2024年04月
127

灰汁が少なく、水分量が多い水茄子は、生でも食せる珍しい茄子類として知られている。泉州がその名産地で、近年は千葉・徳島・高知辺りでも作られてはいるが、やはりモノ自体には差があるらしく、泉州の人は「顔つきが似ているだけで別物」とまで言うのだ。泉州地区の中でも泉佐野は、水が豊富な上に気候も温暖、土壌も適しているとあって水茄子の産地として名が轟いている。その地域第一の産物を訴求すべく、泉佐野市農林水産課では、ユニークな検証を行なった。それは、これまで生か、浅漬けの印象が強かった水茄子をもう一歩進ませて調理利用を促そうというものだ。和洋中の四人のシェフに、市内産水茄子(冬でも栽培している農家がある)を渡し、調理利用したレシピを創作してもらった。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
水茄子を生か、浅漬けだけに限るのは勿体ない!四人のシェフが試した調理汎用性。

四人のシェフが水茄子の調理利用を検証

春になると泉州では、水茄子の栽培が始まる。名産地の泉佐野市では、冬場にも超速成栽培を行なっている農家はいくつかあるものの、本格的な栽培となると、3月からになるようだ。泉佐野市の水茄子農家・辻裕男さんに話を聞くと、貝塚から岬町ぐらいまで水茄子を栽培する農家が200名ぐらいあるそうだ。「夏の印象が強い野菜なので冬場はニーズが少ないと栽培する農家もあまりないのですが、その分だけ稀少価値が生まれていい値段がつくんですよ」と教えてくれた。現に辻さんの所でも11〜12月は、冬のギフト用として水茄子を栽培しているようだ。泉佐野市内にある「ホテル日航関西空港」の井口晃一総料理長は、「水茄子は、夏の野菜ですが、冬場に作る水茄子も夏と同様に美味しい」と冬の水茄子の評価を高めている。日本は、四季のある国で、春夏秋冬で採れる産物も変わって来るのが常識だが、これだけ技術が発達し、温暖なハウス内で栽培すると、冬でもいい水茄子ができるのもわからぬでもない。では、なぜ冬場に水茄子を栽培しないのか?それは、水茄子がその特性上、生か、浅漬けで食べるものと決まっているからである。
そんな常識をぶち破るべく、泉佐野市農林水産課では、水茄子の調理利用を訴求することにした。近年、私は泉佐野市農林水産課の掲げる泉佐野産(もん)のブランドづくりを手伝っている。同市は、農産王国で土壌の良さと気候の関係もあっていい産物が採れるとの評判が高い。その好例が水茄子で、泉佐野産(もん)第一のブランドといわれている。泉佐野市では、泉州水茄子・泉州玉葱に続くブランド野菜として松波キャベツを挙げ、ここ数年は私も入って知名度アップを行って来た。その事例が大阪樟蔭女子大学の学生を使って松波キャベツ料理を考案させたり、それを「ホテル日航関西空港」のオールデイダイニング「ザ・ブラッスリー」でメニュー化したりすること(「食の現場から第112回参照)などだった。

さかばやし-1

2023年度の泉佐野産(もん)普及促進事業は、さらにトップブランドである水茄子にスポットを当てるべく企画した。しかも冬場の水茄子を使うことで、調理利用の良さを訴求し、本格シーズンを迎える前にその汎用性をアピールしようと考えた。仮りに水茄子が調理素材として使えるとわかれば、現状の生か、浅漬けでの利用に加えて需要も高まるであろうから、よりいいと思った。ならば、本格栽培を前にその利用度を謳う絶好の機会ではないかと2〜3月に企画したのだ。
この企画には、有名シェフの賛同が必要。「水茄子を調理素材に用いるといいですよ」と言ってもらわねば、絵に描いた餅となる。面白いことを受け入れ、頭をひねってくれるには、何事にもチャレンジ精神旺盛な料理人がいい。そこで先の井口晃一総料理長(ホテル日航関西空港)を始め、「北新地ふじもと」の藤本直久オーナーシェフ、「紅宝石」李順華二代目料理長、「さかばやし」大谷直也料理長に泉佐野産水茄子の調理利用を探ってもらうように頼んだのである。
2023年中に打診をし、2024年1月に入ってからは泉佐野市より水茄子を送ってもらい、いくつか試作した。そして2月に撮影とレシピ取材を行ったのだ。彼らの作った料理は、3月下旬に同市役所のHP内に掲出する。それに関連してラジオ大阪にて「知られざる泉州水なすの魅力発見」と題した特番を放送してもらった。今回4人のシェフには、①水茄子の調理汎用性②水茄子の生での使用法③松波キャベツの特性が出た料理の三つのお題を出し、各々のレシピ開発を行ってもらっている。各自四つずつ(①〜③が入っておれば、どれか一つは複数回答でいい)料理を創作してもらい、全て泉佐野市役所(農林水産課)のHP内に掲載したが、ここではテーマを絞るために①にだけ限定してレポートしたい。

 

水茄子は火を入れると、とろける感が素晴らしい

水茄子の調理利用というテーマから彼らが導き出した創作は、藤本直久さんが「水茄子のタルトタタン」、大谷直也さんが「水茄子の揚げだし」、井口晃一さんが「水茄子のマリネとスモークサーモン ハーブ香るゴマのソース」、李順華さんが「水茄子と豚ミンチのガーリック蒸し」の四作品であった。四人のシェフが口を揃えて主張するのは、「水茄子が調理利用に向いている」という点。加熱すると、とろける感覚が他の茄子にはなく、麻婆茄子には、むしろ長茄子より合うと発言するシェフもいた。李順華さんは、自らの専門(広東料理)で麻婆茄子を試したこともあるそうだ。「水茄子は水分が多いから火を使った料理には向かないように思いがちですが、むしろ逆。長茄子の方がベチャベチャする。水茄子は周囲がカリッとし、中がジューシーに。その対比が旨さを生むんです」と話していた。
そのとろける感覚を指摘するのは、井口晃一さんも同じ。「以前、ポトフに入れたことがあって、とろけ具合いいが実にいい。今回テスト的にもらったもので輪切りにして揚げたのですが、食べた時にふわっとしていて旨いんですよ」と証言していた。だしとの相性を主張するのは、大谷直也さん。彼は、今回長茄子の代わりに水茄子を用いて揚げだしを作っている。「水茄子は、水分量が多いために長茄子ほど油が入って行きにくく、軽く食せる揚物になるんですよ」と言う。そしてだしを吸って美味しくなると証言する。どうしても茄子の天ぷらは油を吸いすぎて重い。それが軽くなるのだから揚物には適している。大谷さんは、「うちの店に泉佐野出身者がいて『じゃこごうご』を作って来てもらったことがありました。だしをよく吸収し、茄子の旨みが増していました。和食は、だしが決め手とよく言われますが、そのだしをたっぷり吸う特性があるんですから、まさに調理向きだと思いますよ」。大谷さんは、和食というジャンルから水茄子はよく使うのだそうだが、泉佐野産と他産地のものを比較すると良し悪しに差が出ると話していた。「他産地のものは、灰汁の回りが早いように思えます。その点、泉佐野産は灰汁が出にくく、置いていても黒くならない印象を受けました」。

藤本直久さんは、水茄子をフルーツのようにとらえ、今回はスイーツを作った。彼は、2022年から水茄子でスイーツづくりを行っており、2023年2月にすでに「水茄子のタルトタタン」を完成させている。「前回は、料理人が作る、いわばプロ仕様だったのですが、今回はそのレシピを簡単にし、家庭でもできるようにアレンジしました」と発表している。藤本さんは、茄子の特徴を出すのにあえて焼き茄子の手法を導入している。「一旦、水茄子を焼いてその風味を出してからパイにしてオーブンで焼きました。そうすることで、和食でいう焼き茄子のようなイメージを持たせることができます」。流石に水茄子には果物ほど甘みがないために、ここではリンゴも加え、砂糖とレモン汁を使って酸味・甘味を足している。そうすることでフルーツとしての役目を水茄子が担えるわけだ。水茄子を「フルーツのよう」と表現したのは、井口さんも同じ。彼は、生でも水茄子を使い、「水茄子のゴロゴロサラダ ハーブ香るゴマのソース」と「水茄子と蕪とグレープフルーツのマリネ カカオの香り」を今回創作しているのだが、前者はフルーツサラダのイメージで作ったらしい。「フルーツっぽく感じたので生で使い、果実のように表現した」と話していた。井口さんは、「水茄子はどんな素材ともマッチする」と言う。何を合わせてもケンカをしない魅力があるのだとも。逆に選択肢が多い分、悩むらしい。「水茄子は、和食素材と思いがちだが、そうでもなく、どんな料理にもフィットしそう。使うだけで一気にオシャレ感が増す素材だ」と語っていた。
四人のシェフは、「水茄子が生か、浅漬けだけと利用が限られるのは勿体ない」と言う。灰汁が少なく、水分を多く含む点では生向きだろうが、火を入れると外がパリッとし、中が柔らかくジューシーになる。むしろ香りまで含めると長茄子以上に調理に向く素材かもしれないのだ。泉佐野の農家では、昔は農作葉の相間の水分補給に水茄子をかじったと言われている。水分を多く含むそれは、生食にはぴったりな素材であることは間違いない。けれど、そこに調理利用が加われば、さらに需要は高まるだろう。ラジオの収録時にシェフの一人が「鍋に入れてもいい」と言い出した。淡泊なので邪魔しないそうだ。ならば、冬の活用もありではないか。李順華さんのように蒸し料理に用いるならば、汎用性はぐんと広まる。今回の泉佐野産(もん)の検証では、面白い結果が得られた。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい