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キャベツは料理に欠かせない野菜である。ただ色んなものに使われてはいるものの、はっきり言って主役を務めるまでには至っていないように思う。千切りキャベツしかり、むしろ脇役のイメージの方が強いのかもしれない。「キャベツが主役の料理はロールキャベツくらいか」と話していたら、「お好み焼きや焼きそばでは主役級の働きをする」との意見も。ならばお好み焼き屋でキャベツの役割を検証しようと泉佐野市の有名店で話を聞く事に。泉佐野といえば、このところ話題によく上がるのが松波キャベツだ。水茄子、泉州玉葱に次ぐ泉佐野産(もん)第三のブランドに成長しつつある存在である。今回は、キャベツが主役になる料理とは…というテーマで、松波キャベツを用いたお好み焼きと焼きそばの話をしよう。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
シェフ達が松波キャベツの甘さに驚いた
農家の人に話を聞くと、今年の猛暑は農作物への影響が大きかったようだ。野菜の成育が遅れ、寒玉キャベツの季節に入っているはずなのにまだ出揃わないなんて声をよく耳にした。出荷の遅れは高騰を招く。先日、TVのニュースを観ていたら畑にキャベツ泥棒が現れたそう。そう言えば、九条葱が盗まれたなんてニュースも今年は報じられた。捕まったのは同業者。自身の畑の成育に比べ、すくすく育っていた他の農家が羨ましかったのか、九条葱を盗んで売ってしまったのだとか。何はともあれ、気候変動に農家は大わらわなのだ。
大阪は泉州_、泉佐野市に松波キャベツなる名産品がある。同市は、それを水茄子や泉州玉葱に続く第三のブランドに成長させようとPRしている。
そもそもキャベツには、春にできるものと冬にできるものがある。俗に寒玉キャベツと呼ばれるものは、字からもわかるように冬に産されるキャベツを指す。泉佐野市名産の松波キャベツも寒玉キャベツの一種になる。泉州で有名な松波キャベツだが、実は誕生は静岡県。種苗会社の石井種苗が開発して生まれたキャベツだ。石井種苗のHPを見ると、松波キャベツの欄に「濃緑、高品質」と紹介され、市場人気は最高と書かれている。萎黄病抵抗性で黒腐病に強い品種のようだ。湿害、乾燥にも強く、生育旺盛で株張りは一般種より大きいとある。そう言えば、以前訪れた泉佐野市のキャベツ農家で松波キャベツをもらったが、その大きさにびっくりした。葉がびっしりと詰まっており、甘さも一般品種より強かった。私は、泉佐野市農林水産課のお手伝いで、泉佐野産(もん)のブランド化を推進して来たが、その一環で有名シェフに松波キャベツの味を見てもらうと、その甘さに驚いたと感想を述べる人が多い。数年前に泉佐野産(もん)商品化プロジェクトが立ち上がり、泉佐野で穫れた野菜から何かいいものができないかと、シェフ達に手伝ってもらった事がある。その足掛かりに泉佐野市から色んな野菜を彼らの店に届けてもらった。この時にシェフ達が驚いたのが松波キャベツの味だった。当時、松波キャベツの知名度はまだまだ低く、大阪や神戸では知られていなかった。その生産量からも十分に大都市に行き渡っていなかったのであろう。例え大阪市内や神戸市内の八百屋に届いたとしても値が張るキャベツとしてしか認識されていなかったように思う。
松波キャベツは、静岡の石井種苗が開発したのだが、なぜか泉佐野の土と合って名産地になってしまった。泉州は昔から玉葱栽培が盛んで、その端境期に適していると始まったのがキャベツ栽培で、古い農家で聞くと、昭和30年代に盛んになっていたらしい。ちなみに松波キャベツは昭和50年代に導入されたという。松波キャベツは、前述したように葉がぎゅっと詰まっているのが特徴。瑞々しさも抜きん出ており、甘みが強い。松波キャベツの事をよく知る「北新地ふじもと」の藤本直久シェフは、「キャベツは芯に行くほど甘くなりますが、松波キャベツの芯はかなり甘さが強く、この部分を捨てるのは勿体ない」と話し、芯までうまく調理に使っていた。昨年、同店で提供した「松波キャベツの焼きキャベツミンチカツ」がなかなか顧客に好評らしく、今年も冬場にそれをメニュー化したいようだ。藤本シェフは「キャベツは生よりも焼くと甘みが出る。この料理は、一旦キャベツを焼いてからミンチカツの材料にした」と言っていた。当然、芯まで使って松波キャベツの甘さをうまく表現している。しかもミンチカツの中から時折り松波キャベツの塊が出るように設計して「このミンチカツは、松波キャベツが主役だぞ」とアピールできるように考えたらしい。
お好み焼きでは、むしろキャベツが主役に
ところでキャベツは料理の主役になる事が少ないような気がしてならない。白菜やキャベツは軟弱野菜に比べると十分存在感はあるのだが、鍋に欠かせない割りには白菜が主役にならず、魚介類や肉類に主役の座を譲っているのと同じで、何にでもキャベツは用いるものの、キャベツが主役に座る事は少ない。あってもロールキャベツが関の山かもしれない。「キャベツが替わると、お好み焼きの旨さが変わる」と話すのは、泉佐野市内でお好み焼き店「いろは満月」を営む高道敦子さんだ。高道さんが指摘するようにお好み焼きの主役は、一見豚肉やイカ・エビのように思えるが、それらが必ず入っているかといえばそうではなく、豚玉には豚肉が使われているものの、エビやイカは入っていない。イカ玉も同じような論理で豚肉が使われていなかったりする。必ず入っているものとなればキャベツであろう。ならば、お好み焼きの主役はキャベツといえるのかもしれない。
「いろは満月」は、大正15年創業の精肉店からスタートし、泉佐野市内で生鮮スーパーとしてやって来た。今は業務用をメインに営業しているようだ。そこから派生したのがお好み焼き店の「いろは満月」で、高道敦子さんが営んでいる。同店はファミリータイプのお好み焼き店でロードサイドに店を構えている。あえて甘めのソースを用いる事で子供達からも支持され、家族でわざわざ来てもらえるように店づくりを行っているのだ。そんな「いろは満月」では、冬場になると、地元産の松波キャベツを使っている。「春キャベツは水分が多く、お好み焼きがベチャと仕上がるので向きません。うちはもっぱら寒玉キャベツで。どこの産のものをとの指定は設けておらず、その時々のいいものを使っているのですが、冬場には決まって泉佐野産の松波キャベツに切り替わります。松波キャベツは甘みがあってキャベツ自体が旨い。他の品種とは美味しさが違うんですよ」と高道さんは評していた。高道さんは、泉佐野出身だけに昔から松波キャベツに親しんで来た。なので松波キャベツを使用するのは自然の理だと説明する。「たまたまお好み焼き屋をやったら、地元でいいキャベツが穫れていたので使った」と笑いながら説明してくれた。「松波キャベツは業者なら知っているでしょうが、一般人にはまだまだ浸透し切れていないのかもしれませんね。ただ、このところブランド化が進んで来たらしく、大阪市内の人でもそれを求めるようになって来ました」と言っていた。「松波キャベツは、他のキャベツより値が張るので、冬場は材料費がかかるのでは…」と振ると、「材料費を安くしようと思えばできるのですが、うちは食材にこだわっているので、その点は気にしていません」と松波キャベツ導入についての壁がない事を話してくれたのだ。
お好み焼きの主役が、仮りにキャベツと断定するならキャベツを替えると味が良くなるような気がして確かめてみたくなった。「いろは満月泉佐野店」で食したのは、「とん玉」。いわゆる豚肉を具材にしたお好み焼きである。高道さんが「キャベツの味をより味わいたいなら具が載っていない端っこの部分を食べてみて」との言葉通りにその箇所を味わうと、松波キャベツの甘みがダイレクトに伝わって来た。端っこだけにソースもあまり掛かっておらずキャベツの味がよりわかりやすかったのだ。
当然ながら「いろは満月」では、冬場に限って焼きそばにも松波キャベツが用いられている。同店の冬の名物は、「冬そばダイナミック」。麺が普通の焼きそばより、1.5倍量使われているから、かなりボリュームがある。しかも“ダイナミック”のタイトル通り、具材が牡蠣、豚肉、すじコン、油かすと豪華で、目玉焼きも載っている。色んな具材があるからキャベツは隠れがちだが、やはり粉もんはキャベツが主体。「キャベツが替われば旨さが違う」と言う高道さんの言葉が実感できた次第である。
現在、私の声掛けで色んなシェフ達が松波キャベツの良さを検証してくれている。地元「ホテル日航関西空港」の井口晃一総料理長を始め、西洋料理ジャンルでは「フルートフルート」の高見大介さんや、前出の「北新地ふじもと」の藤本直久シェフも。中華ジャンルでは、「紅宝石」の李順華さんや「農家厨房」大仲一也さんも現在、そのレシピを作成中だ。日本料理では「華うさぎ」三浦貴之さんだって参加して泉佐野産(もん)プロジェクトを盛り上げようと、あれこれ試してくれているのだ。さて、名料理人達はどんな使い方を示してくれるのだろうか。3月頃泉佐野市のHP内で披露するというから今から楽しみである。