一概に稲荷寿司といっても東西の食文化や嗜好の違いが出ていて面白い。このように同書では、寿司の歴史を辿ると共に色んなエピソードが加わっている。
第II部のお寿司検定では、まずお寿司の定義から始まり、お寿司の美味しさを科学すると題し、粕酢と米酢を使ってのマグロ寿司の官能検査や、ワサビが生のタネに用いられる理由なども述べている。そして第7章のお寿司の文化論では、寿司の歴史を発祥から現代に至るまでエピソードも交えながら面白く、わかりやすく解説しているのだ。後半は、全国津々浦々に伝わる郷土寿司や、カリフォルニアロールでおなじみの海外版の寿司の代表例を写真を使って紹介。さらに知っておきたいお寿司のいろいろとして寿司飯のこと、醤油・ワサビ・海苔・生姜といった寿司に欠かせぬ素材についても触れている。ありがたいのは、今更聞けない寿司の食べ方や、寿司屋の符丁まで載せている点。つまり同書の第II部を読めば、寿司の全てが理解できる仕組みになっている。第II部でのコラムも充実しており、助六寿司やバッテラのネーミングの由来や、鱧がなぜ夏に持て囃されるのか、半田から粕酢を運んだ弁才船の全貌と、なかなか興味深い。
著者の赤野さん曰く「本書を読むことで検定対策は勿論、日々の生活に使える豆知識も多数掲載しており、基礎知識からマニアック情報まで満載の一冊になったと自負しています。本書や検定を通じてお酢がいかに食生活を豊かにしてくれるかを理解してくれると思います」とのコメントを発している。ならば読まぬ手はないだろう。