108
野菜を食べましょう_、厚労省は健康のためにこう叫び、一日の野菜摂取量を350gとしている。その内訳は、緑黄色野菜120g以上で、淡色野菜が230g以上とのことである。こう数字を並べるだけで誰もが、「無理!」と諦めてしまうのではなかろうか。野菜不足の原因は、色んな事情があるのだが、野菜自体に魅力を感じないのも事実。「昔食べていた野菜の方が美味しかった」と思うのもその一因かもしれない。今回は、野菜で主役を張ることができる二つの例を挙げて話を展開する。一つは、自然農法を打ち出す農場で、モノ自体がいい。もう一つは、飲食店だが、ここのオーナーが農家なので穫れたての新鮮野菜を使って調理するのが魅力的。大手農業やA級産地ではないにせよ、それ以上の価値観を訴求している野菜ストーリーについて言及してみる。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
「今、農村がおもしろい!」と謳う丹波のファーム
飲食店には、ある定説が存在する。それは、動くものでしか集客しにくいというものだ。ここでいう動くものとは、牛・豚・鶏・魚、そして野禽などを指す。つまり食事会やフェアを企画したとて、牛肉・豚肉・鶏肉・魚介類・ジビエでしか客を集めるのは難しいとの話だ。例えば、神戸市の農業は、軟弱野菜が秀でている。小松菜にホウレン草、春菊、水菜がそれに当たるが、いくら「軟弱野菜が美味しいから、それをテーマに食事会をやりますよ」と言ったところで、なかなか目を向けてはもらえない。つまり野菜のテーマでは、よほどのことがない限り集客が困難で、その魅力を打ち出しにくいのだ。
丹波市春日町に「婦木農場」なるファームがある。無農薬野菜・有機野菜の世界で名を馳せる婦木克則さんが営む農家だ。婦木克則さんは、無農薬や有機栽培がまだ普及していなかった約30年前からそれに取り組んでいる。大学時代に東京・多摩ニュータウンのスーパーで買って来たキュウリが美味しくなく、どうして昔食べていた頃の野菜の味がしないのだろうと考えた結果、自然農法の世界に足を踏み入れたらしい。婦木克則さんは、大学時代から有機栽培に触れ、その手の農法を学んで丹波へ帰った。当時は、農薬を使った栽培が全盛期で、田畑に効率主義が求められていた。ところが、婦木克則さんは、昔のような野菜の味に戻したくて、農薬をあまり使わず、できるだけ自然に近い形で、米や野菜づくりを行って来た。「始めた頃は、その農法を父親にすら理解されず、周囲から異端児扱いだった」そう。それでも品目ごとに徐々に自然農法へ移行。10年かけて全品目を自然栽培へと転換させたという。そんな「婦木農場」にまっ先に目をつけたのが、消費者運動をしている人達だ。彼らは、安心安全な農産物を求めており、それに合致したのが婦木克則さんが作る米であり、野菜だった。「低温殺菌の牛乳を求めて来てくれたのがきっかけ。彼らは、ここに安心安全な米や野菜があるのに気づき、販売ルートを作ってくれたんです」と婦木克則さんは話していた。婦木農場の産物は、有機や無農薬といったマークの付いたものではなく、家族が畑で丸かじりできる野菜をと、打ち出して自然農法を推進している。理屈よりは、美味しいかどうか。そして安心安全なものをと、心がけて農業を行っている。
なぜ私が婦木農場の話をしたかというと、飲食店に根づく〝動くものでしか、お金は取れない″の定説を覆し、「婦木農場」の野菜は十分主役を張れるからだ。現に年に一度は、婦木農場で産した野菜を直仕入れし、「さかばやし」で食事会を催すが、募集すると、すぐに満席になるくらいの人気ぶり。前ものの魚にも勝るとも劣らない存在感を放っている。現に会席料理の中で、瀬戸内の鯛と一緒に、「婦木農場」の人参が出ていたことがあった。食べた人からは、人参を絶賛する声が多く、某人は「鯛なんていらない。人参だけでもよかった」と言っていた。それくらい婦木さんの人参は、味があったのだ。
「婦木農場」のHPを開けると、キャッチコピーとして「今、農村はおもしろい!」と出て来る。〝記録開始:宝暦四年、AD1754″となっているのは、その歴史を示すものだ。婦木克則さんの先祖は、代々丹波で農家を営んでいた。彼の話によると、「きちんとした歴史はわらかないが、過去帳として残っているのは、宝暦4年で、私の10代前の当主逝去の記載がそこに載っているのです」とのことだった。「婦木農場」は、1.5haの土地で、年間百種以上の野菜を作っている。まさに都市型近郊で、少量多品種を謳っているのだ。
そんな「婦木農場」では、「今、農村はおもしろい!」とスローガンを掲げ、その魅力を伝えようとしている。その一例が、ファーム内に建てられた「〇カフェ」。「〇」は、マルと読む。「〇カフェ」の実施は、11月末までの毎月第1・3日曜日(10:00~16:00)。ここで婦木農場で穫れた農産物を使って色んな料理が味わえるようになっている。そんなに凝った料理ではないが、素材がいいから味がよく、おにぎりでも十分ごちそうなのだ。ここでは、予約に限るが、泊まって農村体験を楽しむこともできる。24時間寝泊まりしながら田舎の雰囲気を味わうのもオツなものだ。ちなみに今回掲載するのは「婦木農場」の野菜を使って「さかばやし」が提供した料理。「〇カフェ」のものではない。
料理人兼農家が打ち出すヘルシー中華
さて、農業というと、もう一つユニークなのが、大阪の肥後橋と北浜にある「農家厨房」である。ここは今人気のチャイニーズレストラン。名前に〝農家″とあるのは、オーナーシェフ・大仲一也さんが店をしながらも農業に従事しているからだ。大仲シェフは、堺の農家の出身で、日航ホテルでは料理長まで進んだが、ホテルを辞し、自分の思いを実現すべく、独立して「農家厨房」を開いた。彼の信条は、「遠くのA級ブランドより、近くのB級ブランド」というもので、いくらメジャーな野菜ブランドでも、遠くから運んで来ては鮮度が落ちる。名もないB級ブランドでも近ければ、新鮮な状態で出せるのだから、むしろ後者の方が上だと考えているのだ。「農家厨房」で使う野菜は、その言葉を実践するが如く、自家栽培と泉州辺りのものが多い。本来は、自家でまかないたいが、色んな種類を育てるのは無理。ならば、親戚や知人の産物でできるだけ補足する_、そう考えて野菜を仕入れている。「顔の見えない人が作ったものより、自分の手による方が安心。親戚や知人が作るのなら、肥料も指示しながら量を加減してもらえるのでいい」と言っている。ランチに出て来る野菜のセイロ蒸しは、よくこの値段でそれが付けられるなと思うぐらいの代物。自家仕入や知人からの仕入だからこそ提供できる品だ。北浜店では、メインディッシュに、セイロ蒸しが付いて1100円。文字通り〝医食同源ランチ″である。
よく野菜を看板に謳っている店があるが、それらは野菜が主すぎて肉・魚をあまり使っていないケースが多い。だから男性客は、物足りなく感じてしまうのだ。ところが「農家厨房」は、普通に肉・魚も使っている。要はそのバランスで、そこを十分に考えてさえいれば、ヘルシーな献立になる。大仲シェフは、食べる人の健康面を考えてメニュー組みし、調理したりするのでヘビーな中華にはならない。中華独特の濃くて重たい味付けではなく、軽く食事ができるため、胃もたれすることもない。かといって満足感もあるのだから、男性客からも支持されるのがわかる。
「農家厨房」に行くと、中華の概念が変わる。某女性は、「思っていた中華然としたものではなく、凄くオシャレでキレイな料理」と大仲シェフの作る一品一品に舌鼓を打っていた。メニューBOOKを見れば、「麻婆豆腐」「鶏のカシューナッツ炒め」「野菜入りあんかけそば」とごくごく一般的な料理が並ぶが、その一品一品に使われている野菜は、彼の信条が伝わるもので、料理バランスがいい。だからOL達は、並んでまでランチを食べるのだ。私は、いつも行ってから一品一品注文するのが面倒なので予算をあらかじめ店に伝え、内容はシェフ任せにしている。その方がユニークな料理も出してくれるし、よりバランスいい献立になっていると思えるからだ。今回の写真は、そうして出て来たメニューである。一緒に食事した人は、かなりご満悦そうだった。野菜を主に打ち出していても表現の仕方と考え方で、かくも料理は面白くなる好例であろう。