2022年10月
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 食欲の秋、実りの秋である。この時季は、収穫期でもあるからか、食べ物が美味しい。素材を見ても新米に、栗、薩摩芋、松茸、秋刀魚、ぶどう、柿と色んなものが挙げられる。鰆もその一つと言うと、「エッ⁈」と思う人がいるかもしれない。鰆は、春告魚とも呼ばれているし、その字から察するに春が旬と思われている。だが、旨みのみを挙げると、春より秋の方が上なのだ。今回は、そんな鰆について述べる。なぜ“春”の字がついているのか?そこには、歴史的経緯や西日本での人気が因しているようだ。さらにその食べ方にも言及。一見、焼き物素材と思われがちだが、新鮮ならば生がいい。造りやしゃぶしゃぶにすると、その旨さがわかって来る。個人的嗜好も加味しながら、鰆にまつわるエピソードを書いてみよう。

  • 筆者紹介/曽我和弘廣済堂出版、あまから手帖社、TBSブリタニカと雑誌畑ばかりを歩いてきて、1999年に独立、有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。特に関西のグルメ誌「あまから手帖」に携わってからは食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っており、2003年にはJR西日本フードサービスネットの駅開発事業に参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュース。関西の駅ナカブームの火付け役となった。
鰆人気は西高東低。なのに漁港では、一般見解とは反して「秋が旬」と言うのだが…。それならば関東の嗜好の方が合っているのか?

鰆の生態と関西での人気の因果関係とは・・・

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明石浦漁協の人に聞くと、「鰆は秋が旨い」と言う。かく言う私も経験上からそう思い、飲食店にはフェアとして行うように薦めているのだ。では、なぜ魚へんに春と書くのだろうか。どうやらそこには、瀬戸内海の話が絡んでいるらしい。そもそも鰆は、スズキ目サバ科に属する魚である。北海道南部から日本の沿海部、そして東シナ海と、広く分布する。これらは、瀬戸内から西日本太平洋側と、日本海南部から黄海・東シナ海に分布するのに分けられるようだ。かつては東日本側ではあまり見られなかったらしいが、最近は北海道南部までその活動域が広がっている。これもやはり温暖化が原因なのだろうか?鰆は春から秋にかけては内湾を巡り、冬になると外海へ移動する。海の中がだんだんと暖かくなり、その温度を求めていると、北海道南部まで行ってしまったと考えてもおかしくはあるまい。
鰆は、俗にいう出世魚として知られている。40〜50cmをサゴシと呼び、50〜60cmをナギ、60cm以上のものを鰆と称す。鰆を中国語で表すと“馬鮫魚”と書く。日本での呼び名の“サワラ”は、その形が基となっており、体長が細く、左右に平たい。「さ」とは“狭”と書き、「はら」は“腹”の字が当てられていた。つまり腹が狭く、細っそりした体形が語源となっているのだ。この名前をつけた人物は、江戸期の本草学者・貝原益軒ではなかろうかとの説がある。その「狭腹」が、いつどうして「鰆」の字になったかはわからないが、西日本太平洋側を泳ぐ鰆は、春の産卵期になると、穏やかな瀬戸内海へその産み場を求めてやって来るのだ。関東が秋から冬場にかけてのものを好むのに対して関西人は、春先の鰆をありがたがる。産卵前は、子に栄養を与えねばならず、せっせと餌を食べるから太るのだとし、そんな鰆を求めるのが関西人の嗜好といえよう。だからサワラは「鰆」の字になったのかもしれない。昔は京に都があり、大坂は天下の台所と呼ばれた。昆布だしも鰹だしも、その合わせだしも大坂が発祥で、軟水の関西は料理に長けていた。魚の豊富な関西で、「鰆」の字が生まれたと考えたとておかしくはあるまい。

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魚には、旬が二つあるといわれる。冬場が旬のフグだって夏場も美味しい。蟹とて同じ。夏を旬と考えられている鱧は、本来晩秋が一番旨い。こう考えていくと、二つの旬があってもおかしくないのだ。字づらから春を旬とする鰆は、春を告げる魚とされ、季語でも使われているほど。しかし、関東ではそれよりは寒のものを嗜好する嫌いがある。鰆は、春から秋にかけて沿岸を群れで遊泳し、冬場は深部へ移動する。産卵は春から初夏で、何回にも分けて行うという。温暖期が成長で、逆に冬場には成長しない。ちなみに寿命はオスが6年で、メスは8年とされている。よく料理屋で“寒鰆”を献立の中に見つけるが、それは関東の嗜好を示すのか、それとも本来の旬は寒の時期だと言いたいからかはわからないが、とにかく秋から冬にかけての鰆は旨いのだから、理屈抜きで一度お試しあれ。

 

料理人さえ知らなった鰆の美味しい食べ方

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鰆については、もう一つ誤解に似たものがある。それは焼き魚素材だと思われている点だ。かつて大阪駅で店をプロデュースしていた時、由良漁協の橋本一彦さん(海幸丸水産)から造り素材として鰆が送られて来たことがあった。届いた魚を見た時に料理人が「焼き用の材料が来ていますよ」と橋本さんに電話をかけたそうだ。その電話を取るや、橋本さんは「新鮮な鰆は、刺身にするのが一番旨い食べ方。曽我さんに聞いてみては…?」と言った。折り返し私に電話がかかって来たが、その経緯(いきさつ)を知らなかったので思わず「エッ⁉︎鰆の刺身が食べられるの?それなら今日店へ行くわ」と返してしまった。料理人は、その返答に赤っ恥をかいたようだが、「鰆は造りか、しゃぶしゃぶに限る」のだから仕方ない。
鰆を白身だという人がいるが、これまた間違いで、サバ科なのだから実は赤身である。鮮度のいい時は白身に映るが、すぐに白濁する。味は淡泊で、ほろっとした甘みを有し、クセがないのが特徴。生で食べると脂が乗っているのを実感。上品で嫌味のない味は、まるでトロのようにも思える。さらに皮目を炙ると、旨みが重厚になる。生で食せるレベルのものをスーパーで見かけないのは、身が弱いからですぐに鮮度が落ちてしまう。鰆というと、西京焼きや粕漬といった焼物が代名詞なのは、身が柔らかすぎて煮物には向かないからである。以前、鰆のしゃぶしゃぶを、東灘の「福寿」の蔵内にある料理店(「さかばやし」)でやったことがあるが、顧客からは実に「旨い!旨い!」の連発であった(今回使用した写真はその時のもの。会のタイトルは「鰆のしゃぶしゃぶとしぼりたて新酒を楽しむ会」であった)。それくらいしゃぶしゃぶにも向くのである。

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日本での鰆の水揚げ地は、博多・長崎・浜田(島根)・舞鶴・橋立(石川)が有名なようだが、ここにはないが、実は岡山は鰆大好き県だ。岡山の料理屋に行くと、「鰆のしゃぶしゃぶ」にお目にかかる。岡山商工会議所のHPには、特選岡山鰆料理が紹介され、そこには刺身・たたき・塩焼き・味噌漬け・炙り焼き・しゃぶしゃぶ・ばらずし・こうこずし・茶漬け・白子が載っている。特にしゃぶしゃぶは、「昆布でだしを摂った煮汁に鰆の切り身をさっと湯通しし、ぽん酢に漬けて食べる。鰆の上品な風味を楽しめる料理として人気がある」と書かれているのだ。岡山県南部は瀬戸内に面しており、瀬戸内海沿岸で鰆が揚がり、新鮮な状態のまま店へとやって来るのだろう。なので飲食店で、鰆の造りやしゃぶしゃぶを味わえる所が多い。
寒鰆を好む関東や近年水揚げが増えつつある北日本で、よく鰆なる素材を目にはするが、鰆人気は西高東低で、やはり瀬戸内を中心としたものが主流を成す。岡山県民によると、「鰆の相場は岡山で決まる」らしいが、それくらい岡山は鰆愛が高いということか。ところで、鰆料理というと、最もポピュラーなのが西京焼きであろう。西京焼きは、白味噌漬けした魚を焼いたもので、銀鱈、金目鯛、銀鮭、鰈などを用いる。白味噌とて歴史を遡れば京都のもので、一説では平安期からあるらしい。明治維新で都が東京へと移り、京都を「西京」と読んだことから、その白味噌に漬けたものを焼けば、“西京焼き”と称すようになったのだとか。これとて関西に発祥の因がある。こういったことを考え合わせたら魚へんに春と書くのも関西に謂れがあると言い切ってもおかしくはないだろう。それくらい鰆は西高東低である。

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