2016年03月
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4月15日に発売になった「漁師めし絶品101選関西版」(プレジデント社刊)は、当社が編集を担当したMOOK。関西圏で日帰りできそうな漁師町のごちそうを掲載したものだ。こんな本が出ることからも最近は、地魚や地野菜といったものが脚光を浴びているのがわかる。昔なら田舎の料理=野暮ったくて美味しくないだったのが、今では都会の店をも凌ぐレベルになっている。その秘密は、なんといっても食材の良さにある。鮮度とは、都会ではどうしようもないものなので、それをうまく使われてしまっては都会の店は形なしなのだ。今回の「食の現場から」は、「漁師めし絶品101選関西版」を編集し終えて思ったことを書いてみる。いわば、同書の編集後記のようなものである。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
漁師めしブームに思う、
都会と漁師町の味のレベル差

「漁師めし絶品101選関西版」を編集した!

 「漁師めし」なる本を上梓した。プレジデント社から出版されているもので中期本(MOOK)の類である。この本の編集を持ちかけてくれたのは、東京の凸版印刷。何でも神奈川・千葉を取材した「漁師めし絶品100選」が売れたので、この勢いに乗ってその関西版を発行したとの話であった。“漁師めし”とは、漁師が家庭で食しているものではなく、漁師町のごちそうをイメージできる料理。つまりきれいなレストランや料理屋で提供されているものよりも少し野暮ったさが出た地方の料理屋や漁協直営の店舗を取材対象にしているのだ。
編集の話をもらったのは1月で、GW前には書店・コンビニに並べたいとしていたから時間はない。凸版印刷と諸々の交渉をし、取材体制を整えているうちに2月半ばになってしまった。ただ当方は、食に通じている。闇雲に店を探すわけでもなく、ある程度の当たりはあった。関東版が神奈川・千葉の二県に絞ったのに対し、こちらは県を特定せず、大阪の街中から日帰りできそうな地域を想定して取材地を絞った。だから「漁師めし絶品101 選関西版」は、淡路島・瀬戸内・日本海・大阪湾・和歌山のエリアに分かれている。
 魚介類を取材するのだから和歌山は欠かせないが、さりとて勝浦や新宮は決して日帰り圏内ではない。せいぜい白浜辺りが関の山ということもあって和歌山市内と湯浅・田辺・白浜を取材した。湯浅界隈では「湯浅醤油」の新古敏朗さんに以前連れて行ってもらった店を二軒教えてもらったのだ。そのうちの「ドリーム」は、漁師がやっているカフェ風の店。ところが昼には店主が釣った魚が付いたランチが味わえる。そのユニークさが、これまたこの本にフィットしている。私が取材するわけではないが、新古さんから教えてもらった連絡先にスタッフがかけて取材することにしたのだ。
当方のスタッフはなかなか心強い。笹谷さんは、マグロの解体ショーの企画をやっているので、海産物を販売している所に強い。カメラマンの武部さんは、毎年小浜に撮影に出かけており、日本海にコネがある。坊垣さんや辻並さんは、フードコーディネーターでもあるので食に通じている。おまけに私は漁協にパイプがあるのだ。そのパイプを利用したのが表紙写真と由良漁港・明石浦漁港のルポ。海幸丸水産の橋本さんや「御所坊」の河上総料理長が協力してくれたので、いい記事ができあがった。
表紙には豪華さを醸し出したいと橋本さんに無理を言って魚を揃えてもらった。由良では春から黒ウニが解禁となるが、撮影の2月は禁漁。だから他の港へ手を回してウニを獲って来てもらった。伊勢エビも夏が旬のもの。冬場は揚がることはないらしいが、なぜか取材日にはあった。橋本さんは、「曽我さんが来ると不思議なことが起こることが度々あって、何日か前に伊勢エビとハモが揚がったんです」と話している。ハモは冬場には冬眠するのでめったに網にかからない。伊勢エビとてこの浜では何カ月ぶりの水揚げだったらしい。

ひょっとしたら都会の店より上かも…

 漁師めしがブームのようになっており、車を飛ばして漁師町へ出かけて食事をするケースが目立って来ている。由良漁港から少し走った所にある「新島水産」は、貝類の卸し。三代前から営んでいるらしいが、行くと倉庫のような所で食事が振る舞われている。新島芳実さんに話を聞くと、バーベキューの素材にと買いに来る人が増え、彼らが「いっそのことここで食べられればいいのに…」と言ったことから現地で磯焼きを提供するようになったのだという。倉庫と見紛うのは当たり前で、貝の卸しにはプール(生け簀)はいれどもきれいな店は必要ない。でも流石に倉庫で食事はつらかろうと、一部を部屋にしてテーブルなどを配し、飲食店さながらのスタイルに改装した。食事は四部制(11:00~、11:30~、13:00~、13:30~の各2時間制)。スタート時間が決まっており、それに合わせて客が出かけていく。店に客が合わすという、都会の店らしくない雰囲気がこれまたいいのだ。
グルメブームが定着して久しい。ブログなどを誰もが書くようになってさらに激化した嫌いはある。飲食店レベルが底上げされ、どこでも一定基準を満たしたものが味わえる。一方でブームで広がったために鮮度とは都会ではどうしようもないものだとの結論に誰もが達してしまった。だから“漁師めし”を求めて車を走らせるのだ。

かつて田舎の食事というと、野暮ったさが抜け切れず、味も必要以上に濃かったりして、旨いとは言い難いものだった。それが雑誌やテレビで都会の洗練されたレシピを紹介するものだから、田舎の人でも「こうしたら旨いものができる」とわかって工夫するようになったのだろう。素材に関しては都会を凌ぐものばかり。鮮度があって味がしっかりしているものをシンプルに調理する術は、実は彼らの方がよく知っている。素材の良さをアピールされてしまうと、都会の店は形なしになってしまいそうだ。
かつて「アランシャペル」の上柿元シェフがハウステンボスができた時に長崎へ移ったことがあった。その時に言ったのは「田舎にはすごい素材が眠っているが、それを調理する腕を持つ奴がいない。彼のような達人が、田舎の素材に出合ったら、さぞすごい料理ができるだろう」と。それくらい当時は、地方と都会に調理の差があったのだ。
「漁師めし」の編集を終えて思うのは、その頃のようなレベル差が徐々になくなりつつある事実。都会のハイレベルな店ならいざしらず、どこでもありがちな居酒屋などは、常にメーカーが出す調味料や冷凍食品に頼っているのだから、そんな点では地方の漁師めしの方がよっぽど上といえよう。大漁旗を店先に掲げ、さも地方直送のように謳っている店よ、本当にそれは現地からトラックで店まで運ばれて来ているのか?中央卸売市場でセリにかけられ、魚屋が運んで来ているのなら、旗に偽りありではないか。そう思うと、大漁旗や漁港直送の文字をすぐにでも引っ込めないといけない店は沢山あるに違いない。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい