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前回は私が編集した「漁師めし絶品101選関西版」の話を書いた。それに続いてというわけではないけれど、今月も魚介類にまつわる話を記す。7月2日頃に行われる半夏生(はんげしょう)は、関西に根づいて来た雑節。なのに最近では、あまり耳にしなくなった。いや、そればかりか、その言葉すら知らない人がいっぱいいるのだ。それではまずかろうと、古くからの風習を掘り起こすことにした。神戸酒心館といっしょになって企画する半夏生イベントについて今回は考案半ばながら(これを書いている時はまだマスコミ発表会前である)も触れておくことにする。関西に住む皆さん、7月1日はタコを食べる日ですぞ!
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
半夏生復活の狼煙は、まず神戸と明石から_。
半夏生には、なぜかタコを食べる
こんなボヤきばっかり書いていても何なので、今年は関西の古い風習を掘り起こして料理をPRしたいと思っている。読者諸氏は、半夏生(はんげしょう)なる雑節を知っているだろうか。関西の農家に伝わる風習で、夏至から11日目を指して行うもの。大抵は7月2日なのだが、今年は7月1日がその日に当たっている。
そもそも半夏生とは、24節気に含まれない暦日で、72候の一つに挙げられる。薬草に用いられるカラスビシャクが“半夏”という生薬で、その薬草のコルク層を除いた塊茎が薬となるらしい。そこから名づけられたかどうかは定かではなく、丁度7月2日頃が一年の半分になるので、半分を生きたことから“半夏生”というと説明する人もいるくらいだ。
昔の農家では、半夏生の日までに田植えを終わらせないと、秋の収穫に影響が出ると言っていた。前述したように夏至から11日目がそれに当たっていたのだが、今では天球上の黄経100度の点を太陽が通過する日となっており、その日が7月2日頃になる。この時季、日本は梅雨に入っている。この頃には大雨になることが多く、その雨を半夏雨とも呼ぶようだ。
半夏生にタコを食べるのは、どうやら理に適っているようだ。タコにはタウリ ンが多く含まれている。タウリンには、疲労回復や肝機能の強化、悪玉コレステロールの除去、高血圧の改善と様々な効果が期待できる。暑さがピークに達する 7月初旬にタコを食べてタウリンを摂取することは、夏バテ予防に最適。昔の人は知らず知らずのうちに風習からそれを摂取していたのだから恐れ入る。田植え で疲れ切った身体には、やはりタコが必要だったわけだ。
神戸・東灘で復活の狼煙(のろし)をあげたい
ところで私めは、どこでそれをやろうとしているかというと、神戸市東灘区にある神戸酒心館内の料理屋「さかばやし」で。清酒「福寿」でおなじみの同蔵元は、流石に宝暦元年(1751年)に創業しているだけあって文化的なことには理解度が高い。同社・久保田常務も昔の風習の掘り起こしには興味を持っており、即決で「さかばやし」にて行おうとなった。大変なのは同店の加賀爪料理長だ。久保田常務と私が「やろう、やろう」と言い出したものだからタコ料理を研究せねばならぬはめになってしまった。先日、その研究も兼ねて明石の町へ坂井部長も含めた4人で出かけた。最大の目的は、明石ダコの本家本元・明石浦漁協の協力を取り付けること。同漁協とは、「漁師めし」の本の取材の際、少し話をしていたのでスムーズに事が運んだ。「さかばやし」は以前から地産地消をテーマにしており、“前もの”と呼ばれる明石の魚を仕入れている。本来は魚屋を通して入れるものを、この時季のタコのみは、明石浦漁協から直送してもらう。こうして本家本元のお墨付きを得たのである(明石浦漁協の皆さん、本当にありがとうございます)。
半夏生については、7月16日夜に記者発表を行う。マスコミ関係者だけを「さかばやし」に招いて、タコ料理を披露するのだ。この日出されたものが7月1日からの半夏生イベントに登場する。7月の1カ月間は、短足ダコで旨みがあるといわれる明石ダコの特徴を生かした料理が並ぶはずである。
この原稿を書いている頃は、まだその詳細は決まっておらず、加賀爪料理長が思案中である。先日、加賀爪料理長からかかって来た電話では、何でも生のタコを日本酒に浸けておいてから調理するとのこと。酒を飲むと人間が赤い顔になるのと同様、タコもそうなるらしく、色がほんのり紅に染まると話していた。まさに酒蔵の店らしい調理法で、期待が高まる。
ところで同蔵は、今年、IWC(インターナショナルワインチャレンジ)で「生酛純米 壱」と「寒造り」が金賞に輝いた(前者は純米酒部門、後者は本醸造部門にて受賞)。IWCとは、ロンドンで毎年開かれる国際的なワインの大会。そこに日本酒部分が設立されて10年になることから、今年の大会を兵庫県が灘に誘致した。その記念すべき大会にて神戸酒心館は好成績を納めている。そんなこともあって久保田常務は、半夏生イベントの期間中に受賞した「生酛純米 壱」を提供するつもりにしている。同酒は、神戸酒心館の酒にも関わらず、限定の酒販店にしか流していないので、これまで蔵でも味わえなかった。それを半夏生イベントを盛り上げるために一時期とはいえ、「さかばやし」で提供するという。時代に逆行し、ゆっくり醸造することで強いコシを持つ同酒は、きっと濃い味付けを施した明石ダコ料理にフィットするだろう。その点でも7月1日が待ち遠しい。