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先日、神戸酒心館の「さかばやし」にてキノコづくしの食事会が開かれた。同店で店長を務める幸徳伸也さんが本を書くほどの自他ともに認めるキノコの達人で、六甲山などの山に入っては天然キノコを摘むという惚れ込みよう。ならば店長自らがプロデュースをしてキノコの食事会をやればと、こちらも急ぎ立てたため、昨年、第一回目の「旬のキノコを味わう会」を催した。
案の定好評で、「今年もやらないのか」との声もあって今年の10月19日夜に第二回目を敢行したわけである。流石はキノコの達人がプロデュースしただけあってそんじょそこらのキノコの会とは違った料理内容。味わって来ただけだと悪いと思い、今回の「食の現場から…」はキノコについて書くことにした。幸徳さんに聞いた話はいっぱいあるが、その一部だけを記しておく。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
松茸を旨いと思うのは日本人ぐらい
秋はキノコのシーズンである。そう思うのは消費者の勝手な判断で、実は発生するのは夏の方が断然多い。では、なぜ秋の印象が強く持たれているかというと、松茸が大きな因。日本人はどうしても松茸を愛でる傾向が強いために、キノコ=松茸の図式が成立し、秋をキノコの旬だと思ってしまうのだろう。
「神戸酒心館」蔵内の日本料理店「さかばやし」で店長を務める幸徳伸也さんは、キノコの本(神戸新聞出版センター刊「兵庫のキノコ」)を上梓しているほどのキノコ博士。10年前に「キノコが食べたかったから」との単純な理由で兵庫きのこ研究会の門を叩き、今では代表を務めるまでになった、自他ともに認めるキノコの達人なのだ。そんな幸徳さんの話では、日本には約1万程のキノコがあるそうで、そのうち名前がついているのが約6千種。食毒が判明しているのも千種ほどあるとのことだった。「秋がキノコの旬と呼ばれるのは、松茸もしかりですが、秋には旨いキノコが沢山発生しているから。日本のキノコの中で美味しいものは約百種。我々は香り・味・食感でそれが旨いかどうかを判断しているんです」と教えてくれた。
松茸は秋の味覚の王様のような印象を与えているが、実はそれを美味としているのは日本人ぐらいなもの。外国では軍足のような匂いと言って敬遠する。
なので外国側は、喜んで高値で買おうとする日本へせっせと輸出するようだ。かつては国内産が当たり前だった松茸も激減傾向にあるために、今では韓国産も高級品の仲間入りに。以前は値うちの低かった中国産ですらありがたがって食べないといけないまでになってしまった。最近ではトルコ産、米国産、カナダ産まで出回る始末で、但しこれらは日本の松茸と遺伝子が変わるために、いくら松茸といわれても“もどき”にしか見えないのは私だけだろうか。「日本では松茸は主に赤松林に発生するのですが、外国では別の木にもできるんです。木が異なるので当然ながら香りも変わってしまいます」と幸徳さんも話している。ましてや外国から運んで来る分、距離もあって時間もかかるので揮発する傾向の香りはどうしても薄くなる。ましてや木が違うのだから、あの独特の香りはないわけだ。
味シメジというなら、本シメジを味わうべき
先日、幸徳さんが勤める「さかばやし」でキノコの食事会が催された。キノコづくしの会席仕立て、メインはキノコたっぷりの鍋である。幸徳さんは「松茸の出てこないキノコの会」と、キャッチコピーを作っていたが、献立を見ていると、“西洋松茸”の文字がちらり。「松茸が入っているの?」と尋ねてみると、実はこの“西洋松茸”とはマッシュルームのことらしい。元来、マッシュルームとは英語でキノコの総称を指す言葉、仏語ならシャンピニオンという。和名を“西洋松茸”とは、これいかに。“松茸”と付けどあの香りはない。献立には“西洋白松茸”と“西洋黒松茸”と書かれていたが、前者は我々がよく目にする外も中も白く、軸も短い白いマッシュルームで、後者は薄茶色のブラウンマッシュルームを指している。
幸徳店長プロデュースのキノコづくしの会は、これらマッシュルームを鍋の具材として用いている。供された鍋にはそれとナメコがびっしり浸っていてこれらでダシを摂る仕掛けになっていたのだ。そこへタモギ茸やトキイロ平茸、大黒シメジ、白アワビ茸などをどっさり入れ煮込む。野菜は大根と葱だけ、あとは鶏肉が入っている。この鍋の凄い所は、あらかじめ沢山入れてだしを摂ったナメコのヌルヌル感が他の具材にいい影響を与えていることだった。鶏なんて鍋から取り出すと、コラーゲンを発しているような錯覚に陥る。ナメコのエキスをまとって実にいい味になっていた。皮目だけを炙って入れた鶏とは思えぬほどの味なのだ。流石はキノコの達人がプロデュースした食事会と、感心することしきり。「さかばやし」でのキノコの食事会は、これで二回目だが、昨年より確実にレベルアップしていると思った。
今回はなかったが、昨年の第一回目に前菜として出されていたのがシメジの食べ比べだった。俗に“香り松茸、味シメジ”と表現されるように本当に美味しいキノコは、シメジだといわれている。シメジの中でもそのフレーズにぴったりなのが本シメジと呼ばれるものであろう。本シメジは、生きた木の外生菌根菌であるために栽培が難しく、出回っているものは天然ものである。かなり稀少品で高価。一方、大黒シメジと呼ばれるものは、それの栽培品で、1999年にタカラバイオが赤玉土と大麦などの穀物粒を主成分とした菌系瓶法で人工に造ることを成功させた。濃い色の傘に徳利のような白い軸が印象的で、その姿から大黒さんのお腹に見立てて“大黒シメジ”と命名されたという。松茸の栽培が難しいように本シメジの栽培も困難で、それを成し得たタカラバイオは凄いというべきだろう。
そのシメジの食べ比べには、天然の本シメジ、大黒シメジ、ブナシメジとあったのだが、残りのブナシメジはすでにおなじみの食材。キノコの形がきちんとわかり、安価で他の食材の邪魔をしないとあって料理人が多用する。その名の通りブナの木などの広葉樹の朽木、倒木、伐根に群生する。本シメジと違ってこちらは天然ものがめったになく、流通されているほとんどが栽培ものだ。値段が安くて料理に合わせやすい特徴を有しているために色んなメニューに使われている。かつては本シメジの名で袋に記されていたようだが、本シメジとは別物だとの指摘が林野庁などからあり、ブナシメジの名を使うようになった。それはそうであろう、こんなどこにもあるものが、稀少品・本シメジといっしょにされたのではたまったものではない。かつては、“本シメジ”と書かれたそばに“ブナシメジ”と小さく記されていたそうだが、それでは誤解を招くとばかりにブナシメジと明記するように指導した。やっぱり本物(本シメジ)は、そう簡単に手に入っては困るのである。