2023年06月
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 食の世界が年々変化しつつある。かつてはお魚大国ニッポンとして名を馳せた我が国だが、海の環境が変わり、天然魚が獲れなくなって来ている。その分、養殖に頼らざるをえず、その比率は養殖が天然魚を席巻しつつあるのだ。愛媛や九州は養殖王国で、旅をして店に入っても「新鮮な魚ですよ」と出されるのは養殖ものになって来てしまった。何も養殖が悪いと言っているのではなく、これからは養殖に頼らないと魚を食せない現実が迫っているのだ。オシャレな街として知られる神戸でもいくばくかその流れが来ている。海に面した神戸には当然漁業があり、須磨や垂水では毎日水揚げがある。そんな神戸での養殖の話をしたい。東須磨で漁師達が養殖しているニジマスは、「神戸元気サーモン」という名でブランド化され、私達の食卓へ上っている。そして養殖には、酒粕が使われているから面白い。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
酒粕を使って神戸らしさを創出。東須磨で養殖する「神戸元気サーモン」とは…。

5年前からスタートした「神戸元気サーモン」の養殖

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魚が獲れない_、そんな声をよく耳にする。天然魚の値段は上がる一方で、このままでは高級店に行かない限り、天然魚を味わえなくなりそうだ。地球温暖化が原因か、かつての乱獲が影響したのかはわからないが、とにかく魚がいない。明石浦漁協でも名産の明石タコの漁獲量が少なく、何とかやりくりしながら出荷していると聞く。タコは獲れない、穴子は獲れない、おまけに今年はチリメンジャコまで獲れないと来ては、漁師や漁協も大変だろうと思ってしまう。消費者側には、実情を明確に理解しがたいだろうが、実は我が国では、天然と養殖の出荷差が年々なくなっているのだ。統計では海面漁業77%に対して海面養殖業は21%になっている。それが魚種別にすると、真鯛は18%対82%に、ブリは32%対68%、車海老は30%対70%になるのだという。勿論前者が天然で、後者が養殖の割合。そう考えると、魚によってはすでに養殖ものに頼っている現実は否めないといえよう。
養殖分野で昨今、よく見かけるのが〇〇サーモンというブランド。とにかくサーモン花咲りで、全国至る所にご当地サーモンがお目見得している。〇〇サーモンとして養殖されているものは、大半が鱒である。本来、鮭と鱒には明確な区別はない。和訳するとサーモンは鮭となり、トラウトは鱒となる。両方とも川で育ったり、海で育ったりする種もあるので、大雑把な分け方になっているそう。サクラマスとヤマメとて同じ。ヤマメは川にとどまる陸封型を指し、大きさは30cm・700gぐらい。一方、サクラマスは海に行く海降型で、70cm・10kgまで成長する。なぜこれだけ成長が違うのかといえば、海で暮らす方が餌がいっぱいあるからだ。その分、危険も伴うのでどちらがいい環境かとは言い難いが、兎にも角にも同じ親から生まれても育つ環境が異なれば、大きさはグンと違って来るということ。
ご当地サーモンは、全国に80近くあるらしい。「金華ぎん」(石巻)、「おかそだち」(木更津)、「白鷺サーモン」(姫路)、「活きじめの境港サーモン」(境港)、「玄海サーモン」(唐津)など色んなブランドが存在する。多くを〝マス″ではなく、〝サーモン″と呼んでいるのは、何となく鱒より鮭の方が高級感があるかららしい。兵庫県のご当地サーモンといえば、「白鷺サーモン」や「淡路島サクラマス」(福良)が有名だが、その他にも「播州サーモン」「神鍋清流サーモン」「坊勢サーモン」「坂越オイスターサーモン」「味優留サーモン」なんてブランドもある。兵庫県では、ご当地サーモンの養殖を支援するために県水産技術センターに新設備を導入。稚魚を含めた純県産化(県内二大ブランドはいずれも稚魚は県外産)を推し進めようとしている。
港町で知られる神戸にも「神戸元気サーモン」と「神戸サーモン」の二つが存在する。生産グループは、前者が神戸市漁協の東須磨地区、後者が神戸漁協の須磨浦地区となっている。同じような地域で、しかも似たような名前なので、こんがらがりそうだが、要はやっている人達が異なると思ってほしい。聞くところによると、ニジマスの養殖を同時期に垂水・須磨浦・東須磨の三カ所で始めたそうだ。そのうちの垂水が断念。須磨で行っている二カ所は成功した。須磨浦と書いたのは、須磨浦水産のことで海苔養殖を行う人達がニジマスの養殖をし、「神戸サーモン」と名づけて出荷している。一方、「神戸元気サーモン」を養殖するのは、神戸市漁業協同組合に属する幸内義宜さん・西澤正一さん・奥谷知生さん・山崎貴伸さん・福田一さん・藤岡琢二さんの漁師6名。東須磨底曳き会のメンバーで東須磨サーモン部会を立ち上げ、ニジマスの養殖化に成功した。彼らは、東須磨の妙法寺川河口域(海と交わる所)に二基のいかだ(生け簀)を浮かべ、そこで稚魚から養殖を行なっている。二基のいかだ(生け簀)を選別するために四分割してニジマスを育てているのだ。
東須磨サーモン部会のメンバーひとり・奥谷知生さんの話では、5年前からニジマスの養殖を始めたらしい。「令和3年12月には愛知県淡水養殖業協同組合より約400gのホウライマス系ニジマスを2000尾持って来て育成開始した」そう。当初は海面トラウトEPを一日3〜4回餌として与えることで育てていたという。そして神戸沖で漁獲されたチリメン(イワシシラス)を購入し、急速冷凍後に小分けして解凍し、与えることも行なっている。聞く所では、ペレット(固形の餌)だけの時より喰いつきがよくなったらしい。

 

酒粕を与えて養殖することで、神戸らしい名産品を

私がなぜ「神戸元気サーモン」の事を書いているかといえば、東須磨サーモン部会も酒粕プロジェクトに参加してくれているからだ。酒粕プロジェクトについては「食の現場から」第113回を参照あれ。奥谷さんら東須磨サーモン部会の漁師達は、「せっかく神戸で養殖するのだから神戸らしい特色を持たせたい」と考えた。そこでパンくずを餌に混ぜようかと思ったようだが、ある人から「ニジマスにパンを与えると、肝臓が悪くなる」と教えられたそう。何でもパンを作る時にバターを使っており、それが魚体には影響するとの話だった。そこで思いついたのが酒粕。日本のスーパーフードと呼ばれる酒粕なら悪影響はなさそうと思ったのである。そんな折にJR鷹取の駅で神戸酒心館の坂井和広さんと遭遇。奥谷さんが話を切り出すと、坂井さんも酒粕プロジェクトのいいネタになりそうと思い、話がとんとん拍子に進んだと聞いている。
東須磨サーモン部会では、11月になると解体していた養殖いかだ(生け簀)を組み立て、妙法寺川河口域に浮かべる。そして水温が18度以下になる11月末頃を待ってニジマスの稚魚を放流する。養殖期間は、11月末から4月まで。水温20度に達すると流石に養殖には適さないらしく、5月にはいかだ(生け簀)を撤去して作業を終える。東須磨サーモン部会が〝神戸色をより打ち出す″ために「福寿」酒粕を餌として与え始めたのは今年から。三月中旬の出荷を目指してミキサーで酒粕を溶かして餌に混ぜて食べさせた。奥谷さんの話では、一層餌の喰いがよくなったとの事。一応、その効果を確かめる意味で全ての魚に与えず、酒粕を与えたものと、与えていないものとに分けて観察をした。

「神戸元気サーモン」は、3月末ぐらいから4月半ばにかけて出荷。酒粕プロジェクト記者発表会でもその取り組みを報じ、そこから地元新聞社や放送局が、ニュースとして取り挙げてくれていた。この一環として神戸酒心館・蔵の料亭「さかばやし」でも「神戸元気サーモン」をテーマに食事会を企画した。その食事会の共同企画者である私もお客さんと一緒に味わったが、なかなかいい素材であることは明らか。参加者からも「頑張って沢山出荷してうちの近くのスーパーでも買えるようにしてほしい」と上々の評価を得ていた。ちなみにこの日、会席の献立のうち「神戸元気サーモン」を使った料理は、先付(神戸産小松菜と神戸元気サーモンのお浸し)、造り(造り・炙り・昆布締めの神戸元気サーモンの三種盛り)、焼物(神戸元気サーモンの新じゃがソース焼き)、主菜(神戸元気サーモンのレモン鍋)であった。
私が驚いたのは「神戸元気サーモン」の身の鮮やかさ。オレンジ色のきれいな身で、締まりがある。酒粕を与えていない魚体とは、見分けがつくほどだった。味は脂濃くはなく、あっさりめ。調理しても鱒特有の匂いが感じられない。まさに酒粕効果が出ていたといえよう。調理を担当した「さかばやし」の大谷直也料理長も「鱒くささがなく、造りにしてもいい。生で食せる利点が出た食材です」とその感想を述べていた。
今年は1100尾出荷したそうで、「さかばやし」などの一部の飲食店には、酒粕を与えた「神戸元気サーモン」を卸したが、それ以外は、あえてそれを謳わずに出荷したそうだ。「有名な『福寿』の酒粕を与えたのがこれですと示すと、そちらばかりが売れても困る」のが本音らしい。奥谷さんは、「酒粕効果を示すために成分検査に出し、データ化する」と言っており、来年の酒粕プロジェクトの発表会では、それを発表することにしていると話していた。今年1100尾を出荷し、未成熟だった200尾分をこども食堂の食材として寄与したそう。そんな優しさからも東須磨の漁師達の心意義が窺える。

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