2016年01月
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最近はジビエが脚光を浴びている。保守的な日本人が苦手として来た獣肉を当たり前に食べる時代が来たのかと喜びつつも、どこかが仕掛けて発信しているのだろうと、食の仕掛け人としてはついつい疑ってしまう。そんな悲しい性(さが)を持ちつつも猪肉や鹿肉を好んで食べる身からすれば一応そんなニュースを耳にするだけで喜んでおきたい。今月はジビエブーム到来のニュースの中で「肉割烹山口」を「名料理、かく語りき」で取材した。そこで書けなかった熊や猪、鹿のネタをちょっぴりここで披露することにする。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
ジビエブーム到来って?!
それを本当に信じていいのだろうか?

流石に熊は超高級食材

 久しぶりに熊の手を食べようと企画している。日本料理界の巨匠・佐川進先生と年に1~2度、元町(神戸)の「紅宝石」で食事会をしている。面子は味にうるさい人ばかり。このグルメ達をだまらせてしまうのだから同店の李松林さんとはなかなかの人物だ。李さん曰く「熊の手には処理に時間がかかる」そうだ。手の毛を抜き、炙るのだが、放っておくとまた毛が生えてくる。その作業を何度か繰り返し、ようやくエキスに浸けて臭みを抜いていく。なので下準備に2週間ぐらい要する。満漢全席でも珍味と称された熊の手だが、中華食材の中でも際立った高級食材である。何でも片手で45000円ほどするそうだから驚く。李さんはこの熊の手をシチューのように煮込んで仕上げる。流石にそれ一品だけというわけにはいかないのでコース仕立てになっている。満漢全席でも珍重された熊の手を食べるのだから、あとは焼飯や餃子というわけにはいかず、それなりの品が周りを彩るわけだ。価格は秘密だが、貴重な一品が入っているわりには、なかなかお値うちなものになっている。

 今月の「名料理、かく語りき」でも書いたが、熊料理は珍しく、需要や供給もうまくいかないので素材自体が高い。日本では年に1000~2000頭捕獲されているらしいが、食用にまわるのはその1割ほど。約100頭分の肉を山奥の熊鍋を出す所を中心に使っているにすぎない。おまけに1頭に2本しか手がないのだから高いのもわかる。専門家にいわせると、熊は大きな身体のわりに食べる肉が少ないそうだ。野生特有の匂いが強く、臭いといわれるが、「肉割烹山口」の山口弾さんの話では「猟師の腕で差が出る」とのことだ。季節によって食べるエサが違っているのと、狩猟の後の処理の仕方で匂いが強くなるかどうかが決まる。需要がないために多分、鹿と同じで処理(解体)する所が少ないのであろうと思われる。  「肉割烹山口」では、全く臭みのない熊肉を仕入れているために珍しく醤油で味付けしているが、その多くは味噌で調味する。白川地域(岐阜)では赤味噌と白味噌を合わせ、ねぎや唐辛子を用いながら独特の匂いを消していると聞く。  熊の手の話をすると、知ったかぶりのように「右手の方が旨い」と言う人がいる。これには何の根拠もなく、話自体が嘘なのだ。何でもバブル期に満漢全席を再現した食事会が開かれ、そこに出席していた人が「右手が旨い」と言ったことからまことしやかに伝わった。彼の説では右手で蜂蜜を食べるからそれが手に浸透しているというのだが、熊が蜂蜜ばかり喰っている風もなく、それに生きた細胞は手の中にはそれを通さない。「紅宝石」李松林さんが「熊のプーさんの見すぎ」と笑うように、まっ赤な嘘である。某人の嘘を信じこんで裏も取らずに載せた本にも問題がある。

ジビエが浸透するのには時間が必要

 ことろで熊も含めてだが、最近はジビエがブームになっているとのことだ。流行とは、自然派生するケースと誰かが仕掛けてそうさせるケースがある。後者のパターンは、私もよくやるのだが、ある所がコレを流行らせたいと依頼が来て、そう仕向けるようにストーリーを作り、そのモノが持つ個性をいかせるように料理を作ってマスコミへ流す。そんな仕事をしている当方からしてみると、「ジビエがブームですよ」といわれたところでピンと来ない。きっと影響力を持つどなたかが発信したのだろうと思われる。  ジビエとは、フランス語で狩猟によって捕獲された野生の鳥獣のことをいう。つまり牛や豚、鶏のような家畜に対して指す狩猟肉のことだ。フランス料理では、野ウサギや鹿、熊といったものを用いた料理が多々ある。鳥類もアヒルにキジ、ヤマウズラなど。日本でもよく使われる真鴨や猪もジビエに含まれるのだ。  日本では獣肉禁止の時代が長かったせいか、ジビエの範疇まで進んでいかないのが現状だ。殊に和食で使われるのは真鴨と、ボタン鍋でおなじみの猪肉が関の山だろう。それでも十津川村などに行くと、これらの山奥の幸をアピールしたいと考え、猪肉を使った料理や鹿料理がよく出る。先の猪年に私が某連載に「今年は干支が猪なので、猪肉がトレンドになる」と書いたものだから、十津川村で取材する度にボタン鍋がふるまわれた。ネットでその記事を読んだ村人が猪肉が好きだと勘違いしたのか、毎日それが出て来て困った経験があった。それでも十津川村の中でもさらに山深い上湯にある「神湯荘」で食べたボタン鍋は絶品だったと記憶している。さらに同旅館では、鹿肉をユッケ風にして出しており、主人の深瀬さんが「鹿肉はユッケにするのが一番なんです」と話してしたのを覚えている。

ハンティングの関係から鹿肉は冬に流通することが多いが、実は8月が一番旨い。まっ赤で脂身がほとんどないのが鹿肉の個性なのだけれど、この8月だけはなぜか脂が巻く。では、なぜその旨い肉が出回らないのかといえば、鉄砲撃ちが解禁になっていないからである。それでもワナにかかり、偶然にも獲れたものをフレンチの店へ持ち込んで来ることがある。そんな時に偶然予約を入れていたなら、ありがたくも鹿の旬(?)が味わえるのだ。どうやら私は素材の運がいいようで、冬に鱧が揚がったり、8月に鹿肉が届いたりした時に不思議とその店にいる。  さて冒頭の熊肉だが、中国では熊の手を「ユウショウ」と呼ぶらしい。熊の手の肉球部分がコラーゲンを沢山含んでおり、美容にいいという。「紅宝石」で以前、食べた熊の手は、旨~い角煮のような感じで、コラーゲンを含んでいることがよくわかった。李さんは記念にと、熊の爪を一つずつ参加者に配ってくれ、「これを持っていると魔よけになる」と教えてくれた。さて、今年企画する熊の手を食べる食事会は、どんな内容だろうか。多分、日本料理の巨匠をも驚かせるものがでてくるのだろうと期待している。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい