134
サワラといえば西京漬け_。そんな風に思う人が一般的だろう。サワラは、その身の特性から生食にはあまり向いていなく、焼き魚として扱われる事が多い。大衆魚としてもおなじみのサワラに高い価値を持たそうとの動きがある。三重県のトロサワラもそうだが、明石浦漁協で水揚げされる浦サワラも同じ。ブランド化を高めて他産地との差別化を図っている。殊に明石浦漁協では、全国的に名を轟かせる明石鯛、明石ダコ、明石海苔に続けとばかりに明石浦第四のブランド
として浦サワラを売り出そうとしている。今回は、そんなサワラ事情と、浦サワラの価値を、明石浦漁港と「さかばやし」を舞台にレポートしたい。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
サワラは春より秋に限る
食の世界で明石といえば、まず思い浮かべるのが魚介類であろう。中でも明石鯛や明石ダコは有名で、日本中の名店がこぞって明石で獲れた魚介類を狙っている。明石海峡で漁をする漁師は多く、私達が“明石の魚”と呼んでいるのは、彼らの中でも明石浦漁港で水揚げする漁師が獲って来たものを指す。つまり明石浦漁協から出荷される魚介類自体がブランドなのだ。
明石浦漁協_、正式名称を「明石浦漁業協同組合」という。兵庫県でも水揚げ量だけを見れば、香住港の方が多く、蟹釣りの大型漁船が入港するために港の規模も香住の方が大きい。ところが全国的に見て誰もが“明石の魚”を知っているというのは、むしろ量よりも品質によるところが大きい。「多くの量を出荷するのではなく、質のいい魚介類を出したい」と日頃から公言しており、その姿勢が明石浦漁協を見学するとわかるのだ。「できるだけ活けの魚をセリにかける」という思いは施設を見ても納得できる。漁協の建物の下には、テニスコート二面ぐらいの広さの膝まで浸かるプールを設け、漁師が獲って来た魚を一旦そこに放ち、活けの状態でセリを待って出荷する。私も色んな漁港を見学して来たが、これほどまでに“活け”にこだわる所は少なく、施設や体勢も充実している。流石、世に謳われる”明石の魚”たる所以だ。
明石浦漁協の人によると、「明石浦の名産は“凧(タコ)に乗り(海苔)たい(鯛)”」と覚えるのがいいそうだ。字に書くと一目瞭然で明石ダコと明石鯛、明石海苔とわかる。すでに全国的に知れ渡ったブランドで、料亭はもとより割烹などでも「それが手に入るなら使いたい」と言っているくらいだ。この三大ブランドに続けとばかりに、近年明石浦漁港では、〝浦サワラ″なる魚を売り出そうと躍起になっている。そもそもサワラという魚は、サバの仲間に属する魚しており、細長い形をした大型魚。成長につれ、サゴシ(40〜50cm)→ナギ(50〜60cm)→サワラ(60cm以上)と名前を変える出世魚である。名前の由来は、魚体が細長くて狭い腹から。狭腹(さはら)ならぬサワラというわけだ。北海道南部から東シナ海まで分布するらしいが、私の印象としては西日本の魚。特に瀬戸内海を産卵場とするために関西ではおなじみの魚となっている。産卵期は春から初夏で、春先に産卵場を求めて瀬戸内に入って来るので、「鰆」なる字ができたといわれている。その字の通り旬は春。ところが逆の季節(秋)も味はよく、むしろ本当の旬は秋だと漁場では囁かれているのだ。
サワラといえば、最もよく目にするのが西京焼き。白味噌・酒・みりんなどで作った地に漬けて作るそれは、惣菜などに使い易いのか、和食店でよく出て来る。サワラは、生よりも塩蔵物、干物、漬け魚として使われるケースが多い。身が柔らかい事や身割れしやすい事から生食には向かない印象で、余程鮮度がよくないと刺身には使えないようだ。関東ではあまり生食をしないらしいが、瀬戸内海地域では「刺身が旨い」と薦める人も多い。岡山では漁師めしとして刺身やタタキが好まれており、「サワラの刺身は皿までなめる」とまで言われているくらいだ。
このおなじみの魚であるサワラを明石浦漁協は、明石鯛・明石ダコ・明石海苔に次ぐ第四のブランドとして認知させたいようだ。同漁協では以前から秋にいいサワラが水揚げされていた。私も旬は春よりむしろ秋から初冬にかけてとわかっていたので脂乗りがいいサワラが揚がるのだろうと思っていたのだ。なので第四のブランドにしたいと聞いても何ら不思議はなかったのである。
食べてみると、さらに実感した「浦サワラ」の価値
「旨いサワラが水揚げされているので何とかブランド化に漕ぎ着けないか」。数年前に明石浦漁協はそう考えたようだ。そこで2020年からその取り組みを始めた。「2020年はシールを貼って差別化していました」とは、同漁のセリを担当する宮﨑鉄平さん。この時点では、漁協が目論むほど差別化できなかったようで、翌年からタグを付けての出荷の仕方へ変更している。そのために大和製衡にフィッシュアナライザなる脂肪率を計る機械を開発してもらい、魚体を切らずしても脂肪分がわかるように工夫した。10月から1月末ぐらいまで明石浦漁港で水揚げされた一本釣りのサワラにつき、釣って来た漁師がその機械で計測し、脂肪率5%以上のものを「上旨」と呼んで黄色のタグを付け、10%以上を「特上」として赤色のタグを付けて漁協でセリにかける。そうすると購入側がわかりやすくなったのか、タグの色で注文が増えたという。使用する寿司屋や割烹からも「黄色が欲しい」とか、「うちはそれ以上の赤タグを買いたい」と言って来るそう。明石浦漁協も仲卸しも他産地のものと差別化できたと喜んでいた。2021年にタグを付けての出荷に変えてからは、料理屋ではその認知が進んだばかりか、漁師側も扱いが丁寧になったとの声も聞こえて来る。「船上で血抜き処理をするなど、いい状態で出荷しようと取り組む漁師が増えた」と漁協関係者は話す。「焼物でおなじみのサワラですが、これなら状態もいいし、味もいいので造りでも提供したい」と某料理人もお墨付きを与えている。ちなみに明石浦漁協では、黄色や赤色のさらに上の紫色のタグを設けたそうだ。これは脂肪率20%以上のサワラで、黄色タグの倍ぐらいの値段が付くと想定されている。ところが、2024年11月の時点でまだ一本も揚がっていないらしい。
「浦サワラは、小さいもので1.6〜1.8kgぐらい。料亭は3kg以上大きなものを欲しがる傾向に。2kgぐらいが一番使い易いのかもしれません」と前出の宮﨑さん。先日、宮﨑さんの薦めもあって「さかばやし」で「明石浦の浦サワラとしぼりたて新酒を楽しむ会」が催された。明石浦漁協が推す浦サワラを自分達の舌で実感しようとの試みだ。サワラといえど、浦サワラは高級品で、聞けばフグよりも仕入れ値がかかるとか。そこで「福寿」の日本酒も込みで13000円(税込)で募集した。「サワラの食事会なのに結構高い」と思っていた人も多かったようだが、会場で宮﨑さんの説明を聞けば納得。味わってさらに納得したようだった。当日「さかばやし」の大谷直也料理長が作った献立は下記の如し。
先付/浦サワラの豊年揚げ
吸物/新粕の粕汁(具材に焼鰆が入っている)
造り/浦サワラ焼き霜、浦サワラ昆布締め
焼物/浦サワラ新粕漬け
主菜/浦サワラのしゃぶしゃぶ
食事/雑炊
甘味/酒粕アイス、梨、ザクロ
流石にグルメな人達でもサワラの造りは珍しかったようで、私の隣りに座っていた人も「人生で初めて」と言っていた。前述したようにサワラは身が柔らかく、置いておくとグチャグチャになる恐れが_。だから余程鮮度がよくないと生食では出せない。そんな理由もあって飲食店が仕入れても造りに使う事は少ない。圧巻は浦サワラのしゃぶしゃぶであった。皿に並べられた生の浦サワラは見るからにきれい。「これほどまでに艶のあるサワラを見た事がない」と言う人までいた。よっぽど浦サワラの味がお気に召したのか、一品目が出て食べると宮﨑さんにその感想を述べに来る人もいて、さらに造りでその驚きをと、何度も同じ人が宮﨑さんの席まで足を運んでいた。大谷料理長に話を聞くと、「サワラは扱いが難しい」そう。身が割れてしまうのがその理由のようだ。「包丁も出刃よりは柳を使います。昔から料理人はサワラが卸せたら一人前と言われるくらいですから」。大谷料理長も一昨年初めて浦サワラを明石浦漁協から仕入れた時にその味の良さに感動を覚えたという。「新鮮なものを造りにしても旨いですが、一週間熟成させたものは口内でとろけますよ」と話していた。そんな大谷料理長の声を反映して「さかばやし」では、11月の酒心館会席の中で浦サワラを取り入れていた。浦サワラのしゃぶしゃぶも要予約で出しており、食した客からは評判も上々のようだ。三重県にも答志島・菅島で水揚げされる秋から冬のサワラが旨いとし、「トロサワラ」の名を付けてブランド化している。さて明石浦漁協の浦サワラは、それと同じようなブランド化がうまく図れるであろうか。トロサワラや浦サワラのブランド化が成功すれば、サワラの旬は春ではなく、秋だと一般的に知られる日が来るのかもしれない。