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先月に続き、今回の酒粕プロジェクトの話を書きたい。1月20日に「酒粕プロジェクト2020」のマスコミ向け発表会が開かれ、名だたる食のプロから酒粕の新しい使い方が披露された。6年前から始めたこの企画は、今や神戸の冬の風物詩になっており、2月に入ると各店舗が酒粕メニューを出し始める。それを楽しみにしている消費者も多いらしく、酒粕プロジェクトを案内したチラシがすぐになくなるという。2020年のテーマは、味の匠で、この件については前回に詳しく述べている。今月は、このプロジェクトにたった一組だけ素人が参加している女子大生5人組みの話をしよう。私が大学で教える「フードメディア研究」を受講した三回生は、プロの企画さながらに酒粕の可能性を追求している。そしてその料理「酔いどれ蒸し寿司」が平日限定販売(要予約)で、神戸酒心館蔵内の「さかばやし」で2月中提供されているのだ。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
女子大生だからできたユニークな発想
21歳の女子大生がプロに交じって記者発表を行う
酒粕は食材か、産業廃棄物か?そう問われれば大半の人が前者を挙げるだろう。ところがこれは関西に限っての答え。最近でこそ色んな料理番組で酒粕を使うシーンに出くわすが、全国的にみると、まだまだ料理素材との認識が薄い。日本一の酒どころといわれる灘では、古くからこれを利用し、粕汁などを家庭で作って来た。年配の人なら火鉢でざらめを載せた酒粕を焼いて食べたという向きも少なくはないだろう。だが、これは灘や伏見といった古くからの酒造りをバックに有す京阪神ならではの食文化で、粕汁は愛知県以東ではその存在さえ知らないことが多い。関西以外の日本酒の産地では、副産物として生じた酒粕は漬物メーカーに直行するか、酢の素材として使うか、あげくの果ては家畜の餌へと回って行く。
酒粕文化を後世に残し、酒粕を食文化として広める_、これが毎年2月に神戸で行われる酒粕プロジェクトの意義だ。前回も書いたが、その2020年版がすでに神戸と大阪の各地で開かれている。今年は"匠の味"がテーマで、8つのジャンルからその道の名人が出て、新しい酒粕の使い方を披露し、食材・調味料としての可能性を探っている。1月21日に6つのジャンルの匠が集まり、神戸酒心館「さかばやし」にて記者発表&試食会が開かれた。当日参加したのは、「紅宝石」李順華さん(中華)、「うまい麺には福来たる」中村英司さん(ラーメン)、「コパン・ドゥ・フロマージュ」宮本喜臣さん(チーズ)、「六甲味噌製造所」」長谷川憲司さん(味噌蔵)、「サヴォイオマージュ」森崎和哉さん(バー)、「さかばやし」加賀爪正也さん(酒蔵・和食)で、残念ながら店を抜けられないという理由で「キュイジーヌ・フランコ・ジャポネーズ・マツシマ」の松島シェフと「日本料理かわもと」の川本徹也さんは欠席したが、食の錚々たる面々が一同に会してその技を披露したのが実に面白かった。
この名だたるプロに割って入ったのが21歳の女子達。私が教壇に立つ大阪樟蔭女子大学の授業の中で酒粕を使った「酔いどれ蒸し寿司」を考案した三回生5名である。私が受け持つ同大学学芸学部ライフプランニング学科「フードメディア研究」では毎年、代表5名を酒粕プロジェクトにエントリーさせ、記者発表にまで連れて行っている。彼女らは、後期授業が始まるや、酒粕や日本酒の周辺知識を学び、手渡された「福寿」酒粕をもとにプランニングを開始する。ブレストから始まり、メニュー提案をし、レシピを作り、原価率をはじき出して企画書まで書いて12月のプレゼン大会へ臨むのだ。授業とはいえ、実社会の企画提案さながらで、最終的には考案した料理を作って神戸酒心館の久保田博信副社長、「さかばやし」の幸徳伸也店長に味わってもらう。それをもとに二人が審査を行うのだ。ここで選出されれば、1月に催される酒粕プロジェクトマスコミ発表会に駒を進めることができ、同時に「さかばやし」の2月のメニューとして実際に店舗で販売されることになっている。
酒粕の力を借りて蒸し寿司が復活
今年は竹中優佳さん・樽谷優花さん・中尾星さん・中嶋咲七さん・松本佳子さんの5人組が考えた「酔いどれ蒸し寿司」がプレゼン大会で選出。「このまま手を加えなくとも商品化できそう」との評価をもらってマスコミ発表会行きを勝ち取った。彼女らのテーマは"温故知新"。関西らしい料理で、江戸時代に流行した蒸し寿司をヒントに、そこに酒粕を使って新たな息吹を加えたものである。5人を代表してマスコミ発表会でプレゼンした中尾星さんは「蒸し寿司は、古くから関西に根づく料理。京都ではよく見られるとのことですが、私達の生活の中では見られぬ存在になってしまいました。先生に聞くと、酒粕も5~6年前までは存在感も薄く、文化存亡の危機を迎えていたそうです。ところがこの酒粕プロジェクトを機に食材としての認識が広まり、今では静かなブームにまでなっています。蒸し寿司がそんな酒粕の助けを借りて世にその存在感を示せればいいと思って企画しました」と話している。彼女らの創作した「酔いどれ蒸し寿司」は、実にユニークで、酒粕をご飯にまぶし、ミツカンの純酒粕酢「三ツ判山吹」を使って寿司飯にしている。中尾さんによると、酒粕を手でちぎり、ご飯に入れて蒸したそう。使い慣れた和食の職人なら、まずこの発想は出て来ないだろう。これは酒粕になじみのなかった世代と、女子大生の自由な発想から来たものだ。「三ツ判山吹」を用いたのがポイントの一つで、やはり酒粕を原料にした酢は、酒粕をまぶしたご飯によく合った。「三ツ判山吹」独特のまろやかさがこの蒸し寿司を上品な味に仕上げたようだ。プレゼン大会で審査した久保田副社長も「高野豆腐のカナッペとは僅差。どちらが選ばれてもおかしくはなかったが、味のまとまりや商品としての現実性という点では、蒸し寿司に軍配を挙げざるをえなかった」と話している。ちなみに「高野豆腐のカナッペ」は、阪井るなさん・佐久間萌音さん・船井虹花さん・枡谷真那さん・和田みなみさんが考えた料理。高野豆腐を揚げてその上にサーモンと酒粕・百合根と酒粕・菊菜の辛子煮と酒粕を載せている。船井さん曰く「和食のフィンガーフードで、インバウンド用に考えた」そう。高野豆腐と酒粕をエコ食材ととらえ、和食にはあまり見られぬフィンガーフードにした。近年、訪日観光客が多く訪れる神戸酒心館にはぴったりな内容ではなかったか。勝敗は時の運ともいえよう、甲乙つけがたしだったが、総合力で「酔いどれ蒸し寿司」に決まった。彼女らなりのネーミングの妙も点数をアップさせている。
さて最後に1月21日の酒粕プロジェクトマスコミ発表会に出た料理を列記しておく。
①チーズ「コパン・ドゥ・フロマージュ」から「酒粕ウォッシュチーズ酒樽熟成」「酒粕ウォッシュチーズカカオバター仕上げ」「黒トリュフ入り熟成チーズの酒粕仕上げ」の三種
②「大阪樟蔭女子大学」×「さかばやし」より「酔いどれ蒸し寿司」
③「さかばやし」より「エコ粕汁」
④中華料理「紅宝石」より「鶏と葱の酒粕蒸し」「焼豚酒粕ソース」の二品
⑤バー「サヴォイオマージュ」より酒粕カクテル「カスビアンカ」
⑥「さかばやし」より「飛龍頭 水菜と香住産紅ズワイ蟹餡」
⑦味噌「六甲味噌製造所」×「さかばやし」より「酒粕みそ、蒸し野菜とともに」
⑧ラーメン「うまい麺には福来たる 西中島店」より「酒粕香る四重奏鯛白湯」
⑨「さかばやし」より「酒粕アイスと『三ツ判山吹』で作ったゼリー』
日頃旨いものをよく食べているだろうマスコミ人からも全て高評価を得た。私の所にも「学生さんの寿司が美味しかった」と連絡が沢山寄せられている。これはお世辞でも何でもなく、食べた素直な感想だ。プロに交じって肩を並べる料理を考案したのだから、彼女らのやる気と発想力を称えたい。