2014年01月
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数多くの食の逸話を残した北大路魯山人。かなりの食通として名を残しているが、すでに昔のことなので、同じものを味わったという人の話を聞くことが少ない。しかし、彼がどんな嗜好を持っていたのか誰しも興味津々で、可能なら同じものを味わってみたいと考えるのは人の常であろう。今回、「名料理、かく語りき」の取材から魯山人のすき焼きを再現してみようとの話が出た。再現するのは「北新地湯木」の湯木尚二さん。文献を熟読し、彼なりのアレンジを加えながらも蘇った魯山人風すき焼きとはどんなものだろうか。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
魯山人のすき焼きが平成の世に蘇える!

旨いと伝えられていた魯山人のすき焼き

北大路魯山人という人は、食に関して多くの逸話を残している。昭和29年に欧米旅行に出かけた際にパリの「トゥール・ジャルダン」で出された鴨料理が気に入らず、焼き直しを命じてワサビ醤油で食べたというエピソードもそのひとつだし、岡本太郎らと伊豆へ泊りがけで出かけた時に鍋の席で団欒的な食べ方を嫌い、あまりの真剣勝負さにひんしゅくを買ったことも有名な話として残っている。魯山人のことを数多く記している作家の山田和さんは、「魯山人の食通」の中で、鍋を食す時にワイワイやる雰囲気を持ち込まなかったのは「彼の育ち方と関係があるのかもしれない」と語っている。

その真剣勝負的な食べ方が顕著にあらわれているのが、魯山人式のすき焼きではなかろうか。魯山人のすき焼きは、山田和さんが書いているように食通の間では知られていたが、実践している人には会ったことがない。そこでものは試しにその魯山人のすき焼きを飲食店で出してみないかという話になった。この話が初めて出たのは、「名料理、かく語りき」の取材の席である。私と同席した新古敏朗さん、そして「北新地湯木」の湯木尚二さんの間で、「魯山人醤油」を使って何か面白いことができないだろうかと

雑談した席のことだった。その時に「いっそ文献を読み返して魯山人のすき焼きを再現してみるのも面白い」と私が提案したのである。何事も前向きな湯木尚二さんは、そのプランに乗り気になり、私が持ち込んだ文献を正月休みの間に読み込んで試作を行った。そして「魯山人風すき焼き」と称して今年の2~3月の2カ月間だけ予約のみの客に提供することにしたのである。

魯山人のすき焼きには細かい決まりがある

魯山人のすき焼きは、我々がよく食べているそれとは作り方も食べ方も異なっている。まず、砂糖を使わない甘みがほとんどないすき焼きだと考えてほしい。戦後はたまに卵を使ったこともあるそうだが、ほとんどは大根おろしで食べていたそうだ。そして煮込むというより具材を焼く印象が強い。魯山人は「牛肉と焼き豆腐、葱などを次々と足して煮込む甘くどいごち鍋とは違う」と言っているように一般的に行う作り方・食べ方をかなり嫌っていたように見受けられる。

鉄鍋を温め、牛脂をなぞってよく油を出す。では、ここで文献から拾った魯山人のすき焼きの作り方と特徴を私なりの解釈で記しておこう。

①鉄鍋を温め、牛脂をなぞってよく油を出す。

  • 魯山人のすき焼きの作り方
  • 魯山人のすき焼きの作り方
  • 魯山人のすき焼きの作り方
  • ②霜降りの牛肉を焼き、すぐに酒を入れ、みりん(極少)と醤油で味をつけて、焼きあがったら大根おろしを
    載せて食べる。
  • だし(昆布と鰹の合わせだし)を鍋に足し、豆腐、白葱、春菊、椎茸などを入れて味をつけて煮込み、それらに大根おろしを載せて味わう。③だし(昆布と鰹の合わせだし)を鍋に足し、豆腐、白葱、春菊、椎茸などを入れて味をつけて煮込み、それらに大根おろしを載せて味わう。
  • 野菜を食べたら、再び肉を入れ、1)の要領で焼いて食べる。④野菜を食べたら、再び肉を入れ、1)の要領で焼いて食べる。
  • 肉がなくなったら3)の要領で野菜を煮込んで食す。⑤肉がなくなったら3)の要領で野菜を煮込んで食す。

要は肉と野菜をいっしょに煮込まず、焼いては食べの繰り返しなのだ。戦前はみりんも用いず、醤油と酒のみで調理していたようで、甘みは全くない。戦後になると、少し嗜好が変化したのか、みりんでほんのり甘みを持たせている。それでも極少と記しているからほぼ醤油と酒の調味だと考えていいだろう。魯山人はある文章に「砂糖の乱用が各々の持つこところの異なった味を破壊し、本質を滅茶苦茶にしている如き、それである。
砂糖さえ入れればうまいとする今の料理は、極端に味覚の低下を示している」と書いている。一般のすき焼きを“甘くどいごちゃ煮”と言っていることからしても砂糖を用いる気は一切なかったと思われる。魯山人曰く、すき焼きとは「まず食べたいだけの肉を焼き、それを絶妙のタイミングで食べ終えてから、食べたい分だけの野菜を入れ、少量のだしを注ぎ、味付けして煮る」ものらしい。決してグツグツ煮てはいけないようだ。肉は火が通りすぎないように半熟の表面が桃色をしているままに食べること。葱はけちらないで必ず一皮剥く。春菊も歯に残りそうな部分は外しておくとしている。これは口内や歯間に繊維が残ることを嫌がったため。葉物に煮立つまで入れないとしているのも、だしが青臭くなってしまうことに対して注意を促しているからである。

魯山人はすき焼きに好んでホウレン草を用いていたようだ。

魯山人はすき焼きに好んでホウレン草を用いていたようだ。ホウレン草は、茎がつながったままで切らずに使う。これも春菊同様、切って入れると、その葉先部分が縁にこびりつき、黒ずんで汚れて見えるからである。山田和さんは自身の本「魯山人の美食」で、「核家族化した現状のすき焼き鍋は小振りになっているから、ホウレン草は二つ折りにしなければならない」と書いている。それも千切って入れるようにし、包丁で切るようにとは記していないのだ。

上記の文でもわかるように魯山人のすき焼きを味わう身としては、これまで自分が食べてきたものと全く違う料理であることを認識しておかねばならない。戦前は肉を焼いてそれから豆腐を入れ、その肉汁で六面を焼く。それからだしに酒、醤油を合わせた割り下を張って野菜を煮ていたそうだ。それでも煮立てながら食べることを“書生喰い”と非難し、肉自体の食べ方も「食ひの話」の中では「汁の中に肉を入れるのではない」と言っている。

 

魯山人はすき焼きに好んでホウレン草を用いていたようだ魯山人はすき焼きに好んでホウレン草を用いていたようだ。ホウレン草は、茎がつながったままで切らずに使う。これも春菊同様、切って入れると、その葉先部分が縁にこびりつき、黒ずんで汚れて見えるからである。山田和さんは自身の本「魯山人の美食」で、「核家族化した現状のすき焼き鍋は小振りになっているから、ホウレン草は二つ折りにしなければならない」と書いている。それも千切って入れるようにし、包丁で切るようにとは記していないのだ。

「魯山人風すき焼き」の調理に用いるのは、湯浅醤油の「魯山人」醤油

店主の湯木尚二さんは「魯山人のすき焼きには必ず鍋奉行が必要で、その人が氏のやり方を模倣して作っていかねばなりません。だから店では一人のスタッフがこれにかかりっきりにならねばいけないのです。そのため予約を受けてからでないと対処できないんですよ」と話している。「魯山人風すき焼き」の調理に用いるのは、湯浅醤油の「魯山人」醤油。名前といい、コンセプトといい、これほどぴったりする調味料は他にない。湯木尚二さんも「他の醤油でやると煮詰まる恐れがあるし、味が濃すぎて美味しくない。

やはり『魯山人』醤油がベストです」と言っている。やはり『魯山人』醤油がベストです」と言っている。もしこのすき焼きが食べたいと思ったら「北新地湯木新店」へ予約電話を入れること。但し繁忙の時はスタッフの手が足らなくなるのでできないかもしれない。日時を店側とうまく打ち合わせした上で味わってほしい。

  • <店舗データ>
    北新地 湯木 新店
    住所/大阪市北区堂島1-5-39 マルタビル1F
    TEL/06-6348-2777
    営業時間/11:30~14:30 17:30~22:00
    定休日/日祝日
    ※予約の際に「魯山人風すき焼きコース」
    と告げてください。

湯浅醤油有限会社|世界一の醤油をつくりたい