2024年07月
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近年、泉佐野市では、市内で産される農産物を「泉佐野産(もん)」と名づけ、その良さを広く訴求している。気候が温暖で土壌がいいから美味しい野菜ができると、地元のみならず関西広域に知って欲しいとプロジェクトを立ち上げているのだ。令和5年度の泉佐野産(もん)プロジェクトがきっかけで、今夏「さかばやし」にて「水茄子蕎麦」なる夏向き料理がデビューする。料理長の大谷直也さんは、水茄子の調理汎用性というテーマを基にこの料理を創作したそうで、水茄子が和風だしをたっぷり吸ってそばの味をアップすると考えている。夏といえば、あまりの暑さ故に食欲が減退する。あっさりしているぶっかけそばは、この猛暑にはぴったりな一品になるだろう。今回は、大谷料理長の創作を中心に泉佐野の水茄子について語りたい。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
今夏デビューの「水茄子蕎麦」は、近年の猛暑に応えられる期待の品になるに違いない!

泉佐野産(もん)プロジェクトから生まれた料理

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夏になれば、水茄子の季節が到来する。冷そばに水茄子を切って盛り付け、麺つゆを掛ける_、まさに夏らしいぶっかけそばで、「さかばやし」では、これを「水茄子蕎麦」と名づけて今夏売り出すそうだ。同商品は、泉佐野市農林水産課が打ち出す〝泉佐野産(もん)普及促進事業″より生まれたもの。考案者は、「さかばやし」の大谷直也料理長である。同市では名産の水茄子をブランド化すべく、毎年色んな活動に取り組んでいる。令和5年度に行ったのは、水茄子の調理汎用性を訴求する取り組みで、大谷料理長を含め和洋中の4人の料理人がそのテーマに準じてレシピを作った(第127回「食の現場から」参照)。その中で大谷料理長が創作した一例が「水茄子蕎麦」で、取材した私もこれまでありそうでなかったこの一品にメニュー化を薦めたくらいである。「さかばやし」を営む神戸酒心館も夏らしい一品に「これは面白い!」と思って今夏に提供する事を決めたようだ。
そもそも水茄子は、夏らしい野菜としてはすでにおなじみで、その代表例が「水茄子の浅漬け」として知られている。水茄子は、長茄子など他の茄子と比べても灰汁が少なく、水分量を多く含むために夏の食材として適している。茄子類の中では珍しく、生でそのまま食べる事ができるのが特徴でもある。皮が薄く、瑞々しい果肉が売りで、泉佐野の農家で聞くと、「暑い日に農作業の途中で水茄子をもいでかじって水分補給をした」らしい。生で用い、サラダなどに多用する例もよく見られるが、やはり有名なのは浅漬けであろう。泉州の人達は、新鮮な水茄子を買って来て自宅で糠(ぬか)漬けを作るという。糠の中で自然に発酵して旨みが増す。その旨みと水分のバランスがいいらしく、ご飯のいい友になるという。特に半日だけ糠に漬けたものは、サラダのような軽い感覚で食せるのだ。
天邪鬼(あまのじゃく)な私は、そのありきたりな手法を打ち破りたいと、水茄子の調理汎用性をアピールした。色んな調理法を駆使した水茄子料理を創作してもらおうと画策したのだが、泉佐野農家の代表・辻裕男さんから「調理汎用も面白いけれど、その中に生での利用例も加えて欲しい」と言われ、4人のシェフに生での料理レシピも挙げてもらう事にした。その一つが大谷さんが創作した「水茄子蕎麦」だったのだ。大谷さんは、泉佐野市の取材に「当店はそばも名物で、『さかばやし』自慢のそばに生の水茄子を用いて『水茄子蕎麦』を作ってみました。これからの季節と水茄子の旬を合わせて考えるとぶっかけタイプがよく、水茄子がだしを吸って美味しくなります」と答えている。「さかばやし」では、それ用にだしを作って用いるが、「家庭でも市販の麺つゆを使うと、うまく出来る」という。

大谷料理長は、「水茄子蕎麦」とは別に生食する例として「水茄子の生ハム巻き」も挙げている。これはスイカに塩を掛けて食べると、甘さが増すのと同じ論理で、生の水茄子に生ハムを巻くと、生ハムの塩分が水茄子の甘みを引き立ててくれる。これならさらに簡単なので家庭では活用できそうだ。大谷料理長は、「さらに粒マスタードを載せると、辛みが加わるので飽きの来ない一品になります」と説明していた。
前出の辻さんの話によると、泉佐野は流石に水茄子の産地らしく市民には水茄子を食す機会が多い。「むしろ長茄子より用いる事が多いかもしれない」という。大半は、生か浅漬けであろうが、炒めたり、揚げたりする事もあるという。泉佐野市に古くから伝わる「じゃこごうこ」も調理例の一つ。こちらは水茄子を浅漬けではなく、糠床でじっくり古漬けにし、塩抜きしてから小海老と共に甘辛く煮て作る。「じゃこ」とは小海老の事で、「こうこ」は漬物を指す。浅漬けを作るところが残ってしまったものは、古漬けにして「じゃこごうこ」の材料に用いるようだ。同料理は、カルシウム補給やタンパク源にもいいとされ、常備食とされているらしい。

 

藤本直久シェフの松波キャベツ料理にも注目

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辻さんの話によると、泉州地域において貝塚から岬町まで水茄子を栽培している農家は約200軒くらいだとか。大半は1月に苗木を買って、定植し、ビニールハウス内で栽培する。3月後半にはできて来るのだが、7〜9月はそこに露地栽培も加わって盛んになるという。辻さんは、11〜12月にも冬のギフト用として出荷しているようだ。超即成栽培は、真冬には厳しいが、競争相手が少ない分、収入的にはいいらしい。泉佐野は特有の土壌と温暖な気候に恵まれていい水茄子ができる。最近では泉州以外でも徳島・高知・千葉産として水茄子が出荷されているようだが、地元の人に言わせれば「顔は同じでも、全く別人物(もの)」らしい。やはり他産地のは、皮も果肉も硬いと聞く。辻さんも「何が違うのか確かめてみたい」と言っているが、農家の人は、当然他地域で同じ作業をする事がないから「わからない」のが実感かもしれない。
泉佐野で話を聞くと、一回植えると4カ月間程で実がなるそうだ。花をつけて実が成り、穫ったらまた上に花が咲く。下から順に実が成って行き、一本から50個〜100個ぐらい穫れるそう。ハウス栽培は、温度も安定し、外的要因も受けにくいために作りやすい。それに対して露地栽培は風で木が揺さぶられ、実が傷つく事も多々。傷ついてしまうと、品質がA・B・Cではなく、その外まで落ちるという。台風が来ればさらに大変で、2週間は収入にならない事もある。近年日本は猛暑に悩まされているが、水茄子農家とて例外ではなく、酷暑は露地ものに影響する。「暑すぎると尻部分に艶がなくなる」そう。ここ数年ボケが多いのは、猛暑によるものらしい。泉州では、ランク外になった水茄子を「ボケ茄子」と呼ぶ。「ぼけなす」は漢字で書くと、「惚け茄子」となる。使用例は、ぼんやりした人をののしる言葉。意味は外皮の色艶のあせた茄子なので、品質の悪い茄子から由来した言葉ではなかろうか。
辻さんの所のように超促成栽培で水茄子を作っていなければ、大半は裏作で春菊を栽培する。聞くところによると、水茄子と同じような肥料なので畑が使えるらしい。この泉佐野市での二毛作を聞きつけて「北新地ふじもと」の藤本直久シェフは、平成5年度の泉佐野産(もん)プロジェクトで、「松波キャベツと春菊のポタージュ」を披露した。松波キャベツは、水茄子・泉州玉葱に続く泉佐野産(もん)第三の産物として期待されている。12月中旬ぐらいから2月ぐらいまでしかできない寒玉キャベツだ。藤本シェフの創作は、甘みが特徴の松波キャベツをうまく利用し、煮込む事でさらに甘さを出している。ただキャベツだけ煮込むとスープの色が白くなってしまうので青みを足すために春菊が必要だった。キャベツは芯が最も甘いのでその部分を捨てずに材料として用い、隠し味に春菊を使っている。コクという点ではキャベツだけでは物足らないのでベーコンも加えている。藤本シェフは、「これまで泉佐野の野菜プロジェクトに何回か参加して来て地域の特性を知ったので創作できたポタージュスープです。これに珍しい水茄子スイーツ(水茄子のタルトタタン)があれば、泉佐野産(もん)ブランドの料理がお披露目できるでしょ」と創作にご満悦であった。殊(こと)、松波キャベツだけでいえば、「松波キャベツの焼きキャベツミンチカツ」は、店でランチメニューとして提供し、かなりの評価を得たという。これまた芯まで使い、一旦焼いてからミンチカツの材料に使って揚げる事で松波キャベツらしい甘さを創出している。藤本シェフは、以前から泉佐野産の野菜を評価していた。私が水茄子の調理汎用事例を求めるにはぴったりの料理人で、これまでも水茄子をよくフライにして、鯵フライなどに添えていたのだ。

‘そういえば、「さかばやし」でも今回のプロジェクトを機に6月のうまいもん(テーマ食材)に泉佐野産水茄子を取り入れて会席料理や一品料理に使ったのだとか。「水無月の季節会席」には、造りに鯛と水茄子を用いていたし、「灘会席」には、「焼水茄子の利休酢掛け」や「水茄子南蛮漬け」が、「酒心館会席」には「水茄子と黒毛和牛の陶板焼き」や「水茄子揚げ出汁」が出ていた。ラジオ大阪の特番がきっかけで知り合った辻さんからいい水茄子を送ってもらい、調理したそうだ。意外に思うかもしれないが、料理人と生産者が一緒に仕事をする機会は少ない。水茄子の調理汎用性をテーマにシェフが創作し、それによってラジオ特番が放送された事は、レシピ制作以外にも消費者が泉佐野産(もん)を味わうきっかけが生まれたといえよう。一概に水茄子と言ってしまえば、どこの地域で産されてても同じように聞こえるが、泉佐野の農家の取り組みを聞いて食す事によって新たな魅力が生まれて来る。今夏、「さかばやし」でデビューする「水茄子蕎麦」には、そんな意味合いも含まれているから面白い。

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