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我々は大変な春を迎えてしまった。昨年暮に中国で新型コロナウイルスが発生したとの報道を耳にした時は、なんとなく他人事のような気がしていた。それが欧米まで波及するや、海外の都市ロックダウンよろしく、日本まで自粛という名の経済活動ストップが行われてしまったのだ。新型コロナウイルス感染によって世の中の飲食店が困窮していることは連日の報道で誰もが知っていること。なのでこのコーナーでは、それに触れるまいと思って来た。ところが飲食店のみならず、その影響は多岐に及び、魚の水揚げにも関与して来た。せっかく「食の現場から」のタイトルをもらっているのにコロナウイルス禍を書かずにおられないと考え、今回は筆をとった。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
外食文化の危機。
恐れるばかりではなく、早くこれまでの生活を
取り戻さなくてはいけない。
新型コロナウイルス禍で、街に人がいなくなった
5月初旬の平日、15時ぐらいに京都に行った。目的は困っている飲食店を救う企画で、ある人に会いたくなったからだ。その時、JR京都駅2階にある改札口を出たのは、なんと私一人だった。4月初めに緊急事態宣言が発せられ、国民がこぞって自粛生活を余儀なくされていたのだから人が少ないのは仕方ないだろうが、それでもこの大きな駅で私一人だったことは驚かされる(他の改札口には数人いただろうが…)。中国・武漢で感染が始まったと思われる新型コロナウイルスは、日本にも感染が拡大し、ついには都市機能を停止させるまでに至った。ほとんどの飲食店は休業を強いられ、まさに日本の食文化が、家庭での食事を除いてはストップしたのである。前代未聞の由々しき事態に私達は戸惑うしか成す術がないようだ。夜の営業は20時まで、酒も1時間ほどの提供と決められれば、収益は望めなくなってしまう。昼営業は可といえども人が歩いていないのだからこれまた利益は期待できない。「プロの味を家庭に持ち帰って」と始めたテイクアウトだけでは、補えるわけもなく、政府の対応のつまずきや給付金の遅れから「永久にシャッターを閉めねばならない」と飲食店店主は頭を抱えている。普段なら桜の花見に、歓送迎会、入学や就職の祝いにと、何かと華やいだ集まりがある春だが、今年に限っては寂しい限り_、我々は考えたこともなかったとんでもない季節を過ごしてしまったようだ。
海外からの渡航をシャットアウトしているからだろう、当然ながら関西国際空港も閑散としている。そのそばに位置する「ホテル日航関西空港」もこの時期は営業しているものの、レストランは臨時休業。唯一開けている「ザ・ブラッスリー」では、「牛筋入りビーフカレー」のみをこの期間だけ500円で提供していたのだ。「500円とはまた安い!」そう私が言うと、ホテルのスタッフは「不要不急の外出を控えている時期でレストランの営業は成り立たないのですが、空港には働いている人がいるために、そんな人向けに我々は食事を提供しなければいけないのです」と話していた。なのでホテルなのに安価な500円カレー。安くても味は一級品である。基本のカレー(500円)にポークカツや鶏の唐揚げをトッピングして注文することで少しでも豪華さを出そうとの苦労が窺えるメニューだった。自粛によって営業をストップさせねばならないといっても場所によっては周辺の労働者のことまで考えてメニューを作らねばならぬのかと、同ホテルを訪れて改めて知った次第である。ホテルは公共性のある所なのでこんな時期でも知恵を絞ってメニューづくりをしているのだと思うとつくづく頭が下がる。「自粛を早く解除しろ」と言うのは簡単だが、ホテルの人のやり繰りを考えると、外野として気軽にそんな言葉を発するのが無責任のように思えてならなかった。
5月後半に京阪神地区は緊急事態宣言を解除し、新しい生活スタイルを導入しながらの店営業が始まっている。ただ県をまたいでの移動は、この時点ではまだまだ控えてほしいと言っており、旅行業界に活気が戻るのはもう少し先になりそう。私と親しい有馬温泉でもようやく日帰り温泉を解禁したようで、「金の湯」や「銀の湯」が利用者制限を行いながらもオープンしたとニュースで報じていた。旅行業界は近年、外国人旅行者に頼っていた所があった。けれど数字を見れば、全体の旅行者数の約7割が国内のもの。いわば、インバウンド景気の恩恵を受けていた旅行業界でも日本人の旅行がシェアの大半を占めているのだ。ましてや民主党政権下だった時代には、外国人観光客はまだまだ少なかった。ならば数年前をモデルケースとして収益構造を組み立てるのがいいのではなかろうか。近隣の府県をターゲットにしてPRして行く_、そんなプランが今は必要なのだろう。
その影響は魚の流通にも…。今はコラボして次なる手を
飲食店の休業に目が行きがちだが、漁港とてもやはりコロナウイルス禍に悩んでいる。淡路島由良漁港で話を聞くと、魚が売れないから漁師はついに週休三日制になったそうだ。外食は減っても内食では潤っている。だからスーパーはどこでもごった返しており、日頃の3割アップの売上げが見込めるという。スーパーで魚が売れるのだから漁港は困らないだろうというのは素人考え。スーパーは大量仕入れを行うので九州などの漁港や卸しと直接取り引きを行っているのが多い。一部のみがその恩恵に預かっており、大半の漁場は魚を余し気味。まして明石や淡路島といったメジャーどころは、高級魚として流通させるために飲食店が閉まってしまうと、たちどころに行くあてをなくしてしまう。由良漁港の話では、春にキロ4000~5000円程値をつける鰆が売れないから1000円にまで値下がっていたようだ。同漁港で仲卸しを営む海幸丸水産では、水揚げされたばかりの鰆をタタキにしてネットで流したならば、常連客(一般人)からすぐ「買いたい!」と注文が入り、クール便で宅配したという。
私はそんな話を聞き、一つの案を閃いた。飲食店は、緊急事態宣言が解除され、通常営業に戻ったとはいえ、イベント型の食事会は当分行えそうもない。先月、「名料理、かく語りき」に登場した「さかばやし」でも1~2カ月の割りで「旬の会」なるイベント型食事会を企画していたが、それも当分できないと話していた。そこで由良漁港の橋本さん(海幸丸水産)と組んで「おうちで旬の会」なる食事セットを販売することにしたのだ。
同企画は、6月に淡路島のタコしゃぶ、7月に鱧といった具合に旬ごとの魚介類をテーマとして設定し、水揚げされたばかりのものを「さかばやし」に直送してもらい、到着後、加賀爪料理長が捌いて鍋セット(野菜や一品料理も付ける)にするというもの。そして15時から予約制でそれを店に取りに来てもらうのだ。「さかばやし」の幸徳店長によると、「おうちで旬の会」セット販売は毎週土曜の午後に行う予定。前週の日曜までに予約をし、土曜の15時~19時までにそれを「さかばやし」に直接取りに来てもらうシステムにしたようだ。あえて宅配にしなかったのは、鮮度の良さを重要視するためで、このやり方なら一般市場より早く由良の海産物が手に入ることになる。本来なら、6月は明石のタコで、7月は由良の鱧でと食事会(旬の会)を催す予定だったのだが、このご時世、まだまだ多くの人が一同に会してはやれないだろうと踏んだ。せめて家で料亭(料理屋)レベルの魚を味わってもらえればと「おうちで旬の会」を企画した。幸徳店長が常連客に第一弾をDMで知らせた所、反響は良かったようで、「セットを取りに行くついでに日本酒も買って帰るわ」(「さかばやし」は、神戸酒心館の蔵内にある)との声もあった。「さかばやし」では、夏越しの大祓にちなんだ辛口の生酒「夏越しの酒」をそれ用に準備して販売するとしている。
都市をロックダウンしなくても日本人は自粛を要請するだけで何とかウイルスを封じ込めようと動く_。その反面、他に同調する嫌いが強く、解除されているにも関わらず、これまでのような営業スタイルになかなか戻らない。イベントは、プロ野球が観客を入れる頃には、それを事例として行えるようになるのではなかろうか。その時期を私は7月と踏んでいる。新しい生活様式を守って店を営業して欲しいと政府は言っている。飲食店もそれを守ろうと、つい立てを立てたり、客同士の間隔を空けたりして営業に望んでいる。でもマスクを着用と言ってはいるが、暑くなって来たら、マスクを着けるが故に熱中症を起こしたなんてなりかねない。それに食事は横並びで、食べることに集中し、おしゃべりを控えてなんて言っているのは、外食の実現を見据えればありえないことなのだ。何のために家で食べずに飲食店へ出かけるのか?答えはコミュニケーションをとるためだからだ。外食とは、食事よりもコミュニケーションのツールとして行っていることがわかっているのだろうか。今後、ワクチンや特効薬ができぬ限り第二波、第三波を恐れながら生活して行かなければならない。そのことは十分承知している。ただ怖い怖いと連発するような報道を信じ込んでいては、外食は成り立たなくなってしまう。自宅で仕事をするリモートがいいと都知事は言うが、それを推進しすぎては、街から人が消えてしまい、オフィス街の飲食店はいずれシャッターを閉めざるをえなくなる。リモートは便利だが、自己管理ができる人とそうではない人を明確化させる。いずれはこんなに雇用する必要がないのではと企業に気づかせてしまう。そうしたなら大量の失業者を生む恐れが出て来るだろう。それでもリモートがいいと言い切れるか。便利なものは、一つの文化を潰す。だからそれに浸っててはいけない。恐れを伝えているばかりではフラストレーションが起こって一つの文化をなくしてしまう。そんなことをコロナウイルス禍は伝えてくれている。食文化を守るためにしんどいだろうが、飲食店にここはふんばってもらいたい。