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企画ものは一年で終わってしまっては、その思いややりたいことが伝わり切れない。私は常々そう考えながら仕事をして来ている。だから継続こそ大事で、それを毎年毎年繰り返すことでムーブメントが起こせるのだ。今回は、このコーナーの24回目に書いた酒粕プロジェクトの2016年版についてふれたい。神戸酒心館と御所坊の鍋対決から始まった酒粕プロジェクトは、ついに地域も巻き込んだムーブメントになりつつある。2016年2月に発する‟岡本酒粕郷土料理宣言”について記しておきたい。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
神戸の郷土料理だったなんて⁉
酒粕文化存亡の危機に何をすべきか
酒粕が存亡の危機を迎えていることは、昨年このコラムで書いた。その原因は、大手日本酒メーカーの技術革新による。大手の酒蔵は、効率よく酒を造るために高熱液化仕込み(高温糖化法)を採用して来ており、それで酒粕が出なくなった。出たとしても絞りに絞っているためにクッキーのように硬くなっていると聞く。技術革新は企業の知恵でいいことなのだが、肝心の酒粕が出なくなってしまっては食文化の一つが消えてしまいかねない。そう思って昨年、神戸酒心館の久保田常務らと酒粕プロジェクトをぶち上げたのだ。昨年1月にマスコミにその概要を発表するや、興味を抱いてくれる人が続出で、新聞や雑誌、ラジオ、テレビなどが取りあげてくれた。一回メディアに流れたからといって納得してしまっては、本当の思いが伝わり切れない。かといって同じこと(さかばやしと御所坊の酒粕鍋対決)をやったのでは、これまたニュースになりにくい。そんなことを昨夏からずっと考えていた。
粕汁は、関西特有の文化だと前にも書いた。一部地域には、それをすする食習慣が存在するが、全国規模で見るとローカルなものらしい。特に愛知以東はなじみがないようで、関東や東北の人に粕汁の話をしたとて伝わらない。関西でも東国ほどではないが、近年は粕汁を味わったことがないという若い子達が増えて来たように思う。私が育った灘は、新酒の発売を待って正月前には絞りたての酒粕をうんと買い込み、冬中粕汁を作ったものだ。 そんな話を毎月岡本商店街の事務局で行う神戸産野菜のブランド化会議で話したら、岡本商店街振興組合理事長の松田朗さんが乗り出して「いっそのこと、東灘の郷土料理だと言って旗上げしましょう」と言ってくれた。流石に粕汁を灘五郷がある灘や東灘に限ってうちの郷土料理だと宣言してしまうには問題が多い。しかし、このままでは、せっかく立ち上げた酒粕プロジェクトが2015年だけの企画になってしまいかねない。そう思って岡本商店街の企画に乗せることにしたのである。
色んな店舗が意外性のあるメニューで酒粕文化をアピール
話が出たのは、昨年の10月ぐらい。いつもの会議にはJA兵庫六甲や神戸市、それに兵庫県神戸県民センターの人も参加しているので、神戸産野菜のPRも兼ねて行うことが決まった。実施期間は今年の2月1日~29日の1カ月間。岡本商店街振興組合に加盟する店々で、「福寿」の純米吟醸酒粕と神戸産の野菜を使うことを条件にメニューを考えてもらうのだ。11月の下旬に各店舗に告知し、酒粕プロジェクトの説明会を行った。講師は理論の確かさと話の面白さに定評がある「神戸酒心館」の酒ソムリエ・湊本雅和さん。広報担当でもある同社の坂井和宏さんと湊本さんに好文園ホールまで出向いてもらい、酒粕とは何たるものかからその使い方、効能まで話してもらった。岡本の街では、常にフェアを実施しているが、その喰いつき方は他の企画以上で、普段説明会に参加しない店の人までが来るほどだった。
酒粕のレクチャーを受けて帰り、12月中に各店がオリジナルメニューを創作する。粕汁や酒粕鍋が大半ではと思っていたこちらの発想力のなさをせせら笑うかのように各店舗が出して来たのは、ほとんど意外性のあるメニューだった。下記は参加13店舗の「福寿酒粕」×神戸産野菜のオリジナルメニュー。和食店よりもカフェなどが熱心に参加の意志を示してくれた点と、洋風メニューが多かったのが意外な点。神戸産の春菊と酒粕を材料にして生チーズを作ったところもあれば、ココアやラテに酒粕を用いたところもある。中でも阪急岡本駅そばにある「L’accent」の店主はフランス人。アルザス地方の人らしいが、彼はこの日本独自の発酵食品に興味を示し、フランスに持って行きたいとまで言ってくれた。 1月22日に好文園ホールで記者発表を行い、大々的に「酒粕料理が神戸の郷土料理だ」とぶち上げ、1カ月かけてその旨さを店々で喧伝する。1月初めにその内容を知らせるチラシがアップした。そこには、酒粕存亡の危機を察して兵庫県神戸県民センターや神戸市産業振興局といった公がその名を連ねてくれている。さて岡本商店街振興組合が主催する今回の酒粕プロジェクトは、どんな思いと産物をもたらしてくれるのであろうか。遊び的で面白く打っては出るものの、その思いは真剣そのもの。冬になると日本酒(新酒)の発売を待って酒粕を買い込んで、それで料理を作るという灘や東灘の風習を我々の時代でなくしてなるものか!
<取材データ>
岡本商店街の2月のフェア(2/1~2/29)
神戸産野菜×酒粕特別メニュー
「知っとう⁈酒粕を使った料理が神戸の郷土料理だったなんて!!」
<参加店>
1.Café tuoli
鹿肉カレーセット 1200円
キャラメルとハチミツの酒粕ラテ 700円
2.辰巳茶房
フィッシュ&チップス 850円
3.アリオリオ
郷土料理パスタ 1000円
4.神戸・岡本C∔ozy café
フラボノイドで潤い美人!赤い糀甘酒☆純米吟醸酒粕入 650円
5.カフェ・ド・ユニーク
酒粕マシュマロとココア 598円
酒粕ホワイトチーズきのこグラタンorドリア 1133円
6.L’accent
酒粕&神戸産にんじんのジンジャービスコッティ 380円
7.いしころカフェ
神戸産お野菜の酒粕クリームドリアorグラタン 920円
8.日本茶カフェ一日(ひとひ)
酒かすクリームのかき氷 830円
9.BARGANCHAN(バルガンチャ)
瀬戸内の寒サバの酒粕漬けと神戸野菜のマリネ 756円
10.とっとり居酒屋やませ
やませ特製土鍋で作った酒粕シチュー 972円
11.La casa
甘酒カスタードと章姫いちごのパンケーキ 1150円
12.レオニダス&ガトーエモア神戸岡本店
酒粕タルト 1080円
酒粕マカロン 216円
酒粕フォンダンショコラ 410円
13.淡路のビストロ manki
春菊と酒粕の生チーズ 600円