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食の最前線で仕事をしていると、「次の流行は何ですか?」と質問を受けることが多い。特に年末にはそれが相次ぎ、新聞などでは、私の意見を専門家からの証言としてよく用いるケースがある。流行が見えない今年の食の世界、もしやこれが本命では…というものが現れた。この文章を書く立場の私までが、はまってしまった自家製フルーツブランデーをレポートする。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
今から乗ってみる
自家製フルーツブランデー流行化計画
神戸・岡本商店街がトレンド化に先名乗り
自家製フルーツブランデーなる新しい酒の楽しみ方が流行しつつある。ブランデーといえば、高級酒のイメージが強く、かつては海外旅行みやげの定番だった。それが地酒が流通しやすくなり、ワインや焼酎のブームが訪れると、徐々に存在感を薄くしていったように思う。ブランデーと聞けば、若い人にはオヤジの飲み物に映るようだし、我々オヤジ世代には石原裕次郎の「ブランデーグラス」の印象が強いのか、高嶺の花のように思え、手を出しづらくなってしまうようだ。このブランデーのイメージを打破して若い女性を中心に愛飲してもらおうと考えたのが、自家製フルーツブランデーなのだ。
自家製フルーツブランデーは、平たくいえば、果実をブランデーに漬け込んだもの。要は梅酒のような感覚で、密閉できる瓶の中にブランデーを注ぎ、その中へオレンジやリンゴ、苺、グレープフルーツなどの果実を漬けていく。梅酒が、半年以上待たないとできないのに対して、こちらは1~3日間ぐらいでできてしまう。作り方も簡単で、果実を切って漬けるだけでいい。オレンジは皮も実もいっしょに漬ける。但し、皮と身の間にある白い皮部分は苦味のもとになるので取り除く必要がある。専門家の話では表面積が多いと、その分ブランデーに浸透しやすくなるそうだ。皮も香りづけのために漬けた方がいいという。
こんな動きにいち早く反応した街がある。神戸市東灘区に位置する岡本商店街だ。この商店街はアーケード商店街ではなく、阪急岡本駅以南、JR摂津本山駅以北の範囲にある店が集まって岡本商店街振興組合を組織しているもの。実はこの街は、全国的にも名の知られた町興し上手な地。甲南女子大生によるファッションショーを開催したり、商店街結婚式を企画したり、はたまた篠山の農産地域とコラボして共通ブランド「篠山のめぐみ、岡本の口福」を立ち上げ、「岡本コンフィチュール」なるジャムも発売したりと、あの手この手で街の名を高めている。岡本商店街が自家製フルーツブランデーを取り上げた背景には昨今のブームの起き方にある。ブームというものは、何げなしに発祥し、流行するように誤解されがちだが、本当は仕掛け人が存在し、彼らの思うように事が進んでいく。振り返れば、ナタデココブームの火付け役は「デニーズ」だし、チューハイは「村さ来」がムーブメントを起こした。今回の自家製フルーツブランデーもサントリー酒類が発想源かもしれないが、同社とコラボし、いち早く町ぐるみで取り込むことで、自家製フルーツブランデー=岡本の街というのをイメージづけようと考えているのだ。現に岡本には「フロイン堂」を始め、パンの名店が軒を連ねる。甲南大学や甲南女子大学など大学が3つもあるため、カフェも活況を呈している。さらに高級住宅街が控え、文化レベルも高く、食に敏感な女性たちが沢山闊歩している。そんな女性イメージの街に、果実を使った自家製フルーツブランデーが似合うと考えたのであろう。4~5月の2カ月間、岡本商店街内の13店舗では、その店のオリジナリティ溢れる自家製フルーツブランデーを提供している。パイナップルやグレープフルーツ、オレンジといった定番を漬けた店もあるが、中にはさぬきひめ(苺)、清見オレンジ、サンふじ(リンゴ)のフルーツミックスを出す店や、ライム、生姜、唐辛子といった変わり種を提供する店も現れた。今回の企画の推進役「アリオリオ」の松田朗さんは、「岡本の街とフルーツブランデーがうまくフィットする要因がありました。各店主が面白がってやっているのが、お客さんにも伝わるようで、『これはどんな味なの?』と興味津々で数種類のフルーツブランデーを飲み比べていますよ」と話している。
「Café L’avenir」の橋本和也さんは、色んな情報を駆使して「キャラントキャトル」なるフルーツブラデーに挑戦中。これはフランスにある作り方で、丸ままのオレンジに穴を開けてコーヒー豆を刺し込み、ブランデーの中に44日間も漬けるそうだ。丸ごと漬け込むと、甘みが出にくいために44日もかかるという。橋本さんの店では、深煎りのコロンビアをオレンジを埋め込んで漬けている。一般的に自家製フルーツブランデーは、トニックウォーターやジンジャエール、ソーダなどで1:3に割って飲むのがいいのだが、私が飲んだ感じでは甘いもので割ると、せっかくのコーヒー風味が消されるように感じた。むしろストレートで飲む方がいい。長い間漬けたそれは、オレンジとコーヒーの香りがして実に興味深いものになっていた。
安価なブランデーの方がいいのも流行る要素
ブランデー市場を活性化させるためには、飲食店もさることながら一般家庭でそれを行うようになればいいと思っている。料理好きなら梅酒の漬け瓶が転がっているだろうから、手軽にそれを使って始められる。仮りに梅酒を漬けたことがないという人でも雑貨屋に行くと、使えそうなオシャレな瓶が売っているので、それを買ってきて始めるといいだろう。目安としては500mlの漬け込み瓶ならサントリーブランデーV.Oが1/2本、それにオレンジ1/2個を皮と果実に分けて(白い皮部分は取り除くこと)1日間漬ける。たったこれだけの作業なのだから難しくも何ともなく、誰でも始めることができる。サントリー酒類の人に聞くと、使用するブランデーは、サントリーブランデーV.Oがいいらしい。マスカット原酒が果実の香りや味わいを引き出してくれるからだそう。相性の問題もさることながら、消費者からすれば、これが一本1000円未満と安価なのも嬉しい点。仮りにVSOPやXOなど高級ブランデーでやると、ブランデーの香りが邪魔してフルーツ香が出にくいのだとか。そういった意味でもV.Oが最適なのであろう。
早速、私も漬けてみた。私からのアドバイスは、オレンジ単体でもいいが、柑橘系同士でミックスしたり、ブルーベリーとラズベリーといったベリー系でまとめたり、とにかく同系統同士で漬けるのがいいように思う。そんな話をしていたら「アリオリオ」の松田さんが、パイナップル、ライム、ブルーベリー、オレンジ、リンゴ、バナナが入ったフルーツミックスを持ってきた。トニックウォーターで1:3(1がフルーツブランデー)で割ると、これも旨い。ちなみに松田さんは、それらのフルーツミックスをトニックウォーターで割った後に、苺のフルーツブランデーを少しだけ垂らすのだという。「苺は香りが出やすく、それが加わることで華やかさが増す」と話していた。苺を漬けると、3日ぐらいで苺の赤がブランデーに移り、綺麗な色になる。色が出てしまった苺は白いが、別に食せないわけではない。一般的に漬け込んだ果実は3日ほどで取り出す方がいい。あまり漬け込みすぎると、雑味が出始めるからだ。注意すべきは、ぶどうを漬けてはいけないこと。ぶどうや米、とうもろこしなど混和後にアルコール分1度以上の発酵がありうるものは、酒税法上禁止されている。漬け込んだ後の果実は、スイーツや料理の素材として二次利用できるのも特徴のひとつ。但し、アルコール分を十分飛ばす必要がある。こうすることで旨みやコクに変わっていく。
ところで4月5日に世界文化社から「フルーツブランデーのおいしいレシピ」なる本が出版された。これは料理研究家の平野由希子さんが色んな果実でフルーツブランデーを作り、料理にもそれを用いながら紹介したレシピ本。この他にもまだこの手の本が出版される予定があると聞く。そうなってくれば、今年の食の流行の大本命になってくるかもしれない。この文章を読んだ人は、早速漬けてみてはどうだろう。そして自家製フルーツブランデーが流行となったとたんに、「流行の前から漬けていたんだ」と自慢するのもいい。時代の先取りとは、そんな言葉を言いたいがためにやっている人が多いのも事実なのだから…。