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今回は水の話をしたい。11月初めに新古敏朗さんから連絡があり、「来年の『魯山人』醤油の仕込み水に『月のしずく』を使いたいのだが、一度水を供給する場所をいっしょに訪ねてほしい」との話だった。聞けば、橋本(和歌山)にある「ゆの里」が供給地で、重岡昌吾社長が『魯山人』醤油に惚れ込み、コラボしたいと申し出たそうだ。新古敏朗さんと出かけた「ゆの里」は、噂にたがわぬ盛況ぶり。この地に湧く水を求めて多くの人が車で来ている。そこで聞いたこの水にまつわる不思議な話と、その効力を記してみたい。
- 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
神野々に湧く不思議な“お水”
橋本(和歌山)に不思議な水がある。地質調査でも「水脈がないので水は出ない」と言われておきながら、ある時(高野山近郊の地震)をきっかけに湧き出したもので、それが身体にいいからと遠方から車を飛ばして汲みに来ている。場所は橋本市神野々(このの)_、白鳳期から奈良時代にかけ隆盛を誇った神野々寺(今は廃寺跡)があった所で、高野山の麓。まさに修験者が行き交った地だ。ここにできた「ゆの里」には、平日にも関わらず、多くの人が水を求めたり、温泉に浸ったりとあわただしく行き来する姿が目立つ。彼らの目的は、「ゆの里」に湧く、「金水」「銀水」「銅水」である。この役割りの異なる三つの水を同施設では使い分けながらあらゆるものを用いている。一つは温泉であり、一つは食事用として、そして施設内では無農薬野菜やパン作りも行っているのだ。
そもそもこの施設ができたのは昭和62年。会長の重岡寿美子さんは、「水は出ない」と断言されそうだが、それでも掘削師を招いて掘っている。しかし、その時は予想通り全く水が出なかったようだ。ところがある日、震度4の地震がこの地を襲った。この影響で、あろうことか、出ないはずの井戸から毎分400ℓの無菌の水が湧いたのである。この地下水を使って健康ランド「ゆの里」がスタートした。ここから不思議な事が起こって来る。ある時、山伏の修験者が毎日のように訪れ、「ここは高野八葉に守られた聖地だからいずれは全国から癒しを求めて人が来るようになる」と予言めいたことを言って帰った。すると、掘削を始めて一年経った頃に地底1187mから温泉水が湧くようになったという。
「ゆの里」では、初めに湧き出した水を「金水」、平成2年に湧いた温泉水を「銀水」と呼んでいたのが、平成4年にその温泉水の方をスプレー式の小さなボトルに入れて「神秘の水 夢」として売り出してみると、買い求める人が多く、瞬く間に棚からなくなって行った。聞けば「ありがたい水だから使っている」との事。使う度に心地いいとの声も多く聞かれたので、これをきっかけに水の研究者からその働きについて学ぶようになった。
今回、私が訪れたのは、新古敏朗さんから「魯山人の仕込み水に『月のしずく』を使いたい」と言われたから。どうやら「ゆの里」がコラボに協力してくれ、来春発売予定の「魯山人」醤油に用いているらしい。「月のしずく」とは、「金水」「と「銀水」をブレンドしたミネラルウォーター。来館客が「銀水」を買って帰り、水道水に混ぜて使っているとの話を聞いたので、いっそのことなら「金水」に混ぜるのがいいのではないかと考えて無料で「金水」を提供することから始まった。それがきっかけで「金水」に「銀水」をブレンドするミネラルウォーター「月のしずく」が商品化(2ℓペットボトルで800円)されたのだ。
「ゆの里」では、水の専門家(学者)が訪れ、数年前から水の分子構造より色んな情報を読み取るという研究が行われている。アクアフォトミクス(神戸大学ツエンコヴァ・ルミアナ教授によって提案されたもの)がそれで、この新しい水の概念が「ゆの里」の水を知る上でいかされている。
そういえば不思議な光景を見た。「ゆの里」のロビーにある水槽にはなんと淡水魚と熱帯魚が同じ水の中で泳いているのだ。そして置かれた蘭の花の鉢受け皿には水がたっぷり。蘭マニアが見ればびっくりするであろう光景である。「金魚、平目、鯛をいっしょに泳がせていた時期もあったんですよ。水替えも数カ月に一度、デリケートで知られるディスカスもこのように泳いでいるでしょ」と重岡昌吾社長は当然のことのようにさらりと説明するのだが、どう考えても不思議。この水槽の水も「金水」と「銀水」をブレンドしたものということである。
「二つの“お水”を混合してやることで蘭の花もいつまでもいきいきと咲き続け、長いもので5年も咲いているんですよ」と言う。加えて本館裏のハウスでは、館内食事のサラダ用に使用する大葉やクレソンなどの野菜を有機栽培している。野菜は見事な色を放ち、いきいきと育っている。本来なら水耕栽培では土は使わないが、なぜか発泡スチロールではなく、土の上に育つ。その秘密がどうやら、ここの水にあるらしい。新古敏朗さんの知人は、「この水を使っていると髪の毛が生えてきた」と言っているし、前述の「神秘の水 夢」を傷口にスプレーしていると、火傷や切り傷が治ったとの声も聞かれた。「ゆの里」のマネージャーを務める佐古浩人さんは、自身が長年悩んでいたアトピー性皮膚炎がこの水のおかげで治ったとも話していたのだ。こんなことが多く聞かれるからだろう、この施設の人は「水」と言わず、あえて「お水」と呼んでいる。湧く水に対して畏敬の念を持って接しているからだ。
柔らかく、まろやか。抽出力にも優れた水
水には我々が知っている以上の力があることはわかっている。その好例が温泉水で、そこに浸かるだけで身体にいい効果がもたらされる。私が知っている奈良県十津川村の神湯は、水自体に抽出能力がかなりあるらしく、少ないコーヒー豆で十分美味なコーヒーができる(普段の分量で点てると濃すぎる)し、安い焼酎をその温泉水で割ると、かなりレベルの高いお湯割りになる。それと同じようにこの地に湧く水に不思議な効用があってもなんらおかしくはない。「金銀銅の三つの“お水”には個々の特性があります。ある人の話では、金水は浄化の水で、銀水は解毒の水、そして銅水はその二つをゆるやかに結びつけたもののようです」。ちなみに重岡社長が言う「銅水」とは、平成8年に湧き出したもの。「影響を受けやすく、関わる人で変化しやすい」らしく、宿泊棟の風呂にしか使っていない。実はこの井戸水は、金水より先に掘っていたそうだが、使いものにならないとの判断から放置されていた。
これまた不思議な話だが、神野々廃寺跡の石に水をまいたところ、その下に埋まっていた井戸が刺激されたのか、急に湧き出したという。「各々の“お水”の働きは、何かと関係性が見えてくるようなものだと理解しています。だから人の“お水”への関わりも凄く大事。“お水”が向かう所に意志や目的のようなものを感じるので、その方向性を間違えないようにしたい」と重岡社長は語っている。
今、一つの方向性が「魯山人」醤油の仕込み水かもしれない。新古敏朗さんによれば、「ゆの里側がかなり熱心で、『魯山人』醤油の造り方や考え方、味わいに惚れ込んで『月のしずく』を提供してコラボしたいと申し込んでくれた」との話だ。試しに「ゆの里」で紅茶を淹れてもらったが、ここの水は柔らかく、飲んだだけでも料理にいいように思える。現にその紅茶は持ち味をうまく出していた。重岡社長も「包み込むような感じで、まろやか。抽出力があって角が取れるんです」と言っている。醤油の仕込み水としてはかなり期待が持てそうだ。数多くの研究者(大学の教授など)が興味を抱き、「ゆの里」の金銀銅の水を研究対象にしている。そして民間の人達は「身体にいい」と言う噂を聞きつけて汲みに訪れる。こんな和歌山の地に湧く水が、醤油づくりにもたらす効果は大きなものになるのかもしれない。大豆、小麦、米を木村秋則さんの弟子たちが無農薬・無肥料で育てあげ、それをもとに造られた醤油は、ある意味“奇跡の味わい”と呼ばれている。2017年度発売分からは、そこにさらに“奇跡”が加わる予定だ。大豆・小麦・米・水と四つの“奇跡”が織り成す味に今から期待したい。
●ゆの里
住所/和歌山県橋本市神野々898
TEL/0736-33-1126
http://spa-yunosato.com