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前回は、酒粕プロジェクトへの女子大生の挑戦を書いた。今回は、シェフ達の取り組みを書こうとしたところへ、いきなりの緊急事態宣言発令。プロジェクト自体は、各店舗判断で2月からスタートさせるが、マスコミ向け発表会を延期した関係上、終了日を4月末まで延ばした。このように嵐の船出を強いられたわけだが、「ネタとして面白い」として楽しみにしてくれるマスコミ関係者も少なくないのだ。ニュースに目を転じると、今日は何人陽性が出たなど暗めの報道が続く。しかも自粛自粛で巣ごもりを余儀なくされて楽しめない消費者もいる。コロナはいつおさまるのか、それが当面の話題だろうが、そんな暗い世の中にも明るい話として酒粕プロジェクトの活動が報じられれば嬉しい。免疫力を高め、ヘルシーになる_、そんな要因に酒粕が寄与できないだろうか。そう考えながら今月の食の現場からを報じたい。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
こんな時にも動じず、
酒粕プロジェクトは進行するのだ
マスコミ関係者からも熱視線を注がれる酒粕プロジェクト
2021年に入るや、二回目の緊急事態宣言が発令され、世の中は右往左往している。殊に飲食店業界は深刻で、食事での会話が新型コロナウイルスの感染に影響を与えると言われては、会食行為が悪に見えてしまう。政府は感染防止と経済活動の両立をと謳っているものの、20時までの時短を要請されては、稼ぎ時に待ったをかけられたのと同じで、「それならいっそ閉店した方がマシ」とクローズしてしまう店も少なくない。
この緊急事態宣言の煽りを喰ったのは当方も同じ。例年の如く2月1日からスタートする予定でいた酒粕プロジェクトにも水をかけられたようなものだ。前回でも報じたが、酒粕プロジェクトは、薄れかけつつあった酒粕文化の復権を願って毎年2月に催している。色んな店がオリジナルの酒粕メニューを打ち出すことで、酒粕の食材として、調味料としての可能性を見出す。いつもなら神戸のみで行うのだが、「参加したい」と各所から声が挙がり、今年は兵庫県下・大阪府下に参加域を広げ、2月1日~3月31日まで行うように計画していた。年末に出したニュースリリースの反応もすこぶる好評で、マスコミ招待20名のところ35社以上の参加申し込みが寄せられていたのだ。このマスコミ向け発表会は、2021年1月19日19時より行う予定だったのだが、大阪・兵庫・京都にも緊急事態宣言が出され、主催者側は泣く泣く、発表会中止を決めたのである。
発表会は中止にしたものの、参加予定者からは
「スタート時間を昼にしてやればいいのに」とか、「楽しみにしていたのだが、残念」、「コロナ禍に立ち向かう店の姿勢も見せたかった」などの声が聞かれたため、一応3月12日に発表会を延期することにした。2月7日では緊急事態宣言が解けないかもしれないが、3月までは及ばないのではとの淡い期待を込めての順延発表ではある。
今年の酒粕プロジェクトには、色んな期待が寄せられていた。某マスコミ関係者は「コロナ報道で、常に暗いニュースばかりを流すのもどうかと思う。コロナ禍に企画で立ち向かう飲食店の姿を報道するのも明るいニュースに映るのではないか」と話しておりコロナ禍での実施を報じたいと準備していた人もあったようだ。ニュースリリースでも今年のテーマは「酒粕料理でコロナ禍をふっ飛ばせ」としており、まさに時流に適していたことが窺える。酒粕は、単なる酒のかすではなく、医学界からも報告されているほどヘルシーさを有した食材。タンパク質、ビタミンB1・B2・B6、葉酸、パントテン酸、食物繊維と多くの栄養素を含んでおり、糖尿病や高血圧などの生活習慣病にもいいといわれている。コロナ禍では免疫力を高めることが取り沙汰されているが、酒粕には麹菌や酵母の細胞壁に含まれる成分が免疫力を高める働きがあるとされ、まさに「コロナ禍をふっ飛ばせ」のテーマにふさわしいのである。
酒粕プロジェクトがなぜにここまでマスコミからも注目されているかは、酒粕ブームの火付け役になったからであろう。7年ぐらい前、酒粕は市場から少なくなっていた。大手酒造メーカーが効率よく造るために高温液化仕込みを採用し、それが因で巷から酒粕が消えかかったのだ。酒粕を調理に使うのは日本一の酒どころを背景に持つ灘の文化(伏見も同様の酒粕文化がある)だとばかりに、食材・調味料としての可能性を打ち出すべく酒粕プロジェクトを発案した。立案の中心を私が担い、旗振り役(先導役)として清酒「福寿」を醸する神戸酒心館に立ってもらい企画を進行したのだ。当初は、神戸酒心館「さかばやし」と有馬の老舗旅館「御所坊」との酒粕鍋対決なんて安易なものだったが、マスコミが報じてくれたのと、東灘区の店々が翌年から参加してくれたので一挙にブレイクした。今では毎年2月になると、神戸の店々が参加するようになり、神戸の冬の風物詩的な催しにまで成長している。
泉佐野市農林水産課が地元野菜のPRの一環として参戦
私は、色んな飲食店を取材するのだが、某店では「今、酒粕が流行って来ているのを知っていますか?」と逆に尋ねられたこともあったくらいだ。私がその企画者の一人だと知ると、「神戸以外の店も参加できるようにしてください」とか、「うちも新たな酒粕料理にチャレンジしたいので声をかけてくれませんか?」と言われることが度々あった。そんな声を反映して参加域の拡大になっている。
今年は、泉佐野市役所の農林水産課が参加の意思を示している。同市は、土壌や気候からいい野菜が穫れる地として知られている。市役所では、泉佐野の産物を“泉佐野産(もん)”と称し、地域的なアプローチを行っていた。泉佐野というと、水茄子が有名で、続いて泉州玉葱が思い浮かぶ。地域で産される松波キャベツは、寒玉で甘みが強いことからこれを泉佐野第三の産物として訴求したいようで、地元の「ホテル日航関西空港」と組んで冬場にそれを用いた新メニューを発表して来た。今年も同ホテルのオールデイダイニング「ザ・ブラッスリー」で地域的発信を行う予定にしていたのだ。「ホテル日航関西空港」は、関西空港にあるが、レストランの需要は地元民が多いという。販売グループの高橋直樹さんによると、「堺以南の人がよく利用されます。泉州地域ではハレの日利用や親子孫と三代揃っての来店がよく見られます」との話しだった。泉佐野市役所農林水産課では、地域へのPRに、少し遠隔地になるが、京阪神への訴求も加えたいとし、今回の酒粕プロジェクトの参戦を決めたのである。
新メニュー開発を託されたのは、「ホテル日航関西空港」の総料理長・井口晃一さんだ。井口さんについては、第87回の「名料理、かく語りき」にも紹介しているので読んで欲しい。柔らかい頭のアイデアマンで、面白い料理を作ることでも定評のある人物である。彼は、泉佐野の松波キャベツと酒粕の二つのテーマを融合させて新メニューを完成させる使命を帯びた。しかも発表会を行う場所は神戸の酒心館ホールである。ホームグラウンドではなく、この時は他店の厨房設備を使うわけにはいかない不利もあるので、ある程度自店で作り込んで現場では調理いらずの状態で出すことも加味しなければいけない。そう思って考え出されたのが「酒粕でマリネした鶏胸肉と松波キャベツのテリーヌ、ビーツと酒粕のまっ赤なソース」であった。この料理は、松波キャベツの旨みと「福寿」酒粕の風味をうまく合わせたものになっている。泉佐野産松波キャベツの特徴である甘みをうまく閉じ込めており、その上酒粕のよさもよくわかるようになっている。スーパーフード・ビーツと酒粕で作ったソースも面白く、まっ赤な色が印象的な一皿になっている。井口総料理長は、地元・北庄司酒造の酒粕と松波キャベツを合わせた「松波キャベツのビネガーマリネとカリフラワー、酒粕とカマンベールチーズのソース」もメニュー化しており、これら二品を「ザ・ブラッスリー」の土日祝日の食べ放題の中に挿入することにしている。
井口総料理長の例もそうだが、酒粕が食材や調味料としてブレイクしつつあるのは、和食以外での活用法を見出したことにもある。酒粕といえば、即粕汁が挙がるように、汁物や鍋物、粕漬けぐらいが主流だった。だから和食の職人に新たな料理をと言ってもその域をなかなか脱せずにいる。ところがフレンチやイタリアン、スイーツの職人には今まで触れたことがない領域なので実に新鮮に映るのであろう。今年のプロジェクトに参加した北新地の「西洋料理店ふじもと」では、ドリアを作る際に酒粕を用いている。本年度のテーマは免疫力を高めることを目的としたために免疫にいい納豆を一緒に調理し、ダブルで免疫効果を狙おうというのだ。酒粕をホワイトソース代わりにし、糸を引かぬようパラパラに納豆を炒って使う。「納豆も酒粕も免疫効果があるなんて言われていますので、コロナ禍をふっ飛ばすというテーマにぴったりでしょ」と藤本直久シェフは語っていた。もう一つの作品「酒粕ベークドケーキ」はシェフの息子の祐太さんが考案したもの。ベークドケーキと称すものの、レアチーズケーキのようにしっとり感があって食感といい、風味といいユニーク。食せば酒粕を使っていることが一目瞭然である。このようにスイーツ食材としての領域が広がれば、ますます活用度はアップするに違いない。
スイーツといえば、今年のエントリー作として注目されるのが「紅宝石」の「酒粕美人粥」だろう。中華では、なかなか酒粕の使用が難しかった。それは酒粕を際立たせれば中華の印象が薄れ、和のイメージが強くなるためだ。かといって薄めれば、中華の調味料や香辛料に負けてしまい、それを用いる意味がなくなってしまう。果敢にもその活用に挑戦したのが昨年の「紅宝石」で、多分、李順華さんは、中華で初めて酒粕の存在を見出した人物になるであろう。「昨年は焼豚のソースにしたり、色んな料理に使ってみて主菜を表現しましたが、今年は薬膳とスイーツを主眼に置いて創作し、メニュー化することに務めました」と話している。李順華さんは、美人粥といわれるヘルシーな一皿に、うまく酒粕を溶け込ませた。緑豆、ハト麦、雪蓮子、小豆、ピーナッツ、白キクラゲ、クコの実、長芋、蓮の実が入った粥は、胃腸の働きをよくし、老廃物を排出する効果が期待できるそう。そこに酒粕が加わることで、さらにヘルシーになり、風味も豊かになると考えた。粥は甘く、まさにスイーツ。中華のデザート的に出せばウケそうな一品である。
このように酒粕をテーマに、色んなジャンルのシェフがオリジナル料理に挑戦するところがこのプロジェクトのいいところでもある。発表会を3月12日に延ばした関係上、プロジェクトの終わりを3月末日から4月30日に延ばした。緊急事態宣言発令で20時までの時短ではなかなか酒粕新メニューどころではないだろう。なので2月1日スタートとしながらも新メニューの導入は、各店舗の判断に任せてある。コロナ禍で苦戦を強いられる飲食店だが、必ず陽が昇る明日が来ると信じて頑張って欲しい。その一助に酒粕プロジェクトがなれば幸いである。