2018年10月
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 第65回にeスポーツの話を書き、そこでスポーツバーに少し触れた。スポーツバーとは、その名の如くスポーツを媒介にしてそれをアテに酒を飲む場所を指す。どうやらアメリカがその手のものの発祥らしく、現地で大リーグ中継観賞に触れて、帰国後憧れを抱いて店を持つ人も多い。日本のそれは、プロ野球やサッカーが主となっているが、中には競馬やゴルフ、バスケットボールといったものもあるようだ。某紙の取材でスポーツバーをいくつか巡った。そのいずれもが確実に常連客を獲得しており、同じ趣味を持つ人が集うことで安定的に運営していることに気づいたのだ。よく飲食店を安定化させるにはリピーターを獲得することにあると論じられる。そこで今回は、リピーター獲得という視点からスポーツバーを覗いてみることにする。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
純粋にスポーツの面白さを仲間と語りたい_、
その一心がスポーツバーの安定化運営の要となっている。

スポーツバーはリピーター獲得の格好なアイテム

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飲食店にとって常連客獲得は重要な要素。その数次第では新規顧客が少なくとも十分やっていけるといえる。某紙の取材でスポーツバーに絞って数軒話を聞きに行った。そのどれもが常連がきちんと付いており、人気店・評判店として評価されている。考えるに、スポーツバーは常連が付きやすいシステムにある。店主自身が野球やサッカー、競馬といったスポーツジャンルに精通しており、同じような趣味人が集まりやすいからだ。友人を作る時でも同じ趣味なら話が盛り上がりやすい。それと同じ理由で常連になっていく。店主は一つのジャンル(スポーツ)に秀でていればよく、客との会話が進めば進むほど居心地はよく感じるはずだ。
辞書でスポーツバーを引くと、野球・サッカー・バスケットボールなどのテレビ観戦を主にした飲食店とある。この手の店は、非常にアメリカ的雰囲気を持たせたものが多い。米国では昔からペイチャンネルが盛んで、メジャーリーグ中継を店の大画面に映し出し、酒片手にその内容に興じる姿がいかにもスポーツバーらしさを醸し出していたからだろう。現に西宮北口でスポーツバー「CBGB」を営む奥川明さんは、ニューヨークのスポーツバーの影響を受けて店を始めたと話している。奥川さんが訪れたバーは、店内が段々になっており、まさにスタンドっぽい造りのように席が配されていたそうだ。彼同様に渡米してスポーツバーを体験して帰国後、同じような店をやりたいと思った経営者は少なくはない。

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昨今、インターネットでスポーツバーと検索すると、かなり多くの事例が示されている。その大半は東京で、関西でも大阪に集中しており、大都市圏で成立する飲食店ジャンルだというのがわかる。地方はまだまだ酒といえば、オーセンティックバーが関の山で、スポーツバーまで到達するほどコアな消費者がいないのであろう。関西でもキタやミナミにスポーツバーが集中するのだが、意外なのは西宮にその手の店が点在することである。西宮というと、甲子園球場があり、阪神ファンが集まりやすい。かつては西宮球場も存在していたし、関学があるのでアメフト人気も高い。
甲子園球場23号門からすぐの所にある「Joe-Guy」は、日本でのスポーツバーの走りであろう。店主Massieさんがリグレー・フィールド周辺(シカゴ)のスポーツバーに影響されて1990年に始めたというからすでに29年の歴史を持っている。阪神ファンは、試合が終了するとこの店へ直行し、ウサをはらす(勝った日は祝杯をあげる)。米国のスポーツバーの如く、店内には有名選手のユニフォームが並び、時にはその日の中継解説者(元プロ野球選手)も来て一杯飲っている姿も目にする。
前述の「CBGB」は、西宮球場の元お膝元・阪急西宮北口駅近くに位置している。営業は19時から翌1時まで。こちらは1997年のオープンで、これまた他のスポーツバー同様、所狭しとユニフォームやグッズが置かれている。面白いのは、カウンター奥に広陵・池田・星稜・天理・PL・浪商といった有名校の野球ユニフォームが吊ってある点。奥川さんの話では、元球児達が持ち込むらしく、「全て預かり物」とのことであった。ただ、ここまで来れば「CBGB」の一風景に溶け込んでおり、高校野球ファンは借り物といえど、袖を通して記念写真を撮ることもしばしばある。地元の強豪校・報徳学園のユニフォームがありそうなものだが、吊るされていないのは、同校は生徒へユニフォームの貸し出し制度をとっているので卒業後に学校に返却せねばならない。だから地元球児といえども一着もないのだそうだ。「CBGB」には"阪急ブレーブスおとな会"なるものもある。これはかつて球団があった時に子供会を募集していたことに端を発している。当時の"阪急ブレーブス子供会"メンバーが任意で、洒落っ気もこめて募集した。入会する(500円)と、会員証が手渡され、そこには2036年12月まで有効と書かれている。奥川さんは「その年が丁度阪急ブレーブス創立百周年にあたります」と説明する。つまり百年目までは通用(?)するようだ。すでに2000人も入会しているらしい。ちなみに「CBGB」は、西宮北口駅の北側(西宮市甲風園1-7-13 ☏0798-67-5838)にある。生ビール500円、ハイボール800円と色んな酒があるので一度行ってみてはどうだろう。私のオススメは、「ティント・デ・ベラーノ」(800円)。赤ワインをジンジャーエールで割ったアンダルシア(スペイン)のカクテルである。バルセロナでサッカー観戦をした時に皆が飲んでいて印象に残ったので奥川さんが作り始めたとのエピソード付きの一杯だ。軽くグビグビ飲れるのでスポーツ観戦には持って来いだ。

正真正銘の関係者が一杯飲りに来る

 

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「CBGB」が野球中心ならこちらは競馬ファンが集うスポーツバー。東心斎橋にある「とねっこ」(大阪市中央区東心斎橋1-15-1 ふぁみーゆ東心斎橋V5階☏06-7710-4800)は、井坂孝さんが自身の趣味をいかして2015年11月1日にオープンさせた店である。井坂さんはトラックドライバーなど色んな仕事を経験して来た。昔から競馬が好きで、競馬グッズを沢山集めていたそうだ。「買っても買っても飾るわけではなく、箱に入ったまま。それじゃ勿体ないと、このグッズが生きるものをと考えたら、競馬バーでした」と開いたきっかけを話してくれた。ここで放映されている(テレビに映し出される)のは、グリーンチャンネルを中心とした競馬中継。来店者はそのレース映像を観て、あれこれと競馬談議に興じる。平日は18時からの開店だが、JRAのレースがある日曜は15時からやっている。道頓堀のウインズで馬券を求め、ここへ来てレース観戦をする人が多く、メインレース近くの時間に開いているのだとか。
「CBGB」の壁にはユニフォームがあるように、「とねっこ」には競馬グッズがズラリと並ぶ。中には実使用のゼッケンなどレアなものもあり、なぜこれが「とねっこ」にあるのか不思議に思えてくる品も見られる。壁の色紙には、須貝・友道・角居・清水といった有名どころのサイン。これらの調教師が普段から訪れているのを物語っている。井坂さんに話を振ると、某馬主がふらりと訪れたのがきっかけで、その人が競馬関係者を連れて来るようになったようだ。彼が来たのもビルの看板に「楽飲処とねっこ」と書かれていたことによる。とねっことは、当歳仔で、数え年一歳の馬の意。この競馬用語を付けた店名を馬主が見つけて覗いたのがきっかけ。その他に通訳の人が常連になっており、訪日したホワイトやボウマンといった世界のトップジョッキーを連れて来るという。それが一回こっきりじゃないのだから凄い。世界的な騎手まで「とねっこ」を知っていることになる。

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お酒一辺倒のスポーツバーとは違い、ここには食べるものもある。もともと井坂さん自身が料理好きだったことにもよるだろうが、店を開く時にちょっとした手料理も振る舞いたいと考えた。なので"楽飲処"とサブタイトルを付けている。料理は「キーマカレー」(900円)や「プレーンオムレツ」(500円)などで、全て手作り。そのうち前者は調理に3~4時間かけるという自信作。話を聞くと、じっくりこだわって作っていることがわかる。余程料理好きなのだろうと思った。井坂さんによると、「なっとうと玉ねぎのハンバーグ風」や「ボリュームたっぷりのキャベツ焼き」「玉ねぎの丸ごと蒸し」も人気があるそうだ。
昨年の秋に全国の競馬好きが集い、交流会が開かれた。北海道から九州までの競馬ファンが「とねっこ」に集まった。これとは別に「一口馬主さん集いの日」も同店で催されている。実は井坂さんは、キャロットクラブの一口馬主になっている。このことにより、競馬の観戦が少し変わったらしい。今までは勝ち負けの馬券勝負に徹したが、今は無事に走ってとの親心で観ているという。「できれば自分の馬(一口馬主)がメインレースを飾るのを見たい」と話す。競馬ファンから競馬バーの店主、そして一口馬主へ_、その活動域が広がる度に交流が広がっていく。そして同じ趣味を持つ人達が集う場としてスポーツバーがある。まさに常連獲得の理想的な姿かもしれない。ただ誤解しないでほしいのは、彼らは純粋なファンとしてスポーツに接していること。それがなければ、スポーツバーは続かない。

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