2018年03月
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 このコーナーでも何度か紹介して来た泉佐野産(もん)商品化プロジェクトからまたまたユニークなプランが発表された。それは福祉ではなく、農業の現場から介護問題に一石を投じたもの。“介護おやつ”と俗に呼称するお菓子の誕生である。せっかく農業の現場から発案するのだから一般人が食べても旨く感じ、それが介護用に使えれば尚いいと、料理開発を大仲一也シェフや徳田泰子先生(管理栄養士)とコラボして泉佐野市農林水産課が話を進めて来た。今回は2月26日にマスコミ発表された泉佐野産(もん)商品化プロジェクトについて書くことにする。高齢社会へと一歩ずつ歩み始めた日本にとって大事なテーマへの取り組みといえよう。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
泉佐野産野菜から高齢者にも
優しいおやつが誕生!
農業現場が介護問題に投じた
一つの解決策とは…。

なぜ、今、介護おやつが必要なのか

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私事ながら昨秋、伯母が亡くなった。小さい頃からかなり世話になっただけに悲しみは一入(ひとしお)だ。伯母は長い間寝たきりになっており、流動食で栄養を補給していた。身近な人が介護を強いられていることもあって、この所私の中では介護のあり方がテーマになっている。管理栄養士の徳田泰子先生に聞くと、流動食とて与え方次第で、その人の食欲を増すケースがあるそうだ。例えば、筑前煮を作るとする。一般的にはそれをミキサーで粉砕して流動食にして食べさせる。しかし、それでは単なる栄養補給にしかならず、食欲は湧いて来ない。それを徳田先生らは、増粘剤などを用い、粉砕していたものを成形し、もとの筑前煮の形に戻して提供するのだという。こうすることで介護される側も料理を食べている感覚が芽ばえ、食べたい気持ち(食欲)が出て来る。そんなことを繰り返しているうちに起き上って食べる人まで出て来るそうで、咀嚼できない、嚥下しにくいなどと諦めて流動食を与えるのではなくて、工夫することで食べる力を取り戻してやることが肝要だと改めて知らされた。
泉佐野市農林水産課では、2015年から市内の野菜を使って商品化するプロジェクトを推進して来た。そこで誕生したのが「魔法の松波キャベツ」で、これは泉佐野で産される松波キャベツをペースト化したものだ。同商品が生まれるきっかけを作ったのは、有馬温泉「御所坊」の河上和成総料理長。2015年度に泉佐野産(もん)商品化プロジェクトを実施した時に松波キャベツをペーストにして「キャベツの茶碗蒸し」を考案した。その時にキャベツをペーストにすることで調味料として使う案が芽生え、「レストフォー」の森靖子さんや「いただきますねっと」の杉森史明さんがペーストを商品化することを市に提案したのである。この「魔法の松波キャベツ」は、昨春テスト販売し、好評のうちに売り切っている。
この時に使った人から「ペーストにしているのだから乳幼児や介護の現場でも活用できるのでは…」との意見が出た。そこで前述の徳田先生の話を思い出し、市の農林水産課が彼女にアドバイスを求めた。徳田先生は、介護の現場で流動食を再成形してもとの料理の形に戻して提供する手法を推進しているが、グループホームなどの施設によっては、業者から食事を配達してもらっていたり、調理の専門家がいなかったりと、それを行うのにハードルがあって諦めている所がほとんどだそう。殊、食事となると、技術がいるので職員ではままならないのが現状のようである。

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市の職員やスタッフが彼女と話しているうちに出て来たのが“介護おやつ”なる考え方。これは、一日三食の食事ではなく、食間や食後に食べるおやつを対象として先の考え方を用いるやり方である。徳田先生も「介護食はハードルが高く導入できなくても、おやつなら職員でもできるとの声もあって、しかもレクリエーションの一環になるので、期待は高まっている」と話している。ならば、野菜をペースト化する手法を介護現場に用いて“介護おやつ”にするのがいいのではなかろうかとの意見が出て来たのである。
泉佐野市は古くから農業に適する地とされ、農業従事者も府下では多い。土壌と気候環境がそうさせている因で、技術も高いといわれている。だから市内で産する野菜は甘みがあってペースト化には向いているとの料理人からのアドバイスもあった。なので「魔法の松波キャベツ」ばりに他の野菜もペーストにし、調味料として使うのがいいと思った。徳田先生も「魔法の松波キャベツ」を販売時に買い求めて“介護おやつ”にテストしており、使えるという証明もあったのだ。「野菜を摂りましょうと声高に叫んでいますが、介護される側全体の食事量が少ないせいで、野菜不足に陥っているんです。“介護おやつ”に野菜のペーストを用いれば、摂取量不足が若干でも補えるでしょうし、野菜の甘みで砂糖を減らすことも可能です」と徳田先生もその使い方に賛同してくれた。
泉佐野市農林水産課では、市内産の野菜をペーストにして“介護おやつ”に用いる考え方を「泉佐野産(もん)プロジェクト」の一環として行おうと企画し、徳田先生をアドバイザーとしてそのやり方を模索することになった。ここで必要なのは“介護おやつ”を具現化する料理人。2015年度の商品化プロジェクトにも参加した「農家厨房」の大仲一也シェフは、自身も堺で田畑に入って野菜や米を栽培しているので泉州の産物の良さは十分に理解していると思われる。そこで彼に“介護おやつ”の具現化を要請し、泉佐野市農林水産課、管理栄養士(徳田先生)、料理人(大仲シェフ)の三位一体によるプロジェクトが始まったのだ。

里芋で作っているのに、なぜか餅感が得られる

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農林水産課の職員が市内産野菜のペーストを「農家厨房」に送り、徳田先生のアドバイスを入れながら大仲シェフが“介護おやつ”を考案していく。そんなやり方が進められた。大仲シェフがよく言っていたのは「私は料理人なので美味しくしてと言われれば、その術はわかっている。でも、口内で噛むこともなく、誤嚥を招かぬよう溶けてほしいと言われてもどうしていいかわからないのが現実」という感想。咀嚼できない、嚥下しにくいは想像していても実際は健常者(大仲シェフ)が作るわけだからそれが口中でうまく運んでくれるかがわかりにくかったのだろう。その証拠に徳田先生から「まだまだ硬いです」とか、「舌や喉にひっついてしまう」などの意見が度々出されたようだ。それがかえって一流料理人のプライドに火をつける結果となり、意地でも誰もが驚くような“介護おやつ”を作ってやると試作を繰り返して完成させるに至っている。
大仲シェフがこだわったのが“松波あられ”なるフレーズ。年寄りは、煎餅やおかきが好きで、どうしても介護必要者にそれを食べさせてあげたいとの優しい気持ちからのこだわりである。それに“松波あられ”や“松波煎餅”の呼び名が商品名的にしっくり来たからであろう。中華風海老せんの如く作った「松波キャベツの海老せん風」は、「最も甘い箇所だから」と松波キャベツの芯部分を使い、それを粉末状まで潰して米粉と混ぜている。塩と砂糖を少しだけ加えるが、その甘みは松波キャベツが有すもので、蒸して伸ばし乾燥させて揚げている。海老は使用していないが、商品自体をわかりやすくするために海老せん風と表現した。大仲シェフによると、薄く伸ばすのに技術がいるそうで、口内で溶ける設計になっている。一方、「チーズ煎餅」は、見ためにはクラッカーだが、食べると煎餅というのがよくわかる。米粉と松波キャベツのペースト、クリームチーズを水と合わせ、なじませてからオーブンで30分程焼く。サクサクしているわりに、歯がなくても食べられる。口内でやがて溶けていくようになっているので喉にひっかかる心配もない。あと一つは「もう少し研究は必要だが…」と前置きしながらもぬれせんべいからヒントを得た「松波煎餅」。これもいずれは介護おやつに適するものとしたいと意欲満々で、そうなれば煎餅類が三つ揃うことになる。

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餅や団子はお年寄りが好むもの。でも喉にひっかかる恐れがあると、家庭や介護の現場では敬遠せざるをえなくなっている。「これが喉にひっからず、うまく溶けたなら」と考えたのが里芋で作った団子だ。なぜ里芋なのかを徳田先生に聞くと「里芋は芋くささがなく、その特性がいかせるから」だそう。薩摩芋やじゃが芋でやると、団子や餅の味は感じられず芋の風味が勝つらしい。「里芋は芋の味が強調されず、粘りがいかせる」そうで、米粉を用いることで団子の風味もいきてくる。これが米だと、またその味が勝ってうまく団子らしさが出ないようだ。大仲シェフは、徳田先生のアドバイスをもとに市内産の里芋を使用して喉に詰まることがない団子を作った。一つはポピュラーな里芋(プラス米粉)だけのもので、もう一つは人参、さらに一つは春菊を入れて彩りある団子に仕上げている。カラフルに三つを串に刺して提供してもいいが、あんこをまぶすとより美味しくなるようで、これらの団子を漉しあんで包んでいる。「里芋をゆがかず蒸して米粉を加え、混ぜ込みます。米粉を入れないとモチモチ感が出ないんです。それを漉して形を整え、団子のように丸めていきます。さらに蒸して仕上げるんですよ」。人参の団子にする場合は、その甘みや質がよくなくてはダメ。変なものを使うと、人参臭さが強く出てしまう。大仲シェフ曰く「11月~1月ぐらいの人参がよく、やはり旬は大事にすべき。夏の人参は臭みが強いので使えない」と話していた。里芋と米粉で作られた団子は、モチモチした食感がいき、まさに餅米で作った団子を食べているかのよう。それでいて口内でとろけて喉を詰まらせる心配がないのだから驚かされる。
大仲シェフはその他にも人参の生チョコ風やホットケーキミックスを駆使した蒸しケーキを介護おやつとして開発しており、本プロジェクトでは8つが商品化されている。「できれば当店でも期間限定で出したい」と話しており、開発した数品が「農家厨房北浜店」でお目見得することになっている。
ここで忘れてはいけないのが、本プロジェクトを実施したのが福祉分野ではなく、農業分野からの提案ということだ。農業から介護に一石を投じるのも大事だが、もっと大切なのは健常者もそれを食べて旨いと感じねばならない点。だから大仲シェフは、徳田先生からの介護用に適したものにとのアドバイスは重視しつつも、一般向けにも出せるおやつとして作っている。我々一般人が食べて美味しく、その味わいを家にいるお年寄りに安心して味あわせてやりたい_、そう思えるようなものに作ったと話していた。
「農業の現場からの提案は、栄養価があって甘みもある泉佐野の野菜をペーストにして調味料として活用してもらおうというもので、その一つとして今回の高齢者にも優しいおやつが生まれました」と同誌農林水産課の弁。もしこの考え方が広まれば、泉佐野産(もん)の活用方法は広がりを見せるはずだし、一般家庭から介護施設までその品質(素材)の良さが訴求できると思われる。高齢社会へ向けて本プロジェクトが投げかけた問題点とその対処法_、そこに面白さが表れているのだ。今年の泉佐野産(もん)商品化プロジェクトは、かなり意義のあるテーマとして我々の社会に訴えかけている。

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